第20話「武装貨物船競争07:結着!」

(承前)


「〈ミシシッピ〉が落ちただと!」


 緊急回避のためとはいえ、ワープエンジンを使ってしまえばリタイアである。

 だが、織田は事実を受け入れられなかった。


「何故あんな馬鹿なところであっさりと――。計画はどうなる!」


 もちろん、そんなものは瓦解している。それは織田も分かっていた。


「どうにも――、どうにもならないのか」

「船長、落ち着いてください。まだ当船は動いています」

「だからどうだというのだ!」

「まだ負けてしまったわけではありません!あなたは船長なのです!

――お願いですから」


 副長が逆切れして、織田ははっとした。

 まだ負けていない。

 勝ってもいないが、まだ負けてはいない。そうだ、今は船の状況を見て采配を振るう時だ。


「負傷者は?」

「軽微なものが若干名、特に問題ありません」

「うむ、船体のダメージを報告、代替できる部分は他の機関に振り分けて性能を最大限に維持せよ」

「ダメージは甚大ですが、何とか航行は可能です。ですが、無謀な操船を行える余力はありません」

「そうか――。応急修理しつつ、とにかくできる限り船を維持して航行せよ」


§


「そう、脱落したのか――」


 まるはミシシッピのリタイアを聞いてちょっと残念に思った。

 せっかくなら、最後まで戦ってコテンパンにしてやりたかったというのもある。それがレギュレーション違反のリタイアとか。

 情けない奴――。


「自ら仕掛けた駆け引きの結果ですね――」


 ラファエルも何となく意気が落ちていた。


『自業自得、と言ってしまえばそれまでなのですが、何となくやりきれないですね』


 FERISフェリスも、言葉でバッサリ切って仕舞おうとしている割に、切れ味が悪い。


「船員の被害は出ているのですか? マルティナ副長」


 ラファエルが、本来は自分の役割である副長に尋ねた。


「え、ああ、報告では軽微だそうですね」

「レースで大けが追っていたら大変ですからねえ……」


 太田航宙士がため息をつく。


「そうね。さて、いつまでも他船の事ばかり気にかけていられません。そろそろチェックポイントです」


 まるは気を引き締めるためにそう言った。


§


 〈星の糧〉は先行して惑星〈聖護院〉に近付いていた。


『いよいよですね』


 「淡色」が「思索の杖」に向かって話しかける。だが、「思索の杖」はじっと前を向いて暫く黙っていた。そして、意を決して話し出す。


『まだだ、やるべきことをやるなら、他の船が到着してからだ。まずはチェックポイントを通過して、本日のレースに決着を』

『ああ……了解しました』


 〈聖護院〉の衛星軌道上に作られたチェックポイントには、すでに多くの報道が集まり、一位のゴールを今かと待ちわびていた。


『中間結果通り、1位は異星人〈EXTR183〉による武装航宙船〈星の糧〉です!』


 アナウンスが彼らの通過を伝えた。


『急速減速中。間もなくチェックポイントです』


 〈コピ・ルアック〉も目的地に向かって刻一刻と進行中だった。


『いよいよ2位の船が入ってきます!

