第21話「珈琲豆は焙煎中!01:上陸休暇は捗らない?」

 まるは航宙船の船長である。

 しかし、今日は彼女が率いる強力な航宙船〈コピ・ルアック〉には誰も乗船していなかった。そう、まる自身も。


「ねえ」


 まるがバスケットカートの中から首を出して話しかける。


「黙って」


 神楽がスカーフで隠す。


「んもう……」


 まるはカートの中でぐるぐると歩き回った。

 〈らせんの目〉太陽系にある、惑星〈星京〉は、〈大和通商圏〉の首都星であると同時に、〈大和通商圏〉内でも強い力を持つ国々が集まった星だ。

 ここはその中の一つ、〈関東合衆国〉の巨大都市メガロポリス「トキオ・EXA《エクサ》」の中でも、粋人が集まる「カグラ・ヒル」。


茉莉まりと同じ名前の街なのね」

「ちょっと違うわよ。私の名前は神楽。ここはカグラ・ヒル」

「同じようなもんじゃない?」

「もともと地球の日本という国に、『神楽坂かぐらざか』って云う地名が有ったらしいんだけど、その名残を受け継いだらしいわね」

「ふうん」

「私の名前の神楽は、その神楽坂の地名の元になっている『神楽かぐら』って云う、神様に捧げる舞いから来ているそうよ」

「成程、貴女の名前は由来の方なのね」

「ええ。でも『神楽坂かぐらざか』は坂道を囲む小さな街だったらしいけど」


 と言いながら見渡した街は、天空に広がる庭園を石造りのように見えるリフトが繋ぐ、空の回廊都市であった。庭園を支えるのは数百メートルはある尖塔の集合体である。「ヒル=坂」と呼ぶよりは「スカイポリス」とか「メガタワーシティ」の方が性に合っている感じがする。


「高所恐怖症の人には辛そうな都市よね」


 なおもカートから首を突き出して喋るまるに対して、神楽は指でしっと合図をした。


「お願いだから少し静かにしてね」


 そういわれて、少しむくれながらも周囲を見回す。辺りの人が注目している気配はない。


「猫型ロボットとか言って誤魔化せないかしら」


 お気楽にそう返すまるに対して、カートを押す神楽はワザとらしい冷ややかな視線を返した。


「あら?簡単な方法ならあるのよ。まるがヘッドセット外してくれればいいだけ」


 猫がふくれっ面をできたらしてたろう。唇を突き出したりふくれっ面をするのは霊長類の特権だ。丸に出来たのは牙をむき出すくらいなものだった。だから合成音声でこういうのがせいぜいだった。


「ぶー」


 一応、一番小さな目立たないタイプを装着して来ては居たのだが。


「じゃ喋らないでいてくれれば」

「仕方ないわねえ」


 そう言いながら、すごすごとカートに引っ込むまるだった。


 なぜまるは〈コピ・ルアック〉にも乗らず、こんな事をしているのか。

 「武装貨物船競争」で散々無茶をやった結果、さしもの〈コピ・ルアック〉にも彼方此方あちこち不具合が発生してしまったため、全面点検修理オーバーホールに出している最中なのだ。そのため、船長以下全員で下船して休暇を過ごしているのである。


「まる、そういえばマルティナ装備(まるが装着可能な人型 探査体プローブ)も持ってきているのでしょ?」

「一応、ね。カグラ・ヒルの一番小高い「アカギ・シャインポート」に置いてあるわ。『ふぇりす』も、オーバーホールで本体が暇してて、その間外に出たいとか言ってたから……でも、必要もないのに人間の格好とかしたくはないわよ?」

