第16話「武装貨物船競争03:波乱含みの出発!」
(承前)
宇宙に花火を上げるのはいくつかの問題点がある。
・熱を保てない真空中で各「星」を充分な時間・光量で燃やすための酸素供給をどうするかの問題。(地上の花火で使われる塩素酸カリウムでは、急速に熱を奪われる宇宙空間で色彩を保つ熱を維持できないため)
・重力が無いために灰がどこまでも飛散する問題の解決。(宇宙ではごみは危険物でしかなく、最終的に宇宙船などを脅威に晒すため)
・初速をどう打ち消すかの問題。(空気が無いため「星」が一定速度、ないしは加速されて広がり、演出したい形状で減速するなどの効果が出せないため)
簡単な解決法としては、爆発現象を使うのではなく、小さな宇宙機を花火の「星」に見立てて飛ばし、適当なところで消灯して回収するという方法だ。これは欠点としてはちょろちょろ走り回る消灯済の宇宙機が見える可能性があるという事が挙げられる。
もう一つは大掛かりで、スクリーンを打ち上げておいて、レーザー投影するという方法。厚みのあるゲルスクリーンに対して、複数のプロジェクターから立体投影して合成すると、かなり訴求力のある映像となる。それに、所謂花火では表現不能な動画や関数図形なども描画することができる。
武装貨物船競争の開幕式では、両方の折衷方式が採られた。スクリーン外には10万機の自動宇宙機を飛ばして
この様子は衛星〈メディア〉表面からも観測できるレベルで地上各所には巨大な空間ディスプレイが設置されて、セレモニーを盛り上げていた。
「さあ今年もやってまいりました。ここ〈ペリカン太陽系〉、いや〈大和通商圏〉の一大イベント。〈メディア〉の各政府主催によります『武装貨物船競争』が開催されます。今メイン会場では、華やかな開催の式典が繰り広げられています。」
公式のアナウンスが華やかな式典を彩っていた。
配信は各種手続きを予め特約することで省略した、超空間ゲートの特別引継ぎにより、〈大和通商圏〉内では6時間以内に、他の通商圏でも2日以内には、この模様を全人類圏に放送する事になっている。通常のデータ輸送の数倍から10倍ほどの速度である。この大会に向けた〈メディア〉の各政府の力の入れようが感じられた。
だが最大のセレモニーは地上で行われる。大気圏突入可能な武装貨物船数機が空中にその巨体を表し、降下艇で出場チーム代表を地上メイン会場に降下させる演出が行われた。
大気圏突入可能なのは
〈サルディーニャ〉、
〈ヒンデンブルグ〉、
〈コピ・ルアック〉、
〈ミシシッピ〉
の4隻だった。余談だが、〈サルディーニャ〉に至っては着陸が可能だという。(その他の船も着水は可能)
巨大な4隻は会場上空を回遊し、見る者を圧倒させた。
「圧巻よねえ」
人型プローブに入ったままでパレードに出る準備列で待機しているまるは、上空で繰り広げられるショーに見入っていた。実際のまるはというと、プローブの腰からほぼ臀部に鎮座していた。羽賀氏がハックして実装した神経接続は、まるが嫌がって換装を求めていたのだが、人体が得る必要な情報もあるということで使われ続けていた。
「人の目で見る情報ってなんか辛いわ。寄り目になったような感じがするし。色彩の感覚にもめまいがする」
「大変ですよね」
ラファエルは苦笑して見せた。
「この人型プローブで自由になることといえば、食べたものの選別くらいかしら」
ぶつぶつ言い続けているまるの気をそらしたほうが良いなと、ラファエル副長は思った。このまま人型プローブの使用がストレスになったらそれはそれで問題だ。
「ああ、うちの船も目立ってますね」
ラファエル副長は話題をそらした。
「まあ、ほぼ軍艦ですものね。船の武装の禍々しさ、船体の優美さシャープさでは右に出る船は無いでしょ」
