第12話「コピ・ルアックの受難03:猫と狼のダンスって不釣り合いよね」

(承前)


 突然、まるたちを襲うロボットの動きが変わった。

 今までは、まるたちから一定範囲に近づくと混乱したような動きをした後、動作を停止していたのだが、突然範囲を無視してわき目もふらずに突進してくるようになったのだ。


『船長、ロボットの動きを通信妨害できなくなりました。恐らく敵がロボットのプログラムを、通信不要な自立型に書き換えたものと思われます』


 「ふぇりす」が淡々と報告する。


「それまずいじゃない、どうするの」


『自立型に書き換えられたロボットは、制御基板をリセットするしかないですね。現在出来る限りの対象を排除しながら対策検討中です』


 「ふぇりす」も、先程「らまるく」がやったような触手を伸ばし、突進してくるロボットに伸ばすと、目にもとまらぬ速度で、制御基板の急所をピンポイントで分解して倒していた。

 いずれにしろ、まるの一行は、現状では敵のど真ん中で孤立した状態である。周辺には動けないロボットの山があるので、新手がすぐに迫ってくる可能性は低いが、時間の問題だろう。


「きりが無いわね」


 まるは戦況を分析したが、現状の膠着状態を好転させる材料は思いつかなかった。


「取り敢えず、今は動きを止めているロボットも、通信範囲から出てしまうと敵に書き換えられちゃうわね。制御基板を外しておいた方がいいわ」

「了解です、船長」


 全員で周囲に転がっているロボットのコントロールパネルを外し、制御基板へのプラグを外していった。「ふぇりす」や「らまるく」はあっという間に分解を進めたが、他の乗組員だとやはり遅々としてしまう。


「二人が居たら、私らのやることはあんまりないんじゃないかね?」


 ラファエルが皮肉交じりに言うと、こともなげに「らまるく」が返答した。


『そんなことはありませんよ。私たちは今エネルギー補給が受けられない状態で動作しています。ですから、このパワーも、持ってあと10分ほどですね』


 ラファエルはぞっとして肩をすくめた。今の最大戦力が居なくなったらどうなるか。

――あまり想像したくはないが、不快な状態になることは間違いない。


「それはどうも、あんまり聞きたくない情報を有難う」


 まるはもっと現実的な対応をした。


「困るわね。エネルギーの補給は出来ないの?」

『倒したロボットのエネルギーコンジットから補給できるとは思うのですが、エネルギー補給中は防御の対処ができませんし。そもそもエネルギーを得るにはいったん敵を解体しませんと行けませんし…。ロボットも結構な台数が必要ですし、最初のマシンの様に回復不能に破損させてしまうと、船の経済に負担を掛けてしまうと思いましたので対応していません』


 「ふぇりす」は当たり前のように答える。まるは頭痛で前足を額に当てた。


<こんな時にフレーム問題(有限の情報処理能力しかない人工知能が、現実に起こりうる複雑な事象に対処できなくなる問題)にはまってるんじゃないわよ。やっぱり全体の『ふぇりす』達に比べると判断力が全然ダメになっているようね>

「そんなの助からないと意味が無いんだから、背に腹は代えられないわよ。それに、せっかく2体で来てるんだから、交互に補給すればいいんじゃないの?」


 「ふぇりす」と「らまるく」は顔を見合わせていたが、まるで「ああ!」と膝を叩いているような感じであった。


<この二人本当に信頼して大丈夫なの? ちょっと不安になってきたわ……>

『では、私からエネルギー補給いたします』


 そういうと「らまるく」から更に触手が伸びて、転がっているロボットに伸びた。「バチバチッ」という音とともに、煙が上がると、「らまるく」の体がぼぅっと光る。恐らくは全体がナノマシンで出来ている二匹は、どこかコアにエネルギーを補給するのではなく、全ユニットがエネルギーを補給する必要がある。それで、ナノマシン同士がエネルギーをやり取りする際に光っているのだろう。


 そうこうしている時だった。船のあちこちの方向からズンッ、ズンッ、というような振動がやって来た。


「今度は何!」


 まるの尻尾は、びったんびったんと周りを叩くように動いて、不機嫌さをアピールしている。


『船長、新手の敵が現れたようです。外部から船体に粒子ビーム攻撃を仕掛けて来ています。敵の所在は――不明です』

「勘弁してよ――漁夫の利を狙う馬鹿とかが寄ってきてるの?」

『それが、敵の位置が把握できません。どうもビーム爆雷をワープシェルで覆って、レーザーで押して来ているようですね。それと――、何だか凄く細かい規則性のあるパターンで撃ってきています』

