第13話「コピ・ルアックの受難04:だって猫は気まぐれだし」

(承前)

 

 土生谷はぶやが航宙駆逐艦を手に入れた方法は割と単純だった。

 簡単かどうかはともかく。


 先の「電子経済戦争」で敗戦した結果を受け、防衛力以外を解体される運びとなった〈東海連邦〉宇宙軍は、当然ながら保有する航宙艦船も大規模に処分された。

 1/3は戦勝国である〈関東合衆国〉に譲渡が決まって、防衛戦力として再編される1/6は残留させたが、全体の1/2の約200隻の航宙艦は他国の軍隊へと売却されることになったのである。土生谷はぶやはここに目を付けた。

 売却方法は競売で、入札は非公開、なおかつ各国の軍に限定されていた。

 そこで、土生谷はぶやは数十の艦船を入札した〈白浜九州連邦〉にターゲットを絞り、売却システムの一部をクラッキングすると、〈白浜九州連邦〉のコピー国を作ってシステムに誤認させ、偽の入札を行って1隻の艦船を競り落としてかすめ取った。非公開入札だったが故に出来た芸当である。

 その際に、船籍を〈ピークォット(Pequod。白鯨でエイハブ船長が乗っていた捕鯨船の名前。ピークォドとも)〉に書き換えて、現在の所属にしたのだった。あとは受領書を適当に作り上げて直接受け取り、請求自体は〈白浜九州連邦〉に送られるように仕向けると、自分たちはまんまと逃走したのである。


 それにしても腐っても正規軍の艦船である。ポテンシャルだけはずば抜けて高くても、商用運用ベースである〈コピ・ルアック〉とは基本が違っていた。だが、それだからこそ、土生谷はぶやと数人の仲間だけの運用では手が足りないのも事実だった。大半は土生谷はぶやがシステムを半自動化させることで維持していたが、就役時より小回りが利かなくなっているのも事実で、特に、船内のセキュリティなどは二の次になっていた。


 まるたちは吟味したうえで、ブリッジから遠い空いている船内ブロックに実体化した。空気中でワープシェルを解除した際に起きる、押しのけられた空気による風の衝撃はあったろうが、敵の運用の隙を突いたはずで、気付かれるまでには若干の時間的余裕がある筈だった。〈渡会わたらい雁金かりがね〉は外観としては全長8mほどの前方が長い面取りした8面体の格好をしている。

 だが実際は、内側の空間が折りたたまれているため、実質80mほどの大型艦載艇なみの容積を持っている。だから、7人+3匹でも余裕はたっぷりだった。


「さて、現在時刻は〈コピ・ルアック〉襲撃の30分前ね」

「ねえまる。大丈夫? もう少し前に戻った方がいろいろと改変できるから、安全性が上がるかもと思うんだけど」


 神楽が心配して聞いてくる。

 ラファエル副長は肩をすくめる。


「船長と「ふぇりす」が相談して決めた時刻でね」

『「ふぇりす」? 「ふぇりす」って〈コピ・ルアック〉の頭脳?」

『はい、私が「ふぇりす」です。〈コピ・ルアック〉搭載コンピュータのコア部分で構成されているサブモジュールコンピュータです』


 いきなり白猫が喋り出して、神楽はちょっとびっくりした。


「……いきなり猫が増えてるわね。まる船長以外に……2匹?」

「気にしちゃダメ。2匹とも猫に見えるけど、実体は知性を持ったコンピュータだから。でも、あくまでサブセット。うちの本来のFERISメインコンピュータみたいな万能感のある存在を期待してると、思わぬポカをやられて面食らう事になるわよ」


 2匹はちょっと抗議の視線をまるに送ったが、まるは平然と流した。


「さて、やるべきことはいっぱいあるわよ。作戦開始しましょ」


§


 当日、FERISフェリスがクラックされて〈コピ・ルアック〉が掌握されるまでの時間的流れを、敵の視点から追ってみよう。

 土生谷はぶやとその部下は、当日行うSDDoS攻撃のために〈コピ・ルアック〉の取引先が使うサーバーコンピュータを次々とクラックして、マルウェアを仕込んでいった。ある時はネット上からレイド、ある時は物理サーバーを直接と、相手に応じた戦略で攻略を進めて行った。

