第18話「武装貨物船競争05:それぞれの思惑」

(承前)


 〈コピ・ルアック〉はレース展開上、絶好の位置に居た。


 だが、現状では強引な操船マニューバには乗員が対応できそうな感じではなかった。幸いにして、現状から25分ほどは直進コース上に障害物はほぼ無い。何かあったとしても少々の物なら〈コピ・ルアック〉の戦闘用バリアで弾き飛ばしてしまえばいいし、ある程度大きい物でもFERISフェリスが自動迎撃態勢を整えている。


 現状、ブリッジ以外の部分には重力制御の庇護が無いため、ブリッジにレースに必要な人員がすべて集まる結果となり、ブリッジ内部は上部、下部に人が溢れかえっていた。


『まるせ……、マルティナ副長。よろしいですか?』


 上部構造で幹部スタッフが〈アステロイド密集帯〉での対応の最終確認をしていた時、ブリッジ下部構造に居る加藤から通信が来た。


「何かしら?」

『ふと思ったのですが、〈アステロイド密集帯〉に、次元転移砲で撃ち抜いて進行路を作ってしまうことは出来ないんですか?』

「いくら強力でも、光速の15%以上の速度で進行する船の航路を作ってしまうほどの威力は〈コピ・ルアック〉の次元転移砲にはないわよ。まあ、ここぞという時の一発は何とかなるかもしれないけどね」


 そもそもが、光速の何%かを競うようなレースで、人間の操作程度の反応で何かできる訳もなく、操船の基本はプログラミング勝負だ。それで対処できないような巨大な障害に対して、人間の操船に対する訓練やインスピレーションが生きてくるのだ。


「基本戦略としては、シールドで処理できるものは処理して、処理しきれない大きさのものは重核子砲で粉砕、それでも対処できない場合は航路調整、という形になるでしょうね。2km級以上の巨大な小惑星には所有者がいる場合もあるし」

『なかなか簡単には進まないですね』

「まだレースは序盤も序盤よ。今からそんな事じゃ後が大変よ?」


 それは分かっているんだけど、と、加藤は内心で愚痴を言っていた。

 先程の搭載艇勝負で、彼は性も根も使い果たした状態になっていて、なるべく簡単に終わるものなら終わらせたい心境だったのだ。


「加藤、お前なんかまだいい方だぜ?」


 まるの斜め前の操舵席から、太田航宙士が会話に割って入った。


「俺は実際に、本船このでかぶつを操船して〈アステロイド密集帯〉を飛ぶんだからなぁ」


 太田は加藤の心理をズバリ読んで、自分のストレスを発散しつつ、若者の怠慢を諌めていた。


『はい……弱気になりました。すみません』


 流石に太田の一言には逆らえない。


「まあ、そうはいっても、ガチの亜光速航行では、人間に出来ることは多くはないがな。ワープ航法の有り難さが身に染みるよ」

「そうね。基本的にはプログラムとFERISフェリスがやってくれる」


 さらに会話にFERISフェリスが割って入った。


『私だけで全て出来れば問題ないのでしょうけど、それだと完全な自動操船という事でレギュレーション違反になってしまいますし、人間のゲームは難しいですね』


 話が混線してきて、まるが顔を少ししかめていたので、ラファエルは敏感に察知し、咳ばらいをした。


「えへん、うん。全員万全を尽くしてくれることを祈る。〈アステロイド密集帯〉突入まで、各自の担当を再チェックしたら、休息をとるように」

<ありがとね、ラファエル副長>


 まるは目配せでお礼を言った。ラファエルはラファエルでちらりと目線をやってそれに応える。本日のメイン・イベントはもうすぐだ。


§


 織田コンツェルンは、日本の旧家をその源流に持つ、〈関西共和国〉でも有数の名家が展開する巨大企業複合体である。

 OIC(Oda Interstellar Company)ホールディングスを中核会社として、傘下に100を数える企業体を持ち、影響力は惑星〈星京〉は言うに及ばず、〈らせんの目〉太陽系のみならず〈大和通商圏〉の6つの太陽系に影響力の及ぶ会社を持ち、果ては、〈連合通商圏〉と〈欧蘭通商圏〉にも通商の手を伸ばしていた。