「え」


 コピ・ルアックはつい最近、この手の攻撃を受けたことがある。FERISはその時まだ実装されていなかったから、部分端末の「ふぇりす」には、情報が持ち越されていないのかもしれない。


「ちょっと待って、どんなパターン?」

『パルスとやや長いビームの羅列です。何かの暗号でしょうか。

 パルスをピッ、ビームをピーとすると、

 ぴっぴー、ぴーぴっ、ぴっ、ぴーぴーぴっ、ぴーぴーぴー

これを繰り返してます。後、これとは別の信号の塊も』

『船長。これは……』


 「らまるく」が魅惑のバリトンで話しかけてくる。


『ええ、わかってるわ。モールスねこれ。A、N、E、G、O。姐御、か』


 「ふぇりす」も合点が行ったようだ。


『ずいぶん古い通信方法ですね。姐御、とは船長の事ですか?』

「多分ね、でもこれで相手は間違いないわね。なにしろ、これを教えてくれたのはLamarckラマルクの前身の学習機械で、今攻撃してる奴に教えたのは私だもの」

『モールス符号だとして解析すると、後続の信号の塊は座標値のようですね。本船から1天文単位ほど離れた位置にいるようです』

「ちょっと遠いわね――でも、あんまり近いと『鯨狩り』気取りの敵に気付かれてしまうし、それより遠いと、この方法で知らせるのが困難になるものね。いろいろ考えてはくれてるみたい」

「この攻撃方法、いつぞやの宙賊の彼ですよね」


 ラファエルが問いかけて来たので、まるも答えた。


「どういう経路か知らないけど、誰かがイライジャに連絡をつけてくれたのね。あのビビり小僧がよくこんな面倒なことに手を貸す気になったものだわ」

「それにしても、今の我々には遠い距離ですね」


 1天文単位=1.5億キロメートルは499光秒。

 最大ワープで0.5秒。

 亜光速航行だと加減速の時間も含めて約20分。

  近いようで遠い微妙な距離である。


「そうね。呼びかけと座標だけ、という事は、こちらから何らかの方法で脱出していくか、連絡を寄こすのを待ってるでしょうけど、今のところ手詰まりよね」


 考えを整理するために、まるは前足で顔を洗った。


§


「そろそろ止めるか、敵にこちらの居所とか意図を気付かれちまう」


 イライジャはそういって攻撃を停止させた。


「さて、まる姐にはステルスで爆雷を使う手と通信内容で、俺の事が伝わったはずだ」


 ふんぞり返ってそう喋るイライジャの傍らには神楽茉莉が立っている。男ばかりのキングハウンドのブリッジで、彼女は明らかに浮いていた。


「ずいぶん荒っぽい手を使うものね」

「いいんだよ、あの猫にゃこれ位やったって。どうせ後でいろいろ言われるんだ」


 神楽は暫く上を向いて考えていたが、納得の表情で返した。


「そうね。まる船長だもんね」

「そういう事だ。あとは何らかの方法でこちらにコンタクトを取ってくるまで、待つしかない」


 割と薄情な友人たちであった。


「それにしても、よくこういう物量がそろっているものね」


 神楽が不思議に思って聞くと、イライジャはにやりと笑った。


「それがこちらの商売種でね。よその通商圏の仕事を――おっと、おまえには教えてやらん」

「ほんと、ケチなのねえ。でも、他の通商圏の仕事の請負って場合によっては条約違反なんじゃないの?って、もともとアウトローか」

「少なくとも、今の俺らにお咎めが来ることはないらしいぜ。うちも宙賊なんてヤバい商売だからこそ逆に法務コンプライアンス担当ぐらいは居るもんでね。そこらへんはしっかり調べてから商売してるさ」

「ふうん」


 宙賊なんて低俗な盗人集団と思っていた神楽は、今回の件で宙賊の実態を知るにつけ、ちょっと考えを改めさせられていた。確かに、完全な盗人集団も多いのだが、中規模以上でそれなりに長いこと活動している宙賊は、ゴロツキ集団とはいえ、所謂いわゆる任侠にんきょう」に通じるところがある。

