第19話 事件発生
そして事件は起きた。
元々周囲から色々言われてはいた。
だが、どういう時にあの鼻歌が聞こえてくるのかさえ分かれば、誰もが納得してくれていた。……はずである。
その日も、ピンクッションと鋏を残して売買に出かけた。
そしていつものように、憲治が鼻歌を歌いながら作業をしていく。
犬人族の女性から頼まれたドレスも間もなく出来上がる。今日縫い上がれば、翌日から刺繍に取り掛かれる。あと三日ほどで終わる。
そんな計算をしていた時だった。
「ここか! 世にも恐ろしい歌声が響く家とは!!」
そう言って犬族の兵士たちが小屋に入ってきた。
「あ゛あ゛ん?」
相手が犬族と知らぬまま、作業の邪魔をされたというだけで相手を振り返った。
そして、そこにいたのは犬。
「あ……悪人だ! 我らに威嚇したひっ捕らえろ!!」
その号令とともに犬族兵士たちが憲治と捕らえ、服をめちゃくちゃにして引き摺っていった。
それを鋏から聞いた他の面子はため息をついた。
おそらく犬族貴婦人自体が囮だったのだろう。そして貴婦人のドレスが出来上がってないとなっては、憲治の評判にも傷がつく。
そのことを鍵が懸念していたが、鋏は平気そうな顔をしていた。
「まず一つ目。パニエはそのまんま」
そう言ってじゃきん、と鳴らす。
パニエとはドレスのスカート部分を綺麗に膨らませるための下着、のようなものだ。
「それから、型紙はそのまんまある。何故か憲治が大量に欲しいと言っていたから同じ色の布はまだある」
その言葉にすぐさまメジャーの指示のもと布の上に型紙が置かれた。
「ま、何よりもピンクッションとアラクネが一緒ってのが一番だな」
「……は?」
鍵は全く分からない。
「それにレース編みしてたからかぎ針持ってるし。取られたところで指編みするだろうし」
「……容易に想像がつくわね。布だけ切っておけば問題ないかしら?」
メジャーまでもが安心したように言う。
「だけど、貴婦人がその前に来たら……」
「そのあたりは鍵が何とかしろよ。依頼持ってきたのはお前だ」
「……うぐっ」
それを言われてしまえばどうしようもない。
一応、犬族貴婦人に連絡を取ろうとしたものの、居場所すらわからなかった。
それでもと思い、周囲の住民にも聞いてみたが、誰一人答える者はいなかった。
その頃、憲治は。
城の牢屋に入れられていた。ピンクッションは手元にあるものの、針は全て取られた。「危険」らしい。どこが危険なのかみっちりと聞きたいところではあるが、犬が怖いので聞けなかったりする。
そしてかぎ針も取られたため、現在は鋏の予想通りアラクネの糸使って指で編み物をしている。
「憲治のそのごっつい指でそんな繊細なレースもどきが出来るなんて誰も思わないと思うの」
<シュ、シュシューー>
ピンクッションは相変わらずである。
そして、それにアラクネまでもが同意するかのような音だ。
「……酷い」
そう呟いたものの、見事に無視された。
そして、しばらくして服を侮辱するような恰好をした女性が牢屋に現れた。
一人はあまりにもぶかぶかなドレスを何とか着込んでいる。もう一人は小さなドレスを窮屈そうに来ているのだ。
「服に対する冒涜だっ!」
相手が犬族でないのをいいことに、憲治は叫んだ。
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