――何と、先日のゴール時に損傷を負った、独立武装航貨物航宙船〈コピ・ルアック〉です!』


 その後、次々と航宙船がチェックポイントに入港してきた。

 〈黒船〉は、最下位での通過となった。


 そして、すべての船が通過した後だった。


『これにて、本日のレースは終了です、明日の最終戦をお楽し――』

『少し待っていただきたい!』


 アナウンスを遮って、〈星の糧〉から通信波が入ってきた。


『この場を借りて、少しお話しする機会を頂きたい』

『おっと、一位の〈星の糧〉チームからお話が有るようです』

『私は〈星の糧〉船長代理、「思索の杖」と申します』


§


「あら、何か始まっちゃったみたい」


 神楽は中継を見ていて、少し気の抜けた驚きの声を上げた。


「間に合いそうにないですねえ」


 と言いつつ、別に焦ってもいない感じの羽賀参事官。


「これを阻止する予定来ていたのではなかったんですか?」

「最初はそうでしたが、内偵を進めているうちに、ほぼ必要ないことが明らかになりましたので、監視だけしていたのです」

「何だ、そうなのね……」


 なんとなく釈然としない感じで首をかしげながら中継を見る神楽だった。


 一方、中継は騒然としていた。


『〈EXTR183〉 の運営本部から抗議が来ているようですね――。

 おっと、更に別の通信が――、あ、はい。中継は続行だそうです。

 〈星の糧〉の船長さん、どうぞ』

『了解しました。我々は計画されていたテロの告発と、それが未然に阻止されたことをお知らせ来ました』


 放送をリアルタイムで聞いていた人は、大抵が点目になっただろう。

 〈EXTR183〉の世界は人類友好派と人類排斥派の二派に分かれて争っていた。レースへのエントリーを決めたのはその中の、人類排斥派だった。彼らの手により、レース中の最も人が集まる場所。そして、ゴールに到達した際に自爆するという、テロリズムが計画されていたのだ。


 それを察知した人類友好派は、種族間紛争の調停として「銀河第三渦状腕調停組織」に連絡を取り、その作戦の阻止に動いた。そして潜入したエージェントが「思索の杖」であり、「淡色」と、その仲間たちだったのである。

 そして、結果として〈星の糧〉は失格・リタイアとなった。「政治的プロパガンダにレースを利用してはならない」というレギュレーションに抵触したから、というのが理由だった。


 この顛末を経て、二日目のレースの結果は

1:〈コピ・ルアック〉

2:〈カイザー7〉

3:〈レガツォーナ〉

4:〈サルディーニャ〉

5:〈ヒンデンブルグ〉

6:〈黒船〉

 という結果となった。


§


 人工惑星〈聖護院〉は、〈アステロイド密集帯〉など、〈ペリカン太陽系〉で豊富に得られる星間物質資源を元にして作られた完全人工星である。

 縮退物質のコアのうえに液体金属のマントル層を持ち、多層構造のグラフェンによる地殻底部に、岩石の地殻と調合された海水の海、地球人類の呼吸に適した大気を持つ。地球の1/4の直径ながら、同じ重力を持つ星であった。

 2日目のレース後の懇親会は、その〈聖護院〉にあるホールの、広大なお座敷で行われた。

 そこにはリタイアした〈ミシシッピ〉の船員や、〈星の糧〉の「思索の杖」と「淡色」も参加していた。お座敷に低温与圧溶液服の2メートル越えの異星人、というのもかなり面妖だ。

 その「思索の杖」が、まるの所にやって来た。勿論まるは例の人型プローブの姿である。


『貴女はとても面白い』


 不躾にそう言った。


「初めまして。ええと――」

『私は人の言葉でいう処の「思索の杖」という名前だ。貴女はなぜそんな恰好をしている?』

「え……ええと、これは和服と言って――」

『衣服の話はしていない。いや、それも特殊な衣服なのか』

<ちょっと待って。この異星人、「私」が見えてるのかしら>


 おかしな話ではない。このプローブ、人類には人そのものに見えるだろうが、他の異星人にまで有効とは限らない。

<拙いわね、何とか話をそらす方法は……>


 見回すと、羽賀氏が神楽の傍で歓談に加わっている。先程からまるの方をチラチラとみていた。まるは羽賀氏にウインクを送る。直ぐに気が付いた羽賀氏は、適当に誤魔化してまるの方向に近付いてきた。


「これは「思索の杖」さんでしたかな。マルティナ嬢を口説いているとか」


 そう、普通に話しかけている様を装いつつ、彼が何かした。


『――これは失礼した。異星人に対してこれがどんなアプローチになるか理解していなかった』


 すごくあっさりと引き下がった。どんな手を使ったのかは不明だが、挙動がおかしいので、かなり強烈な手を使ったのは間違いないだろう。


『マルティナ副長。宜しければ、明日のレースは其方の船にオブザーバーとしての乗船を許可して頂きたい』

<おっと、そう来たか>


 くるりと見回すと、ラファエルが居た。


「ラファエル船長、ちょっとよろしいですか」

「何でしょう、マルティナさん」

「この紳士が、明日のレースに、当船へオブザーバーとしての乗船を希望しておられるのですが」

『船長――? おお、この方が。よろしくお願いしたい』

「まあ、よいのではないでしょうか」


 適当を言ってくれるなぁと思いつつ、この異星人にはちょっと興味の湧いたまるも同意した。


「高重力生物さんには、この惑星の重力はどう感じられるのかしら」

『地球人の居住環境は面白い。可能なら生身で味わってみたいものだと思う』

<――これって、人が月の表面を生身で歩きたいとか、そういうのに近いのかしら。どっちにしろ私にはよくわからない世界だわ>


 猫のまるにはただただ、どちらも奇妙なものでしかなかった。


§


 〈星の糧〉の騒動で忘れ去られた形になった織田と〈黒船〉だったが、満身創痍ながら到着し、即時の修理に入った。〈ミシシッピ〉と〈連合通商圏〉もあからさまな援助に回り、遅まきながら実力での挽回を決意していた。