 ただその作業の中で、神楽コーポレーションのサーバーだけは、誰の趣味だか相当に高いセキュリティ対策が施されている独立サーバーだった為、彼も苦労させられた。

 だが、神楽コーポレーションは〈コピ・ルアック〉と最も密接な情報のやり取りをしていたので、土生谷はぶやも最優先項目として攻略した。なにしろ、そのために彼は、神楽コーポレーションに直接面接をして、メンテナンス要員として2週間働いてさえいたのだった。

 その間も、駆逐艦〈ピークォット〉の整備、クラック用プログラムの開発など、様々なタスクを土生谷はぶやは精力的にこなした。それだけの行動の原動力すべては、〈コピ・ルアック〉に対する執念の為せる業だった。

 そして、コピ・ルアックの運航スケジュールを確認し、物理的接触のタイミングをうかがっていたのである。

 まるたちが戻ってきた時間は、まさにその物理的接触を行おうと待ち伏せしていた時間だった。


「私たちの目的は3つ」


 まるはぐるぐるとせわしなく歩きながら言った。


「一つはこのエイハブ野郎にうちの船をクラックさせないこと。正確には、ダミーを用意してクラックさせて、あたかもクラックが成功したかのように見せかけること」


 まるがそういうと、「ふぇりす」が自信満々に応える。


『その点に関しては、準備は万端です。この船のネットワークにアクセスできれば何とか出来ます』


 まるは頷いて、続きを話した。


「二つ目は敵の攻撃開始の1分前までにこの時間線の私たちに事前に危機を知らせること。FERISフェリスの速度ならそれだけあれば対策出来る筈」

「最後は、今の私たちがこの時間線の私たちに同期ブレンドされて、戦略を共有すること」


 この件に関しては秋風技術部長が自信たっぷりに口を開く。

「この2点に関しては、同期ブレンドのタイミングを調整することで可能だと思います」

「ふむふむ」


 よく分からない同期ブレンドとか言う単語が出てきても、取り敢えず相槌を打つ神楽とイライジャ。まるはちょっと苦い顔をした。


「〈渡会わたらい雁金かりがね〉の時間線移動からの帰還は、ある程度許容するようにできているので、元の時間線ピッタリに戻る必要はないことがわかってます。これを利用して、早めに統合してしまえばよいです。ただ――」


 まるは眉をひそめて聞き返した。

「ただ?」

同期ブレンドは時間旅行に行った存在のつじつまを合わせるために、異なる時間線の二つの存在を量子的に統合します。一見二人の自分が一人になるような感じですが、実際は時間線の流れが違う段階で、素粒子的レベルでは他人なのです。それを異星人テクノロジーではどうやってか追跡マークを付けて統合してくれます」

「ええ、ほとんど魔法のような技術よね。おそらく歴史改変度数探知装置ヒモフレディと同じ技術なんでしょうけど……」

「ただ、同期ブレンドを成功させるには、新旧二つの存在が、同期ブレンドを実施する〈渡会わたらい雁金かりがね〉から約1光秒以内の距離にいる必要があるようなのです。同期ブレンドに失敗すると、時間旅行側がロストして仕舞います」

