第19話「武装貨物船競争06:灼熱のターニングポイント!」
(承前)
武装貨物船競争2日目のハイライト、それが惑星〈ファイヤーマーキュリー〉だ。
武装貨物船競争が開催されている〈ペリカン太陽系〉は、人類がもともと属していた〈発祥の太陽系〉とも呼ばれる太陽系の恒星〈ソル〉とは違い、僅かに青白く高温の「F型主系列星」と呼ばれる種類の恒星〈ペリカン〉を中心とした太陽系である。
惑星〈ファイヤーマーキュリー〉は、その〈ペリカン〉から、遠日点(一番恒星から離れる距離)で太陽表面から僅か0.02天文単位の位置を回る、地球の半分ほどの直径の惑星だ。
その姿は象徴的である。片側は余りの高温に溶けて白熱し、太陽から反対側は急速に冷えてひび割れている。太陽に向かう面と影の面のの中間は真っ赤な帯が広がって、さながら地獄絵図といった感じであった。しかも、〈ファイヤーマーキュリー〉は、公転周期が2日という超高速であり、遠心力の方向に若干伸びた形をしている。極端に言えば卵型をした星である。
普通ならそこに生物の姿はない、と言いたいところなのだが、ここには生息する生命が有った。
〈ラール〉と呼ばれるその生命体は、超高熱下で生きるエネルギーを代謝する生命体であり、太陽からのエネルギーで生息しているが、体内に大量のエネルギーを備蓄していて、ある程度の時間は絶対零度の宇宙でも行動できる。
その体が炭素と金属のエマルジョンを主体にした特殊な物質から出来ているらしいことは分かっているが、解剖しようとすると爆発してしまうため、詳細は分かっていない。
こういった、エネルギーを代謝して生きている生命体はSFだと高度な知能を持つ生き物だったりするのだが、こいつの行動原理はアメーバ程度の複雑さしか持ち合わせていない。性質は非常に活発で、周囲のエネルギーや動く物に突進していく性質がある。
太陽光の当たる地点が黒ずんでいたら、それは〈ラール〉の集落である。この生命体の厄介なところは、身体の一部をレンズ化して、極めて遠方の敵を見つけたり、身の危険を感じた相手には、体内のエネルギーを使って、身体を細長くして作り出した天然のビーム砲を撃ってくるところだった。
地球人類は、この惑星へと到達しようとして、超高温に対応した耐熱探査船を着陸させようとしたことは何度もあった。だが、片っ端から〈ラール〉のビーム攻撃によって破壊されたり、撤退の憂き目に遭っていて、〈ファイヤーマーキュリー〉の探査はとうの昔に放棄されていた。高熱と極寒の地獄に、巨大で、あたかも沸騰しているかのように飛び回る泡沫の様な生命体が住む、そんな不思議な世界だった。
惑星表面も地獄なのだが、レースでそこを通過する各船もまた地獄の憂き目を見る。超高熱に対応できるフォースフィールドによる耐熱技術は当たり前の昨今なれど、この惑星への接近はとてつもなくリスキーだった。
まず速度だ。〈ファイヤーマーキュリー〉は超高速で〈ペリカン〉の周りを回っている。その時間何と2日。スイングバイで少しでもベクトルを頂戴しようと考えると、軌道計算はかなり厄介なものとなった。
第2は地上からの飛来物だ。〈ファイヤーマーキュリー〉に700万キロ以内に接近すると、地表に生息する〈ラール〉がビームを撃ってくる場合が有り得るのだ。
生命体が撃つビームとはいえ、直径が優に100~400mというようなモンスターであり、その威力は馬鹿にならない。例え1km規模の大きさの武装貨物船でも、複数の個体に狙われるとただでは済まないのだ。
「これ厄介よね、過去のレースではこの障害はどうしていたのかしら。十分な速度を出していれば大丈夫なの?」
まるはいつもの口調でラファエルに呼びかけた。
彼はしっ、と口に指を当てて顔を微妙にしかめた。まるは一瞬きょとんとしたが、今は立場を逆にしているのだと思い出してワタワタと慌てると、適当に誤魔化そうとした。
「あら船長済みません、加藤君と間違えてしまって」
だが加藤は本日は航宙士としてのシフトが無いため、ブリッジ下部構造で軌道をモニタリングしていた。
<あちゃー、どう誤魔化そうかな>