 そもそもが、単に織田は「勝負に出るなら、どんな方法を使っても勝つ」と思っていただけであり、アンフェアな方法に固執していたわけでもない。フェアにやるしかないならフェアで勝つ。それが彼の矜持でもあった。

 修理作業は翌日になっても続いた。


§


 三日目は再び搭載艇勝負。


 ほとんどの旅程が搭載艇で行われる。

 本船を損傷している〈黒船〉や〈ヒンデンブルグ〉にとっては回復のチャンスであった。

 惑星〈聖護院〉から出て、〈アステロイド密集帯〉を搭載艇で回る。

 惑星の周りの「輪」に比べればはるかに低密度だし、最大速度も本船よりは出せないため、一日目の様なフォースフィールド帯を抜けるのではなく、ルート選定が重要となる。何も考えずに直線コースを取ると、武装が殆どなく、障害物排除能力の低い搭載艇では、流石に障害物が多すぎて逆に時間を喰ってしまう。


「加藤君、ライン取りの設計は出来ている?」


 まるは出発前の最終ブリーフィングで加藤に尋ねた。


「一応何度か書いて太田さんにお見せしたんですが、ダメ出しばっかり喰らってます……ので、完成してません」

「あらあら……太田君、拙いんじゃない?」


 太田はこともなげに答える。


「ライン取りはイメージング、理屈だけで引いた線をうまくたどれる感じはしないですからねえ――」

「それはそうだけど、もうレース始まっちゃうよ?」

「その点なら――加藤、例の宿題はやってあるか?」

「あ、ええ、でもボロボロで――」

「それで、コースDで、設定Aの時の成績は」

「15点です……」

「よし、合格! ならコースは自分を信じてど真ん中で行け!」

「え?」

「あ・れ・は・10点満点、11点以上はおまけ点だ」

「え、だってあれは100点満点って」

「嘘だよ。という事で、こいつAクラス150%で行けます」

「〈コピ・ルアック〉をあの状況で操船できる腕だもんね、期待してるわ」

「えーーーーーー」

「さっさと操縦席について」


 何も考えずに一直線を通ると――通ると――。まあ、それは一般の船の場合。


§


「さあ、すべての搭載機が一斉に並びました」


 アナウンスが響き渡る。


『〈コピ・ルアック〉の搭載艇〈八女やめ白折しらおれ・改〉はレギュレーションに基づいて変更申請をして改装を施してきました。なんと、縮退物質板の重力緩衝装置を付けていません。公然と重力制御装置を使っております。ほかの船も軒並み変更申請しているため、1日目とは別の宇宙船たちのようです』


「何で変更することにしたんですか」


 加藤はまるに尋ねた。


「これはね、武装貨物船競争なの。武装でも貨物でもなくなって、ただのレースになったら面白くないでしょ。そこで考えたの、貨物船の矜持ってなんだろう。って。」

「なんです?」

「スポーツマンシップじゃなくて、積荷を早く安全に運ぶこと。私、何で公式シード選手が遅いんだろうって考えたのよ」

「何故です?」

「彼らは結局、選手なのよね。でもほかの4隻は違う。私たちは商船なの。そのプライドで行かなきゃウソでしょ」


 暫く中を仰いで加藤は考えていた。


「これって、武装貨物船競争ですね」

「そう、武装・貨物船・競争」

「わかりました!」

「よし、その意気で行こうっ!」


 所詮、まるはまるだった。そして、まるの部下もまた、彼女の部下だった。


 貨物船競争の最終日が始まった!


