君はリンゴの絵を何度見たか

辺りを見渡すと、自分が乗っている車両はおろか、隣の車両にも人がいない様子だ。

何か勘違いして回送列車に乗ってしまったのだろう。

遅刻のことが頭によぎる。

背筋に冷たい汗が一筋通った。


どこに向かっているのだろうか。

外は、なんの変哲も無い住宅地が広がっているだけで、ここがどこだか検討もつかなかった。

少なくとも、いつも見ている景色ではない。

窓の外にリンゴの絵が壁面に描かれた洒落しゃれたアパートを見つけた。

退屈な風景の中の小さなアクセントだったので、印象に残った。

それからはまた、退屈な風景が続いて、男の意識は次第に遠のいていった。


眠りは浅く、首が肩に衝突しそうになると目が覚めた。

まだ、列車は走り続けているようだ。

外の景色を確かめようと窓に目をやると、男はぎょっとした。


「あのリンゴの壁画、さっきも見たはずだ」


そんなに、眠っていないはずだったし、列車が引き返した様子はない。

リンゴの絵が描かれたアパートはさっきと同じ方向に過ぎ去って行く。


「これはさっき見た景色だ。何かがおかしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る