そこはラファエルが手腕を発揮してくれた。
「マルティナ君、懇親会で飲み過ぎたのかね。副長勤務が有るのだから、ほどほどにしておかないと」
<まあ、失礼……でも有難うね>
「申し訳ありません船長。以後気を付けます」
ラファエルは咳ばらいをした後かすかにウィンクしてみせると、会話を続けた。
「確かに、一番厄介なのは〈ファイヤーマーキュリー〉上に生息する生命体〈ラール〉への対処だと思います」
ラファエルは説明しながら、過去のレースでの軌道の資料をブリッジ下部構造の巨大球体3Dスクリーンに呼び出した。
「光速の10%の速度で飛ぶ船でも、〈ラール〉から完全に逃れることは出来ません。彼らは体の一部を巨大なレンズとして使い、0.2天文単位以上離れている対象を発見して、高エネルギーのビーム砲を撃ってきます」
まるはあんぐりと口を開けた。
「〈ファイヤーマーキュリー〉周回時の旋回半径を大きく取れば、〈ラール〉に発見される可能性を下げて、襲撃は避けることが出来ます。過去のレースでも一旦事前に減速したうえで、大きな円弧を描く軌道をとったらしいですね」
まるは腕組みをして考えた。
「面白い生き物ですね……行動はすごくはた迷惑ですけど」
ラファエルは顔をしかめて返答した。
「面白いで済めばよいのですが、過去のレースでも、ここで船が損傷してリタイヤする場合も多かったようですよ」
「せっかく出ている推力をすべて相殺してしまうのは勿体ないわね――、最適軌道を通るために、いっそ、攻撃してくる〈ラール〉を、撃って威嚇するというのは?」
『それはレギュレーションで禁止されていますよね』
「そうかぁ」
<そういえば、生態系に意図的な危害を加えてはいけない、というのが有ったわね>
まるは本気で考え込んだ。人型プローブの中のまる自身も、プローブを休憩モードにして、顔を洗った。猫は考え事をするにはこれが一番だ。ふと思いついたので休憩モードを解除して
「スイングバイって、進入時の天体までの距離が、角度θに反映されるのよね?」
『はい、距離が近いほど鋭角で曲がることが出来ますね』
「惑星より遠くても、スイングバイで得る角度が浅ければいい。と」
『ただ、今回のレースの様に航宙船が亜光速の場合は、そもそもスイングバイによる角度変化が出来ません。せいぜい数Gの加減速を貰えるくらいです。〈ファイヤーマーキュリー〉のように公転速度が速い場合、上手いタイミングで進入しないと、重力加速度を貰えても逆方向の加速になったりして、全然美味しくない可能性もあります』
「ふむふむ」
そこまではまるもだいたい分かっていた。
「太陽を使ってスイングバイすると?」
『太陽でもほとんど角度は変わらないですね。その1万倍くらいの質量になれば、少しは貢献しますが……』
「スイングバイじゃダメかぁ……」
『コース上の規定から、「スイングバイ」と呼んでいますが、実質はただエンジンのパワーでコーナリングしているだけですしね』
「ふむふむふむ……ちょっと待って」
『はい?』
「たとえば、太陽から何らかの方法で推力を貰う事は、大会レギュレーションで問題はある?」
『レギュレーション上の問題はありません。ただ、亜光速で太陽フレアに突っ込んでいくのは、壁に激突しに行くようなものです』
「成程……でも規定上の問題はないのね……」
まるの中で徐々に作戦は煉り上がりつつあった。ラファエルと太田は、そんなまるをちょっと戦慄の混じった視線で見ていた。どうせ無茶な作戦を立てるに違いないのだから。
「FERIS《フェリス》、ちょっと計算してほしい航路と、船内エネルギーの消費率が有るのだけど」
まるはそう云うと、作戦を形にし始めた。
§
〈ミシシッピ〉は、最大加速度が90Gまで落ちてしまった〈コピ・ルアック〉を早々に抜き去り、1位に飛び出していた。他の船も〈ファイヤーマーキュリー〉到達前には、〈コピ・ルアック〉を抜くか、ほぼ並ぶ位置まで着そうである。
昨日せっかく1位を取った〈コピ・ルアック〉は、一気に最下位まで落ち込む可能性が有った。