§


 航宙船がロスレスで方向修正するには、速力に見合う巨大な重力でスイングバイするしか方法はない。しかし、航宙船の速度が亜光速になってしまうと、ブラックホールでも使わない限り方向を変えてはくれない。つまり、亜光速の船が何かをよけて大きく迂回コースを取る、という事は、コースを切り替えるために、その方向に使った不要なベクトルを打ち消す力も必要となる。これは大きな時間的ロスだ。これに対して、細かくよけて打ち消すベクトル自体を小さくとると、速度の節約になる。

 地上や海上など、原則的に摩擦が有る空間でやるレースとは違い、宇宙での亜光速レースは出来る限り直線に近いコースを取ることが、最も効率の良いコース取りなのだ。そこで一番問題となるのは、「如何に障害物を避け、または排除するか」に掛かっている。

 我武者羅がむしゃらに避けるなら、速度をあまり上げずに横方向の加速で避け回ればいい。しかし、それでは速度を出す船に遅れてしまう。

 効率よく進むには、最終的目標をなるべく外さない様にしつつ、遠くまで航宙船の軌道の予測線を引いて、そこに掛かってくる障害物を避けた予測線を引いて、そこに更に――という作業を繰り返していくのが最も高速に進む手段ではある。

 ただ、それを実現するには、縮退物質を使った重力緩衝装置ではだめなのだ。何故かと云えば、進行速度に見合う速度で回避を行う必要があり、横Gが大きくなり、縦方向の加速に対する緩衝装置だけではGを相殺できなくなってしまうからだ。

 それを考えての重力緩衝装置→重力制御装置への切り替えだった。異星のオーバーテクノロジーの重力制御装置には打ち消すGのベクトルは関係が無かった。あとは加速を打ち消すための基本プログラムの性能と、判断を下す人間の腕の勝負だった。


「加藤君、そろそろ〈アステロイド密集帯〉の危険エリアに突入するわよ」


 まるが気を引き締めて言う。


「了解してます、先程から回避プログラムが修正軌道を送ってきていますから」


 加藤は、レース開催前とは別人のように落ち着いてきている。やはり、現場を経験させると人は成長する。まるはちょっと感心しつつ加藤を見た。


「一応、外装のバリヤーは戦闘用フォースフィールドに換装してあるから、よほどひどい衝突をしない限りダメージにはならないと思うけど」

「ただ、衝突は時間のロスが痛いですよね」

「そういうこと。気合い入れて避けて行きましょう!」


 そう話しているうちにも、既に沢山の障害物が予測線の先にマークされてきていた。


§


「〈コピ・ルアック〉の搭載艇〈八女やめ白折しらおれ・改〉、一直線に〈アステロイド密集帯〉に突っ込んでいきます」


 最後尾で出発した織田は報告を聞いて顔をしかめた。


「奴らは馬鹿なのか、はたまたそれだけ無謀を冒せる自信があるのか――〈火縄銃〉のパイロットはどんな調子だ?」


 彼らの搭載艇も、重力制御であり、それなりのバリヤーを装備している。パイロットの覚悟次第では同じことができる筈ではある。


「ダメですね、腰が引けています」

「うぬぬぬ――ちょっと回線をつなげ」

「了解しました」

「〈火縄銃〉、こちら〈黒船〉の織田。行けそうか?」

『織田さま、申し訳ないです。正直、再開の今から何かできるランクまで上がる自信はありません』

「そうか――いや、無理をさせたな。今から私がそちらに行く。一応登録はしておいたから問題あるまい」

『そんな、そこまでされるとは――』

「私なりのけじめのつけ方だ。我儘わがままだと思って聞いてくれ」

「〈大筒〉で出る。副長、〈黒船〉は任せた」

「は、しかし……分かりました。行ってらっしゃいませ」


 踵を返し、織田は格納庫に向かった。

 〈黒船〉には、レース未登録の搭載艇が有った。といっても、〈大筒〉は緊急退船用カプセルにワープエンジンが付いた緊急用の代物だ。

 人一人乗るのが精いっぱいで、本来は緊急用の装備だった。織田は〈大筒〉に乗り込むと、ワープシェルにを展開し、亜光速で〈火縄銃〉に近付いて、空間を重ねてワープシェルを解除して実体化することで、移動中の〈火縄銃〉に乗り込んだ。


「さて、私に操縦桿を預けてくれるかね?」

「はい……織田船長、お渡しします」


 織田はコンソールからプログラムを確認すると、いくつか修正を加え、それから操縦桿を握りしめた。


「インターセプトコース設定。目標は〈八女やめ白折しらおれ・改〉」


§


 まるは、ある気配を察知して順位に目をやった。

 なんというか、猫と女の第六感?そんな非科学的なものを頼るまるではなかったが、それでも、現行科学では計り知れない何かの感触を感じた。


 日本ではそれを古来から「殺気」と呼んだ。


「あらあら、最下位まで落ちていた筈なのに、年寄りの冷や水?」


 現状の順位は、

1:〈八女やめ白折しらおれ・改〉(〈コピ・ルアック〉搭載艇 )