「自分の持ち船に『禍々しい』はどんなものでしょう――。まあ、あの丸い船体にしてはすごくシャープな印象を与えるでしょうし、戦闘モードでは威圧感も考慮した外観になっていますから、当たっている気はしますけど」
〈コピ・ルアック〉は戦闘モードも披露していたが、黒褐色に変わる船体と、ギラギラと光るずらりと並んだ重核子砲バンクの組み合わせ、そして船体下中央付近にある縄文式土器を現代風にしたような外観の装置――次元転移砲が燦然と光っている様は、まさに「禍々しい」の言葉にぴったりの外見だった。
「こうやってセレモニーに参加中も、秋風君達は突貫で大改造やってくれているのよね」
「頭が下がりますね」
「そうね。あとで特別ボーナスでも振る舞わなきゃいけないでしょうね」
§
第1日目の「搭載艇での惑星〈タロス〉の輪くぐり」は、危険が多いという事で変更になり、輪くぐりの代わりに、〈タロス〉衛星軌道上に人工の
その際、コース上のアイテムを拾う事で加速上限のペナルティを増減させたり、他船への妨害を行う手段がもらえるなど、船の性能だけではない戦略が要求される、デジタルゲーム的なコースとなっていた。
最終的なコース変更の確定が大会数日前だったこともあり、各チームとも対応に追われているようだった。船長やその他の部署の人間が、盛んに船と通信をしている様から、それは読み取れた。この件については、〈コピ・ルアック〉チームは少々チートをやらかしていた。数日前にその情報を得てから過去に戻って修行していたため、過去時間での8日目にまるがその事実を見落としていた事に気が付き、そこから数日でみっちり修行したのだ。
<思わぬ儲けだったけれど、其れとは別に着た通達に私が気付くのが遅かったせいで、船の方には負担掛けちゃっているのよね>
そうなのだ、まるが気付いたのが過去に出発した後だったため、コース・レギュレーションの変更に対する〈コピ・ルアック〉本船側の対処策は遅れてしまっていた。
その為に、本船内部では開会式の今でも、突貫作業が続いているのだった。
「ごめんね――」
「船長、今更うじうじと考えていても仕方ないですよ。彼らを信じて任せましょう。しかし、レギュレーションの変更までギリギリに通達してくるというのはちょっと問題ですよね」
「そうなのよね。しかも本船側の上限速度の変更とか。縮退物質での制御に関していえば、搭載艇の方のレギュレーション緩和の方が適当な気はするのだけど」
「うちの場合はあれで対処するしかないのですよね……。いささか『ずる』をしている様で気が引けるのですけど」
「仕方ないわ。今更100G加速に対応、とか言われても、普通にやっていたら船体が保たないからね」
そう、搭載艇では無く、本船側のレギュレーションが土壇場で大幅変更されていた。〈コピ・ルアック〉ですら80Gまでの加速にしか対応できないのだが、大会は一気に100Gを最高加速度に指定してきた。
理由としては、〈ファイヤーマーキュリー〉での危険回避が主眼だそうだ。過去、速力が足りずに太陽の重力圏に引きずり込まれそうになってリタイアする船が数席あったというのが表立っての理由である。
「本当に危険回避が目的なら、こんなギリギリになってレギュレーション変更なんてするかしら?」
ふと、まるが疑問を口にすると、ラファエル副長もうなずきながら答える。
「ええ、胡散臭いです。何処かのチームが有利になる様にという思惑で大会が動いている気がしますね」
<面倒臭い。本当に面倒臭いし胡散臭い。
まるはフレーメンをしそうになったが、人型プローブに反映されて凄い顔をすることになるのでやめた。
それにしても、この人型プローブという奴、本当に良く出来ている。
何と食事まで出来て、その中からまるに必要なものを選別する機能まである。
欠点と云えば、モバイルコントローラで中継している
まあ、船の操縦時にはミニマム構成の「ふぇりす」を搭載艇に乗せておけば、プローブは維持できるので、最悪の事態は避けられるだろう。
