第9話 長いの、やたら長いお役目を与えられる

「しかし……そうか。おまえが道連れになってくれるのなら嬉しかったんだが、残念だ。おれには役立てそうもないなあ。だが幸いここは街道に近い、もう少し待ってみれば、これは、という者がとおりかかるかもしれんぞ」

「あのね」今まさに考えていたことを読まれた気がして、追儺ついなは刺のある声を出した。「御籤じゃあるまいし、満足のいくまでやり直し、というわけにはゆかないよ。こうなったら、まろはぬしについてゆくから、そのつもりでいるように」

「そうか。それならば道中、よろしく頼むな。おれは、この先の……ええと――」

小栞宿こじおりしゅく

「そう、そこに野暮用があって行くところなんだ」

「ぬしの村を襲った妖物の足取りを追って小栞へ行き着いた、といったところか」

「おう、まさにそのとおりだ。おまえ、すごいなあ。占い師かなんかか?」

「とにかく、だ」狐はなりふり構わず話の筋を引き戻し、「月はなにも、ぬしを仲間に引き入れてどうこうしろと示したわけではないんだよ。どこへゆけとも、なにをせよとも示していない。ただ、言葉を交わした者――ぬしと共にゆけと、こう示したわけだ」

「わかった。では遠慮なく小栞に向かうとしよう。思いがけない道連れができて、嬉しいぞ。明日からの旅が楽しみだなあ」


 嬉しくて跳ね回りたいのだろう。しかし、雅寿丸がじゅまるに殺されたと思い込んでいる怨念らが、それを阻む。結局、長い胴体をたわませて「ひ」の字を逆さまにした形のまま、体を上下に揺することしかできなかった。


「その瘴気はなんとかしなければならないね」

「むむ」

「それでは、妖物はおろか、人間相手にさえまともに立ち回れないよ。それに……そうだね、あと二日で本当に取り殺されるだろうな」


 鼬の髭が垂れ下がった。小さい声で「二日か」と呟く。狐の見つめる先で、鼬はわずかに、ほんのわずかに困ったような顔をして言った。

 それでも、鼬の目は澄んでいた。人に斬りつけて害を成す物の怪のものとは思えないほどに。


「ちとたりないなあ。用がすんだあとでなら取り殺されても構わんが、二日ではどうやってもたりそうに……いや、今すぐに小栞へ着ければ、なんとかならんこともないか」


 雅寿丸はあくまで前向きであった。

 心中で「無理だろ」と呟いた追儺の前で、這いずりながら岩山を降りようとし始める。斑入りの鼻が目指す先にあるのは無論、小栞宿だ。


「そんななめくじみたいなありさまで行って、どうするつもりだい? よしんばすぐに下手人の化け物が見つかったとしよう。ぬしは、なるほどあいつが、と納得して終わり?」


 それは、と口ごもってから、雅寿丸は首だけを曲げて追儺に顔を寄越した。長い首が思いがけず役に立つ。


 狐は、察しの悪い鼬に苛立った。


「下手人を殺したいだろう? 村人たちの仇討ちを、してやりたいと思うだろう?」

「いいや。なぜだ? 思い違いとはいえ、村人たちにとっての仇はおれだ。確かに、おれが決断を誤ったがゆえに、あの惨事は起きたのだしな。だから取り殺されてやるのはやぶさかではない。だが、下手人を野放しにはできん。同じことが再び起きんとも限らんからな」

「それじゃあ、どうするのさ。下手人が目の前に現れたら、きっと殺したくなるよ」


 すると雅寿丸、笑って言った。


「おれは、鳥獣渡世狼士ちょうじゅうとせろうしだ。だからその作法に則って、名乗りを上げて手合わせし、勝ったら縛り上げて鳥獣判官ちょうじゅうほうがんに突き出す」

「いいや、違うね。さっき言っただろう、ぬしはたった今から鳥獣行者判官付介錯人ちょうじゅうぎょうじゃほうがんつきかいしゃくにんだ。狼士じゃあない。判官が死罪を言い渡した妖物を、その場で速やかに成敗するんだよ」

「そ、そんなことが……」

「できるんだよ。封国鳥獣連ほうこくちょうじゅうれんは、悪玉妖怪のあまりの多さに、捕縛した妖怪をえっちらおっちら連れてきて判官に突き出すのでは間に合わないと気づいた。だから、判官が自ら悪玉妖怪の元へと赴き、裁く。どのみち妖怪道は畜生道、戦いに勝って無罪放免か、負けて死ぬしかない」


 世間知らずの鎌鼬には少々難しすぎたか、と白月狐が思いはじめたころ、長い獣は糞真面目な顔でこう問うた。


「しかし、それは妙だ。鳥獣諸法度ちょうじゅうしょはっとには、封国鳥獣連が決めた者を除き、ほかの鳥獣者を殺すのを禁じるとあったはずだぞ」

「そう。怨嗟の念で討たれた妖物は、輪をかけて残忍な怨鬼えんきと成り果てる。だから捕縛されてきた悪玉妖怪は、怒りや憎しみに囚われない者が成敗する」ここで追儺、首を傾げて見せ、「そこで、諸国を巡り歩く身軽な判官に、恨みを抱かず妖物を成敗できる者が同行したらどうだろう……ということになった」

「……ええと?」

「ぬしだ」


 月は過たなかった。追儺は、捜し求めていた者を見つけたのだ。


 鼬は、長い首を傾げすぎて、頭が逆さまになっている。言葉よりも雄弁に「わけがわからない」と語っているのだ。

 狐は、また、ため息をついた。


「鎌鼬や手長足長、姑獲鳥といった、いわゆる『組み物』の物の怪は、そのうちの一匹でも欠くと、怪異を起こせない。怪異が命を得たものが、物の怪だ。ゆえに組み物は、仲間を失うと狂う。狂って魔道に落ちる」

「待て。おれは確かに二匹の弟を失ったが、狂ってはいない。魔道には、落ちない」

「うん。驚くべきことだよ。そこで聞きたい、ぬしはなぜ、狂わない? 弟の一人は、魔道に落ちただろう?」


 楽しい話でもあるまいに、ぬばたまの目を輝かせながら聞き入っていた大鼬は、薄く口を開いた。笑っているのだろう、長い牙が覗いても、凶悪さは皆無である。


「それはあれだ、おれが馬鹿だからだ」


 間が、あった。虫たちが一くさり鳴き終えるほどの。狐が、鼬の答えがそれで終いだとは思わなかったためだ。


「……それだけ?」

「うむ。馬鹿がややこしく考えるから、狂ったり魔道に落ちたりする。だからおれは、あらゆることを面白おかしがって生きることにした」


 その言葉に嘘がないことは、狐ならずとも確信できただろう。

 雅寿丸は、今も、今までも、いつでも楽しげに小鼻をうごめかせ、何にでも目を輝かせ、長い体を伸び縮みさせては喜びを伝えようとしていたではないか。

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