「それなら、ディナーに行くときはマルティナでお願いしたいわ。猫を同席させてくれるフレンチのお店とかなかなか無いもの」

「やれやれ、地上って不便……」

「じゃ野良猫の一杯居る『カブキ・タウン』とか、『ヤナカ・ストリート』の方がよかったかしら」

「それって、茉莉まりにゴリラがウロウロしてる街に丸裸で行けって言ってるのと大差ないわよ」

「あら怖い」


 全然怖そうじゃない神楽の反応を見つつ、カートの中でむくれているまるだった。


§


 同じく〈らせんの目〉太陽系にある、惑星〈白浜〉の静かなプライベートビーチには、トドが二匹寝そべっていた。


「あー……」


 一匹のトドが声を出す。


「うん?」


 もう一匹のトドが返す。

 二匹のトドは、古式豊かなバーミューダと呼ばれる半ズボンタイプの水着を着て、日よけ用の偏光フォースフィールドの下、波打ち際で波を浴びている。


「秋風さんや……」

「何だね、渡辺氏」

「平和だねえ……」

「ここ一番、メッチャクチャに働いたからねえ……静かだわ……」


 トド……失礼。〈コピ・ルアック〉の秋風技術部長と、ネットワーク部長の渡辺は、糧食のどっさり詰まった巨大冷蔵庫と、簡易宿泊装置を持って、土岐氏のプライベートビーチの一角を借り切っていた。

 いつまで見てても状況は変わりそうもない。そんな終日のたりのたりとした風景であった。


 同じプライベートビーチの10km程離れた場所。


「ひゃっはあああああ!」


 アクアスーツにジェットスケートを穿いたすらりとした男性2人が、海上でじゃれ合っている。加藤と太田だ。その筋の腐女子が居れば、かなりのご褒美である。そして、腐女子は居た。


「男共は元気だねえ」

「騒がしいよねー」


 ビーチパラソルの下、水着の二人が、これ見よがしなトロピカル・ドリンクを手に、目で子どものようにはしゃぐ男を静観していた。垂髪うない経理部長と定標じょうぼんでん総務部長だ。特に、垂髪うないの頭の中には既に薄い本の台本が出来上がっている。思わずにやけそうになる顔を、視線を感じて引き締めた。


「静かなのが良いなら、秋風部長の所にでも行ったら?」


 アクアスーツに身を包んで、自らもジェットスケートを装着して、はしゃぐ男二人に混ざろうとしているドーラ・ボーテ砲術長が笑いながら言った。寝そべる2人は、そのフィットネス系の筋肉質の体を見て少し羨ましくなった。垂髪うない定標じょうぼんでんも立派なプロポーションの持ち主ではあるのだが、ボーテ女史のそれはモデルに匹敵した。


「トド二匹が日がな一日ごろごろしてるのを見ながら過ごせと? 嫌よ」


 とは垂髪うない女史。


「太田君も中身は同じだろうけど、男は外見!」


 という独断と偏見に満ちた意見を言いつつ、定標じょうぼんでん女史は寝そべって猫のような笑いを浮かべる。


「そうね、あの二人『静かに過ごしたいから、騒がしい奴は来たら〆る』なんて言ってたし」


 ボーテ女史は笑いながら言うと、ジェットスキーを始動させてはしゃぐ男2人の方に向かった。


那由多なゆたぁ、アレクシアさんは?」


 垂髪うないが上半身を起こして、寝そべる定標じょうぼんでんに尋ねる。


「小峰君とフィッシング」

「ああ……大漁祈願、大量祈願」


 垂髪うないは南無南無と手を合わせる。晩御飯はアレクシアさんが獲れたての魚で腕を振るってくれるらしい。


「副長と薬研やげん先生と五条さん、それに新穂さんが〈星京〉だっけ?」

「船長もね」

「あー。そうか」

「一般船員の大半は船長がボーナスで用意した〈白浜〉のリゾートホテルか、〈星京〉のカジノバーでしたっけ」

「そうそう。高級プレミアムリゾートでサンセットクルーズしたり、バーベキューと温泉ですって。此処に比べたらイモ洗いみたいなもんだと思うけど」

「まあ、レースとか色々で収入が思いっきり潤ったから、今回位は良いわよね」

「赤字の切り盛りを考えなくていい分、私達には楽だよねー」


 日ごろ見えないところで忙しい二人は、休みを満喫していた。


 §


「カコーン! カン! コト、コトコトン」 


 プールバーで小気味よい音が響く。此処は、惑星〈星京〉の、まるたちが居る「トキオ・EXA《エクサ》」とは8時間の時差がある〈東海連邦〉の首都「大名古屋」の〈サカエ・シティ〉。