〈コピ・ルアック〉の改造は、100Gへの対応を突貫で可能にする秘策だった。改装と云えば、超重力惑星の住人〈EXTR183〉も、100Gには対応が難しいらしく、〈星の糧〉は改装を急いでいた。
と言っても外見上の変化は無く、構造材の搬入、搬出をしているだけの様なので、多少の強化策を施す程度だと思われた。
「さ、パレードと、続く宣誓が始まるようですよ」
水面下で大わらわの事情などどこ吹く風で、華やかに大会の開会式は進んでいた。
§
「しかし、こんな事やって大丈夫か?」
秋風部長と共にレギュレーションに向けての船体改造を指揮していた渡辺ネットワーク部長は疑問を口にした。
「疑似重力発生ドラムを外すこと自体は難しくはないと思います。うちの船の船体構造はユニット型になっていて、比較的簡単に分解できますし、置き場所の無重力倉庫も確保しましたから」
船体の構造図を空間ディスプレイに表示して、3Dで作業の進捗を確認する秋風。
「船体の構造的に一番脆弱なのは、可動部である疑似重力発生ドラムと、ナセルの接続部分です。この2点を解消すれば、船体は120Gまでの加速に対応できます」
「ナセルか……一番面倒だね」
「ドラム部分を抜いた部分は強化構造体を仕込むだけで済むんですがね」
そう言いながら船内図をトントンとたたく。
「まあ、ナセルについても対応策は船長と協議済ですわ」
「ほう」
「ブリッジには異星人製の重力場発生装置を置きますが、異星人装置を何とか解析して、
「解析――出来たんですか?」
渡辺の目が丸くなる。重力場発生装置。要するに重力コントローラだ。大きなものなら人間の技術力でも作れている。だが、船に搭載できるサイズなのは、異星人性の装置だけだったのだ。
「もともと低出力ならある程度小型化で来てたんですよ。解析できたのは彼らの技術のほんの片鱗ですが、サイズを1/5、出力を10倍まで引き上げることに成功しました」
「そりゃ凄い」
「でも、異星人装置の20倍もでかい。〈コピ・ルアック〉位の図体でどうにか設置できる感じですわ」
ナセルの基部に何だか巨大な塊を設置する様子が、ディスプレイされた。
「ふむ、でもまあ、これで100Gが制御できるなら安い物かな」
「実際のところは構造の強度を見かけ上1.5倍にする程度ですな。でも元が80Gまで対応できるので、何とかできるでしょう」
ふうん。という風に鼻を鳴らす渡辺。こういうメカ関係には関しては彼は門外漢だった。
「それより渡辺さん。船体荷重の分散計算のシステムの進捗どうですか」
「進捗ダメです。――とまでは行かないけれど、芳しくないね。まあ、いざとなれば本番中に修正していくしかないかなと思う、
「うわあ……船体が保つことを信じてますよ」
「それはそっくり其方にお返しします」
お互いの冗談で軽くダメージを受けつつ、二人は黙々と各班に指示を出しながら進捗を確認し続けた。
§
開会式ですっかりバテてしまったまるだったが、開会式の後に懇親会が有ると聞いて駄々をこね始めた。
「もう嫌、もーいやっ」
船長らしからぬ言葉遣い。しかし、飽きてしまった猫の情熱はもう戻らない。
「いつまでこのプローブに閉じこもっていなきゃいけないのよ」
「この懇親会が終われば一旦船に帰れます、もう少し辛抱して頂けます?」
ラファエル副長は既に懇親会用のタキシードに着替えていた。
「面倒臭いの嫌なのよ。パスしたい、パス!」
「だから、それじゃあ示しがつかないって話をしたでしょう」
「もおおお面倒臭いっ」
そういいながら、ラファエル副長の目の前で服を脱ぎ始めるまる。
「ちょっと何脱いでるんですか船長、私がまだいるのにっ」
「だってこれ別に私の身体じゃないもん。それとも、こんな小娘みたいなので欲情する?」