2:〈ステッペン〉(〈カイザー7〉搭載艇 )

3:〈ジェナツァーノ〉(〈サルディーニャ〉 搭載艇 )

4:〈火縄銃〉(〈黒船〉搭載艇 )

5:〈ツェッペリン〉(〈ヒンデンブルグ〉搭載艇 )

6:〈ゼッフィロ〉(〈レガツォーナ〉搭載艇 )

 となっていた。ちなみに、織田氏よりもまるの方が年上である。


「正々堂々の勝負に出てきてるんですよね」

「そうね、吹っ切れたのかしら」

「じゃあ、こちらも受けて立ちましょう」

「あら、言うようになったじゃない。10万キロ先に障害物」

「リミッターのお蔭で、大きくよけると速力がどうしても落ちますね」

「まあそれは仕方ないわ、現状70万キロ先まで進路クリア」

「了解、慣性補正して速力最大」


 安牌を打っていた「シード」の選手たちは、修正困難な回避進路と〈アステロイド密集帯〉への準備不足が災いして、回復不能な遅れを出してしまっていた。

 程なく、決戦は〈八女やめ白折しらおれ・改〉と〈火縄銃〉の一騎打ちの様相になった。


§


 実際のところ、期日ギリギリのレギュレーション変更にシード選手達が追従できていたら、勝敗の行方はまた全然違うものになっていただろう。シードに安寧としていられない「武装貨物船競争」という現実に、彼らが少し疎かっただけではあるのだが、それこそがスポーツマンシップより実利を追う、「貨物船」がレースをする所以ともいえるのかもしれない。

 宇宙で「デットヒート」と言っても、一日目のフォースフィールドチューブの様な限られた空間でもない限りは、接近して何かを出来るほどの距離を飛ぶわけではい。そもそも相対速度秒速何十キロという亜光速で飛ぶ航宙船同士が接近などしたら、よほど注意していない限り大変だ。物理的な被害はフォースフィールドが弾き返してくれるだろうが、どこに弾き飛んでいくかは神のみぞ知る感じになってしまう。

――だからこそ、罠を仕掛けようとした〈ミシシッピ〉と〈黒船〉はああいう結果になってしまった訳だが――。

 だが、今まさに〈八女やめ白折しらおれ・改〉と〈火縄銃〉は有視界で視認できるほどの距離にまで接近して、本当の接戦を繰り広げようとしていた。

 織田はまるにさしで戦いを挑めるほどの腕である。加藤がこの3日でだいぶこなれたとはいえ、織田はひよっこに後れを取るような男ではない。


「拙いわね、追いつかれそう」

「だけど僕はもういっぱいいっぱいで――」

「良いわ、操縦を代わって」

「了解、お渡しします」


 操縦を受け取ると、まるはギリギリの操船でタイムロスを減らしながら、微妙に追従しにくいコースを選んで突っ込んでいった。


「誰だ、操縦が変わったな――。手ごわい」


 織田は敏感に操縦者が変わったことを察知した。


「罠に誘い込むつもりか、そうはいかない」


 織田が誘いに乗ってこないのを確認して、まるは直進コースに戻る。


「簡単に誘いに乗るようなタマじゃないかぁ」


 もうすぐ〈アステロイド密集帯〉が終わる。そうすると、後はどれくらいのタイミングで減速して合流するかにかかってる。


「こちら〈八女やめ白折しらおれ・改〉、〈コピ・ルアック〉は所定の位置を光速の5%の速度でワープシェルを展開しつつ当船に接近、収容直前に実体化し、直ちに減速を開始せよ」

