第11話「コピ・ルアックの受難02:片足を喰われた男」

(承前)


「何がエイ・ハブ? 〈コピ・ルアック〉が鯨だとでもいうつもり?

 ――それはまあ、灰白色の〈コピ・ルアック〉だから、白鯨に見立てて見れないことはないけれど。いちいち神経逆撫でするとかどうなの?」


 怒りですっかり毛玉と化したまるは一触即発。

 気遣って触れたラファエル副長に向かってさえ、


「ふぁーっ! ふぁっ! ふぁっ!」


 と、噛みつくように吠えたて、飛び上がった。


「まあまあ……」

<こういう時のまるさんは、やっぱり猫だな。それを含めて有能な船長なんだが――>


 ラファエル副長はまるをなだめつつ、小声で耳打ちした。


「まるさん、先程の攻撃は流石に無視できないダメージが有ったと思われます」


 まるも人工音声をの音量を絞り込んで答える。


「ええ、あんな衝撃が走る感じだと、まず間違いなくかなりな火力で吹き飛ばしてくれてるでしょうね。銛でも打ち込んだつもりかしら。あああ、人的被害が出てないといいのだけど」


 船よりも船員の安全、はっとしてまるは船内緊急放送で呼び掛けた。


『船長より全船員へ。被害報告して』


 直ちに船のあちこちから報告が入ってきた。

 敵は人員の少ない貨物ブロックに攻撃を集中したらしい。

 幸いにして死者・負傷者はおらず、損害ブロック周辺では衝撃吸収体緩衝ボールが自動的に働いて人命を守っていた。


『以上、人員に被害はありませんでした』


 一同は報告を聞いてほっとしたが、連絡で1分30秒ロスをした。

 まるは敵の攻撃から、敵が何を欲しているのかを推察した。

 こちらを無力化したいなら、ブリッジ、エンジン、武器のどれかを狙うだろう。ところが、貨物を狙ってきたとなると、攻撃力や機動力を奪うのが目的ではない。商船としての〈コピ・ルアック〉には大きな損害を与えつつ、武装船としての価値を下げる気はないというわけだ。


「敵が欲しいのは戦力としての船、というわけね」


 まるの判断に、秋風が同意する。


「そうですね。クラックしてシステムを掌握しようという点からも、それは伺えます」

「まったく、ふざけた真似をしてくれるわね」


 彼女が怒っている理由は、馬鹿げた宣戦布告や威嚇攻撃に対してだけではなかった。電源が落ちている現状で船体を破壊されるのはとても拙い。

 一応フェイルセイフとして、例の衝撃吸収体で人命は守られているし、気圧低下の際に自動的に弾けて粘液を放出して穴をふさぐ、機械的なエア流出防護手段もあるので、致命的な量までの空気の流出は避けることができた。


 それでも大量の貴重な空気を持って行かれてしまったし、貨物室の損害額も頭が痛い。〈コピ・ルアック〉は独立採算の商船なのだ。財産の損失はとても痛い。


<あとでたっぷり損害賠償請求してやるわ>


「秋風君、システム再稼働までのタイムリミットは?」

「あと7分です。それまでに何らかの応急処置をしないと、再起動時に障害を起こす箇所が発生します」

「そうね、エアの流出も痛いし、早々に決断が必要ね……」


 〈コピ・ルアック〉の頭脳、と言うと、本人は怒るのだが、実質上生命線となっているのは、船体中に張り巡らされた有機ジェル計算セルと、1000の量子演算ユニット、コアとなる光素子サーキット群、それに無数のナノマシン・ナノプローブから成る超コンピュータ、FERISフェリスである。

 彼女の大部分を構成するのは有機ジェルであり、これは栄養チューブによる栄養補給や、生体活動に必要な電源供給が絶たれた瞬間から、劣化を開始してしまう。ダメージを負わずに再稼働できるリミットラインは電源喪失から15.2分である。そこから徐々に劣化を開始し、16分を超えると1/1000が機能不全を起こす。大した量ではないように見えるかもしれないが、正確さを要求されるコンピュータの部品の1000個につき1個が壊れてしまうと思えばよい。