にやりと笑うまる(のプローブ)に、ラファエル副長はむっとした。
「いいえ、私は別にどうとも感じません。はしたないと言ってるんですよ」
やり返されてまるもむっとした。
「分かったわよ、着替えるから向こう向いててね、はいこれでOKでしょ」
人の服の脱着は音声コマンドを入力すれば実行されるシーケンス操作みたいな事になっていて、まるが意識して操作しなくてもある程度勝手にやってくれる。用意してきたフォーマルドレスに着替え、髪を結いあげるのもあっという間だった。
「それでは副長、エスコートしてくださる?」
ラファエル副長はニコリと笑って彼女の手を取った。
懇親会は、正直まるにとっては、それはそれは退屈な時間だった。
プローブに適当に飲み食いさせて、そこからチーズやら、白身魚やらとまるが食べられそうなものをチョイスして食べる。
食べ物に関しては、羽賀氏がくっつけた面倒臭い神経接続の恩恵で、毒性のあるものを自動で排除して、直接栄養として摂取することもできるらしい。そうすると、人間の食事を直接味わうこともできるという。今度試してみよう。
ちなみにプローブは食べる方だけではなく、出す方の処理もしてくれるが、今は多くは語るまい。
「これはお美しい。このレースにこんな可憐な女性が参加されているとは思いませんでしたよ」
と云いながら近寄ってきたのは「黒船」の織田だった。
実はまるは数回逢ったことがある。土岐氏のペットとしての時代や、まるの遭難からの帰還直後の話だ。拝金主義丸出しの男で、土岐氏を分家の末席程度に鼻であしらってくれていたので、イライラしたのを覚えている。
「船長、笑顔笑顔」
ラファエルがこっそり耳打ちする。まるはかなり不快感を露わにした表情をしていたようだ。改めてにっこりとして、織田の誘いに応えた。
「初めまして。〈コピ・ルアック〉の副長をしています、マルティナと申します」
まるはこういう時に使うという事で、急きょ決めた身分と偽名を名乗る。
「おっと、これは失礼しました」
<なーにが。この守銭奴野郎>
まるは心で思いつつも、出来る限りにこやかに応対した。そして、自分はつくづくこういうのには性が合わないなぁと思うと同時に、こういう
<でも仕方ないじゃない、私、猫だもん>
でもいつまでもその方便は通じないなというのも実感していた。ある程度実績を積んだら、矢面に立つ覚悟をしなければいけないと肝に銘じるまるだった。
どうにかこうにか懇親会を終えて船に帰ったまるは、お手洗いでさっさとプローブを解除した。プローブが飲み食いしたものやら、汚物やらはパッケージングされて出てくる。
「人間ってよく食べるわよねえ」
ダストシュートにそれらのパッケージを放り込みながらまるは呆れ声を出した。
「体の大きさが猫とは違いますからね」
個室から出てきたボーテ砲術長が声を掛ける。今回、幹部船員の女性陣も懇親会に参戦していた。
ボーテはもともとモデル体型と言っていいようなすらりとした身体である。今回の懇親会では、それを引き立てる様なシャープな印象の淡い青色のグラデーションが掛かったドレスを着ている。デコルテは目いっぱい全開だ。
「大食い女とか思われなかったかな?」
ボーテはおやおやという顔をしながらまるに答えた。まあ、まるは猫だし、種が違うんだから朴念仁とか、そういうわけでもないとは思うのだけど、ボーテにはこの時のまるが妙に鈍感な感じがした。
「大丈夫じゃないですか? ラファエル副長がエスコートしながら見ていて下さったんでしょ」
「うん、それはそうだけど」
「それにレース前日ですから、懇親会自体が食べ過ぎとかアルコール摂取とかは控えるように考慮されていた感じでしたしね」
「まあ、そうよね」
<――別に私がどうこう思われてるんじゃないから関係ないか>
「明日からのレース、砲術も重要なファクターになるわ、よろしくお願いね」
