第9話「航宙船コピ・ルアックの日常」

 FERISフェリスは、航宙船〈コピ・ルアック〉の頭脳ともいえる超高性能コンピュータである。女性体プローブを好んで使い、音声も女性の音声を使うため、「彼女」と呼称されているが、精神的な性別は恐らくどちらでもない。ただ、身体に引っ張られて、若干女性的な考え方をする場合もあるようだ。

 彼女の業務は実に多岐にわたる。航行の制御は当然として、船内で起きる異常の監視、船外からやってくる異常物体の事前警告、船の動力バランスの調整、空調や生命維持、夜勤時間帯の当直以外の代行、e.t.c、e.t.c……。

 彼女の勤務時間は船内時間00:00時から23:59まで。フルタイム勤務だ。だが、彼女のプロセッサすべてが常に緊張した業務をしているわけではない。彼女の趣味は、船内のクルーの活動の観察である。今日はそんな彼女が拾い集めた、〈コピ・ルアック〉の日常をちょっと俯瞰してみよう。


 あ、申し遅れました。私はLamarckラマルク。まる船長を知性化した教育機械〈LMK‐1〉をベースに高度化された知性機械。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間04:55


 まる船長、起床5分前。丸く輪のようになって寝ている。

 経理部長の垂髪うない女史いう処の「にゃんもないと」と思われる。

 まる船長は一般船員にはこの姿は絶対に見られないように気を配っているそうな。船内で彼女のこの姿を知っているのはわたくしFERISフェリスだけ。ちょっと優越感。


 船長の後ろ足がピクピクピクピクッっと痙攣した。

 夢を見ているらしい。レム睡眠である。そろそろ起床だろうか?

 猫は人間よりはるかに多いレム睡眠を経験するという。まる船長は薬で調整して睡眠時間を短縮しているが、それでも人間よりは若干多めだという。


 ふと、まる船長が頭を上げる。

 顔を見ると、目が白い膜で半分がた覆われている。瞬膜という奴か。

 猫が爆睡していたり、激しく寝ぼけていると出るらしい。でも、こういうちょっと情けないまる船長の顔もキュートだと思う。おっと、船長が本格的に目を覚ましそう。身体をぐぐーっと起こしながら、口をこれでもかとあけて欠伸。虫歯も無い綺麗な歯並びだ。

 彼女はデスクにぴょんと飛び乗ると、小さな楓の葉のような恰好をしたマニピュレーション・グローブに触れる。

 グローブは生きているようにまる船長の前足、肉球のちょっとだけ後ろにすっと絡み付いて機能を開始する。グローブは、船長の手のひらの動きを微妙に読み取って、指を器用に動かしてくれる装置だ。これは彼女が遭難した時に作り出した発明品である。大したものよね。グローブの補助を借りてヘッドセットを取り、頭まで持ち上げる。この動作はまる船長の骨格的にかなりきついようで、いつも装着時は踊りを踊っているような動きをしている。「猫じゃ猫じゃ」という踊りに似ているらしい。ヘッドセットも自動的に頭に回りついて、補強翻訳などのイヤホンが耳の奥に挿入され、目にはプロジェクター型の端末から情報が表示される。

 頭部後ろの細い部分にセンサーが入っていて、脳波その他の情報を探知して音声を作り、あご脇にある極小スピーカーから発声する。よく作ってあるが、わたくしが作った人型プローブの方が使いやすいと思う。

 しかし、まる船長曰く「人型端末は自分じゃない気がするし、窮屈。第一、猫の姿の方が動きやすいもの」だそうで、一度使って以降は触ってもらえていない。


 まあ、実際、彼女が猫の姿にこだわる理由は分かる。船長はわたくしから見ても本当にきれいな猫。緑の目にしゅっとした体形。日本猫の雌猫としてはやや大きいだろうか。見た目は4~5歳の猫。毛質は日本猫のすっとまっすぐでペタリとした感じだが、少し長めで、ビロードのようにすべすべ。三毛猫としても珍しく、身体の殆どに縞模様が無くて、黒は真っ黒、茶色はみかんの皮の様だ。

 頭の右側が黒くて、左側が茶色、この茶色は首の後ろ側まで伸びている。

 背中は黒中心で、散らすように茶色が入っている。お尻から左腰を含み、尻尾の先までは茶色。尻尾だけは薄く縞がはいっている。左手には茶色の斑、右手首に黒の斑、左腰に大きな黒の斑が入っている。髭と眉毛はピンと伸びて真っ白。

 ああ、猫って素晴らしい。完璧な生き物。柔軟な体と、言葉より雄弁な尻尾。私も猫型の端末プローブを作ろうかしら。


 Lamarckラマルクより補足。FERISフェリスの工作記録を見る限り、彼女は猫型端末プローブの試作に取り掛かって炒る模様。

 私も興味が出たために彼女に猫型端末プローブの発注をしたが、現時点では

「そんなもの試作していない、それはゴミデータを誤認したものだ」

 と、しらを切られている。そんな馬鹿な話はコンピュータ同士で通用するはずもないのだが。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間05:30


 ここはラファエル副長の部屋。

 情熱的なイタリア人男性はどんな部屋に住んでいるかというと、これがなんと、凄く小奇麗。

 そもそも、西欧諸国のイタリアは、〈欧蘭通商圏〉に属している筈だが、なぜか〈大和通商圏〉にはイタリア、ドイツ人が多い。

 理由としては、欧蘭の中核となっているのが北欧・ロシア系で、ローマを中心とした文化圏の人種にはちょっと肩身が狭いという点が挙げられるだろうか。

 〈大和通商圏〉の〈ペリカン太陽系〉にある、巨大ガス惑星〈タロス〉の緑の衛星〈メディア〉は、そんな西欧系の人種の国「ローマ共和国」が中心となった世界であり、ラファエル副長もそこの出身だ。