 自警団や何でも屋を買って出て、「みかじめ料」の様なものを頂いて生計を立てているようだ。だから、見返りとして小さいいざこざを仲裁してたりもする。

 大きな船を狙うのは貨物目当てというより、自らの立場を強くするためにやる力の誇示という側面が大きい。そういう存在だから、活動する宙域の警備隊からも「必要悪」のような存在として扱われている。免状をもらって軍属的活動をする私掠船しりゃくせんとは、表裏一体のような存在なのである。

 まるのやっているような独立武装貨物船、神楽の様な物流商社と、彼らの様な任侠宙賊。はっきり言ってどの程度の差があるのか。少なくとも人を雇って社会を回す存在である、という点にはあまり大した差はないのではないか――。


 思索を巡らしている神楽に向かって、イライジャが声を掛けた。


「待つしかない、と言っても、手をこまねいてボーっとしてればいいって訳ではないぜ。今度はお前さんの力が必要だ」


§


 突如として現れるワープ攻撃にはは土生谷はぶやもさすがに度肝を抜かれた。


「なんだあれは」


 探知不能攻撃を使う敵は今のところ確認されていない筈だ。と、彼は思っていた。〈コピ・ルアック〉が〈キングハウンド〉に襲われた件は、書類送検はしたものの、決着が顔見知り同士での示談のため、記録には残っていないからだ。だが、どんな敵であれ、横から出てきてかすめ取るなどというのは言語道断だ。


「冗談じゃない、これは俺の獲物だ。漁夫の利なんて上げさせて堪るものか」


 船内の様子を伺うが、船員だけとは思えない抵抗を見せている。

 恐らくはネットワークに接続していないロボットなどを加勢に使っているのだろう。だが、船内のカメラも彼らの周辺だけジャミングされていて、姿を見ることが出来ない。

 思い通りにいかない事ばかりで、土生谷は腹を立ててはいたが、ここで熱くなってしまっては元も子もないことも十分に分かっていた。


「その船の動力や火器が使えないからといって、私が何も手出しできないわけではないぞ」


 その言葉の通り、彼の乗船している船も、〈コピ・ルアック〉の貨物室にダメージを与えられる程度には、かなりの戦力を積んでいた。


「敵が見えないなら、見えるようにしてやればいいだけのことだ。電波的なジャミングは既にかけてあるから、物理ジャミングをすればいいか」


 そう言いながら、彼は自らの船の火器から特殊な実体弾を選択して発射した。それは弾頭に水タンクを装着し、発射するとミサイルと逆方向に同速度で霧を噴射する仕組みが付いた模擬弾である。この弾が通過した後にはほぼ制止した氷の雲が残る。これが〈コピ・ルアック〉の周辺を縦横無尽に飛んだ。

 これで、近寄る攻撃は光線ならば乱反射し、実体ビームは氷の雲で減速する。実体弾ならば逆にこちらのビーム兵器での迎撃がしやすい。だがこれで、彼は、後々の展開に向けて致命的なミスをしてしまったことには気が付かなかった。

 やはり土生谷はぶやは、多少頭に血が上っていた模様である。


§


『船長、攻めて来ていたロボットのメインサーキットはほぼ解体終わりました』

「お疲れさま、『ふぇりす』。幸いにして殆ど壊していないから、事件が終わったら組み直しね。でも結構手間でしょうね」


 周りには様々な役割を担う船内ロボットが死屍累々と転がっていた。


<これ全部組み直しかぁ。壊した分も含めたら、船の再稼働まで数日はかかりそうね>


 まるは事後の事を考えると頭が痛くなるので、それ以上は考えるのを止めることにした。いや、考えたくなかった。


「さて、船長、先を急ぎましょう。〈渡会わたらい雁金かりがね〉にたどり着けば形勢逆転のチャンスです」


 ラファエルに促されるままに、まるはロボットの屍――いや、単に動かなくなっているロボットの上を飛び越して、格納庫に向かった。そろそろ疑似重力感も無くなってくる地域なので、上手く動かないと壁にぶつかってしまう。「痛い」で済めばいいのだが、急いでいるからかなりの速度だ。間違うと怪我をしてしまいそうだ。


『皆さん、ちょっと待ってください』


 「ふぇりす」が声を掛けたので、何事かと振り返ると、彼女の体が薄く伸び、全員を包み込んだ。


『これからの区画はわたくしが皆さまを包んで一気に通り抜けます。余計な怪我を避けられますし、全然早くつくと思いますので』

<こういう事にはよく頭が回るのね>


 変な風に感心しながら身を任せるまるだった。


 程なくして、一行は格納庫に到着した。敵がプログラムを書き換えたロボットを温存している可能性を考え、慎重に突入したが、特にそういうことも無く、スムーズに侵入できた。というか、ちょっと敵の動きがおかしい。