「分かってます。船長も大変でしょうから、早くお休みになってください」
「そうね。じゃあまた明日」
§
開けて大会当日。
秋風、渡辺以下、改装班は作業の完了報告を船内ネットにアップした後、やり尽くした顔で爆睡していた。レース開始と同時にトップ二人はたたき起こされることになるのだが、取り敢えず今は寝せておこうと思うまるだった。
資材班はレースに直接関係ない人員の退船指示を終えると、疑似重力ドラムを停止し、取り外し処理を指揮していた。コピ・ルアック船内の直径100m、長さ400mの並列に並ぶ巨大な一対の疑似重力ドラムは、ドラムというよりも巨大なコロニーだ。それが周辺の機構と共に外されてドックに移送されて行った。大会中はそのドラムを格納していたスペースには秋風が徹夜して作った重力制御装置付きの補強構造材が自動的に拡張して収まった。各部の補強も突貫ではあったが完了している。準備は完了した。
大会30分前。各船が静かにスタート位置まで到着する。まるは既に人型プローブに身を包んで〈コピ・ルアック〉のブリッジに居た。加藤は一足先に格納庫の〈
秋風・渡辺部長は予定通りたたき起こされた。他の徹夜組は退船の列に加わっていた。2人は居残りの搭乗技術班の指揮をとって、船のセットアップを進めていた。
「いよいよね」
まるは静かに言う。こんな巨大船のレースなんて勿論未体験だ。
どんな困難が待ち受けているか。シミュレーションを幾ら重ねても現実の困難は分からない。とにかく最善を尽くすのみ。
「船長、そろそろ格納庫の方へ」
太田航宙士はタイムスケジュールを確認して告げた。
〈コピ・ルアック〉の広大な船内を格納庫まで移動する時間は馬鹿にならない。そのため、重力コントロールはブリッジと格納庫両方に用意され、格納庫に直接乗員が待機して、加速を切る前に搭載艇を射出できるようになっていた。
「じゃあ、後はお願い」
そう言い残してブリッジを出ると、中央リフトのあったところには船体強化用の構造体がぎっしりと埋まっていて、その中に、対高加速構造の簡易リフトが設置されていた。
リフト内でモニターを確認していると、コース・コーション(レースの開始段階を知らせるアナウンス)が出て、報道の航宙船などの撤退が完了しようとしていた。
真空なのに、周囲の空気感が変わった気がした。各船ともにセットアップも終わり、非・ワープ機構のエンジンの稼働が始まっていた。
そして3分前。まるは〈
「じゃあ、最終チェックを」
まるが指示して、加藤が最終チェックを始めたころ、レースの秒読みが開始された。
§
「良い位置に着いたわね」
コース・コーションで撤退する船を尻目に、最初から最適位置に陣取っていた〈桜扇子〉から、神楽茉莉はスタートを固唾を飲んで見守っていた。
「各船スタートと同時に此方も亜光速航行に入ります。非・ワープタイプのエンジンに歩調を合わせるために若干Gが掛かる可能性が有りますので、座席に座って固定してください」
そういいつつ、吉田は自分の座席に体を固定していた。
「分かったわよ、水を差さないでね」
「もう後スタートまで3分ですので」
「申し訳ありません――。吉田よりブリッジへ、残り2分50秒。羽賀筆頭参事官様も、体を固定してください」
「分かっていますよ。いろいろお手間を取らせます」
羽賀はひょうひょうとした表情で答える。
§
「さあ!いよいよ3日間の武装貨物船によるレースが始まります。各船スタート準備も万全で、秒読みを待機しております!」
そして、秒読み5秒前。公式アナウンスにも熱がこもる。
「4,3,2,1,スタート!」
各船は一斉に亜光速エンジンに火を入れた。
非・ワープエンジン型の亜空間エンジンと言っても、長距離遊覧航宙船などの精々1~2G程度ののんびりした加速ではない。巨体が100Gに届けとばかりに巨大な加速を開始するのだ。対物速度追従式のカメラ以外には、巨大な船が一瞬で消え去る姿しか残らなかった。
