第16話 憲治の怒り

そんな鼻歌から逃れるために、金槌と鍵が買い出しに出かけるようになった。


 もちろん、憲治作のもので売れるものは売る。初期の頃のレースとかそのあたりが主流だが。

 服屋にもっていけば、憲治が一時間で編んだレース編み一つで銀貨十枚(約一万円)はくだらない。

 どこへ持っていっても「別の色も欲しい」と言われるので、値引き代わりに染色方法を聞く。

 ……ほとんどが芋虫キャタピラーから出る糸に対応したものばかりで、アラクネの糸には無理だった。逆に芋虫の糸に詳しくなる金槌と鍵だった。


 それを伝えるとすぐさまアラクネは不機嫌になっていた。

「安心しろ。お前たちに芋虫の糸を織れとは言わないから」

<シュシュシュー>

 憲治の言葉に、嬉しそう(?)に反応するアラクネ。だが、芋虫の糸で織った布の方が市場に出ているわけで、売りやすいのも事実である。

「布は買ってこればいいだろ? ウリーピルの布だってアラクネたちは嫌々織ってんだ。これ以上苦労かけるわけにはいかない」

 ……その気遣いの半分でいい。俺にください。

 鍵は喉元までその言葉がでかかったが、報復が怖いのでやめておいた。

「逆にそういう人を探してみるのもいいと思われますが」

 さらりと箒が言う。

「だなぁ。横の繋がりってのももう少し必要かもしれんなぁ」

 すぐさま同意してきたのは金槌だった。

 その方が女王やその側近たちに憲治の情報が入るというのもあると。



 余談だが。

 この世界にはファンタジー小説によく出てくる「ギルド」というものは存在しない。個々にLVというものはあり、「冒険者」というのは職業だ。

 そしてその冒険者になるためには、適正能力というものを開花させなくてはいけない。

 その開花方法はそれぞれ違うためどのようにすればいい、というマニュアルもない。


 ただ、それを調べることが出来るのは「占者せんじゃ(別名、選者)」と呼ばれる者だけで、その能力を持つものは家系で現れるらしく、現在、女王以外いない。

 つまり、適正のないものが勝手に「冒険者」を名乗っている場合もあるのが現状なのだ。


 適性のないものがその職に就こうとすると、適正のある者の百倍の努力は必要とされるため、死者も多くなる。


「厄介だな」

「まぁなぁ。だから粗悪品も結構見受けられる。おいどんたちは魔石を核にしているから適正なんてもんは関係ねぇが」

 鍵と金槌は買い物をしながらそんな話をこそこそとする。


 ただでさえ、鍵という存在は目立つ。おそらくそれ以上に憲治が目立つ。間違いない。

 ため息をついてこの先を憂いる鍵と金槌(二人)だった。



 粗悪品な布と糸を受け取った憲治は憤慨していた。

 冒涜にも程がある、と。それを宥めるのは毎度の裁縫道具たちだ。

「しゃぁねぇ。諦めろ。アラクネが織りたくねぇんだ。妥協するしかねぇだろ?」

「そうよ。地球だって値段でだいぶ布や糸の質が違ったじゃない」

「分かる! だけど高いんだよ!!」

「それは分かるけど、その一端を担っているのが女王なんだから仕方ないじゃない」

「おのれ女王! 許すまじ!!」

 女王への怒りが憲治を支配していた。


 こんな会話を箒とスコップが生温かい目で見ていた。

「憲治さんをやる気にするには、布を見せればよかったのね」

「みたいですね。鍵さんも最初からこうすれば……」

「それは金槌君がファインプレーでしょ。あの家だったら憲治さんは何とも思わなかったでしょうし」

 こそこそと話をし、こっそりと鍵たちへ報告を入れる。

 向こうで大きなため息をついているのが想像ついてしまった。

「僕たちも頑張りましょう! 質のいいものを作って女王に認めさせ、謁見まで持ち込むのが楽です」

 スコップがわざとらしく大きな声で宣言する。

 それにくらいついた憲治が、極悪人の笑顔でスコップを睨んだ。……おそらく本人は睨んだわけではないだろう。


 思わずびくついた箒とスコップだった。

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