 まるたちの「トキオ・EXA《エクサ》」がまだ昼前なのに、こちらはそろそろ本格的な夜の時間帯だ。

 ワイシャツに蝶ネクタイ、ベストにスラックス姿のラファエル副長はキューを下して、となりの白髪交じりの男性に次を促した。


「何でもこなしますね」


 促された薬研やげん医師はスーツのままで応じた。


「五条さん、やりませんか?」


 脇で見ながらロックのバーボンを啜っている五条物流部長に、薬研やげん医師はお誘いを掛けてみた。


「いや私は飲んでるだけで充分ですから」


 にやにや笑いでやんわりと否定されたので、ちょっと残念そうに隣の若い紳士の方を振り返る。


「じゃ新穂くん」


 おつまみの手羽先をかじりながら見ていた新穂は指名されて慌てて否定する。


「同じくです。副長の腕を見せられたら恥ずかしくて」

「飲むのは良いけど、五条さんは船内標準時18時からの「トキオ・EXA《エクサ》」での晩餐会にはしゃきっとしててくださいね」


 ラファエル副長は笑いながらツッコミを入れる。そう、どんな地上のどんな時間帯に居ても、彼らの行動は船内標準時を基準にしている。いま標準時に一番実時間が近いのは〈白浜〉組、次がカグラ・ヒルの二人だった。


「羽賀参事官の御招きですからね、心得てます」


 もっとも、18時までは9時間ほどもある。要するに朝の9時から飲んでいるわけだ。

「一勝負終わったら、スパにでも行きますか」

「いいですねえ」

 男共は、何となく男臭い遊びで、何となく緩い時間を過ごしていた。


§


 まるは一旦ポートに戻って、神楽に「ふぇりす」の入った大きなスーツケースと、キューブ状にまとまったプローブ用ナノマシン・マテリアルを取り出してもらい、お手洗いで人型プローブを装着した。

 カグラ・ヒルの風情に合わせると、和服が良いのか、〈欧蘭通商圏〉風のワンピースが良いのか悩ましいが、今回はまるは後者を取った。オレンジ色を基調にした短めのワンピースだ。


「フレンチ、アレクシアさんがなかなか作ってくれないからね」


 予約を入れている店に向かいながら、まるは船内の食事についてちょっと不満を述べた。


「ご先祖、フランス出身なのにねえ」


 人間用のご飯を食べるために、仕方なく人型プローブに入っているまる。

 直接摂取モードなら、猫が食べられないモノでも味覚を味わうことができる。まるには新鮮な装置ではあった。フレンチでも、特にニンニクなどを多用するプロヴァンス料理は、このプローブが出来るまで口に出来る料理ではなかった。


「それに入って食事した分って、栄養はどうなるの?」


 神楽が不思議そうな顔をして尋ねる。


「必要な分は分離して摂取されるわよ」

「便利な機械ねえ」

「人用に、猫のプローブとかあると面白いかもね、人間じゃ食べられないようなものが食べられるかも」


 神楽はそれはサイズ的に無理だろうと思ったが、ふと、まるの所にある〈渡会わたらい雁金かりがね〉の船内を思い出した。空間を折りたたんでしまえるんだから、人が猫の姿になるのも案外不可能ではないのかもしれない。


