第15話 長いの、拝聴す

 いまだ公家狐を罵倒したりない様子の狸坊主は、大きな目で落ち着きなく雅寿丸がじゅまる追儺ついなを見、立派な眉をしかめた。


「おんしゃあ、そん狐の何じゃい? こがいな奴とつるむと、ためにならんぞ」

「なにって、道連れだ。昨日知り合った。おれは鎌鼬の雅寿丸という」

「こりゃすまん、申し遅れた。儂ゃ、伊予は喜左衛門きざえもん一派、三十六みそろ慶吾けいごいう化け狸じゃ」


 頭の菅笠を背中へ落とし、ふんぞり返る。腹のみを突き出すこの立ち姿は、化け狸の決まりなのかもしれない。


「しかし、おんしなぁ、なにも狐なんぞとつるまんでもよかろうが。それもよりによって追儺太夫ときた。道連れはよう選んだほうがええぞ」

「そんなこというなよう。こいつはものをよく知っていて教えてくれるし、仙人だかなんだかの難しい術も使える。心強い道連れを得たものだと、おれはとても嬉しいんだ」


 たしかに、大男は誰の目にも明らかなほど嬉しそうにしている。これがこの男の飾らない表情なのだが、僧形の男――慶吾が事情を知るはずもない。慶吾は眉間に皺を寄せて顎を撫で、唸るように問うた。


「おんし、こん狐の生業を知っとるんか?」

「昨夜聞いたところでは――」雅寿丸は振り返り、様子のいい狩衣姿を見てから、「流浪の楽士と。ほかにも色々、占いのようなこともするらしい」

「流浪の楽士とはよう言ったものよな。ええか雅寿丸とやら、おんしゃ誑かされとるぞ。白月追儺しらづきのついないう狐はのう、諸国大名の北の方だの公家の姫君だのをたらしこみ、大金を巻き上げるあこぎな狐じゃ。まっとうな物の怪でおりたくば、関わらんほうがええ」

「まあ落ち着け。追儺とは知り合ったばかりだが、金なぞほとんど使わん暮らしぶりと見た。仙人だから飯もそれほど食わなくていいらしいし、酒も飲まんらしい。人違いじゃあないのか?」

「女をたらしこんではいないけれど、金を得るために諸国を巡り歩いているのは本当だよ、雅寿丸」この場の誰よりも落ち着いた声音が、物の怪二人の耳を打つ。「仙狐であるまろ一人であればどうとでもなるけれど、白月の里の狐は仙ではない。食べるものがなくては飢えてしまうし、住む家がなくては冬に凍えてしまう」

「だが、白月狐は人々を守っているんだろう? おれのいた村でも、隣の村でも、人間は味方する物の怪によくしてくれるぞ。それこそ供え物を山のようにして、守護鳥獣様々と奉り上げているところも多いが」


 何々山の天狗坊だの、どこぞの淵の竜神様、乙姫様だのといった、風雪雷雨を操るほどの通力を有し、悪い渡来妖怪を退けたという噂のある大物妖怪の元へは、日々多くの貢物が届けられるという。

 虐げられるだけの民草からすれば、女帝美玉びぎょくとの兼ね合いから揉め事へなかなか腰を上げようとしない侍や役人どもより、ことあらばすぐさま力を揮ってくれる物の怪らを頼もしく思うのは無理からぬこと。年貢はうまいこと役人の目をごまかし、善玉妖怪への貢物にあてる民百姓の多いことといったらない。

 ゆえに雅寿丸は、追儺の里、白月の里もまた、近くの村や町の人々から厚く遇されているものだとばかり思っていた。


 そう述べたあとである。化け狸の慶吾と白月狐の追儺は、今の今まで反目しあっていたのはなんだったのか、目を見交わして居心地が悪そうに頷きあった。


「ぬしの言うとおり、白月狐は悪しき渡来妖怪の好きにはさせじと手を尽くしているよ。けれども、いかんせん狐だからね……」


 いつになく歯切れの悪い追儺に、懐手の大男が、まるで子どもがするように首をかしげて見せる。

 するとそれまでとは変わり、生真面目な顔つきの慶吾が言いにくそうに引き取った。


「そもそもの始まりが美玉じゃろ? 美玉は唐渡りの妖狐。白月狐だけでなしに、おさき狐におとら狐、源九郎げんくろうちゅう狐の化け物はみな、美玉の同属に思われとる。人間だけでなしに、同じ物の怪の中にもそう考えるやつが少のうない。狐への風当たりはまだまだ強いちゅうわけじゃ」

「長の弟として、一族郎党を餓えさせ凍えさせるわけにはゆかないからね。ゆえにこうして国中を旅して回り、兵糧を掻き集めているというわけさ」


 話が妙な按配になり始めたとき、乞食坊主がわざとらしく、はたと手を打った。


「ほうじゃ、聞いて驚け。苦節二年、この界隈を這い回ったおかげでようやっと、儂は志を果たすことができたのじゃ」

「大げさに言うわりには、たったの二年かい」

「そがいなこと言うていいんか? 儂が総大将から受けとった下知はなあ――」

「……かけら、か」


 緋色の鋭い双眸を真正面に受け止め、僧形の男は重く頷いた。


 またしても子細の飲みこめぬ雅寿丸は目を輝かせ、二人のうちのいずれかが講釈してくれるのを待っている。

 どうにもやりにくいのだが、置き去りにして進めたり、話をいいかげんに端折ったりさせない何かを、どういうわけかこの澄んだ目の男は放っているのであった。


「白月の、こいつはどこまでわかっとるんじゃ?」

「なにも」と短く言ってから、竜笛をもてあそぶのをやめ、墨染めの狼士を見上げた。「雅寿丸は人に育てられた物の怪だよ。手習いで人の世の細々としたことは学んだようだけれど、妖怪としては赤子に等しいと思ったほうがいいね。昨夜少しだけ、美玉と禍つ石については話して聞かせたけれど、それだけだよ」


 狸大将喜左衛門を棟梁と仰ぐ慶吾は「ほんなら、はじめから話さんといかんのう」と、顎を捻りつつ唸った。

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