第6陣初めての夜
歓迎会とは言っても、先程も言った通り空気が盛り上がれるようなものではなく、何というか親密の空気の中で行われていた。勿論会話なしというわけではなく、少しだけ賑わいはあったのかもしれない。
「じゃああの力は、魔法って言うんですか?」
主な話題はというと、やはり俺が使った魔法についてだった。まあ話というよりは、一方的にこっちが質問されたような形になったけど。
「はい。簡単に魔法について説明すると、何もない空間から火や水といった物質を生み出すことができる力って感じです」
「無から物質を……ですか。それはちょっと興味あります私も」
ほとんどうろ覚えの説明になってしまったけど、どうやらノブナガさんも理解してくれたらしい。
(俺自身も魔法が何なのか理解できてないからなぁ)
魔法の詳しい原理は、未だに明かされていない。だからそこに魅力が感じられるのかもしれない。
「なるほど、その魔法を使えば、無から私とヒデヨシ様との愛を生み出すことができるんですね」
「どんだっけ曲がった解釈しているのよ!」
別の方に解釈している人がおられるけど、そこはあえてスルーしておく。
(愛って作れるものか?)
そんな疑問は置いておいて、俺はノブナガさんに一つ聞いておきたいことがあった。
「そういえば俺からも一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょうか?」
「いきなりこの隊に入って聞けるような立場じゃないですが、現状織田軍はどのような状況におかれているのですか?」
それはこの年代における、織田軍の状況だ。歴史上千五百八十二年に本能寺の変が起き、そこで織田信長は命を落とすことになっているのだが、それまでに大体の天下統一は終わっていたはずだ。
信長亡き後にそれを豊臣秀吉が継ぎ、天下統一を果たすというのが正史になっている。果たしてこの織田軍の状況はどうなっているのだろうか。
「今の私達の軍の状況は、正直に申しますと芳しくありません。武田軍と上杉軍の圧倒的勢力に押されつつあります」
(やっぱり良くないんだ)
俺を即隊長に就任させるあたり、やはり状況はあまり良くないらしい。しかも武田軍と上杉軍と言ったら、かなりの強者だ。その中の一人として、織田信長も名を挙げているのだけど、この先巻き返したりするのだろうか?
(何かすごい重要な役割を任されたのかな、俺)
そもそも今俺がいるこの時代が、正史なのかも分からないし、本当の戦国時代なのか不確かだ。それにここにいる織田信長さえもあの有名な信長なのかはっきりしていない。
でももし、その通りに事が起きるなら、この目の前にいるノブナガさんはいつか……。
「でもヒッシーがきっと力になりますよ。ノブナガ様」
ヒデヨシが会話に割り込んでくる。さっきまでネネと言い争いをしていたくせに、こういう切り替えは妙に早い。
(相変わらずヒッシーってあだ名だけど、もうどうでもいいか)
「確かにヒデヨシさんの言う通りですね。ヒスイ様のその力があれば、きっと私達の軍を勝利に導いてくれます」
ヒデヨシの言葉に対して、そう返してくれるノブナガさん。ここまで期待されると、ちょっと恥ずかしい。
「そ、そんなに期待されても、ちょっと困りますよ」
ちょっと照れながら俺はそう返す。
でも何度も言うが、俺自身魔法に関して若干の不安がある。何せ二年も使っていなかったのだから、ブランクというのがあるし、魔力も衰えている可能性がある。
「でもやってくれるんだよね、ヒッシー」
「まあな。約束は破る気はないし」
それでも一度やると決めたからには、諦める気は無い。
「流石ですヒスイ様」
あの時だってそうだったように、最後までそれを貫き通す。そうすればいつかそれが報われると俺は思っている。
(その為にも躊躇わず使おうこの魔法を)
食事をしながら、改めて俺はそう決意するのであった。
■□■□■□
そんな感じで歓迎会は、一種の食事会みたいな形で終了し、お風呂(釜風呂だった)も済ませ部屋に戻り、あとは寝るだけになった。