 今回のレースの目的は、織田コンツェルンの商業的な宣伝と、〈連合通商圏〉との商談に関わるものだった。〈連合通商圏〉は〈大和通商圏〉との間に太い商業的・産業的なパイプを欲しており、そのために織田と手を結ぶ形で、〈大和通商圏〉への産業進出を目論んでいた。

 かくして両者の利害は一致して、今回の出場となった訳である。双方のコンプライアンスを総動員し、また外相窓口から衛星〈メディア〉の両政府上層部へと、大会運営委員会の一部の委員に手を回して、今回のレースで自分たちに有利に働く条件を画策していた。

 その結果が「双方の搭載艇をブースターに使う」という案である。搭載艇は小さいので、レギュレーションそのままの推力しか出せないならほとんど意味はない。だが、推進機関はブースターに使えるようにオーバースペックに改装してある。レース中に全力を出せるようにしてしまえばもちろんその時点でレギュレーション違反だ。だが、搭載艇がブースターとして機能することに関しては、自分の搭載艇に関しての規定はあるが、他の船の搭載艇が補助することに関する規定はないので、本船同士のレース時の搭載艇のレギュレーションの穴を突いた作戦である。まあ、たぶん次回からは禁止されるのだろうが、今回禁止されていないことをやる分には何の問題もない。ただの戦略勝ちである。


 〈黒船〉は〈ミシシッピ〉の搭載艇〈スライダー〉を使ってパワード・スイングバイを行い、ブーストに成功し、順位を着々と回復していた。

 現在の順位は、

1:〈星の糧〉

2:〈コピ・ルアック〉

3:〈ミシシッピ〉

4:〈レガツォーナ〉

5:〈黒船〉

6:〈カイザー7〉

7:〈ヒンデンブルグ〉

8:〈サルディーニャ〉

 となっていた。

 順位からは読み取りにくいが、スイングバイで失敗した〈レガツォーナ〉は、既に〈黒船〉の射程内だった。なんとか〈アステロイド密集帯〉に入る前に順位を逆転し、〈ミシシッピ〉とのランデブーを行う必要がある。逆転が出来なくても、一度〈ミシシッピ〉とは合流して〈スライダー〉を回収してもらわないといけない。初日の最大ポイントは、〈アステロイド密集帯〉を出来る限り迂回せずに、惑星〈ウルカヌス〉の軌道上での停船までの減速をスムースに行えるかにかかっている。


 織田はまたイライラしていた。


「ミシシッピとのランデブー予測位置はどうなっている?」

「現在の加速を維持するなら、〈アステロイド密集帯〉突入5分前の予定です。ランデブーで1分ほどのタイムロスが有りますが、〈レガツォーナ〉との順位争いは微妙なところです」

「ダンゴ虫と糞珈琲は先に行ってしまうのか――。何か妨害策とか、取れる方策はないか」

「難しいですね。明日以降の順位挽回を考えるしかなさそうです」

「うぬぬ――」


 2隻が先行する可能性は示唆されてはいたが、現時点でかなり決定的な差を付けられているので、彼の心中は穏やかではなかった。


「〈ミシシッピ〉との合流を急げ!」


 織田はそれだけ憮然として言うと、ぶすっとして船長席に深く体を沈み込ませた。


§


 〈ペリカン太陽系〉の〈アステロイド密集帯〉には、人類発祥の太陽系の〈アステロイド・ベルト〉とは比較にならない位に大量の、大小取り混ぜ数兆個と言われる岩塊が存在していた。太陽系形成時に、地球程度の大きさの複数の岩塊が存在し、それが複雑に衝突することで粉砕された岩塊のベルトが出来たと推測されている。

 この密集帯が太陽光を和らげているお蔭で、衛星〈メディア〉や、人工惑星〈聖護院〉が生息に適した環境になっている事実もあるのだが、広範囲に太陽系の要所に広がる岩塊群は、ワープシェルを展開して通常物質を避けることのできるワープシップ以外の航宙船にとっては、航路をふさぐ非常に厄介な存在であった。