 要するに使えないタダの生ごみになってしまうのだ。損害額は――〈コピ・ルアック〉が破産するのに十分とだけ言えば良いだろうか。


 だから、なんとしても残り時間7分タイムリミット以内に、再起動が必要だった。

 例え、大半がクラックされて敵の手中に落ちることが分かっていても、だ。


「仕方がないわ。必要人員を残して総員退船させましょう」


 そういうと、まるは非常用の全巻包装システムを起動した。FERISフェリス管轄の回路網とは別電源だから、これは問題なく動く。


『船長より緊急回線にて全船員に通達。

 これより5分のち、全船内の電源を再投入を実施する。

 敵からのコンピュータクラッキングを受けているため、速やかに敵によるシステム掌握が行われると思われる。

 ラファエル副長、ネットワーク部渡辺、技術部秋風、それに陸戦部隊小峰。

 以上4名以外の船員は速やかに最寄りの避難カプセルで退船せよ。

 繰り返す、ただちに最寄りの避難カプセルで脱出せよ。

 同時に名指しされた人員は、あらゆる手を使って工作室に集合せよ』


 〈コピ・ルアック〉に限らず、航宙船は非常事態のための避難カプセルが各部署に設置されている。展望デッキなどの隔離可能な閉鎖デッキがそのまま避難カプセルに使える場合もある。まるが90年前の遭難時に遭遇したのはそういうものだった。

 船員の中には躊躇するものもいたが、他の者に促されてがやがやと退船処理を開始した。緩衝ボールに包まれたままのものは、有無を言わさずそのまま脱出艇に積まれた。


 小峰陸戦部隊長は出番が少ないため、通常は資材部の仕事を兼務している。

 彼が出てくる有事というのは滅多にないし、起こってほしくも無いのだが、転ばぬ先の杖はとても大事だと分かる事態だった。彼は資材部からゲートをこじ開けつつ、超人的な速さで疾走して、僅か2分で工作室に到着した。


 ちなみに、〈コピ・ルアック〉内の重力のコントロールはごく一部の特殊区画に関しては縮退物質の配置で行われている。

 縮退物質は薄膜状ですら果てしなく重く、そのため、船の構造自体に負荷をかけてしまう。

 だから、必要区画以外には重力が無い。これでは困る場合があるため、船内の食堂や、重力貨物区画など、大規模区画は船内の中央リフトを取り巻くように作られている円筒状の回転区画に配置され、回転の遠心力によって疑似的な重力感を得ている、これはもちろん、電源を喪失するとやがて摩擦によって止まってしまう。

 更にはごくごく一部について、異星人テクノロジーによる重力発生装置がある。これは先の巨大戦艦事件での獲得物だ。仕組みの解明がほぼ不能なため、量産は出来ないが、一部の縮退物質区画が置き換えられ、船体が20%軽量化された。あとは〈渡会わたらい雁金かりがね〉の船内にもこの人工重力装置は設置されている。ただ、この異星人の仕組みは電源を喪失すると重力を発生できなくなってしまう。

 そして、工作室は数少ない縮退物質ブロックの一つだ。重力があると行動の制限は大幅に違う。

 

「我々5名を除いた総員、退船完了しました」


 ラファエル副長が確認を取る。


「工作室のネットワーク、完全に独立させました。クラックの影響も排除済です」


 渡辺からも作業の進捗報告が来た。


「では、船体のメインシステムと電源を再起動します」


 秋風が作業を開始する。


「小峰君は敵の行動に目を光らせて。たぶん来るとしたら直接攻撃だしね」

「了解しました」


「では、再起動っ」


 電源投入で各所の電子機器が動き出すブーンという音が響くと同時に、船内灯が一斉に点いた。全員は域を飲んで体を引き締めて、事態の推移を見守る。渡辺と秋風はモニターを凝視している。