(ふう、散々な一日だったな……)
思わずため息がこぼれてしまう。今日一日だけで沢山の出会いがあったわけだけど、なんだかデジャヴを感じてしまう。
(この感じ、何だか懐かしいな)
初めてあの世界に来たときもそうだったけど、いきなり魔物に襲われたり、助けてもらったりして、初日はかなり濃密な一日になっていたと思う。
(でも何故か夜は、やけに落ち着くんだよな)
本来緊張して眠れないはずだというのに、俺は逆に落ち着く。まるで異世界にいることすらも忘れてしまうかのように、俺は一人の夜を優雅に過せていた。
「やっほーヒッシー、遊びに来たよー」
まあそれも、再び壊される羽目になったんだけど(泣)。
「あのなあ、入ってくるならせめて一言声かけろよな」
「ヒッシー!」
「そして飛びつこうとするな!」
一声もかけずに勝手に入ってきた彼女は、そのまま俺に飛びついてくる。俺はそれをすんでんの所で避ける。
「良い子はさっさと寝なきゃ駄目な時間だろ」
「何をー。私だってまだまだ起きれるもん」
「子供扱いされている事は突っ込まないんだな」
「誰が子供よ!」
「ツッコミ遅!」
とまあ、くだらないやり取りはこの辺にして、俺は早く眠りたいので、意地でもヒデヨシを撤去しようと試みる。
「なあ俺は今日疲れたから眠いんだ。自分の部屋に戻ってくれないか?」
「うん分かった」
「物分り早!」
帰らないと絶対に言うと思っていたので、これはちょっと予想外。その為思いっきりツッコミを入れてしまったけど、意外に素直でいい子だったりするのかな。
「明日になったら戻るね」
気のせいでした。
「あのな、人の話聞いてたか? 俺は今すごく眠いんだよ。だから、今部屋に戻ってほしいんだけど」
「えー何で。これからが遊び時じゃん」
「今何時だと思ってんだよ」
ちなみに現在の時間は間もなく日付が変わる時間だ。そんな時間から遊べだなんて、本当に寝れない子供のようだ。
「明日気が向いたら相手してやるから、今日は寝かせてくれよ」
「嫌だ」
何度説得しても、ひっついて離れない。
(どうにかして帰ってくれないかな)
いよいよ眠気が限界に訪れた俺は、彼女をこの部屋から出す方法を咄嗟に考える。そして一つだけ思いついた。
「じゃあ帰らないって言うなら、あいつを呼ぶか」
「あいつって誰?」
「勿論ネネに決まってるだろ。さあどうする?」
「そ、それだけは勘弁して。帰るから、帰るから」
効果は抜群らしい。
(今度から使えそうだなこの言葉)
ネネを呼ばれることを恐れているヒデヨシは、何も言わず部屋を出ていこうと扉を開く。
「あ、お姉様見つけました」
だが外では俺が呼ぶより先にネネが来ていた。一体こいつは、どこから嗅ぎつけているんだ?
「ヒッシー、最初から私を……」
予想外の遭遇に、体をガチガチにしながらこちらを睨むヒデヨシ。だがその間に俺は布団を敷いて、既に眠りの体制に入っていた。
「あ、寝ないでヒッシー!」
「おねーさまー」
「ちょっと、こっち来ないでよネネー」
「待ってくださーい」
何としても掴みかかろうとしているネネを、かわして部屋を出て行く。それをものすごいスピードでネネは追いかけていった。
(許せヒデヨシ)
こうして俺の夜の平和は守られたのであった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
皆が寝静まり、城の中も人の気配がなくなった頃、一人部屋である作業をしていた私は、今日やって来た桜木翡翠という魔法使いの事を思い出していた。
(不思議な力を持つ人もいるんですね)
女子ばかりが住んでいるここも、充分不思議だけど彼はそれ以上の存在だった。
(これで織田家も安泰、天下も取れればいいんですけど)
未だに芳しくないこの状況の中、彼は奇跡の一手となってくれるのか、胸を躍らせながら少し遅めの睡眠を私は取るのであった。
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