現在、〈ミシシッピ〉は、コース上可能な迂回範囲で大きく広がる軌道を取りつつ、規定コースを回るために減速し始めていた。そんな彼らは、後続集団の中、未だに太陽に突っ込むようなコースで加速を続けている〈コピ・ルアック〉の軌道を見て悩んでいた。
「『猫うん珈琲』の連中は何を考えてるんだ? 太陽に突っ込んで自殺する気か?」
「軌道を見る限り、太陽スイングバイを利用するつもりのようですね。船体の耐熱強度は我々とは段違いの船の様ですから可能なのではないかと思いますが……」
「成程、それで多少なりとも速度の減衰を避けようという訳か」
「はい、ですが問題は光速の10%以上の速度が出ていますから、殆どスイングバイの効果はないでしょうし、太陽フレアの様な希薄な密度でも、亜光速で突っ込めば壁に激突するようなものです。無謀ですよ」
「そこまで無謀な事をしても稼げる速度と時間は微々たるもの。速度を出せない以上、敵ではないな」
他の船もとにかく、〈ファイヤーマーキュリー〉の〈ラール〉が飛び付けないギリギリの距離を回ることが至上命題だった。ただ、あまりに恐れるあまり、下手に太陽の重力圏に捉えられて仕舞うと、洒落にならない減速になってしまう。殆どの船が安全策を取る形であった。一つの例外を除いて。
例外だったのは〈星の糧〉だった。
この船は、他の船が避けている〈ファイヤーマーキュリー〉への接近軌道を取っていた。〈星の糧〉の指揮を取っている「思索の杖」は、思い切った戦略を立てていた。
『無謀ではないですか?』
副官を務めている「淡色」は、心配そうに尋ねた。
『大丈夫、この船には他の船には出来ない方法がある』
光速の10%で飛ぶ亜光速船に攻撃を仕掛ける生物も異常だが、それに対する対策を立てる方も凄いといえばすごい。
『光学擬装準備、大会規定コースの軌道計算開始』
船員にそういうと、「思索の杖」は順位表に目をやった。
『侮れないのは……〈コピ・ルアック〉か』
「淡色」は訝しげな表情で「思索の杖」のつぶやきに異を唱えた。
『彼らは昨日の事故により、十分な速力を出せません。〈ミシシッピ〉と〈黒船〉の方が脅威だと思えますが?』
「思索の杖」は、触覚も動かさずに平然と答えた。
『彼らは昨日の大破状態から、わずか6時間で修復を終えた。多くの者は不完全な修理という結果ばかりに目を奪われて気にも留めていないが、これは我々や人類の技術力では無理な相談だ。背後に何かがいる』
『……我々の動きが察知されている。と』
『いや、我々に何らかの動きを感じているものは少なからず居るだろう。問題はその結果にどれくらいが気付いているか、だ』
§
「〈ペリカン〉の
まるはブツブツとつぶやきながらおかしな数式をいじっていた。
「
『亜光速飛翔体に対する衝撃は洒落になりませんよ』
そういいながら、
「ふむふむ……難しい処ね。突入時、どこまで減速すればいいのかしら」
流石に不穏過ぎる言葉を聞いて、ラファエルは真っ青になりながらまるに尋ねた。
「もしもし、まるさ……マルティナさん。なんだかすごく怖い相談が聞こえた気がするんですが。太陽フレアとかコロナとか……がどうかしました?」
「ここの計算式を見て。急減速しながら、背面をCME、恒星の大質量のプラズマ放出現象にぶつけるように突入すると、この船体でも一気に220Gの加速が可能なのよね。近年の〈ペリカン〉は活動期で、CME発生率は800/地球年に達しているから、調べてみたの。そしたら、次の予報時間がほぼどんぴしゃり。ブリッジや必要な機器は重力コントローラで守って、船体全体は最大出力のシールドで保護すれば……」
「ちょ、ちょっと待ってください。220Gの加速なんて、船体の保てる強度限界を遙かに超えています」
「ええ、だからどこが壊れるか、どこが無事かをチェックしていたの……です」
ため口になっていたことに気がついて、慌ててまるは語尾をつけ足す。
「100Gの加速だって、約10時間続けていると光速の9割に達します。それくらいの速度なのですよ」
「だから、今回のレースでは船体の要所に重力制御装置を付けて、全体的なGの増加に対応しているじゃない……ですか」