肉眼では到底まともに観れない。それが航宙船レースだった。
各船ともに対G対策の緩衝装置は搭載していたが、機械式の重力緩衝装置ではかなりのラグがあり、最大限度の100Gの加速には到底及ばない速度しか出せていなかった。
まともに最大規格の100Gで飛び出して行ったのは
〈カイザー7〉、
〈コピ・ルアック〉、
〈ミシシッピ〉、
〈黒船〉
だった。
どうやらこの4戦は異星人テクノロジーの重力制御装置を入手しているらしい。だが、本家本元の異星人の端くれの〈星の糧〉が100G勢に加わっていなかったのは少々計算外だった。
それでも、微弱な追従差が有り、コピ・ルアックの格納庫内でも、約4G程度の加速が掛かっていた。
「これは……きついわね……渡辺君、明日までに修正できる?」
まるは座席に押し付けられていたが、正確に言えば、座席に押し付けられた人型プローブの中で、猫の開きになっていた。
『済みません、やってみます』
ブリッジの渡辺から返答が来る。重力制御装置による人員への重力低減措置は、現状のコピ・ルアックではブリッジと格納庫のみに適用されている。それ以外のブロックに居てもこの高加速化ではあっという間にミンチなため、人員はブリッジと格納庫に居る要員だけだ。ブリッジの加速への重力制御の追従はほぼ完ぺきだったようだが、格納庫は再調整しないとやっていられない。
「『物干し竿』はどう?」
搭載艇の重力緩衝装置に関しては用意する時間も無く、届け出の変更も間に合わなかったために縮退物質を使った旧来の形式だ。
「動作準備できています。〈コピ・ルアック〉の船腹に設置されていますので、格納庫から出発直後にドッキングします」
縮退物質を格納庫に置いておくのはいろいろと面倒なため、「物干し竿」は船内格納を諦めて、次元転移砲の周辺に設置されている。「物干し竿」自体に推進装置が有るので、制御しつつドッキングを行う事になる。
『船長、第1チェックポイント確認しました。格納庫開きます』
「了解。加藤君、いよいよ出番ね。肩の力を抜いて行きましょう」
格納庫のハッチが開く。
そしてドッキングを考慮したチェックポイント到達ギリギリのところで船体への加速度が0になる。
「テイクオフ!」
真後ろに向けて下がる形で〈コピ・ルアック〉の格納庫から出た〈
「『物干し竿』ドッキング完了。ブースター始動します」
『
一瞬、まるを包むプローブの構成にノイズのような感覚が有ったが、すぐに復旧した。
「プローブ再同期完了。切り離し準備OKよ」
「〈
レーダー上に写るチェックポイントへの漏斗状のフォースフィールドを確認する。
「他船の動向は?」
まるの問いに、〈コピ・ルアック〉ブリッジから、ラファエル副長が応える。
『〈連合通商圏〉の搭載艇〈スライダー〉が既にチェックポイントに突入、〈
後続は〈カイザー7〉の搭載艇〈ステッペン〉。
――ほうほう、〈星の糧〉の搭載艇〈種〉がその後に続いてますね、異星人さんも健闘していらっしゃる。その後ろに〈黒船〉が迫っていますが、搭載艇は準備中のようです。どうやら格納庫まで重力制御装置の手が回らなかったようですね』
「本船側が重力制御装置搭載か、そもそも不要な船ばっかりになってるわね。ちょっと出来レースが酷くない?」
『まあ、レギュレーション違反ではないですし、ここだけがレースを決める訳でもないですから』
「それはそうだけど――」
「船長、チェックポイント通過します」
加藤の声に、まるは〈
いよいよコースに突入である。
コース上の障害物は当初の予定の岩石では無く、人工の
「さあ加藤君、本領発揮よ。特訓の成果を見せてあげましょう!」
§
「追跡カメラの映像だけなら、遊覧船で見てもあんまり変わらないんじゃないの」