 もっとも、〈アステロイド密集帯〉の岩塊からは沢山の資源も比較的簡単に採集できるため、産業的な恩恵もあり、痛し痒しという処であった。


 〈星の糧〉は、〈アステロイド密集帯〉を前に減速を開始し、大きく速度を落とし始めていた。彼らの自動操船技術は、人類側の装備より若干劣っており、どうしても速度を維持したまま突入することは難しかったのである。対する〈コピ・ルアック〉のFERISフェリスは、ほぼ〈大和通商圏〉最強の操船コンピュータであり、数少ない「知性体」として認められたコンピュータでもある。本来なら、人手を介さずにFERISフェリスだけで操船することもできるのだが、「レース」という性格上から、レギュレーションはそれを許してくれなかった。


「船長、〈アステロイド密集帯〉に突入します」


 そういわれて、無意識にまるは反応していた。


「全員ショックに備えて」


 船体に持続的な細かい振動が響き始めた。モニターでは時折重核子砲が煌めく様子が映し出される。


「30秒後の予想位置に3時30度から予測外の10kmの岩塊接近中、6時5度に軌道修正」


 いくら超速度のコンピュータとはいえ、すべての予測をできる訳でもなく、リアルタイム補正は必須だった。いくつかの修正推奨コースまではFERISフェリスが指示を出してくれるので、その中から太田航宙士が適当を判断したものを実行に移させる。


『現状進行は順調。予測外変動は5%以下』


 FERISフェリスも淡々と状況を報告してくる。


「危険区域通過中。航宙士は集中を維持するために、30分ごとのローテーションを守って下さい」


 まるも淡々と指示を出す。通常空間なら太田一人に任せることも可能だが、2時間オーバーの時間を、ぎりぎりの集中で過ごさせる危険は冒せない。


「これ位なら私一人でも十分こなせそうですけどね」


 そううそぶく太田に


「これでも、割り当て時間は他の人より多く充てていますから、これ以上の無理は厳禁ですよ」


 と、まるはたしなめた。


「マルティナ副長、ちょっと試したいことが有るのだが」


 ラファエルが声を掛けてくる。やっぱり副長と言われるのは何となく尻尾が落ち着きない。


「なんでしょうか?」

「加藤君に本船の操船を15分割り当てられるだろうか? 現状ではやはり、太田君にちょっと時間を振り過ぎていると思う」

「そうですね――」


 航宙士補だから、補佐として航宙士が付けば、操船は可能なはず。しかし、ブリッジ要員の制限から、適当な手隙の航宙士など乗せては――いたいた、手隙の航宙士が。


「では、私が補佐に入ってやらせましょう」


 にっこり笑いながらそういうと、ブリッジ下部構造に居る加藤を呼び出す。


「加藤航宙士補、ブリッジ上部構造へ。加藤の担当範囲はFERISフェリスに移譲」


 気圧リフトが「しゅーこっ」という音を立てると、加藤がブリッジ下部構造からやって来た。


「マルティナ副長。加藤航宙士補、出頭しました」


 まるはにっと笑うと、彼に地獄の宣告にも似た命令を与えた。


「太田航宙士の第二シフト前半をあなたに移譲します。補佐は私が入ります」

「えっ?  あ、了解しました」


 そういうと、彼は待機航宙士用の座席に着いた。顔は緊張で紅潮している。


<そりゃそうよね、いきなり巨大な船の、しかも危険区域での亜空間航行を任せられるとか、でも――>


 まるは励ましなのか、更にどん底に突き落とすのかよく分からない励ましを、加藤に言った。


「大丈夫。大きな航宙船も搭載艇も、飛ばし方は同じだから」


§


 太田航宙士の第1シフトの30分が過ぎて、補佐の航宙士がシフトに入る。

 この30分が過ぎたら、加藤のシフトだ。

 〈アステロイド密集帯〉の中央付近に近づいているため、「ゴゴゴゴゴン」という衝撃のほかに時折大きめの岩塊がぶつかる「ガツーン」という衝撃が入り始めている。重核子砲で撃ち落とす必要のないギリギリの岩塊が増えているのだ。