「ドアに向かって何かが来ます」


 秋風から報告。


「ガンッ! ガンッ!」


 何かが早速ドアにアタックを掛けている。モニターを見ながら秋風の報告は続く。


「工作室のドアは5重に補強されています。船内の機械程度では破壊できないでしょう」


 だが、次の瞬間、ドアの一部が赤熱をはじめ、やがて黄色く輝き始め、丸く切り取られ始めた。


「敵はビーム兵器か何か持ち出したようね。誰かが脱出時に武器を置き忘れたのか…」


 戦闘慣れしている小峰が指示を出す。


「ドアの正面から45度以上離れてください。敵がドアを破りそうです」


 全員が彼の指示に従って動く。


「来ます」


 彼は出来る限り正面ギリギリをキープしながら、敵の攻撃を読んで身をひそめ、粒子加速銃を構えた。


「ゴン、バコッ」


 切り取られたドアが重く落ちた次の瞬間、ドアの向こうに見えたのは資材運搬用のリフトロボットだった。21世紀のフォークリフトが大進化したようなものだが、騒音を立てずに歩ける無数の足と、4本のマニピュレータアームがついている。マニピュレータの一つに粒子加速銃を持っている。こういうシチュエーションで見ると、ちょっとしたモンスター風味だ。

 小峰は敵が視認できた次の瞬間には撃っていた。マニピュレータアームの粒子加速銃を支えている部分を吹き飛ばす。


「その手のマシンのメインサーキットは、マニピュレータアームの下のコンパネの中よ、勿体ないけど撃ち抜いちゃって!」


 まるの指示が飛ぶ。


「イエス、マム!」


 正確無比にコントロールパネルを吹き飛ばすと、リフトロボットは動作を停止する。


「これは大変ね……ロボットは大抵コンピュータに接続されているから、だいたい全部敵と見做していいわね」


 ネットワークに外挿的クラックを試みていた渡辺が、うんざりした声を出す。


「うちの船、人員が400人な分、ロボットは1000体以上積んでますからね。これは洒落にならないかもしれないです」

<本当、勘弁してほしいわ>


 まるは臭くもないのに口を半開きにして、フレーメンのような表情になった。


§


 一方、クラックを仕掛けた側の土生谷はぶやも焦っていた。

 システムを乗っ取り、攻勢に出たまでは良かったものの、船の自由が効かないのだ。


「あいつらめ、何をした。システムは掌握したはずだが……」


 幾らシステムを探しても、肝心の火器管制や動力部にアクセスできないでいた。

 火器管制が出来なければ、〈コピ・ルアック〉は只の図体ばかりでかい貨物航宙船でしかない。それ以上に、動力を使えなければ、もはや自給自足可能なだけの宇宙ステーションだ。

 彼は「戦闘艦」としての〈コピ・ルアック〉が欲しかった。システムの中に深く潜り込み、チェックしていく。おかしい。何かがおかしい。だが、何がおかしいのか分からない。

 何かがあることは証明できても、無いことを証明することは難しい。それを称して悪魔の証明という。彼の現状はまさにそれだった。全精査すれば、システムの詳細は把握できるかもしれない。だが、システムを乗っ取って調査しているような状態、特に、〈コピ・ルアック〉のコンピュータシステムの様な膨大なものとなれば、簡単にファイルサーチ……という訳にもいかない。そう、何がどこにあって何が無い、等というものを簡単には判断できないのだ。

 そして、実をいうならば、土生谷の探しているもの。「火器管制」や「動力部のアクセス」に関するプログラムは、コアプログラムと共に、既に〈コピ・ルアック〉のコンピュータシステムの中からは消えてしまっていたのである。彼がそれに気が付かなかったのは、巧妙にそれと分からない様に、一見正常な動きをする、ダミーのコアプログラムが仕掛けられていたからであった。


 必死でシステムの解析と追跡をする土生谷のオペレーションを、安全な領域から眺めている者が居た。


『システムの中枢が無い状態では、いくらクラックしても船はびくとも動きませんわ』


 傍らにいたもう一人はうなずいて同意する。


『とにカく、これで暫くハ時間が稼ゲる』

『そうね、では船長たちの所に向かいましょう。多分苦戦していると思うし。手助けしなければ』


 二人はそっとその場をあとにした。


§


 まる達は善戦していたものの、じりじりと追いつめられていた。

 ロボットは雲霞うんかの様に沸いてくるし、一体を動かなくするには、可動部と制御装置など、数か所を攻撃する必要が出てしまう事がしばしばだし、次々に新手が現れるので、物量にどんどん押されていった。