『ちょっと敵の動きが鈍いので、調べてみました。どうも自滅しているっぽいですね』

「え?」

『正確には、〈キングハウンド〉の攻撃で漁夫の利的に当船を奪われるのを恐れて画策した結果、自分も当船に対しての手出しが出来なくなっている模様です』

「は?」

『当船の周りに敵が撒いた水によって、氷のバリヤーが形成されています。水は結構不純物が含まれたものが使われたようで、電波が通りにくくなっていて、広範囲にわたって高周波の電波を遮断しています』

「でも、〈コピ・ルアック〉をクラッキングしたのは亜空間通信経由のネットワークからよね?」

『そうなのですが、敵は接近してからは電波を使っていたようですね。亜空間搬送波のチャンネルの接続は切れています』


 全員の頭に同じ文字が同時に浮かんだ。

―― こいつ馬鹿じゃなかろうか ――


「ねえ『ふぇりす』、じゃあ船の掌握権は取り戻せる?」


 まるは期待を込めて聞いたが、それには否定的な答えが返ってきた。


『残念ながら、船内のFERISフェリス本体への認証はいまだに遮断されています。敵をだ捕してクラッキングに使った情報キーを入手する必要がありますね』

<あ、そこまで馬鹿じゃなかったか――>

「敵の船の様子は――そうか、こちらからも分からない状態なのね」

『はい、一旦船外に出る必要があります。船外の様子を考えると、単体でワープシェルが起動できる〈渡会わたらい雁金かりがね〉でワープで脱出したほうがよさそうですね』

「おっけー、取り敢えず全員〈渡会わたらい雁金かりがね〉に乗船。ワープアウトで船外に出ましょう」


§


 自分が間抜けをやらかした事に気が付いた土生谷はぶやは、即座に行動に出ていた。


「畜生、いったん撤退して状態を立て直す。あの状態だったらどのみち大した行動には出れないはずだ」


 実際のところ、解決方法は単純だった。

 実体弾で攻撃すれば、氷は簡単に吹き飛ばせる。そうすれば通信を回復していつでもアクセス可能だ。それに、電子系はこちらでクラックした情報が無い限り再始動は難しいだろう。だからもうこの船は確保してあることに間違いはない。取り敢えず第三の勢力を探した方が得策だ。

 だが、敵の動きは今のところ止んでしまっている。恐らくはこちらが気付いて探知されることを恐れ、状態を見守っているのだろう。何とかしていぶり出したい。


 と、その時、〈コピ・ルアック〉に不審な動きが有った。

 正確には、船自身ではなく、船の周辺だ。


 ワープシェルは光を反射しない。中に到達した光は、そのまま内側に届くが、内部からの光は出て行かない。どうなるかというと、ワープシェルの後ろに物体がある場合、真っ黒な穴の様に欠損して見える訳だ。実際、〈コピ・ルアック〉の表面に黒いシミが発生して移動した。


「ワープシェルを展開できる搭載艇を持っていたのか。それは情報に無かったな。こいつを追跡したほうがよさそうだ」


 〈渡会わたらい雁金かりがね〉の件は、公の資料には公開されていない。

 オーバーテクノロジーを占有しているとなれば、それを付け狙う船などにより、〈コピ・ルアック〉にはケチな宙賊どころではなく、国が不平等を訴え、そのうえで軍が押し寄せてきているはずだ。羽賀参事官、というか。搭載艇サイズでワープシェルを展開できるものは軍や宙賊、私掠船などではさほど珍しくはないが、商船だと稀有なものである。宇宙の背景に対して光を吸収する存在を追跡するように有視界レーダーを調整し、後を追う事にした。標的はワープに入ったが、土生谷はぶやの乗船している小型駆逐艦〈ピークォット〉もワープ船である。彼は直ちに標的追跡で直ちにワープに入った。


