第33陣生きている理由

 私には生きる価値がない。


 突然ノブナガさんが発した言葉。あまりにも突然の言葉だったので、城に戻ってからも俺はその言葉の意味を考え続けていた。


(ヒデヨシがさっき言っていたけど、ヨシモトが原因なのかな)


 ヒデヨシの言葉を真に受けるとしたら、ヨシモトが原因だと考えられる。伝令が急がしていたのは、これが理由だったのか……。


「ヒスイ、いるか?」


 そんな事を考えていると、俺の部屋に珍しい客がやって来た。ミツヒデだ。彼女が俺の部屋を訪ねてくるなんて珍しかった。


(用件は何となく分かるけど)


「いるけど、どうしたんだ珍しい」


「お前に一つ聞きたいことがある」


「ノブナガさんの事か?」


「ああ。ノブナガ様がお前を迎えに行って帰って来てから、一度も口を開いてない。何かあったのか気になってな」


 部屋には入ってこずに、扉越しで話をしていくミツヒデ。何故部屋に入らないのかは分からないが、聞いても多分答えないだろうから、俺は仕方なく扉の近くに座って、何があったのか分かる範囲で説明をした。


「なるほど。つまりノブナガ様はヨシモトに何か言われたから、あんな風に」


「詳しくは俺も分からないけど、多分そうだと思う。それに」


「それに何だ?」


「いや、何でもない」


 話しているうちに、ふとある事が浮かんだが、今はそれを口には出さないでおこう。それを言ったら、多分怒られると思うから。


「ヒスイ、一つ頼みを聞いてほしい」


「頼み? 何だ?」


「もしノブナガ様に何か起きたら、お前が守ってほしい。認めたくはないが、お前のその力ならきっと守れる。だから頼んだぞ」


「何だよいきなり。まあ、言われなくてもそうするつもりだよ」


「頼む」


 普段ミツヒデとは滅多に会話をしないので、彼女がどんな人間なのか分からないが、この時だけは少しだけ分かった気がする。

彼女は誰よりもノブナガさんを大切に思っているのだ。だから俺にこんな当たり前なことでさえも、頼んだんだ。自分よりも優れている人に、プライドすらも捨てて。


(本当変わったやつばかりだな。この世界の人は)


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 その後、この話が再び動き出したのは深夜の事だった。考え事をしていた俺は、なかなか寝付けずに外を眺めていた。


(雨止まないな……)


 外は相変わらずの雨。明日は一日城の中かなと考えていた時、ふと街を歩く人影が目に入った。


(誰だろ、こんな雨の日に)


 雨除けの物も何も持たずに、こんな時間に一人で歩くなんて、普通は考えられない。


(って、まさか!)


 遠くてはっきりとした姿は見えないが、今の状況から考えれば、一人しかいない。俺は慌てて部屋を出て、すぐにあの人影の元へ急いだ。


(ノブナガさん! どうしてこんな事を)


 途中で誰かに呼び止められた気がするが、今は気にしている暇はない。とにかく急がなければ。



「ノブナガさん!」


 それから五分後、俺は先程見えた影に追いつくことができた。全速力で走ったからか、もう息切れしている。


「ヒスイ……様?」


 やっぱり彼女だった。今この中を歩きそうな人は、彼女くらいしか思い当たらなかったので、間に合ってよかった。


「どこへ……行くんですか! こんな……雨の中」


「分かりま……せん。私には……もう……何も」


「お願いですノブナガさん! 目を覚ましてください」


「目を覚ましてますよ……。私は充分に」


「だったらどうして、どうしてこんな事を」


「私はもう……戦人として生きる価値が……ないんです。ヒスイ様にああ言われてから、ずっと胸が苦しくて……ヨシモトともまともに戦えませんでした。もう私には誰かを殺すことはできないんです……だから戦人としての価値は微塵もありません」


(やっぱり俺のせいだったのか……)


 ずっと俺の中で引っかかっていた。ヨシモトとの戦いで、ノブナガさんは急に戦えなくなったとヒデヨシが言っていたからだ。何故そうなったのか、元を辿って考えてみれば、俺が飛び出したことが原因だと自然にたどり着いた。


(人の命を大切にするのは当たり前の事、でもそれはこの時代では通用しない。あの世界の時だってそうだったから)


 人一人の命が亡くなって、それを引きずっていては生きていけない時代。でもノブナガさんは、俺の言葉を聞いて考え込んでしまったのだ。人の命を簡単に奪っていいのかを。そしてそれはやがて、自分から戦の意味を奪う事になってしまった。だから彼女は今こうして……。


「ノブナガさん、確かに俺は人の命は大切にしたいとは言いました。しかし戦うな、なんて一言も言っていません」


「それはどういう意味ですか?」


「実は俺、この魔法を教えてもらった世界で、何人も人を殺してしまっているんです。だから若干感覚がおかしくなっています。でもそれはあくまで倒さなければならない理由があったからで、訳もなしに殺していた訳ではないんです。ノブナガさんだってちゃんとした理由があるじゃないですか」


「戦う理由? 私は……生き残る為、そしていつか天下を取る為、戦っています」


「それで充分じゃないですか。だから価値がないなんて言わないでください」


「ヒスイ様……」


「だから帰りましょ? 皆の所に」


「はい……」


 俺の一時の感情で生んでしまった誤解も解いた所で、ノブナガさんの手を取って城へ戻る。今日こんだけ雨に打たれたから、明日は風邪ひきそうだな。


「ヒスイ様、私一つ聞きたいことがあるんですが……」


「何ですか?」


「ヒスイ様はどうして、そんなにも命を大切にしたいんですか?」


「どうしてって、それは……」


 当たり前の事を聞かれて、当たり前の答えを返そうと思ったが言葉を止める。俺が命を大切にしたい理由、それは……。


「好きだった人の分まで、長く生きたいから、ですかね」


「好きだった……人?」


「俺はあいつの分まで生きなきゃ駄目なんです。それがせめてもの償いだと思うから」


それが俺が今こうして命を大切にしたいという思いで生きている理由だった。

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