『ちょっとよろしいでしょうか。太陽フレアの密度を度外視して、という質問で宜しいのですよね』
雰囲気を察知したのか、FERIS《フェリス》が割って入る。
「ええ」
まるもエキサイトし過ぎていたことを反省して、息を整える。
『180G。接近コースはこの形で。これ以上は譲れません』
「ラファエル船長、フェリスのお墨付きのコースです。これで如何ですか?」
「むう……分かりました、危険なコースですが、了承しましょう。
『できません、この計算にはそこまでの経路の太陽フレアに衝突する可能性が考慮されていないからです』
まるはそれに対して平然と言う。
「あら、それだったら大丈夫、対策は考えてあるわ。ぶつからなければいいのよね」
しばらくの沈黙の後、
『怖い事を考えていますね、しかし、充分実行可能な計画です。了承しました』
まるの怖い作戦が始まった。
§
「まるの軌道がおかしいって?」
神楽は動転していた。
「いえ、まる船長は軌道なんて描いていません。軌道がおかしいのは〈コピ・ルアック〉です」
「分かってるわよ。それより吉田、どういう事か報告しなさい」
吉田はスクリーンに現在の〈ペリカン〉太陽系図と、〈コピ・ルアック〉の経路を表示した。目に見える速度で〈コピ・ルアック〉は移動している。
「どう拙い……って、これじゃ太陽一直線じゃない!」
「自殺コースですね」
横から覗きこんだ羽賀氏は乾いた笑いを上げる。
「まるさん、大胆なことしますね。しかし遅れを取り戻すにはいい手です」
「何とかなりそうなの?」
「ええ、多分ね」
「なら良いのだけど――」
「それより、〈星の糧〉の挙動も不審すぎます。わざわざ〈ファイヤーマーキュリー〉の近くを通るコースを設定している」
そういいつつ、羽賀参事官はコンソールをさらっと撫でるように操作して、〈星の糧〉の針路を表示する。
「やれやれ……どいつもこいつも、命知らずもいい加減にしてほしいわね」
神楽はあきれ顔で言うと、すたすたと〈桜扇子〉のブリッジから出て行った。
§
〈黒船〉では、織田会長が相変わらず面白くなさそうな顔をして状況報告を聞いていた。
「『宇宙ダンゴ虫』は〈ファイヤーマーキュリー〉に突っ込むし、『猫うん珈琲』は太陽に突っ込むし。奴らはいったい何を考えているんだ」
ブリッジの広報担当はただただ頭をかしげ、無謀な作戦でしかないと答えた。
「違う、何かある。奴らかこれまでのわずかな間に、どれくらいの事をして見せた?」
コンソールを操作して、スレート端末を手の持つと席を離れ、トイレに向かう。いい加減話し合いの度ごとにトイレに立つのは馬鹿馬鹿しいと思う織田であった。
「何か奴らの思惑は分かったかね」
〈ミシシッピ〉のデイビッド船長は織田の質問に、額に脂汗をかきながら対応する。
「こちらの作戦さん担当にもいろいろ調べさせていますが、はっきりしたことは何も……」
<役立たずめ。何のための同盟だ>
織田は舌打ちしながら表示を切り替えると、スレート端末に表示した現状を示すコースマップを凝視する。
「奴らはきっと仕掛けてくる、何を仕掛けてくるか分からないが、必ずだ。一刻も早く突き止めて対策を打たなければ後手に回るぞ」
「了解しました、こちらでも全力を挙げて調査します」
§
〈星の糧〉では、作戦が始まろうとしていた。
『よし、偽装フィールド展開、〈ファイヤーマーキュリー〉旋回軌道へ』
「思索の杖」がそう指示すると、〈星の糧〉の周囲の防御用シールドの形状が変化して、〈ラール〉そっくりになった。全長300mの〈星の糧〉ならではという処だろうか。
『このようなもので誤魔化しが可能なのでしょうか?』
心配そうに「淡色」が尋ねる。
『大丈夫だ、我々の研究者が前例を作っている』
やがて、〈ラール〉の探査範囲に到達する。
『〈ファイヤーマーキュリー〉上の〈ラール〉、沈黙を守っています』
「思索の杖」は緊張して強張っていた多数の足をゆるめた。口から泡が少し漏れる。人間でいえばほっと息を吐いた、という処だろうか。
『〈コピ・ルアック〉の位置は?』
『あと15分で〈ファイヤーマーキュリー〉の近くを通過します。我々が通過してしまった後になります』