「あら?それは知らなかった」


 まるは、前回こういう仕組みを細かく知らずに同期ブレンドをやったのだと知って、ちょっと怖くなった。まあ、ぶっつけ本番だったので仕方ないが――。


「あ、でもそうすると、いちいち現在の位置まで送り届ける必要があるのかしら?」

「そうなりますね」


 まるはちょっと困った顔をしてイライジャと神楽の方を見た。


「この二人をあらかじめ同期ブレンドしてから、私たちの所に帰ってこなきゃいけないのね。そういう選択的な事って可能なの?」

「ええ、それは問題ないようですね、マーカーを分離できるようです」

「あとは現在地までの時間ね……足りるかしら」


 イライジャは眉をひそめて尋ねた。


「さっきから聞いていれば、ブレンドだのヒモだのと。何の事だ」

<むー、私だってこんがらがってるんだから。余計な手間かけさせないでよ>

「あのねイライジャ坊や」

「ぼ、坊や?」

「私たちは過去に戻ってきてるんだけど、現代に戻ったら、この時間線の自分たちが居るの」

「お、おう」

「でも、旅行の結果は伝えたいわよね?」

「そりゃ、その為に来たんだし――」

「そこで、そこら辺の辻褄をこの〈渡会わたらい雁金かりがね〉が自動でやってくれるんだけど、その為にはこの時間線の自分たちにだいたい30万キロまで近づいてやらないといけないって事なの」

「そ、それは面倒だな」

「そうしないと、新旧の時間線の自分が同時に存在する状態のままになっちゃうわけよ。おっけー?」


 まるは捲し立てた。イライジャはちっこい猫に完全に気圧されていた。


「お、おう」

「じゃあ、タイムラインとしては……少し時間経っちゃったので28分以内にクラッキングを済ませたら、脱出して時間線を戻って、元の時間の10分前に戻ったら、〈キングハウンド〉と〈桜扇子〉にイライジャと神楽を返して、5分前までに〈コピ・ルアック〉に戻る。と。これでいいわね」


 計画を説明すると、「ふぇりす」からツッコミが有った。


『改変時間線に戻ることになりますので、不測の事態への対応で30分前に戻った方がいいかと思います』

「そうか……そうね、では30分前に戻る。私と「ふぇりす」はこれからクラッキングのために艇の外で活動するわ」


 全員がうなづく。


「小峰と渡辺は援護に来て。〈渡会わたらい雁金かりがね〉は遮蔽装置クローキング・デバイスで船体を隠して、ラファエルは現状のモニタリング、他はここで待機してて」

「了解です」

「では、作戦開始!」


§


 猫二匹が隠密活動をしている様は、まるで野良猫が縄張りの外をおっかなびっくり歩いているようだなぁ。

 と、まるが想像していると、「ふぇりす」が気にかけてきた。監視カメラなどのセキュリティを避けるために配線区画の中を這いまわっていると、特にそういう感じがした。


『船長、何かありました?』

「大したことじゃないわ、敵もまさか侵入してるのが猫とは思わないでしょうねと思ったら可笑しくて」

『ふむ、外見上はそうですね。ところで、現状ではまだコンピュータにアクセスできる端末と遭遇していません。探索速度を上げないと間に合わなくなります』


 淡々とした返事に、結局「ふぇりす」はFERISフェリス本体とは違って、ウィットもろくにないコンピュータなんだなぁ、とまるはちょっとがっかりしたが、現状はそれで十分だった。


「そうね……ブリッジに直接行けば当然アクセスは出来るけど、それは無謀以上の何物でもないから却下よね。どこかにアクセス可能な端末があるか、もっと効率のいい探索法はあるかしら」

『それでしたら、私が分裂すればいいでしょう』


 言うが早いか、「ふぇりす」は8匹の小さな猫に分裂した。

 正確には「ふぇりす」の猫型 探査体プローブが分裂したのだが、どう見てもアメーバのように猫が分裂したようにしか見えない。ちょっと気持ち悪い光景だった。


「う、いいんだけど、そのままの形で分裂はやめて。気持ち悪いわ。せめてもうちょっと仔猫っぽく」

『効率上は特に関係ないのですが、了解しました』


 分裂した「ふぇりす」はわんぱく盛りの仔猫のような外見になった。

 ついでにそれぞれに柄がついて、白、キジ、鯖トラ、トラ、八割れ黒、八割れ茶、サビ、黒ネコになった。


『では、探索に行ってきます』


 仔猫は白猫1匹を除いてばっと四方に走り去っていった。


『船長はここでしばらくお待ちください』

<仔猫にして、とは言ったけど、何だか子供を使役しているみたいで気が引けるわね>


 自分の発言をちょっと反省しつつ、まじまじと仔猫を見つめた。そして、どうも「ふぇりす」――というか、たぶんFERISフェリスだろうが、彼女は元からいろいろな猫をデザインしていた節があるなぁと思った。さもなければ一瞬で仔猫にしたり色んな柄に適応したりは難しいと思う。恐らく「らまるく」も彼女のデザインだろう。