 FERISフェリスの障害物予測精度も90%程度に落ちていて、本格的に航宙士が忙しくなり始めていた。


「緊張している?」


 まるは小刻みに震える加藤の所に歩み寄って聞いた。


「ええ、まあ。こんな巨大な船はシミュレーションでしか動かした事ないですし」

「大丈夫、特訓の成果が有れば、操船は出来るし、本当に危険な時はFERISフェリスが対応してくれる。とにかく肩の力を抜きなさい」


 緊張から解放された太田が大欠伸をして、伸びをしていた。

 つられてまるも大欠伸をした。

 プローブの中のまるも欠伸をして、口が100度くらい空いて真っ赤な口と牙を覗かせている。


<あー、休憩したいっ>

「マルティナさん、ちょっと」


 ラファエルが声を掛ける。


「なんでしょう?」


 近くに来たまるにラファエルは耳打ちをする。


「船長、いい加減お疲れでしょう。お手洗いに行けばカメラはありませんから、プローブから出られますよ」

<そういう手が有ったか>

「有難うございます。ラファエル船長、ちょっと離席いたします」


 まるはすっと立ち上がってリフトに向かい、ブリッジ下部構造の奥にある化粧室に向かった。化粧室の個室に入るとFERISフェリスに向かってプローブの解除を指令した。


『了解、一時プローブを解除します』


 まるの周囲を覆っていたプローブはさあっと光りながら溶けるように移動し、まるの傍らに彼女とほぼ同サイズのキューブ状に固まった。


「うーん、やっぱりこれが良いわっ」


 そういいながら、まるは背中を弓なりにして、尻尾をSの時に垂らしながら思いっきり伸びをした。


「ちょっと全身強張ってるなぁ、私が緊張しすぎてたら、加藤君までガチガチになっちゃうわ」


 ふと思い出してラファエルに連絡する。


「ラファエル副長、いいかしら」

『なんでしょう?』

「化粧室は個室以外もカメラ外?」

『その筈ですが』

「じゃ加藤君をこちらに寄こして。ちょっと緊張をほぐしてあげるわ」

『了解』


 ほどなくして加藤がやって来た。


「何でしょうか船長」

「ちょっとそこの椅子に腰かけて」


 言われるままに加藤が椅子に腰かけると、まるはちょこんと彼の膝に乗った。


「出血大サービス。本来は普通の猫扱いとか論外なんだけど、人間にはこれが一番癒し効果あるみたいだからね」


 そういって、まるは彼の膝に香箱座りすると、ごろごろと喉を鳴らし始めた。


「船ちょ! う……」


 加藤はちょっと驚いたが、まるの気遣いに感謝して、彼女の背中を静かに撫でた。


「内緒にしてね、でないと船内のネコスキーどもに半殺しにされるわよ」


 20分ほどそうしていただろうか。


「さて、そろそろ戻る準備をしましょう。FERISフェリスお願い」

『了解です、プローブ再展開します』

「じゃ、戦闘開始と行きましょうか」


§


「マルティナさん、加藤君お帰り」

 

上部構造に戻ってきた二人に、ラファエルが呼び掛ける。


「加藤君、現状をモニタリングして、引継ぎ準備」


 もう彼の震えは止まっていた。


「了解です」


 加藤は現状を把握して、コース予想に目を通す。


「準備完了、いつでも引き継げます」

「では行きましょう。加藤、マルティナ、操船ローテーション入ります」


 FERISフェリスの対応もかなりいっぱいいっぱいになるほどの状態である。まるも現状をモニタリングして流石に危険を感じた。


「どうする? 危険性を減らすために早期減速する?」


 まるから助け舟を出して見たが、加藤はしばらく考えてから否定した。


「このままでいきましょう。奥の手もあると思いますし」

「じゃそのままで」

「40秒後に8時25度から予測外の20km岩塊接近、2時10度に軌道修正」


 加藤はてきぱきと操船をこなし始めた。


<へえ、割と頼もしい顔になったかも>


 まるは青年の顔に、航宙士の気概が生まれ始めたのを見て取った。


§


 〈星の糧〉が大きく後退したため、程なく〈コピ・ルアック〉は、首位を奪還していた。そのころ、〈黒船〉と〈ミシシッピ〉もランデブーを果たし、再加速を始めていた。〈アステロイド密集帯〉で、順位は激しく変動していた。