「でも、虫とか嫌よ」


 そう言いつつ、入店して席に着く。お店ではすでにコースの準備が出来ている。


「あ、大丈夫、それは私も好きじゃない」


 そう言いながらまるも着席した。小型化しているとはいえ、「ふぇりす」はかさばる。ちょっと見た目だけでも小型化できないか、今度本体のFERISフェリスに相談してみよう。


「あ、きたきた」


 頼んだ料理は牡蠣のコンフィ、ブイヤベースにバゲットとアイオリソース、すずきのパイ皮包みのラタトゥイユ添え、洋梨のコンポートのサワーソース添え。

 という感じだった。

 予約の時、料理を選ぶ際に「こんなに食べきれるかしら」とか言っていた神楽だが、終わってみるとペロリだった。


「さて、ちょっと散策でもしましょ」


 カグラ・ヒルにも猫は居る。そして、カグラ・ヒルは猫グッズで有名だった。フレンチの店を出た二人は、路地裏を模したブロックの中で見つけた猫グッズのお店に入っていた。


「私をこんな店に連れてくるとか、割と悪趣味よね」


 まるはちょっと心外そうな顔をした。


「今は人の格好してるから問題ない」

「むー。猫グッズとか楽しくないわー」


 とか言っていたまるだったが、仔猫のイラストがいっぱい描かれたポーチにご執心になり、購入。


「子供の無邪気さには、負けるわ」

「来てよかったでしょ」


 と言われて、複雑な心境のまるだった。


「さて、次、次」


 どうもこの二人で遊び歩くときは、主導権は神楽が持っているようだった。


§


「リゾートも覗いてみたいなんて言ったおバカは誰だっけ」

「はい、那由多です」


 垂髪うないは答えた。


「そうです私です。あーなんでそんなこと言っちゃったんだろ、私の馬鹿、本当にイモ洗いじゃない」


 定標じょうぼんでんは肩をがっくり落としながら答えた。高級リゾートだから、足の踏み場がない、という事は決してない。無いのだが、見渡す限り人、人、人という光景は流石にうんざりする。


「戻る?」


 垂髪うないが促したが、「きっ」と振り返ると、定標じょうぼんでんはぐっとこぶしを握り締めて答えた。


「いやっ。ここに来たのはこのホテル一番のラパンうさぎのグリルを食べる為よ! それを果たすまでは帰らない!」

「食べ物の為なら何でもやりそうね」

「ええ、取り敢えず夜はアレクシアさんの料理が待っているけど、お昼はここで決めるわ!薫子!行くわよ」

「はいはーい」


 これでも〈コピ・ルアック〉を切り盛りする総務部長と経理部長である。


§


 プールバーを出た「大名古屋」組の男たちが向かったスパ「輝前テルマエ」は、大浴場から個室、様々な泉質の温泉や、各種の薬湯などなどを揃えた娯楽風呂だった。そこで、男たちが休みを満喫していた時だった。副長が耳たぶに装着していたインカムが反応した。


「はい、ラファエル――。あ、参事官」


 相手はどうやら羽賀参事官である。


「はい、えええええ。それは困りましたね。了解しました、船長に連絡を取ってみます。では後程折り返し連絡差し上げます」

「どうしました?」


 タオルを腰に巻いてそそくさと出る準備を始めた副長に、五条が続いた。


「羽賀参事官がトラブルに巻き込まれたらしい。私はこれから船長と合流しますが、他の人は休みを続けて下さい」


 ラファエルは早すぎる休暇の終わりを緊張を持って受け止めていた。


§


「〈渡会わたらい雁金かりがね〉は〈白浜〉の土岐さんのドックに居るの。今〈白浜〉にいる太田君に連絡を取った処だけど、取り敢えず神楽の〈桜扇子〉で途中まで連れて行ってもらった方がよさそうね」


