第17話 能力と怖いもの
一通り憲治の創作意欲が落ち着いたころ、芋虫の糸を独自で染める手段を持ち合わせるようになっていた。
染めても刺繍やレースにしか使われないという、やるせなさもあるが仕方あるまい。というのが憲治の考えだ。
芋虫の糸で織られた布を購入してきた鍵たちがそれを売りに行く。裁縫道具の三人組は常に憲治のそばで手伝いをしている。
メジャーと鋏が時々店頭販売をしているが。
「接着芯がないのが痛いよな」
ぼそりと憲治が呟く。あれば今以上に制作が楽になる。
「憲治、忘れていることないかしら?」
ピンクッションが楽しそうに言う。
「……なんかあったっけ?」
「一回ベスト作ったでしょ? その時芯地使っていないと思うの」
だいぶ前に作ったベストスーツ。そろそろチシャ猫的ケットシーに新しい服を作ってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、そういえば使っていなかったと今頃になって思い出した。
「あの時は無意識だったのね。今までだって必要な部分を憲治は魔法(、、)で補強してたのよ」
メジャーまでもが気づいていなかったのかと言外に含む。
ならば、とその魔法を使いこなせるように頑張る憲治だった。
それから一か月後。
憲治は「強化魔法」というものを使いこなせるようになっていた。強化するのはもちろん布や糸、毛皮や皮に限られている。
鍵は「『強化魔法』本来は身体に使うもの。通常通り使って戦いに生かせ」と言ってくるが、出来ないものは出来ない。そのため無視している。何事にも適材適所というものがあるはずだ。
「『強化』!」
最近では魔物の薄い皮を強化し、型紙として使えるまでになっている。羊皮紙というのが昔あったのだ。それの代わりにと憲治は開発しただけのこと。正直言えば、普通の紙や鉛筆、そして消しゴムが欲しいと思っている。
金槌に頼んで、現在作ってもらっているが、すべてにおいて憲治が作り方を知らないため、悪戦苦闘中だ。
そして最近になって気づいたのだが、服飾関係に関しては「こういうものが作りたい」と思うと、勝手に製図が思い浮かび、あっという間に型紙などを作ってしまう。
……これもチシャ猫的ケットシーのベストスーツを作る時からあった能力だという。気づいていないのは、憲治だけだったらしい。
「向こうの世界にいる時から欲しかった能力だな」
しかも補正要らずなのだ。これほど便利な能力はないと思ってしまう。
「憲治、依頼よ」
メジャーが鍵にぶら下がりながらこちらへ来る。
「今回の依頼は?」
「とある犬族貴婦人のドレス」
「……犬」
「苦手なのはわかるけど、やってちょうだい。お会いしないと似合う服も分からないでしょ?」
あっさりとメジャーが言う。一応サイズはメジャーと鍵がいれば計れる。
だが、相手にどんなデザインのどんな色が似合うのか、そして相手の希望にどれくらい添えるのか。それは憲治でなければ分からないのだ。
なので、必要最低限以外接客はしないことにしているが、どうしても会わなくてはいけない場合もあり、その客が逃げたこともある。
泣きたくなる憲治を宥めてくれる人物は誰もいない。
「……今回俺、出ない」
陰からこっそり見てデザインを決めよう。そう心に決めていたのだが。
「依頼人はあなたに会いたいんですって。腹くくってちょうだい」
身も蓋もないことをメジャーに言われた。
実は憲治は犬という犬が苦手である。幼少時に大きな犬(注:子供目線。実際は中型犬)に飛びかかられ逃げようとした。その時から強面の子供だった憲治に対して飼い主が「犬が殺される!」と叫んだのだ。
そしてその時のドヤ顔(注:あくまでも憲治目線)になった犬。そして周囲がそれに同調しはじめ、他の犬までけしかけられた。
以来犬は駄目なのだ。小型犬ですら、憲治は怖いと思ってしまう。
「せめて猫だったらよかったのに」
そこまで苦手意識のない猫族だったら、こんな風にはならなかった。
「言わせてもらうけど、猫の場合は憲治の顔見て逃げてるだけだから。犬みたいに主を守ろうとか考えていないから」
ピンクッションの言葉が憲治にぐっさりと突き刺さる。
あれは主を守ろうとして飛びかかってきたとか、ありえない。まだ可愛い盛りの(注:憲治両親目線)子供相手に犬が向かってくるのだ。
あの時両親がいなかったら冤罪で断罪されていただろう。
そんなことを憲治は思いながら現実逃避をしていた。
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