『あ』


 白い仔猫が声を出す。


「見つけたの?」

『いいえ、探査体の一体が敵の監視に引っかかりました』

「あちゃあ」


 まるは顔に前足をのせた。が、ふと問題を思い出して「ふぇりす」に伝えた。


「絶対に正体を見抜かれない様にして。あと、探索は更に急ピッチでね」


§


 土生谷はぶやは報告に目を丸くしていた。

 「船内で仔猫が発見された」

 だと?

 乗組員は全員身に覚えがないそうだ。

 彼らが引き受けたときからすでに船内に居たのだろうか。

 いや、それも考えにくい。数週間エサ無しで過ごしていたことになる。いやそれとも、エサを含め、知らない荷物が船内に残っていた可能性はどうだろうか。もしそうなら厄介だ。

 仔猫は暴れていたそうだが、乗組員が鶏肉を与えたら大人しくなったらしい。

 エサを食べる年頃の猫、だという事は、一匹で紛れ込んでいた可能性もある。よく分からないな――。


「まあ、大事の前の小事ではあるか」


 他の乗組員に後の事は任せて、クラッキング用プログラムの調整を進めよう。そう決心する土生谷はぶやだった。


§


『敵に捕まった八割れ黒の探査体プローブは、エサを与えられたようです。敢えて食べて大人しくなったように装いました』

「上手く誤魔化せると良いんだけど」


 通信機をシークレット・ポシェットから取り出して回線を開く。


「こちら船長。渡辺君、そちらの調子はどう?」


 やや間が有って返事が返ってくる。


『こちら渡辺と小峰。敵乗組員は初期の観測通り土生谷はぶや含めて6人のようです』

「敵が少なくて何よりね」

『ですね。一人は「ふぇりす」の小型探査体の世話をしていますし、土生谷はぶやともう一名はブリッジに詰めています。一名は機関部のメンテナンス中。残りたった2名で船内巡回しているようです。ただ――』

「自動端末?」

『はい、警備用の攻撃能力を持った自動端末が結構巡回していますね。干渉し過ぎるとこちらの存在がばれてしまうので、詳しい数は把握できていませんが、200体くらいは居そうです。いざという時は敵を殲滅して――と云う作戦は難しそうですね』

「それで少ない人員を補っているわけね。それにしても、たった6人の船に〈コピ・ルアック〉がしてやられたというのはちょっと癪よね――。よし、お疲れ様。2人は一旦〈渡会わたらい雁金かりがね〉に戻った方がよさそうね」

『お役にたてず済みません』

「その情報だけで充分よ。私たちはここでドンパチやるために来たわけじゃないもの。とにかく敵に見つからないようにね。後の活動は私と「ふぇりす」で何とかするわ」

『船長、そのことなのですが』


 会話に「ふぇりす」が割って入る。


『船内ネットワークへのアクセスに成功しました。ただ、こちらが標的にしているツールを土生谷はぶやがまだ弄っているらしく、ファイルにロックが掛かっていてアクセスできません』