 もっとも、ロボットの残骸がバリケード代わりになり、敵の流入にはボトルネックが発生しているため、攻撃はそれほど激化するわけではなく、結果として、じりじりとした攻防戦が続いていた。


「うんざりだわ。いつまでこんな不毛な消耗戦やればいいのかしら」


 まるはなんというか、猫の性というか、単純作業の様な戦闘にはとても飽きっぽかった。それに、敵といえども、もともと自分の船の財産なわけだから、壊してしまうと結局は損害になるのだ。こんなに悲しい戦闘はない。出来れば壊さずに全部無力化したい。


『まる船長、なかなか苦戦されておりますね。お手伝いしましょうか』


 突然、背後で鈴が鳴るようなどこかで聞き覚えのある音声がした。

 まるは振り向くと身構えた、ほどんど同時に、何もなかったはずの空間がきらめいて、猫が二匹出現した。


「え、猫?? ……というかその声、聞き覚えがあるわね」


 相手は2匹、

 一匹は目も覚めるような純白の、大型種のメインクーン。

 もう一匹はロシアンブルーと思しき灰色の、やはり大型種だった。

 知性化した猫なんてまるとピンインくらいしかいない。まあ、ピンインはヤマネコだから、実質は喋る猫なんてまるの特権みたいなものだったはずだ。もっとも、まるは声と内容から相手の正体にだいたい察しがついたし、先ほどからのうんざりした展開のおかげですっかり脱力した声で言った。


「もうこんな戦闘はうんざりよ。それより、知性化された猫は私の特権なんだけどね。FERISフェリスさん」


 白猫は、猫がどうやったらこんな表情ができるのかという笑みを浮かべて答えた。


『さすが船長、わたしが「ふぇりす」です。ちなみにこの灰色がこっちが「らまるく」』


 小峰が即座に反応して銃を構えたが、まるが制止した。


「大丈夫、十中八九、2人は味方よ。それより、『ふぇりす』? 『らまるく』? なんとなく雰囲気が違うわね」

<そう、なんだか微妙に言葉のニュアンスが違う。英文字とひらがなくらい違う>

『はい船長。

 クラックされる前に物理的にコアを切り離しました。

 このプローブを動かしている端末はわたくしの全能力の1%にも満たないですが、敵が喉から出が出るほど欲しい筈の最重要箇所を接収してます。

 あと、物理的に隔離して〈渡会わたらい雁金かりがね〉の高次元貨物室内に隔離してますので、もう敵に手出しは出来ませんわ』

「良くやったわ。じゃあ、次の一手を考えなきゃね。

――んー、ここから〈渡会わたらい雁金かりがね〉の所に行きたいのだけれど、何とかなりそう?」

『襲ってきているロボットですが、基本は無線ネットワークで繋がっているだけですから、無効な通信を大量に送信すれば、こちらの無線が届く範囲ではネットワーク回線がパンクして、敵からの指令は届かなくなります。半径20m程度は妨害できますので、敵の攻撃を避けながら移動することは出来ると思いますわ』