「淡色」が淡々と状況を伝える。
『少なくともしばらくは、まだ我々が優位を保てるわけか。しばらくは……その間に決行すべきなのか』
「思索の杖」は、本来の目的を思い起こして考え込んだ。
『予定ではゴール後の筈です。ご辛抱を』
『だが、〈コピ・ルアック〉に負けてからでは遅いのだよ』
決断の時は近づいていた。
§
「あ、ずっこい」
まるは〈星の糧〉の偽装を見て、思わずそう口にした。
直接の画像が見える訳ではなく、チェックポイントからの亜空間放送波による映像だった。
「こんな簡単な手段で騙せたんですね」
少々呆れ顔でラファエルも応じる。
「見慣れない奴が来て、警戒している、とかかも知れないですけど」
太田航宙士の意見に、そうかも、と頷くまるだった。
「先行した船が次々減速に転じています。抜き返すチャンスですね」
太田の補佐として下部構造から呼び出された加藤が報告するが、ラファエルは困ったような笑いを浮かべてそれに応じた。
「まあ、こちらはもともと昨日の事故で速力が若干遅いですし。本日中の逆転はあまり期待しない方がよいでしょう」
「さて、こちらも太陽フレア・マニューバに入る準備を始めます」
困ったような笑い顔に心配を加えた表情でラファエルが聞く。
「それですが、本当に大丈夫ですか?」
「
呼ばれて
『多少運任せの所はありますが、何とかなると思います』
「先行する船が〈ファイヤーマーキュリー〉旋回コースに次々と入って行きます」
太田の報告に、襟を正して、ラファエルが指示する。
「周囲の警戒を怠るな」
言うが早いか、加藤が報告する。
「先行する船が〈ラール〉の攻撃を受けています! 〈ヒンデンブルグ〉です!」
<あらあ、せっかく抜いたのに可哀想に>
見ると、進入方向を間違えたらしく、かなり〈ファイヤーマーキュリー〉に近づいている。
「〈ヒンデンブルグ〉へ、こちら〈コピ・ルアック〉救援を要請するか?」
まるが亜空間通信で問いかけると、努めて冷静に返事が返ってきた。
『こちら〈ヒンデンブルグ〉。損傷は軽微、自力で回復可能。ご心配感謝する』
と言いつつ、速力を下げている。見ると、ナセルが1基損傷している。レース中の推進力にはナセルは使わないので実害はないだろうが、損傷のために、強度的な問題て速力を落とすしかないのだろう。
「フライトプランに合わせて航宙する、とかじゃないから、臨機応変の対応に失敗しちゃうとこうなっちゃうんですね――」
ラファエルは悲しそうに言った。
「こちらは太陽フレア・マニューバに入ります」
まるは淡々と報告する。
「コース進入角度・速度補正。次元転移砲の連続発射用意」
太田とボーテ砲術長が復唱した。
「コース進入角度・速度補正よし」
「次元転移砲準備良し」
そして、ミラクルが始まった。
〈コピ・ルアック〉は太陽平面から外側に向かう双曲線軌道に乗りつつ、進行軌道に向けて次元転移砲を一定間隔で連射して、太陽フレアをなぎ倒しつつ、道を開けながら進行した。
「よし、次元転移砲発射終了」
『旋回して太陽風に背を向け、後方のシールド用のフォースフィールドを強化しました』
その次の瞬間、まるは何かを呟いた。
『了解、リミッター解除。レギュレーションに復帰します』
「よし、全加速ベクトルを進行方向補正に!CME来るわよ!」
加速度補正が間に合わない所為で、ググッと船内にも加速感が来る。
〈ペリカン〉からは、大質量のプラズマ放射=
§
「大変です、〈コピ・ルアック〉が!」
〈ミシシッピ〉のブリッジは騒然としていた。
「無茶苦茶だ、船が消し飛ぶぞ!」
「しかし現状、猛烈な加速です。他船の加速が落ち込んでいるときにこれは脅威です!」
実際には、〈コピ・ルアック〉がコロナの圧力を利用したのは数分だった。しかし、それで十分すぎる成果だった。
「〈アステロイド密集帯〉で仕掛けるしかないか……〈黒船〉に連絡を取れ」
〈星の糧〉の船内でも、動揺が広がっていた。
『彼らは、死ぬ気か?』
「思索の杖」は長い前脚を振り回して体をねじった。
『我々も使命を考えたらなりふり構ってはいられませんが、彼らは異常です――』