 まるはラファエルと連絡を取っていた。


「吉田に連絡しました。中央セントラルポートまでは来るそうなので、此処のポートからチャーター便で行きましょう」


 神楽も〈桜扇子〉の吉田と連絡を取って準備を整えた。


「それにしたって、あのワイルドカードが何に巻き込まれているっていうのよ」


 神楽が不審そうに聞き返す。


「誰にも得手不得手が有る、という事らしいわ。とにかく急ぎましょう」


 慌ただしくカグラ・ヒルのアカギシャイン・ポートに向かう2人だった。


「あー、せっかくカグラ・ヒル名物のピコ・ベイクとか、カグラ・ヒル・ロールとか、色々買いたいものが有ったのに」

「後から届けさせればいいでしょそんなの」

「並ばないと買えないのよー」

「私は端から並ぶつもりは無ーい!」


 ドタバタとポートの階段を駆け上る2人だった。


§


 カグラ・ヒルのポートで呼んだチャーター便で中央セントラルポートに到着したまるたちの所に、「大名古屋」で男性陣を拾った〈桜扇子〉が間髪入れずに到着した。


「状況は?」


 〈桜扇子〉に乗り込むなり、人型プローブを解除しながらまるが聞く。

「〈白浜〉のメインスタッフも撤収して、〈渡会わたらい雁金かりがね〉に向かっているそうです」

「こちらからはワープで先回りね」


 神楽がうきうきというと、吉田が水を差した。


「残念ながら、惑星圏から離れるまでワープは出来ませんから、時間的には軌道上での合流になりそうです」

「まあ、いいわ。急ぎましょ」


 言った通りにならないのが癪なのか、少しむくれながら神楽が行った。


「で、ラファエル副長、羽賀さんは何と言ってきているの?」

「それが、要領を得ないんですよね、『私の手に負えない事態が起きた。解決のためにまる船長以下〈コピ・ルアック〉の皆様に救援をお願いしたい』ってだけ」

「ふむむむ」


 何だか怪しい、とても怪しい。嫌な事に巻き込まれそうな雰囲気がプンプンする。まるはフレーメンした。周りには半分口を開けた間抜け面は、うんざり顔をしたように見えるだろう。あながち間違いではない。


「目的地の座標は?」

「通話と一緒に送ってもらって居ます」

「皆様、ワープ致します。お座席へどうぞ」


 皆が着席すると同時に〈桜扇子〉は静かにワープシェルを展開し、ワープした。


§


 〈桜扇子〉が惑星〈白浜〉の近傍にワープアウトした時には、既に〈渡会わたらい雁金かりがね〉が待ち合わせ座標で待機していた。


「あら遅かったか」


 先に到着されていてちょっと悔しいまるだった。


「船長、こちらに乗船してください。羽賀さんからの座標は惑星表面のようですので、〈渡会わたらい雁金かりがね〉で行くことになります」


「だってさ、茉莉まり達はどうする?」

「羽賀さんは船長だけを呼んでるの?」

「ラファエル副長?」

「そこは何とも……」

「取り敢えず一緒に行ってから考えるのはどうかしら」


 まるは適当に考えて答えた。まあ、相手は羽賀さんだし。


「そうね。吉田、行くわよ」

「え、私もですか」

「つべこべ言わずに行く!」


 神楽にお尻をけ飛ばされて吉田も渋々と後に続いた。

 〈渡会わたらい雁金かりがね〉はかなり小さい搭載艇であり、ドッキングポートには接続できないので、〈桜扇子〉の搭載艇用格納庫の隅に到着した。

 8m程の長さのコンパクトな船体には、折りたたまれた空間が収められていて、少々のサイズの物なら有に搭載できる。

 まる、ラファエル副長、薬研医師、五条物流部長、新穂営業部長、神楽社長、吉田専務がぞろぞろと乗り込んだ船内には、既に太田航宙士、加藤航宙士補、がいて、その後部船室&貨物室へのドアが開いたままで、そこには秋風技術部長、渡辺ネットワーク部長、ボーテ砲術長、垂髪うない経理部長、定標じょうぼんでん総務部長、アレクシア料理長、小峰陸戦部隊長が控えている。ブリッジと朝食会議の主要メンバーに神楽コーポレーションからの常連が混じった形だ。