「なによそれ。攻撃の直前までファイル弄ってるんじゃないわよ。納品ギリギリまでプログラム弄ってるゲーム会社じゃあるまいし」

「これは、どこかで陽動をして敢えて軽く警戒させて、ファイルを閉じさせるしかないかもね。敵からの攻撃と思わせずに……」


 ファイルを閉じたくなる……と云うと、コンピュータの不調を感じるとか、電源の不調を感じるとか。船の危険を感じるか。


「現在のこの船の状況は?」

『〈コピ・ルアック〉の航路に向けて速度を上げて接近中です』


 まるは戦術を吟味していた。ん?そういえば――。


「この船の船内標準時は分かる?」

『はい、現在11:45。もうすぐお昼ですね』

「やっぱり。仔猫に餌を与えたって云う話で食事の時間が近いと思ったわ」

『全員で一斉にお昼を取るわけではないようですので、たぶん巡回中の二人が食事を運んでくるのだと思います』

「船内カメラをハックして確認して」

『はい、既に確認中です。……ブリッジに向かって食事を運んでいますね』

「よし。じゃあ私たちは何もせずに待機よ」


 こっちもお腹が空いたわねーと思いながら、じっと待機する。


『軍用糧食パックを持ってブリッジに入って行きました。あ、でもファイル編集を閉じないまま食事を始めるようです』

「お行儀の悪い子ね。ママにお仕置きをして貰わなきゃ。ブリッジの端末に干渉できる?」

『はい、システム全体を掌握しているわけではありませんが……』

「十分よ、彼の弄っている端末以外のどれかの端末をバグっぽい表示にして」

『了解。メモリ不調を装ってアクセス。アクセス痕跡は消去しました』


§


 土生谷はぶやの元に昼食を部下が届けて来たと思ったら、航法コンソールの表示が飛んだ。


「何だ、どうした?」


 土生谷はぶやは航法オペレータをやっている部下に聞いた。


「分かりません。マシンの不調かも」

「急いで調査しろ」


 彼はちょっと不安になって編集中のファイルを保存して閉じて、食事を再開した。


「航法コンソールのメモリの不調のようですね。使用するモジュールを切り替えます」


 大事の前の小事――とはいえ、重なるのは不吉だな。


「巡回はもう一度精査しろ。げんを担ぐわけではないが、事を構える前に不安は払拭したい」


§


『ファイル閉じられました、クラック開始。複雑ですので1分ほどかかります』

「相手に気取られないようにね」

「後、船内の警備レベルが引き上げられたようです、この艦内配線用の空間もそろそろ危ないですね」

仔猫探査体プローブは?」

『クラッキングを行っている探査体プローブ以外は既に配線用空間を辿ってこちらに戻ってきています。間もなく合流』

「端末を残して撤収したらまずい?」

『現在戻ってきつつある分だけで充分です。残った分はただのナノマシン端末ですから。分解してしまえば追跡できません』

「了解、じゃあクラックしている端末は自壊するようにして。捕えられている端末は、私たちが去っても形状と単純な動作を保持できるようにできる?」

『動作は単純になりますが可能です。現状眠った振りをさせていますので、そのまま維持しましょう』


 「ふぇりす」の仔猫端末たちが走って戻ってきた。


『合流、クラック共に完了しました』

「よし、撤収開始」


 まると「ふぇりす」の仔猫たちは、配線用の空間を伝って〈渡会わたらい雁金かりがね〉に戻って行った。


§


 まるたちは倉庫の上の配線用スペースから遮蔽クローキングしている〈渡会《

わたらい》雁金かりがね〉に飛び移った。


「戻ったわ、ハッチを開けて」


 見えない空間にパカッとハッチが開いた。


「お帰りなさい、船長」


 ラファエル副長が顔を出して、二人を迎え入れた。


「ただいま。守備は万端よ。さて、急いで脱出するわよ」


 ラファエルたちは、まるに続いてぞろぞろと入ってくる仔猫に目を丸くした。


「まる……さん?」

「何?……やだ、私の子じゃないわよ。」

「ふぇりすですー」


 仔猫たちは一斉に答えてニャーと鳴いた。

 彼らは船内で持ち場につくと、次元時空エンジンを始動した。


§


 〈キングハウンド〉のブリッジでは、〈コピ・ルアック〉の救援について、神楽とイライジャの丁々発止のやり取りが続いていた。


躑躅森つつじもりだ! わざと間違えたな、お前わざと間違えたな」

「あら、初対面の女性に対しておまえ呼ばわりとか。私イライジャ様の奥方ではございません。幼年学校からやり直した方が宜しいのではないですの」


 このやり取りに吹き出すイライジャの部下たち。

 きっ、とイライジャが睨むと真っ青な顔で圧し黙る。


「じゃあ言ってやるがね。まるの姉御が敵わない相手に、俺たちがどう立ち向かえばいいっていうんだね。正直手も足も出ずに損害だけ出して敗走というのが目に見えているだろう。だから……おお?」

