第34陣涙の意味を彼女は知れず

「へっくしょん。ずずぅ」


 翌日、予想通り風を引いてしまった俺は、朝から熱を出してしまい寝込んでいた。


「もう、一人であんな森まで行くからですよ。情けないですね」


 看病は昨日の夜中の件で、少しだけ元気が戻ったノブナガさんがしてくれていた。というか、


「何でノブナガさんは、そんなに元気なんですか? 普通あれだけ雨に打たれたら風邪ひきますよ」


「私はこう見えて頑丈な身体なんですよ。ヒスイ様と違って」


「何かサラッと酷いこと言われ……へっくしょん」


 男の自分として、とても情けない話なのだが、今はそれを言い返すことすらも出来ないくらい辛かった


(久しぶりかもこんなに風邪引いたの)


薬も一応飲んだのだが、身体が寒くて布団から出られない。


「ヒスイ様、お腹空かれましたか?」


「食欲はありますけど、そんなに食べれないです」


「じゃあ今、軽い雑炊を作ってきますので、ちょっと待っててください」


 ノブナガさんはそう言うと部屋を出て行った。


(ノブナガさんの手作り雑炊か……)


 そういえば、最近誰かの手作り料理食べてないな。熱がある時は誰かに甘えたくなるから、こういう優しさはすごく嬉しい。ただ、少しだけ残念なのが、ノブナガさんがまだ元気がないことだろうか。


(そういえば、まだヒデヨシにも謝っていなかったっけ)


 戻ってきて一度会話したくらいで、その後はまだ何も話していない。あんな言い方したのだから、一度しっかり謝っておかなければならない。


「はぁ……」


 昨日は少し感情的になりすぎたのかもしれない。忘れられない過去、それが今も俺を苦しめている。あの日、あの瞬間、あの言葉、全てが一つの鎖になって俺を……。


「ただいま戻ってきました。ってあれ? ヒスイ様?」


 俺を……。


「ううっ……俺がいなければ……サクラは……」


「ヒスイ様?」


 縛り続ける。もっと自分が強ければ、あんな事にはならなかった。彼女には最後まで生きていてほしかったのに、最後にどうして俺なんかを庇って……。


「俺には……重い。人の命を……背負うなんてできない……ごめん……ごめんな……」


 ただ苦しかった。後悔してもサクラは戻ってこないと分かっているから、とても苦しくて、どんなに願ってももう彼女に会えないという悲しさが、大粒の涙へと変えていた。


(昨日あんなに格好つけておいて、俺は何でこんなにも弱い)


昨日はこんなにも辛くはならなかった。だけど改めて何もできてない自分の事を考えると、サクラを守ることすらできない俺には、本来そのような言葉なんて向かない。


「俺はいつまで……この苦しみと戦えばいいんだ。こんなに辛くて、悲しいのに」


そこにノブナガさんがいると知っておきながら、止まらぬ思いを俺は次々と吐露する。


「ヒスイ様」


 そんな俺を……。


「どんなに辛くて、悲しくても私達がいます」


 ノブナガさんは、優しく抱きしめてくれた。そのせいもあってか、俺は嗚咽しながら更に涙を流し続けた。


「えっぐ……ノブナガさん……えっぐ……」


「いいですよヒスイ様、いくらでも泣いて。私がここにいてあげますから……」


「うわぁぁん」


 これが俺が初めてこの世界で見せたら自分の弱みだった。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 泣き疲れてしまったのか、ヒスイはそのまま眠ってしまい、ノブナガは眠り続ける彼の側にずっといてあげた。


(人の命を背負う……果たして私にはそんな事できるのかな……)


 ノブナガはヒスイが言っていた言葉が先程から頭を離れないでいた。誰かの命を背負って生きる事は、本人にとって辛くて苦しいもので、あくまで第三者である自分達には到底理解できないものだった。


(でもそれは、いずれ私達にも起きてしまう事)


この時代はそういうものだと彼女は理解している。しかしそれが実際に起きてしまったら、果たして自分も彼のようになってしまうのではないかと苦悩する。


「ノブナガ様、いらっしゃいますか?」


 そんな時、ミツヒデがヒスイの部屋にやってきた。ヒデヨシ辺りから居場所を聞いてきたのだろう。


「どうかしましたか? ミツヒデ」


「実はヒスイの件で、お話ししておきたいことがありまして」


「ヒスイ様の事で?」


 当人の部屋の中で話すのもあれなので、二人は一度彼の部屋から出た。


「それでヒスイ様の事での話とは何ですか?」


「ノブナガ様もご存知ではあると思いますが、彼はここの世界の人間ではないですよね」


「はい。本人も言っていました」


「その割りには私達の事、かなり知っているようには思いませんか?」


「確かに言われてみれば……」


 いくつか思い当たる節はノブナガにもあった。まるで別の世界の人間の割りには、私達の事、というよりかはこの世界の事をよく知っている気がする。それも最近の事ではなく、出会った時からだ。


「それが偶然だとは私思えません。彼は何かしらの形で私達の事を知っているのではないでしょうか?」


「何かしらの形とは?」


「例えば私達より遥か先の時代を生きているとか」


「つまり未来を生きているって事ですか?」


「簡単に言えばそんな感じです」


 その言葉には一理あった。もしそれが本当だとしたら、今までの事も説明がつく。


「でもそれを私達が知ったところで、どうするんですか?」


「気になりませんか? 彼が何者なのかを」


「気にはなりますけど……」


 それを直接本人には聞けないとノブナガは思っていた。絶対に話せない雰囲気を本人が纏っていたし、自分達の事を何か知っているようで、それを聞くのは少し勇気が必要だった。


「ヒスイ様は、私達の事を私達よりも知っている気がします。私」


「それだったらやはり聞いた方がよいのでは?」


「それでも何か聞きにくいです。少し怖いんで」


 彼が呟いていたサクラという人物もすごく気になるけど、やはり怖くて聞けない。踏み越えてはいけない一線が二人にはあるように、ノブナガは感じていた。


「でもいずれは知る事になるかもしれないんですよ?」


「急ぐ必要なんてどこにもないんです。今はゆっくりとその時を待ちましょう、ミツヒデ」


「……分かりました」

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