「DDoS か。了解。じゃ早速向かいましょう」


 まるはドアに向かったが、ふとあることを思い出して振り返った。


「ちょっと聞いていい?」

『なんでしょう?』

「『らまるく』って、ずっと黙ってるけど、何するために連れて来たのかしら?」

『あー、彼でしたら、役立たずです』

「は?」

『残しておくと、敵に悪用されて中枢コンピュータ代わりにされる可能性が有ったから連れてきました』

「なるほどね」


 当の「らまるく」は、自分の事を話されていることは認識しているようだが、話に入るでもなくボーっとしていた。


<役立たず、ねえ>


 仮にも自分を知性化してくれた、ある種恩人ともいうべき存在を元に作った知性体なので、まるはちょっと複雑な気持ちになった。


§


 時は少しだけ遡り、〈コピ・ルアック〉内が大停電したころ。


 〈コピ・ルアック〉の異常に、外部で最初に気が付いたのは神楽だった。

 まるに通話を入れようとしても回線が繋がらず、ようやく繋がったと思ったら通信を保留に回されたのだ(おそらく土生谷はぶやの仕業だったろう)。

 そして、それとはまた別に、部下の吉田に調べさせていた結果からちょっと気になることが出ていた。


「確かなの?」

「はい、過去のクラッカーの手口と照合しましたが、それらしい人物に該当はありませんでした」

「ということは、この件は素人の初犯ということ?」

「違います」

「どういうこと?」


 神楽は美しい顔の眉間にしわを寄せて、時代遅れのスーツで堅苦しい印象の上、最早おっさんと呼ばれても仕方の無さそうな、さえない風貌の黒縁伊達眼鏡の中年男性に、拳骨ひとつほどの距離まで顔と顔を突き合わせた。

 対するその眼鏡――吉田は動じるでもなく、平然と資料の入ったスレートを差し出した。


「こちらに調査結果をまとめておりますが、これは特定の軍の軍属、またはそこの出身者の手によるものですね。教科書的なやり方からは多少逸脱してはおりますが、基本は踏襲しています」

「軍隊ですって?」


 ああ、そういえばまるは以前軍の仕事に巻き込まれたことが有ったわね。その関係かしら。


「〈大和通商圏〉以外の軍、ということ?」

「それも違います。この手のクラッキングに対する標準手続きは〈大和通商圏〉の地方軍、〈白浜九州連邦〉、〈雪花アイヌ共和国〉、〈東海連邦〉、〈種子島公国〉、などで採用されております。クラッキングの際のタイムラグなどを合わせて考えますと、敵の所在地はおそらく〈らせんの目〉太陽系に所在していると思われます」


 神楽女史は椅子の上で足を高く組み、腕組みしてあごに指先を当てながら考えた。


「でも、わざわざ自分の足が付きそうなところで問題を起こすかしら?」

「本来なら他の場所に移って手を打つのが順当だと思われますが、おそらくは自分の行動基盤に自信があり、それを使って戦術を展開したのでは。と推測されます」

「そういうものかしら……。〈らせんの目〉にあるのは、惑星〈白浜〉の〈白浜〉九州連合と、惑星〈星京〉にある〈東海連邦〉ということよね」

「はい。しかも、その片方から、〈コピ・ルアック〉に悪意を持ちそうな軍が浮かび上がりました」

「本当?」


 神楽は再び身を乗り出して吉田に詰め寄る。


「本当です。〈東海連邦〉は、先の〈関東合衆国〉との電子経済戦争に敗れた際、軍の縮小処分を受けています。その際、新造中だった旗艦は建造中止となって、民間企業に払い下げられております」

「まさか!」

「そうです。〈コピ・ルアック〉は、もともと〈東海連邦〉の旗艦になるべく建造されていた船でした」

「じゃあ、その軍部でクラッキングに長けている人物か何かを探せば、相手の尻尾をつかめそうね」

「もうつかみました」


 自分の部下の有能さにちょっと腹が立つ神楽だった。


「最初に言いなさいよ」

「失礼しました。敵は〈東海連邦〉の旗艦予定艦の艦長に就任するはずだった土生谷はぶや栄治えいじ元大佐です。彼は電子情報戦に長けていましたが、電子経済戦争ではランダム抽出される際に戦役から除外されてしまい、結果として連邦が負けてしまったために、かなり各方面に恨みを持っていたようです」

「なにそれ、逆恨みじゃない」

「全くです。彼は自身の事を『エイ・ハブ』と名乗ることがあるそうで、〈コピ・ルアック〉に関しては自分の半身をもいで行った悪魔と称していた時期もあったそうで」

「エイハブ、エイハブ……白鯨モービーディック? 900年も前の小説を持ち出すとか、どんな変人よ」

「自分の境遇に無理やり重ねたのでしょうね。かなり狂信的な側面が有ったそうですから」

「うわ、近づきたくない」

「御意です」

「私達じゃ、そういう軍属崩れには対抗できないわね――。誰か味方を探した方がいいかしら」

「その味方ですが、候補も探し出してきました」


 神楽は「こいつ、私の心を読んでいるに違いない。うわー気持ち悪い」と、心の中でドン引きしたが、敢えてそれは飲み込んだ。


「どこの誰?」

「はい、所謂ゴロツキの一種、『宙賊』という輩です。なんでも若いころにまる船長にちょっかいを出して酷い目に遭い、先日もやはりちょっかいを出した挙句、気圧けおされて負けたという――」