「ほとんど主要フルメンバーねこれ」

「あとは、裏方さんの瀬木せき法務部長もつれてくれば、もう万全ですね」

「そうね、いつもコンプライアンス系のしりぬぐいばっかりやらせてる割りに、顔出してもらってないわね、今彼はどこに?」

「あ、瀬木せきさんなら一般船員と混じってホテルのプレミアムリゾートに居ましたよー。ラパンのグリルご一緒してました。今回の件も一応声を掛けたんですけど、身体を使う業務は自分の役目じゃないからって」


 定標じょうぼんでん総務がそう言った。


<いやいや、そういう総務あなただって裏方じゃないの>


 まるは思ったが、そこに突っ込むのは何となくパンドラの箱を開けそうなのでやめた。その代りに、この場に居ない瀬木せきに矛先を向けた。


「なによそれ。今回は何となく法務が必要そうな香りがするわ。拉致っちゃいましょう。〈コピ・ルアック〉上級船員フルメンバーかな」

「まるさん、別に羽賀さんはフルメンバーを揃えろとか言ってきてないですよ」

「うん、わかっているんだけど、なんというか、やっておいたほうが良いって感じがしているのよね」


 本人にもこれを言うと難色を示すのだが、まるの「勘」は当たる。猫には、人間には分からない時空的な感覚器官でもあるのかもしれない。


「他の特殊技能持っていそうな奴も、ひっくるめてまとめて拉致よ。必殺ワープシェル降下。この降下艇は十分小さいから、重力震も大したことない筈。適当な山中に実体化してから目的地に向かうわよ!」


§


 楽観的なまるの観測とは裏腹に、〈渡会わたらい雁金かりがね〉みたいな小さな船だって、惑星上でワープシェルを解除すれば、周囲にちょっとした地震並みの変化は起こしてしまうのである。


「ズズーン!」


 という衝撃が、〈白浜〉にあるリゾート地帯に広がった。


「船長、やり過ぎ」

「緊急事態だからね。瀬木せき君探しに行くわよ」


 探すまでも無く、リゾートについたまるたちを、頭から湯気を上げている瀬木せき法務部長が出迎えた。


「ずいぶん派手な登場ですね。一体いくつの法令違反を犯してると思っているんですか」

「通商圏筆頭参事官、兼、人類外の調停組織の使者からのSOSよ、超法規的な判断が適用されるはずだわ」

「それはそうですが、ここまでの事をやらなくても、数分のロスで済むはずです。そのロスまで惜しい事態ではないでしょう」

<なんでこんなに頭の固い男を雇ったのかなぁ私。……というか、頭が固いから雇ったんだっけ>

「とにかく、法務のあなたの力は今回必要になると思うから、一緒に来てもらうわ」

「船長命令?」

「そう、船長命令」


 船長命令はただでさえ強力である。ましてや、独立武装貨物航宙船の船長命令は、国家元首の勅命と同じ効果がある。


「オーケイ、ボス、従いましょう」


 流石に法務だけあってこういう時にはとても扱いやすい。


「ですが、この召集方法については、後でちょっとお時間を頂きますよ」


 同時にとても厄介でもある。


「各部の部長はこの人物を連れていくと良い、という人物が居たら物色して連れてきて」


 〈渡会わたらい雁金かりがね〉は、最早、縮小版の〈コピ・ルアック〉と化していた。


§


 そもそもがおかしい話だった。

 あらゆる災厄を物ともせず、周りの人の自由意志など簡単に捻じ曲げ、超超弩級戦艦だろうが手玉に取り、どんなセキュリティの堅牢なコンピュータでさえ楽々とクラックし、あげくは時空連続体にまでちょっかいを出す。