もっと傍でデッドヒートする航宙船のレースを観戦するイメージだった神楽はちょっとがっかりしていた。
「亜光速の船同士のレースですから、どうしてもこういう感じになりますよ」
羽賀氏が苦笑しながら答える。
「それはそうですけど……」
「社長、速報が入りました」
ディスプレイに順位が表示される。
「1位〈ミシシッピ〉、2位〈星の糧〉、3位〈コピ・ルアック〉……。あれ、チェックポイント通過時は2位だったんじゃなかった?」
「それが、異星人船に〈カイザー7〉共々ごぼう抜きにされています。目立った進路妨害などは無いようなので、実力差という事でしょうか」
レースの中継まとめを見ていた羽賀氏が口をはさむ。
「〈カイザー7〉の搭載艇〈ステッペン〉は、どうもチェックポイント突入時に大きくロスを出したようで、自滅していますね。〈
「まる――、大丈夫かしら」
§
加藤はダメダメだった。
本番で緊張のあまりうまく操縦できず、チェックポイントを過ぎてコース内に入った途端、立て続けに障害物に接触、大きく減速してしまっていた。
「肩に力が入り過ぎてるわ!」
「す、すいませんっ」
<参ったな……せっかく特訓で得たもの全部すっ飛んで、ガッチガチになってる>
「仕方ない、操縦をこちらに回して、私がやる」
まるは加藤からコントロールを受けとり、体勢を立て直して加速を開始した。
「基本は隕石除けと同じ、取れないアイテムは無理に取りに行かない。コースをある程度レーダーと目測から決めて早め早めに対処していくの」
そういいながら、まるは鮮やかに制御を決めていく。
「とにかく深呼吸して、私の操縦をしっかり見て」
加藤は言われた通り深呼吸をした。そしてまるが操縦する軌跡を見、そしてまるの操縦を見た。船長はすごい、そう思うと同時に、本来のまるの姿に思い当たった。彼女は猫なのだ。どれくらいの思いと、どれくらいの訓練でここまでの技能を身に着けたのだろう。
しかし、加藤の思いをよそに、まるにはある変化が起き始めていた。
<あー面倒臭い。飽きて来たわこれ>
短期間の集中とか、単調な集中とかなら良い。
長時間の複雑な操作への集中が必要とされるようなレースだと、彼女はてんで駄目なのだ。猫の気性が、飽きを感じさせ始めていた。それでも、彼女の鍛え上げられた理性がそれを抑えていた。
<気を引き締めなきゃね>
まるはブルブルっ、ッと顔をふるった。人型プローブもそれをやり、猫アクションの起動と判定して、収納されていた猫耳がぴょこん、と飛び出す。
「あ、やっちゃった」
加藤はそれを見て吹きだした。大して面白くはない事なのだが、緊張しているまるが突然緊張を崩し、それにつられて、緊張の糸が切れてしまったのだ。
「あ、笑ったね」
「す、すみません
「いいのよ、笑えるという事は緊張もマシになったかな」
「はい、大丈夫だと思います!」
「じゃコントロールを其方に渡すわ、任せたわよ」
「了解、コントロール頂きます!」
一気に自分を取り戻した加藤は、特訓の成果を出し始めた。
颯爽と障害物をよけながら、最大加速まで加速していった。
「調子良いじゃない、このまま一気に追いついて行きましょう!」
「はい!」
そして40Gの最大加速に達した時だった。
『ぴぅ』
変な声がした。
加藤が振り返ると、まるが固まっている。
『異常事態発生。
CPU動作効率低下。
人型プローブの動作を維持出来なくなりました。
プローブの解除及び復旧不能。
繰り返す、異常事態発生』
まるの傍らに据え付けられている
『異常事態発生。
CPUの動作速度に異常発生。
人型プローブの動作停止。
内包する生命体への呼吸経路閉塞中。
窒息の危険性あり』
船内を照らす異常事態の赤色灯が血の色の様だった。
(続く)
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