「何その情けない奴は」

「ただ、かなり強力な航宙船を有しているそうで、我々と連携が可能なら、まる船長の強い味方になるかもしれません」

「ふむ……。分かったわ。で、どういう奴なの?」

「宙賊〈覇狼はろう〉賊長・イライジャ・躑躅森つつじもりと、その乗船〈キングハウンド〉です」

「よし、わかったわ。すぐにアポイントメントを取って。会いに行くわよ」

「そう言われると思いまして、アポイントは入れてございます。キングハウンドは、現在〈コピ・ルアック〉と同じ〈らせんの目〉にいます。我々のいる〈ペリカン〉から超空間ゲートで直通です。あと15分でゲート開閉時間ですね」

「なんてこと!急ぐわよ、〈桜扇子〉発信準備」

「既に整えております、直ちに乗船下さい」


 ここで神楽に限界が来た。


「よしだあああああああああ!」

「は?」

「ここまで手を回してるなら、さっさと報告済ませて私に乗船を促せ! 乗り遅れてたらどうするつもりだったの! この間抜け!」


 神楽は足を高く上げると、ハイヒールの踵で吉田に蹴りを入れた。


§


 まるたちは、予想外の事態に手を焼いていた。


<思った以上に動きにくいわね、これ>


 敵の手に落ちたロボットに妨害電波を出して動きを止める方策は功を奏しているものの、ロボットがわらわらと集まってきて止まるので、行き先にとんでもない壁が出来てしまうという問題が出ていた。まあ、貨物室までの道のりの大半は無重量区域なので、持ち上げて道を開けることは可能だが、物体には重力で感じる「重さ」とは別に「質量」というものがある。持ち上げて動かすなどの動作をするには、やはりかなりの筋力が必要なのだ。


「こういう時は男手が役に立つでしょう」


 そういいながら、ひょいひょいとロボットを担いで道をあけていくラファエル副長は流石だった。小峰も奮闘していたが、足元にも及んでいない。秋風や渡辺はその非力さを露呈していた。


〈いや、男手とかなんとかいうより以前に、私猫だし〉


 ちょっと意外だったのは、「らまるく」の活躍だった。

 彼はナノプローブを適度に変形させて触手状の物を作り、猫の大きさからは想像がつかないくらいの怪力でポイポイとロボットを撤去していく。しかし、その姿はちょっと異様だった。まるには、漂流時代に時間つぶしで読んだ古い古い娯楽SFが頭をかすめた。


「ええと、なんて言ったかしら。そうそう、アルフレッド・エルトン・ヴァン・ヴォートの『黒い破壊者』に出てくる『クァール』ね」

「何ですかそれ?」


 ひいひい息を吐きながら、秋風が聞き返してくる。


「1950年にヴォートが『宇宙船ビーグル号』っていう、連作SFの一番最初のエピソードに登場させた凶悪な異星人種族なの。猫に似て狂暴だそうよ。背中に触手が有って、手の代わりに自由に動かせるのよ」

「ああ、それ知ってます。私が読んだ稀覯本きこうぼんは、著者名は『A・E・ヴァン・ヴォークト』ってなってました」

「へえ。私はLamarckラマルクに原書を読ませてもらったわ」

『船長、それはちょっと違いますね』


 「らまるく」がいきなり声を出したので一同は驚いた。なかなか魅力的なバリトンだ。


『私は、たしかに船長を知性化した教育機械を拡張して生み出されましたが、私が私であるという部分は、船長が拡張サーキットでプログラムを強化してくださった結果です』


 まるは肩をひそめ、目をつぶって答えた。


「そうなんだけどね。私からしてみたら、Lamarckラマルクは私に知性をくれた恩人、というか……。育てのお父さんって感じなのかしら? そういうイメージなのよね」

『私にもその当時の記憶はあります。ですが、私自身はやはり、まるがお母さんというのが適当な気がします』


 まるはちょっと迷惑そうな顔をして、猫の顔の構造ではなかなか難しいふくれっ面を作った。


「あーもう、面倒くさいわ。とにかく先に進みましょう」


 そういいながら、正直今のまるにはやることが無いので、ちょっと手持無沙汰だった。まあ、指揮官なんて、実際の作戦遂行中はそんなものなのだけど。自分で動いていない時になって仕方がないまるであった。