§


 まるたちは〈渡会わたらい雁金かりがね〉でイライジャに指定された地点に向けてワープした。もちろん、それが迂闊だったことはすぐにわかった。


『船長、まずいですね、こちらのワープ先を追跡されたようです。敵艦がワープアウトします』


 「ふぇりす」が言うが早いか、小型駆逐艦〈ピークォット〉がワープアウトした。

 だが、指定された座標付近には〈キングハウンド〉の姿はない。


『間抜けな猫姐御、大方そんな事だろうと思ったよ。援護射撃する』


 いきなり強制割り込みの通信が入った。


<はて、〈渡会わたらい雁金かりがね〉のチャンネルをイライジャに教えた覚えはないんだけど>

『まる船長。助けに来ましたよ』


 と、別チャンネルから神楽の声。


「茉莉? あなたが呼んでくれたのね」


 まあ、この際チャンネルを教えた事とかは不問にすべきか。

 そう考えつつも、手練れの敵に宙賊の船程度では歯が立たないだろな、と、苦しい判断をし、まるは牙をむき出した。


『今はごちゃごちゃ話している暇はない』


 イライジャはそういうが早いか、粒子砲で敵艦を撃った。

 しかし、やはりというか流石は軍艦。粒子ビーム対策の戦闘用バリアは装備しており、敵艦には殆ど瑕もつかなかった。


「やっぱり敵は軍艦か……こちらの武器じゃ歯が立ちそうにないな」


 イライジャは歯ぎしりをしながら対策を考えた。


「そこの女社長は自分の船で退避してろ。これは正攻法ではどうにもならない可能性がある」


 すでに自分の乗船に戻っていた神楽は位置を悟られない様にワープの準備をしていた。


『3隻の絡め手とかで、どうにかする方法はないのかしら』


 その手は既に考えていたが、〈渡会わたらい雁金かりがね〉については未知の点が多すぎるので、判断は難しかった。何しろ、神楽の話では、単独ワープどころか、人類世界ではまだ実験すらろくに成功していない時間航行用の装備やら、謎の装備がてんこ盛りらしい。上手く使えば選挙区逆転になるのだろうが、今の時点ではどう扱えばいいのかさっぱりだった。


「正直、その質問はそっくりまる姐のチームに丸投げしたいね」


 その通信を傍受しているまるが即座に突っ込みを入れる。


『うちもさっぱり判断がつかないわ。現状で形勢逆転のために過去の改変に時間旅行をするにしても、リスクが大きいし』

「この事件が始まった時間に戻って、乗っ取りが無かったことにするっていうのは無理なのか?」

『んんん……不可能とは言わないけど、まだ準備が足りないわね。おそらく敵艦に潜入しての工作が必要になると思うけど、流石に潜入に対しては敵自身が何らかの対抗措置を持っている可能性はあるから、予備調査が必要だわ』

「難しいな」

『それと、時間改変してしまうと記録が無くなってしまうから、記憶を残したい人は一緒に過去に来てもらわないとね』

「俺は別にいらんぜ」

『そういう訳に行くもんですか。事件に関連した主要な人は、敵以外は全員来てもらうわよ。という訳で茉莉もこちらに来てね』

『〈渡会わたらい雁金かりがね〉って何人乗り?凄い小型船にしか見えないのだけど』

『それが、時空を折りたたんた倉庫が有ってね。乗り心地に多少難はあるけど、40~50人は楽に乗れそうよ。今は大半をコンピュータ2台ののコアが占めているけど、それでも10人くらいは何とかなるわ』

「ありがた迷惑な装備だ。俺は行きたくないぜ」


 そううそぶくイライジャに、まるは平然と答える。


『あらそう。じゃあ、謝礼は無しで良いのね?改変しちゃったことを忘れちゃうのなら、もともと無かった事になるわけだし』

「ぐっ……」


 確かに、歴史が改変されてしまえば、俺の行動はなかったことになるわけだけど、突破口を開いているのは現にここでこうしている俺なわけで、どう考えても割を食っている気がする。だからといってノコノコついて行けば、絶対に無理難題に巻き込まれるに決まっている。


「報酬は何だよ。それ次第だ」

『重核子砲2門と、異星人から得た船をレーダーから完全に消す隠蔽クローキング技術でどう?下手な金銭よりよっぽど魅力的じゃないかな』


 じゅ、重核子砲か。

 あれが有れば、警備艦など屁でもないし、隠蔽クローキングなんて夢の装備だ。イライジャは思わず涎が出そうになるのを必死で抑えた。


「ま、マジか」

『私は嘘はつかないわよ。尻尾と髭に賭けてね』


 猫の誇りの2大アイテムか。


「よおし分かった。その話乗ってやる。まずはその敵の攻撃から何とかしよう」


 何だかんだと3隻で話していたが、もちろん敵は黙ってくれてなどはいなかった。先程までのは猛攻を仕掛けられている最中の会話である。敵艦は〈キングハウンド〉とほぼ同程度の大きさだが、機動性は段違いだ。〈桜扇子〉に関していえば何の武装も無い。探知されないように身を潜めているので精いっぱいだ。だが、合流に関してはまるに考えが有った。


