第36陣勇者殺しの魔法使い

 何もかもが不安ばかりの中始まった世界再生の旅。だが旅が始まってすぐ、当時高校生の俺には乗り越えなければならない事があった。


「え、えっとサクラさん? 二人で一部屋ですか?」


「二部屋も借りるほどお金がないから、仕方ないの。あ、邪な考えをしていた。殺すからね?」


「は、はい」


 高校生と言ったら、まさに思春期。女の子と二人きりで同じ部屋で寝泊まりするなんて、色々耐え難い。


(えーい、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、だ)


 その為か何度命を落としかけた事か。男という生き物は、本当に怖い。


「もう、次やったら今度こそ命がないわよ」


「ごめんなさい、反省しています」


「嘘ばっかり」


「はい、嘘です」


 シャキーン


「新しい魔法使い探さないと駄目かな」


「じょ、じょ、冗談だからその剣をしまってくれ」


 そんな二人旅は十日ほど続いた。その間にも色々あって大変だったけど、サクラ自身に殺されそうになる方が余程怖かった。


 そして新しく仲間が増えたのは、その十日目。ある村を訪れた俺達は、一人の少女と出会った。


「すごい、傷が……」


「消えていく」


 彼女は村唯一の治癒術師だった。その実力は、恐らく世界で五本の指に入っても間違いないくらいだった。


「私リアラと言います。世界で傷ついた人達の傷を癒す為に旅をしているんです」


 彼女も俺達と同じく旅をしていたらしく、偶然この村に立ち寄ったらしい。折角なので共に世界を救う旅に出ないかと誘ってみたところ、これを何と彼女はあっさり承諾。二人だった旅が、新たに一人増え、三人になったのだった。


 ただし、


「本当サッキーは懲りないわね。次こそは打ち首がいいかな」


「そうですね。その時は是非私も協力させてください」


「お二人共マジでごめんなさい。だから勘弁してください」


 俺の思春期はまだまだ続きそうだった。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 そこまで話したところで、俺はある事に気がついた。


「あれ? もしかしてノブナガさん、寝てますか?」


「すぅ……」


 話し込んでしまったせいか、ノブナガさんがいつのまにか眠ってしまっていた。


「って、どうしよう。ここ俺の部屋なんだけど……」


 元の部屋まで運んであげたいが、あくまで俺は病人の身。ノブナガさん一人を抱えて運ぶなんて体力は、どこにも残っているはずがなかった。


「だからって起こすのも可哀想だし、このままにしておこうかな」


 ただ、ここで一つの問題が発生する。布団が一つしかない為、どちらかが布団で寝るしかないのだ。勿論ノブナガさんを優先して、布団に寝かすのだけど、俺はまだ風を引いている身。流石に何も無しで寝るのは、風邪の悪化に繋がってしまう。さてどうしたものか。


「うう、寒い」


 今更の話だが、ここの季節は今何なんだろうか?雨は降るし、寒暖差も激しいし、どれかの季節に当てはまるようには思えない。今度聞いてみたほうがいいのかもしれない。


「って、今はそんな事考えている場合じゃないか」


 とりあえずノブナガさんは布団で寝かして、俺は部屋にあった、ありとあらゆる物を重ね着して、うずくまった。


(こんな風に寝ると、あの頃を思い出しそうだな……)


旅をしていた頃は、宿に泊まるよりも野宿する事のほうが多かった。だから皆で焚き火を囲って、温まりながら寝たのも覚えている。


(おやすみなさい、ノブナガさん……)


 俺は少しだけ懐かしい事を思い出しながら、そのままゆっくりと眠りにつくのであった。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 世界は悲しみに包まれた。


 勇者が命を張って世界を守ってくれたことに。


 勇者サクラは永遠に世界にその名を刻まれた。


 誰もがその名を忘れぬように。


 世界は一人の少女と仲間によって救われたことを忘れないように。


 勿論俺達もその名を刻むことになるのだが、俺はそんな名声や名誉なんていらなかった。だってその名誉ある少女を殺したのは俺なのだから。魔族でも魔王でもなく、俺なのだから。


『おかえりなさい、ヒスイさん』


『師匠、俺……』


『話は聞きました。とんだ災難でしたね』


『災難で済む話じゃないです。俺は人殺しなんですから』


『そんな、人殺しだなんて。いつかは来るべき運命だったんですよ、きっと』


『運命だなんて、そんなのおかしいですよ!』


 気がおかしくなりそうだった。どうして誰も自分を責めないのか、と。俺がいなければ、サクラは死ぬことはなかった。それなのに、仲間も、国王も、誰も俺を責めたりしない。


『運命』


たったその一言だけで簡単に片付けられてしまう。それがとても辛かった。


(俺は、何一つ頑張れてないのに)


 頑張ったね、おかえりなさいとか言われるのが、すごく辛かった。


 だからいっそのこと、死んでしまえばいいと思った。


勇者殺しの魔法使いなんてこの世から居なくなってしまえばいいと。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

「はっ」


 また夢を見た。


 あの、全ての終わりを迎えた日の夢を。


「ってあれ?」


 昨日はうずくまって眠ったはずなのに、何故か俺は布団で寝かされていた。もしかしてノブナガさんがわざわざ運んでくれたのだろうか?


「目が覚めましたか? ヒスイ様」


「ノブナガさん? 俺確かその辺で寝てたはずじゃ」


「すみません昨日は。気がついたら寝てしまっていたようで。でもヒスイ様より早く起きれたので、布団に移動させておきました」


「わざわざそんな事しなくてもいいのに」


「病人が何文句言っているんですか。これで体調が悪化したら許しませんからね」


「何か、そのすいません」


 正論を言われて、俺は謝る事しかできなかった。


「まあ熱は大分下がりましたし、今日こそ行けるんじゃないですか」


「行けるって、どこにですか?」


「何とぼけているんですか。ヒデヨシさんのところに決まっているじゃないですか」


「ヒデヨシの所に? どうして?」


「謝りたいんですよね彼女に。この前の事を」


「あ」


 完全に見抜かれていたらしい。とは言っても、朝は寝ぼけてて本当に忘れていたとは言えない。


「ちゃんと謝らないと駄目ですよ? 女の子を振ったんですから」


「振ったって……」


 間違ってはいないけどさ。

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