 何でもありの「ザ・ワイルドカード」。それが羽賀参事官である。

 その人が音を上げるとはどういう事態なのだろう。

 そしてそれを何故、一介の、少々頭が良いだけの猫のまるとその部下で、解決できるなどと目論んでいるのだろう。

 さっぱり見当のつかない話ではあったが、一つだけ言えるのは、羽賀氏はそういう事で冗談をいう人物でもないという事だった。最初は薄らと晩餐会の前の余興でジョークを飛ばすためにやっているのでは、という淡い期待を持っていたが、色々考えると、その考えは払しょくしたほうがよさそうだという結論に至った。


 つまりは、

「まる(とその仲間)にしか解決できない、羽賀氏が音を上げるような事態」

 という、世にも奇天烈なものが実際に発生している、という事なのだ。


「一体、何が起きているの……」


 まるは前足の肉球をがじがじと齧った。


「分かりませんが、一旦指示された座標へ向かいましょう」


 ラファエル副長も不安な表情を隠せない。


「そうね。再確認するけど、惑星上って?」

「はい、最初は〈星京〉にいらっしゃるかと思ったのですが、調べたらずいぶん遠い所みたいですね。別太陽系です」

「あら?」

「〈琴の輪〉太陽系ですから、現在の〈らせんの目〉太陽系からは直行できますね。ええと、行先の名前は惑星〈種子島〉の「種子島公国」です」

「ちょっと待って、そこ、羽賀さんの実家のある処じゃない」


 まるのその発言に全員が異口同音に聞き返した。


「え?」


 なんだかとってもしょうも無い事に呼び出された予感がしてきたまるだった。


「羽賀さんの実家……確か農家だったような……そこでどんな危機が……」

「ま、まあ、印象だけで決めつけるのはよくないです。とにかく、行ってみないと何が起きてるかは分からないですね」


 ラファエル副長のフォローが何となくむなしく響く。


「間もなく超空間ゲートです、ちょうどあと5分で開くタイミングですね」


 太田が現状報告してきた。


「通行承認申請、既に了承されています。羽賀参事官が手を回しているようですね」


 加藤がさらに追加の確認を行う。


「少なくとも、急いで来てくれ、というのは冗談事ではなさそうね」


 まるは必死で色々と思い出そうとした。羽賀参事官の実家にまるが行ったのはまだ、普通の猫だったころの話だ。記憶も鮮明ではない。「農家」とは言ってもアグリ産業という方が正しいような広大な農地と加工工場を持つ処だったはず。でも、縁側が有って、そこで日向ぼっこをした記憶もあるし。


<何だっけ、とても重要な事を忘れている気がする>


 まるが頭をひねっている間に、超空間ゲートが開いた。


「超空間ゲート開きました、〈琴の輪〉太陽系に向かいます」


 この時点では、まさか、あんなとんでもない相手がいるとは思ってもいない、まるとその一行だった。超空間ゲートを抜け、進路を一路惑星〈種子島〉に向けた〈渡会わたらい雁金かりがね〉に、羽賀参事官からの連絡が入る。


『〈コピ・ルアック〉船員の皆さん、それと神楽さんですか。指定の座標に直行するのは避けて頂いた方がいいかもしれません、現在ちょっと危険な状態になっています』


 羽賀参事官の意外な言葉にまるは警戒した。


「危険? どんな危険があるんですか」

『全ては私のミスから始まりました。まさかこんな……』


 そこで通信が乱れた。


「通信が切れました。何らかの妨害ですね」

「亜空間通信に妨害??」


 すると、次の瞬間、強力な通信が介入してきた。


『ざざっ……ヤッホー! まる、お久しぶり! あ、これ音声だけか。映像はこう、っと』


 その声に警戒していると、ビューワに2次元映像が現れた。


『まる、90年ぶり!』


 という声と一緒に現れた相手を見て、まるは目を丸くした。


「え? ああ?!」


 そこに居たのは、一匹の、宝石のような青い目の黒猫だった。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る