 そのころ〈ミシシッピ〉では、デイビッド船長が現状報告を聞いていた。


「本船と〈黒船〉は間もなく〈アステロイド密集帯〉に入ります」

「2船の協力体制で、弾幕を張って岩塊を粉砕しながら進めば、ダンゴムシ共は射程内だな。問題は……」

「首位の〈コピ・ルアック〉は、速度を落とさずに〈ウルカヌス〉に向かってほぼ直線コースで突っ切っています。あの船の武装は軍艦並みですね。とても真似できません」

「軍艦並み、というより、引き取り先の無くなった新造戦艦を払下げた、本物の軍艦が元になっているらしいな。ここでの挽回は難しいか」


 デイビッド船長は歯噛みをしながら状況を見守った。


『状況はどうかね』


 〈黒船〉の織田が連絡を入れてきた。


「ちょっとお待ちください」


 デイビッド船長はハンドセットを持ってお手洗いに行く。


「〈星の糧〉は射程内ですが、〈コピ・ルアック〉は無理です。あの軍艦の装備には到底太刀打ちが出来ません」

『ふむ。まあ、1日目はくれてやろう』


 案外あっさりと織田は諦めを表明した。


『到着してからの休息時もまた、闘いだという事を教えてやるまでだ』

「やるのですか」

『ああ、到着時には停泊場所に停止するはずだ。無防備でな』


 通信の向こうで、織田はいかにも悪そうな笑いを浮かべていた。


§


 15分はあっという間に過ぎ、加藤は太田に引き継ぎを済ませた。


「どう? 楽しかったかしら」


 にやにや笑いながら声を掛けるまるに、額にじっとり脂汗を浮かべた加藤は精根尽き果てた表情を返した。


「正直、もう限界です」

「まあ、ぶっつけ本番であそこまでできれば上出来よ。今日はもう出番がないから、ひっくり返っていればいいわ」


 そういいながら、まるは太田の状態に注視していた。どうも芳しくない。

 反応速度がギリギリになっている。加藤も微妙に現状の危機感を察知して、補佐席から動こうとしない。


「ここが最大の難関、あとひと踏ん張りよ」


 だが、そういっている際に、FERISフェリスがアラートを発した。


『危険!20km級の岩塊が20秒先軌道に接近、回避困難です』


 FERISフェリスの処理もいっぱいいっぱいだったが、緊張の限界で、太田がよけ損ねたのだ。


「加藤より火器管制系緊急オーバーライド、次元転移砲の照準を20km級岩塊へ!」

『オーバーライド完了』

「当該領域物体の所有者確認!」

『所有者ありません』

「次元転移砲発射!」


 〈コピ・ルアック〉の切り札が本領を発揮した。

 次元転移砲は対象物を破壊するのではない。対象を原子分解して別次元の空間に転移させるのだ。文字通り消滅させるといった方が簡単だろう。

 次元転移砲の照準方向に、直線状に100kmほどの空間にある物体が消失した。


「加藤君やり過ぎ、出力範囲を絞らないと。エネルギー損失も馬鹿にならないんだから」


 まるはたしなめた。


「す、済みません」

「でもとっさの判断力は認めるわ」


 まるに褒められて顔を紅潮させる加藤。


「私もさすがに、減速してしまおうかと思いました」


 ラファエルも加藤を褒めた。太田は気を取り直して操船に集中していたが、加藤に対して無言で頷いて見せた。

 今度こそ加藤はグロッキーで、そのまま意識を失った。


§


「初日からレースは荒れ模様みたいねえ」


 観戦者はワープ航法を使えるので、何かに衝突する可能性も、加減速のGも関係ないため、〈桜扇子〉内部はのんびりとしていた。


「〈コピ・ルアック〉は首位に返り咲いたようですね」


 羽賀氏も冷静に状況を見て言った。


「羽賀参事官のお目当ての船の状況は?」

「はっきりとは言えませんが、変な減速をするなど、異常が認められました。恐らくは船内でクーデターが発生したのではないかと推測しています。が、レースには現状影響を出していないですから、手出しは出来ないですね」

