経緯、聞かれて

電車に乗り込んだ女は下を向いて、気分が優れない様子だ。

顔面蒼白そうはくで、バックを持つ手に力が入っていない。

近くにある席に倒れこむように座った。


通路を挟んでちょうど男と対面する形になった。


男は突然の出来事に直面し、呆気あっけに取られていた。

落ち着きを取り戻す頃には、列車のドアは既に閉まっていて、車両は動き出さんと揺れ始めていた。


「すいません、この状況何か分かりますか。誰も乗ってないんですよ、この列車」


男は女に話しかけた。

声に反応し女は顔を上げ、周りを見渡した後、困惑したように眉間みけんしわを寄せた。


「また乗っちゃった」


「どういうことです?」


女は立ち上がって、窓の外の景色をそっと見た。

そのままじっとたたずみ、そして何かを悟ったように溜息ためいきをついた。


「通勤するところだった?」


「ええ」


「もしかして職場が嫌で、行きたくないって思わなかった?会社に着かなきゃいいのにって思いながら列車に乗らなかった?」


図星だった。

でも、男は気恥ずかしい気がして、


「そうだったかもしれません」


にごした。

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