「……戻って……来たのよね?吉田?」

「はい、現在は救援に向かおうというお話の時点ですね」


 3人は時間旅行から同期ブレンドされ、少し前に帰還したのだった。


「おい、女社長とその部下、さっさと自分たちの船に戻りな。おいヒューゴー、この件については片付いた。あとで説明するから船を回せ、まる姐の救援に向かうぞ!」

「分かってるわよ、さあ吉田、私達も救援に向かうわよ」


§


 まるたちはイライジャ、神楽、吉田の3人をまず自分たちの船に戻した後、自分たちの船に近づいていた。


『FERIS《フェリス》に、敵からのクラッキングの際にメッセージが伝わるようにしてあります。ここの船長たちはその指示に従って、やられた「フリ」をしている筈です』

「おっけー。……あでも、それだと船の損害は……」

『安心してください、対策済でそちらも大半はフェイクです、損害は軽微ですよ』

「よし、それ聞いて元気が出たわ。さあ、同期ブレンドしましょう。反撃だわ」


§


 〈コピ・ルアック〉内は停電しているフリをしていた。

 もちろん船員は退船していない。


「よし、時間旅行から帰還したわ。ドーラ、敵艦位置を補足して」

「既に捕捉しています。いつでも砲撃できます」

「敵はこちらを掌握していると勘違いしているのよね?」

『こちらFERISフェリス、戦況を説明いたします。敵は「前回」の歴史と違い、火器・動力込みで、こちらをすべて掌握したと思っていますね。もちろん全てフェイクです』

「面白いわ。暫く敵の為すがままにしてみましょうか」


 まるは多分、自分はチェシャ猫のような顔をしているんだろうなと思った。


§


 土生谷はぶやは有頂天になっていた。

 多少の抵抗は覚悟していたが、まるで赤子の手をひねる様に、かの船が手に入りつつあった。


「艦長、接近しつつある船が有ります」

「確認しろ」

「宙賊の類のゴロツキの船ですね。もう一隻、商船も近づいています。其方は船籍を確認。〈神楽コーポレーション〉の〈桜扇子〉です」

「ほほう、こちらのクラックにでも気が付いて救援を呼んだか。もう遅いがな」


 そういいながら土生谷はぶやは〈コピ・ルアック〉の火器管制をチェックした。

「よし、こいつを使おう。接近する宙賊船に〈コピ・ルアック〉の重核子砲の照準をセットしろ」


§


『敵は本船の火器を使って〈キングハウンド〉を攻撃するつもりのようですね』

「その通りにしましょうか。ただし狙いは駆逐艦〈ピークォット〉の動力部。出力は最低で」


 ドーラもにやりと笑いながら操作する。


「準備完了」

『ドーラに敵からの発射信号を回します』

「トリガー来ました、発射!」


 〈コピ・ルアック〉の重核子砲が一閃して、駆逐艦〈ピークォット〉のナセルを破壊した。


§


 土生谷はぶやは茫然とした。


「何故だ! 〈コピ・ルアック〉は完全に掌握しているはず――」

「艦長、沈黙しているはずの〈コピ・ルアック〉から通信が!」

「なに! ビュアーに回せ!」

『こちら独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉、船長のまるよ』


 ビューアに出たのは一匹の三毛猫。


「ふざけてるのか、ラファエル船長を出せ!」

『私は副長です。当船の船長はまるさんですよ。クラッキングしててそこら辺の情報も得てないんですか?』


 通信の画面では、にこやかにラファエルが横から顔を出す。

「何……だって……どうやって船の制御を――」