「イライジャ、〈キングハウンド〉に直径15メートルほどの船内スペースはない?茉莉の〈桜扇子〉も」


 いきなりの質問に虚を突かれたが、それぞれが思い当たる場所が有った。


『〈桜扇子〉なら、倉庫にそれ位のスペースがあるかしら』

『〈キングハウンド〉も倉庫があるぜ』

「オッケー。じゃあその座標を送って、その出入り口で待機して居てね。5分後に拾いに行くわ」


 5分だと?


『おいヒューゴー!船は任せた。俺はちょっと出かけてくる!』


 〈キングハウンド〉の副官の声がすると、ドタドタと駆けて行く音が聞こえた。


『吉田!あんたも一緒に来なさい、船は適当なやつに任せて!』


 〈桜扇子〉内部の慌ただしい音も聞こえてきた。


「さて、「ふぇりす」は5分後きっかりに、2隻の指定場所にワープして」

『了解しました』


§


 土生谷は必至で敵を追いかけていたが、〈コピ・ルアック〉の搭載艇は小型艇の癖に変に機動性がよく、その傍にいたゴロツキの船も、火力の無いデカい船の癖に、なんだかんだと逃げ回っている。


「くそ、ろくでもない船ばかり集まりやがって」


 イライラして周囲のスキャンを掛けながら戦略を立てていると、そのすぐそばに、船の反応を発見した。どうやら商船の様だが、細身の船で、武装している船には見えない。なぜこんなところに居るか……と考えると、こいつらの仲間と考えるのが妥当な線の様だ。


「これは面白いな」


 小型駆逐艦〈ピークォット〉の重核子砲門が、〈桜扇子〉を捕らえた。


「ふむ、射程まであと30秒か」


§


 敵の追撃が突然止んだので、まるは不審に思った。


「どうしたの?」


 ただちに「ふぇりす」から応答が返る。


『拙いですね、敵は〈桜扇子〉を発見して標的にした様です』

「茉莉は間に合いそう?」

『神楽社長と吉田専務は既に倉庫の前に到着した模様」

「よし、時間前だけど救出に行きましょう。〈桜扇子〉に強制ワープ侵入して!」

『了解』


 次の瞬間、〈渡会わたらい雁金かりがね〉は〈桜扇子〉の倉庫にワープインしていた。


「よし、早く乗って!この船はロックオンされているわ!」


 目を丸くしている二人の元にたたっと駆け寄ったまるは2人にネコパンチを喰らわせた。狐につままれた状態だった2人は我に返り、まるのあとについて走り出した。

 エアロックを閉じた瞬間、敵の攻撃が到達したが、〈渡会わたらい雁金かりがね〉は既に次の地点にワープアウトしていた。


「〈桜扇子〉は? 私の船はどうなったの?!」


 取り乱す神楽に、まるは言った。


「落ち着きなさい!奴はエンジン部を狙っているわ。それに、私たちはこれから過去に戻る。今ここで起きていることは『なかったこと』になるの!」


 〈キングハウンド〉の倉庫で待機している〈渡会わたらい雁金かりがね〉に、イライジャ・躑躅森つつじもりが息を切らせて走ってくる。


「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ。予定より1分早いぞ」

「うるさい、敵さんも待ってはくれていないのよ! 早く乗って」


 イライジャを無理やり乗せると、まるは更に指示した。


「さてこれからが大変。『ふぇりす』、あの船の船籍は確認できた?」

『はい。あれは元〈東海連邦宇宙軍〉所属の小型駆逐艦〈ピークォット〉です。乗組員の反応は5人』

「船内見取り図は?」

『問題ありません。この系の船だったので比較的簡単に入手出来ました。ワープアウトに適当な空間も見つけています』

「だいたいそうだと思ったのよね。よし、〈コピ・ルアック〉を取り戻しに行くわよ!次元時空エンジン始動、目標は4時間前の敵艦内部!」


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る