「そうですか……」

「まあ、何か動きがあるとすれば2日目の最終でしょうね」


 二人が話しているところに、吉田が割って入る。


「社長、そろそろ〈コピ・ルアック〉が1日目のゴールに到着します」

「やったわねー」


 全員がモニターに注視した。


§


 〈コピ・ルアック〉はギリギリの速度で減速をして、チェックポイントを通過した。


『やりました、1日目の区間1位は「独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉」です!』


 中継の熱いアナウンスが、〈コピ・ルアック〉の初日のゴールを伝えてきた。


「初日1位獲得っ!」


 〈コピ・ルアック〉船内でも、ゴールと同時に「わっ」と歓声が沸いた。


「さて、ワープエンジンを起動して所定の位置に移動しましょう」


 興奮冷めやらぬ船内で、ラファエルが指示をする。


「ワープエンジン始動了解」


 太田がにこやかに応じて、ワープの準備を始める。


『動力系の切り替えの為10秒ほど時間がかかります』


 FERISフェリスが注意喚起する。

 その時だった。


『おお、2位に入ってくるのは〈ミシシッピ〉です!しかし、減速しきっていません、これは危険だ!』


「太田君、補助スラスター全開!」

「ダメです、動力系切り替え中で動かせません!」

FERISフェリス、ギリギリでもいいから何とか回避と防御を!」

『動力切り替え中のため、回避行動不能、戦闘用フォースフィールド機能不全』


 〈コピ・ルアック〉が対応をこまねいている間に、〈ミシシッピ〉は突っ込んできた。

 激しい振動と、この世のものと思えない一瞬の後、〈コピ・ルアック〉はワープシェルに包まれていた。


「被害報告!」

『エンジン・ナセル2基大破、亜光速エンジン小破』

「〈ミシシッピ〉は?!」

『損傷軽微。バリア展開状態のまま突っ込んできたようです』


 区間1位の喜びは、急転直下した。


§


〈桜扇子〉上では、まるが人型プローブを解除して、本来の姿になり、頭から湯気を出していた。


「あいつ、絶対わざと突っ込んできた!」

「事故の検証では、疑わしいものの、途中の回避のために加速せざるを得なくなって減速が間に合わなかった、って言っているわよね」

「そんなもの、最初から計画してればどうにでもいい分けられるわ」


 まるの尻尾は、「びたーん、びたーん」と、激しい不快感を表していた。


「カリカリしてても仕方ないでしょう。羽賀さん、修理ってどうにかなるものなの?」

「今回は事故による緊急事態ですし、取り敢えずリタイア扱いだけはギリギリ避けられたので、どうにかできるかと思います。現在、調停機構から近隣の星の住人に救援を要請しています。今は落ち着いて待ちましょう」