『当船は最初から制御など奪われていません。制御を奪われているのは旗艦の方ですわよ?』

「畜生、コピ・ルアックの動力をねらえ!」

「ダメです、当艦の火器の制御は敵船に掌握されています!」

『はい、チェックメイト』

「猫……猫だと? まさか!」

『あ、あの仔猫はもう寝てるだけの玩具だから。世話しなくても大丈夫よ』

「何……ってこった……」


§


 〈東海連邦〉の警備宇宙軍に〈ピークォット〉を引き渡す際、まるは土生谷はぶやに直接面会した。


「猫の船長――」

「ええ、内緒の船長やってますのよ」

「諦めないぞ。この程度の事ではな」

「残念ながら無理だと思うわ。幾らあなたが天才クラッカーだからと言っても、あらゆる電子回線を使わない、破壊も困難な牢獄から、どうやって脱獄するつもりかしらね。エイハブ船長さん♪」

「なんだと?」

「食糧の自給自足機構つき小惑星に、略式裁判で禁固1000年ですわ」

「略式裁判!?」

「羽賀参事官、宜しければ説明お願いできます?」


 やって来たのは、羽賀大和通商圏筆頭参事官ワイルドカードだった。


「どうも、大和通商圏の筆頭参事官を務めております。羽賀です。このたびは独立武装貨物輸送船〈コピ・ルアック〉から星間略式裁判の申告を承り、判決を出しました」

「そんな出鱈目が通用するか!」

「参事官特権、並びに銀河第三渦状腕調停組織特権を使いましたので」

「無茶苦茶な――」

「そうでしょうか? 〈東海連邦〉の裁判ですと、今回の件、死刑は免れませんよ? 軍の艦船の略奪と不法な行使、数々の対外国へのクラック行為など、余罪は数えきれません」


 土生谷はぶやはここにきて、完全な敗北を知り、がっくりと肩を落とした。


「ただしね」


 まるが口を開く。


「恩赦条件が有るのだけど」

「は?」

「銀河第三渦状腕調停組織では、優秀な技術者を欲しておりまして。条件次第ですが」

「何でもいい、話してくれ!」

「人類辞めてくださいます?」

「……ぐ……はっ」


 その後の話し合いは、羽賀氏と土生谷はぶやの間で行われたので、まるは詳しくは知らない。が、どうやら折り合いがついたようだ。1000年の牢獄と、人という存在は捨てても、「自分」ではあり続けられて、銀河系を駆けまわるハッカーと、どちらを取るかと尋ねられたら、答えを選ぶ理由もないだろう。

 ちなみに、土生谷はぶやの5人の部下に関しては、すべての罪を土生谷はぶやが負う、という政治取引の結果、<東海連邦>軍籍のはく奪で一件を終了した。その後の身柄はまるのパートナー、土岐氏が引き受けてくれるらしい。


「結果として、よかったのかしら」


 まるは〈コピ・ルアック〉の船長席で顔を洗いながら言った。


「まあ、敵じゃなくなったのですから、良いのではないでしょうか?」


 ラファエル副長は少し微笑みながら答えた。


「そうね、羽賀さんも優秀な部下が手に入ったことだし」

「でも、なぜ羽賀氏を呼んだりしたのです?軽減したとはいえ、損害も受けた相手でしょう?」

「さあ? 私が猫だからかもね。だって、猫って気まぐれじゃない?」


 まるは顔を洗う手を止めて、コンソールに向かった。


「さて、本日は〈蝶の翅太陽系〉の「ピンイン」からの注文の品を届けに行くわよ」

「ワープシェル、いつでも展開可能です」

「じゃ、向かいましょうか」


 今日も〈コピ・ルアック〉の忙しい日常は続いて行くのです。

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