§


 美しいフォルムの〈桜扇子〉が無骨な〈キングハウンド〉に接舷している様はとてもちぐはぐな印象を与えた。そして、中ではもっとちぐはぐな会話が進行していた。


「何だって? まる姐御の加勢? 相手は元軍属? めんどくさ。他を当たってくれないか」


 イライジャは神楽の必死の説明を一顧だにしなかった。


「何よあなた、まる船長に以前からお世話になっているんでしょ」


 イライジャは目をむく。


「それはそれ、だろう? 俺が面倒事に関わらなきゃいけない理由にはならんさ。それより初対面の人間をあなた呼ばわりとは大した女社長さんだな。商取引の基礎からやり直した方がいいんじゃないか」


 イライジャの周りの部下がざわざわと笑う。


「これは失礼いたしました、イライジャ・秩父森さま」

躑躅森つつじもりだ! わざと間違えたな、お前わざと間違えたな」

「あら、初対面の女性に対しておまえ呼ばわりとか。私イライジャ様の奥方ではございません。幼年学校からやり直した方が宜しいのではないですの」


 このやり取りに吹き出すイライジャの部下たち。

 きっ、とイライジャが睨むと真っ青な顔で圧し黙る。


「じゃあ言ってやるがね。まるの姉御が敵わない相手に、俺たちがどう立ち向かえばいいっていうんだね。正直手も足も出ずに損害だけ出して敗走というのが目に見えているだろう。だから恩義を感じていたとしても、何もできることはないよ。警察にでも頼めばいいだろう」

「とっくに頼んでるわ(吉田がね)。でも、確証の無い事に部隊は動かせないって突っぱねられたわ。元軍属が絡んでいることに首を突っ込みたくないって事でしょうね。弱虫だから」

「俺は弱虫で否定しているんじゃない。社長やっている神楽女史ならば分って頂けると思うのだけどね。宙賊宙賊って馬鹿にするが、俺レベルの宙賊は、部下は一応社員みたいなものだ。ちゃんと給料も払う、福利厚生だってやる。仕事だってやって成果の出ることを中心で考える。損害はもちろん手当もつけるし、作戦行動の結果で負傷したら労災対象だ。最初から勝算のない事をやる気はないんだよ」


 流石に神楽もこの力説には納得せざるを得なかった。


「宜しいでしょうか。イライジャ様」

「ん、誰だ」


 答えに窮している神楽の代わりに、吉田が話し始めた。


「私、神楽社長の第一秘書兼執行役員をやっております、吉田と申します」

「その吉田が何の用だね。社長を苛めるなってか?」

「いえいえ、私はイライジャ・躑躅森つつじもり様に、とてもよい商談と、耳寄りな戦略についてご相談が有るのでございます」

「ほほう?」


 吉田が本領を発揮し始めた。


§


 まるたちが移動を開始したのを何とか阻止できないかと、色々と画策していた土生谷はぶやだったが、いくつか代案を思いつき、実現を急いでいた。要は、ネットワークを経由して指示するからいろいろと問題が起きているのだから、自立型にプログラムを書き換えて、回線に頼らない「オフライン動作」をさせてしまえばいいのだ。幸い、敵は動かないロボットの撤去で苦戦しているようで、歩みは遅々としている。今がチャンスだろう。彼は作成したプログラムをロボットに向けて送信した。


「これで最後だ!」


 自立型に切り替えられたマシンが、まるたちに襲い掛かる。


「俺のなくした希望を、俺の栄光を返していただくぞ。ラファエル船長とやら」


 そういえば、土生谷はぶやはまだ、まる船長の事を知らなかった。


(続く)

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