 なにしろ、羽賀氏の説得は最終兵器だ。明日には治ってます、と彼に約束されたら、委員会も首を縦にフルしかない。恐ろしい人ではある。


「ううううううう」

「まる、落ち着いて。それから人型プローブを装着して私と羽賀さんと一緒に懇親会へ行きましょう。〈コピ・ルアック〉レース参加の目的の一つだったんでしょう?」

「それはそうなのだけど……」

「じゃあさっさと人型になって、ドレスを着てきてよ」


 そういわれて、まるはその場でモバイルコントローラを弄って、サブセット版の「ふぇりす」に呼びかけ、人型プローブを装着する。設定ですでにドレスがセットされている。


「便利よねそれ。私もそんな風に簡単に着替えたいわ」

「もう、この格好も鬱陶しい」

「あーもう、文句言わない!」


 煮え切らないまるを引きずるように神楽が引っ張っていった。


§


 懇親会では、デイビッド船長がラファエルに平謝りしていた。

 結構多額の補償金が〈連合通商圏〉からの見舞金として入ってくるようだが、船の受けた傷と天秤にかけるとどうなのかなぁというレベルだった。

 実際は羽賀氏のコネで、ほぼロハで修理という話になっているため、金額はボーナスの様なものだったが、その件については黙っていた。ぶつけて来たのは向こうなのだ。


「ラファエル船長」


 憔悴した表情でまるが現れた。


「まる……ティナさん。もう来ないのかと思っていましたよ」


 うつむくまるに、神楽が助け舟を出す。


「私が引っ張ってきたの。色々煮え切らないみたいだけど」


 一行が話をしていると、遅れてきた羽賀氏は何やら通信をしていた。


「ええ、はい。ではお願いできますか。6時間。了解です。有難うございます」

日本語大和公用語? 相手は異星人ではないのですか?」

「あなた方からすれば異星人ですね。でもここで異星語を話すわけにもいかないでしょう? 日本語大和公用語を使える業者にわざとお願いしました」


 繰り返すが、〈大和通商圏〉の公用語は日本語だ。


「治りますか?」


 少し希望を持てそうな顔でまるはおずおずと聞いた。


「大丈夫ですよ」

『まるさん、あなただけに聞こえるお話をしますね、はいなら小さく頷いて、いいえなら瞬きを2回』


 羽賀氏から突然通信波による音声が、プローブ内に届いた。まるは小さく頷く。


『修理は確実に終わりますが、表向きは不完全という事にしましょう。加速度を最大90Gに設定します。解除はFERISフェリスに指示してください。多少抜かれてしまうでしょうが、仕方ありません』


 瞬きを2度。わざわざ負けるなんて。


『慌てないでください。挽回のチャンスはあります。それにこれは理由あっての事です』


 小さく頷く。理由?


『明日は一斉にいろんなところの思惑が動くと思います。私が追っている〈EXTR183〉も動き出すでしょう。1位を独走していると、そういう思惑の矢面に立つことになってしまって、少々都合が悪いのです』


 小さく頷く。


『〈EXTR183〉の件が片付いたら、後はまるさん次第で加速のタイミングを掴んで下さい。ちょっとプレゼントが有りますので後で確認してくださいね。敵が妨害してきたわけですし、それを使って目には目尾の戦略でも展開すればなんとかなるのではないかと思います』


 そういって羽賀氏はウインクする。ホントにこの人には敵わない。

 まるはそう思いながら頷いた。


「マルティナさん、ラファエル船長。こちらに来て下さいます?委員会の方々に挨拶して置きませんと」


 神楽が呼んだので、まるとラファエルは其方に向かった。


<やれやれ、人間はなんでこういう面倒臭い事をするのかしら>


 まるは少し苦笑いしていたかもしれない。


§


 明けて2日目のレースが始まろうとしていた。


「突貫で修理して頂いたのですが、推力は加速度90Gまでとなります。加速度100Gの他の船に抜かれてしまいそうですね」


 羽賀氏との打ち合わせ通りまるは船内でも嘘をついた。


「仕方ありませんよ。何か逆転の方法とかもあるでしょう」


 ラファエルは少しさびしそうに笑って見せた。彼はまだ今回の仕掛けを聞かされていない。敵を欺くにはまず味方から。だ。


「さあ、2日目出発しましょう。惑星〈ウルカヌス〉のスイングバイ軌道に向かって出発!」


 2日目のコースは、惑星〈ウルカヌス〉のチェックポイントから本船をで出て、恒星ギリギリを巡っている〈ファイヤーマーキュリー〉の軌道を抜けた後、〈アステロイド密集帯〉を巡り、人工惑星〈聖護院〉上空のチェックポイントで終了だった。


 〈ウルカヌス〉からのスタートは初速で出るため、ここで加速を稼ぐために、全ての船がパワード・スイングバイによって大きな加速を得る予定である。

 本日の順位は

1:〈コピ・ルアック〉

2:〈ミシシッピ〉

3:〈黒船〉

4:〈星の糧〉

5:〈レガツォーナ〉

6:〈カイザー7〉

7:〈ヒンデンブルグ〉

8:〈サルディーニャ〉

 の状態からのスタートであったが、今回2度目の〈アステロイド密集帯〉が大きく番狂わせを行うだろうというのが大方の見方であった。各船は到着時間の時差でスタートし、それぞれパワード・スイングバイを行って加速して、次の目的地〈ファイヤーマーキュリー〉へとコマを進めていった。


(続く)

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