『やはり、この後の惑星〈聖護院〉で決行しよう。勝利は確定できない』
現状の順位は
1:〈星の糧〉
2:〈ミシシッピ〉
3:〈黒船〉
4:〈カイザー7〉
5:〈レガツォーナ〉
6:〈サルディーニャ〉
7:〈コピ・ルアック〉
8:〈ヒンデンブルグ〉
であったが、〈コピ・ルアック〉は猛追中で、間もなく先行している船をごぼう抜きにしそうだった。
その〈コピ・ルアック〉船内は限界までの加速により、色々な問題が生じていた。滅多に使わない類のリフトが歪んで動作にきしみが出たり、貯水タンクにひびが入ったり。
細かい要メンテナンスリストを見て、秋風技術部長は意識が遠くなるのを感じた。だが、まだ今日のレースは終わっていないのだった。
§
2度目の〈アステロイド密集帯〉は、1日目の様な混乱は無さそうに見えた。
惑星〈ファイヤーマーキュリー〉を脱出する際、各船ともに惑星平面から離れ、もっとも濃密な帯は迂回するコースを取っていた所為もあるし、惑星〈タロス〉へのコースの様に大きく突っ切る形ではなく、かすめる形で〈アステロイド密集帯〉を通る形になっていた所為である。
だが、〈ミシシッピ〉と〈黒船〉には事情が違った。後方から猛追してくる〈コピ・ルアック〉に対して、ここで罠を仕掛けるつもりだったからだ。
2日目の〈アステロイド密集帯〉は、加速エリアを通過した後、2日目のチェックポイントである人工惑星〈聖護院〉に到達するまでの減速エリアに位置していた。だから、障害物が有ったとしても加速し続けることを意識せずに破壊したり、避けることができる。
〈コピ・ルアック〉の戦闘用シールドの洒落にならない性能は先程のコロナへの防壁で嫌というほど見せられていた〈ミシシッピ〉と〈黒船〉だったが、逆を言えば、気兼ねなく罠が仕掛けられるという訳だ。彼らは、周辺の岩塊を破壊すると見せかけて、重核子弾頭をばらまいていた。もし問題になった際は、不発弾が残ってしまったといえばいい。そう思っていた。
彼らの誤算と云えば、〈コピ・ルアック〉は既に100Gの加速が出来る状態に復帰しているという事くらいの物だったろうか。
しかし、90Gと100G。10Gの加速さだが、これはとても大きい。どのくらい大きいかと云えば、罠が完全に機能する前に〈コピ・ルアック〉が追い付くくらいには大きかった。
「船長!予定より早く〈コピ・ルアック〉が来ます!」
「予定より全然早いじゃないか!」
「こちら〈ミシシッピ〉、〈黒船〉応答願います、〈コピ・ルアック〉が来ます、至急退避を!」
手遅れだった。
〈コピ・ルアック〉のブリッジも大騒ぎだった。
「何で先を行っているはずの2隻が居るんだ!」
「10キロメートルサイズの岩石塊、多数接近!」
「緊急迎撃!」
迎撃と同時に重核子弾頭がさく裂した。それは、周囲に有った弾頭に次々と反応し、飛散する岩塊とエネルギー雲という障害を作ったが、シールドを展開していたコピ・ルアックは平然と通過した。
大ダメージを被ったのは、罠を設置していた2隻だ。特に、弾頭の設置を行う作業の真っ最中だった〈ミシシッピ〉は、シールドの展開が一瞬間に合わず、瞬間的に背面から衝撃波を喰らい、くるくると弾き飛ばされた。先日自分で〈コピ・ルアック〉にダメージを負わせたのによく似た状況だった。
因果応報である。船内は、「緩衝ボール」のお蔭で死者・重症者は出ていないものの、損傷で酷い有様だった。
「各所でサブシステムダウン!」
「生命維持装置機能低下!」
「亜光速エンジンに深刻な障害が発生しています!」
「大変です、ワープエンジンを使わないと自ら作った罠の中に突っ込みます!」
ワープエンジンのレース中の使用はレギュレーション違反だ。
かろうじて航行して避けることのできる〈黒船〉は続行したが、大きく順位を落とし、ワープエンジンで回避せざるを得なかった〈ミシシッピ〉はリタイアとなった。
だが、今日のレースはまだ終わっていない。
(続く)
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