『こちら〈コピ・ルアック〉の太田航宙士。無茶振りも大概にしてください。まあ、やりますけどね』


 ドッキングの手間をギリギリまで省こうという秘策だ。


『〈八女やめ白折しらおれ格納位置に捕捉。ワープアウトします、死にはしませんが、かなりの衝撃が来るはずなので覚悟してください!』


 かなりの衝撃、は言葉がやさしすぎる。〈八女やめ白折しらおれ・改〉は、衝撃吸収用ネットに突っ込んで絡まり、あちこちに飛び跳ねた。

 フォースフィールドによる衝撃低減効果が無ければたぶん中の二人はミンチだったろう。


「あうう……。〈コピ・ルアック〉はそのままゴールへ突っ込め!」

『やってます! 現在〈黒船〉とつばぜり合いの真っ最中!』


 二隻とも、光速の5%ほどの速度のままゴールに突っ込む形となった。


「ゴール!ゴール!、さあ、一位の栄冠はどちらの航宙船に!」


§


「あー終わった―終わったー♪」


 まるはプローブから解放されてブリッジを飛び回っていた。


「お疲れ様でした」


 ラファエル「副長」はほっとした感じで副長席に座った。


「でも酷い有様ねえ、オーバーホールの費用で賞金は半分くらい飛んじゃいそうね」


 ラファエルは肩をすくめると続けた。


「それに、新しい船員のために、特殊な設備が必要になりそうですしね」

『こちら工作室の秋風。新人さんの見学、ちょっと控えて頂けるようお願いできますか』

「おや、噂をすれば」

「こちら船長のまる、えーと、『思索の杖』さん。現在船内はバタバタしていますので、見学を控えて頂けるとありがたいのですけど」

『こちら「思索の杖」。早く船内に慣れるため、と思っていたが、お邪魔をしていたようだ、以後控える』


 〈EXTR183〉。低温与圧溶液服を着込んだ、身長2mを超える、一見すると「ダイオウグソクムシ」によく似た外見に、長い操作腕を付けたような姿の異星人。

 彼、「思索の杖」は、〈コピ・ルアック〉のクルー、特に船長に興味を持ち、乗船を希望してきたのだ。地球人類社会の構成員ではないため、正式な乗員は無理だが、「オブザーバー」という形での乗船を許可することができた。彼の居室は低温与圧環境で作られ、彼の糧食のための設備も作られることとなっている。


「まあ、思わぬ余禄、という処でしょうか」

「余禄は他にもいくつかあるわ。ねえ、新人ブリッジ要員さん」

「え? え?」


 いきなり話題を振られて慌てる加藤航宙士補。


「ちょうど航宙士のローテーションを充実したかったのよね」

「で、でも、僕みたいなど新人が、いきなりローテーション入りとか」

「立派な戦績を上げたんだもの、満場一致で賛成だったわよ」

「それを言うなら一番の功績はやっぱり船長じゃないですか」


 そう、亜光速で最終チェックポイントを突っ切ることが分かった最後の一瞬前、「加速して!」と叫んだまるの命令をFERISフェリスが実行し、僅かな差だが、〈コピ・ルアック〉に軍配が上がったのだ。


「でもね、ああいうのに懐かれるのは勘弁してほしいわ」


 そういうと、FERISフェリスに指示を出す。


「織田コンツェルンからの映話って、まだ入ってきてるの?」

『ええ、それはもうしつこいくらいに』


 織田氏は、マルティナの腕と容姿に惚れ込んで、あろうことか、レースが終わった瞬間にまる(が入っているマルティナと名乗る人型プローブ)に、求婚してきたのだ。


「良い縁談じゃないですか。土岐さんも勧めているとか」

「あ・の・ね。人間のおじさんに求婚されても何にも嬉しくないのよ私は」


 と、わざとフレーメンの表情を作る。人間にはこの顔が酷く嫌な表情に見えるらしいからだ。


「取り敢えず、このガタピシ言う船を羽賀さんに紹介してもらった業者の所に持って行ったら、みんなで一斉に、「白浜」のリゾートにでも行って、上陸休暇にしましょう」

「そうそう、陰の功労者だった秋風君と渡辺君には、土岐さんにお願いして、リゾートの一部の半永久的な使用権をプレゼントします」


 加藤がすぐに食いつく。


『マジですか、先輩良いなぁ』

「加藤君は既にいつでも使えるでしょ」

「え?」

[前回白浜に降りたでしょう?あの時上陸した全員は、もうとっくに使用権を登録してあるのよ」


 白浜の広大なプライベートビーチの自由使用権。それはひと財産だった。


「うわぁ」

「まあ、色々はこの船を休ませてからね」

『超空間ゲート開きました、〈らせんの目〉太陽系に向かいます』

「じゃあ、いきましょうか」


 まるは尻尾をピンっと立てて、船長席の上で前足片方で前方を指差した。


 〈コピ・ルアック〉に、久々の休息がやってきそうであった。

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