 さて、ラファエル副長はどんな寝姿を……おや、寝室には居ませんね。


 続き部屋になっている書斎の方で何かやっている模様。

 Tシャツに短パン姿ですね。これが普段着なのでしょうか。

 トレーニングマシンで汗を流していた模様。おっと脱ぎ始めました。これは……朝シャワーに行く模様。流石副長。もう少しチャラい面があるかと思いきや。

 お風呂には端末が無いから、残念ながら覗けない。

 ナノマシンでも忍ばせておけば探知は出来ると思うけど、そこまでして情報を集めたいとは思わない。わたくしのモラルもそこまで腐ってはいない。でも、シャワーに行く前にちらりと見た姿は、人間の雄、失礼、男性として、とてもよく訓練され、均整のとれた恰好であった事を付け加えておく。

 彼は、シャワーを浴びた後、デオドラントにはしっかり気を使う模様。パリッとした制服にそでを通してびしっと決めて執務に外出。

 カッコいいですねー。惚れますねー。兄貴ですねー。

 これで太田航宙士とかとの薄い本が出たらご飯3杯はイケちゃう。

 真面目な話、誰かいい相手でもいるのかどうか。それは流石にここでも書けません。とにかく、船内でもモテるとのお話。


 彼は一般相手には、まる船長の代わりに船長としての役目も行う、とても多忙な人だ。

 まる船長とは60年とちょっとの付き合い。船長が中型以上の航宙船が必要になった際、船長のビジネスパートナーである土岐氏が紹介したそうだ。実はわたくしのコアもその時期から構築が始まっている。彼とわたくしは船長配下の同期と言えようか。信頼できる人物だ。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間05:45


 ドーラ砲術長、起床。

 ドイツ人系の彼女の出身地は、ラファエル副長と同じく、〈大和通商圏〉で西欧人系の人が多く住む衛星〈メディア〉の出身だ。

 彼女の部屋は19世紀~22世紀辺りの時代のミリタリー関係のグッズでが所狭しと壁に飾られている。所謂「レトロミリタリーおたく」である。

 ミリタリー関係以外では、所狭しと並ぶ猫グッズが、彼女のもう一つの属性「猫萌え」を如実に物語っている。彼女が脳波感応で動く猫耳と猫尻尾を持っていて、時々部屋で装着して、三毛猫レオタード姿で、姿見鏡の前でポーズをとっているのを知っているのは、たぶんわたくしだけであろう。

 しかし、彼女は外見こそ20代半ばの女性だが、実際はもっといって――(自己検閲)。わたくしが猫耳のプローブを作った際には、彼女に様々な意見を伺って参考にさせて頂いた。

 シャキッとしたちょっときつめの性格の彼女であるが、女性らしい一面もある。

 過去には結婚歴もあるらしいが、詳しい事はプライベートなので秘密だそうだ。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間06:00


 ここは厨房。

 すでにアレクシア料理長が他のコックと共に朝食の支度中。

 航宙船でもご飯は大事。無重力区画がメインだったころの宇宙船の食事は、「宇宙食」と呼ばれていて、飛び散らないように粘りのある食事中心、内容も限られていて、食事に関しての不満がたくさん出ていたという話だ。

 今日の航宙船内の食事は、小型船の場合は積載量の問題から保存食や冷凍食中心だが、〈コピ・ルアック〉のような大型航宙船であれば、船内で食糧を生産しているため、豊富で新鮮だ。わたくしは電力と、ジェル部品用の栄養溶液さえあればいいのだけど、プローブに味覚をつけて、食事に同席できるようにしてからは、食は重要、という乗組員の主張にとても共感している。

 アレクシア料理長は謎の人だ。まる船長が知性化する前からの希少な知り合いの一人であるが、土岐氏との付き合いも長く、その縁でまる船長の航宙船の料理長として請われたそうだ。


 同時刻、太田航宙士、秋風技術部長起床。

 2人とも「おたく」なので部屋は言わずもがな、以上。


 薬研(やげん)医療部長起床。

 見た目は中年男性だが、実は船内最年長。

 最初は獣医を目指していたそうだが、実家が人間医の名家であったため、人間の医者の免許も取得。結果として、人と猫両方を見ることができる貴重なお医者が出来上がった。船長のパートナー土岐氏の家と古くから云え同士の付き合いがあったために、土岐氏とは幼馴染で、それが縁でホームドクターをやっていたそうだ。まる船長が強くお願いして、〈コピ・ルアック〉の医療部長を務めてもらっているとのこと。でも。わたくしは船長は御注射が苦手なのを知っている。

 今の主流は、よほどの大病でもしない限り、無痛注射器だから、痛いとかの問題はないはずなのだが…。多分、薬研医師の医療には慣れているからお願いしたい、というのがまる船長の本意ではないだろうか。


 垂髪(うない)経理部長、新穂(にいぼ)営業部長、定標(じょうぼんでん)総務部長、五条物流部長、など、朝食会議のメンバーも続々起床。船内のあちこちでも活動が始まった。この雑然とした雰囲気は、わたくしは実は嫌いではない。船が生きているな、という実感があるからだ。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間07:00


 船内主要部署の長が集まる船内会議、兼、食事会、通称朝食会議の時間である。

 プローブの正式稼働後、わたくしも偶に参加させてもらう事となった。

 議題は基本的には前日からの報告、当日の予定の確認、懸案事項の摺合せなど、会社の朝礼でやるような内容である。食事はいくつかのメニューから選択可能であるが、船長だけは猫用の特別メニューとなっている。

 理由は人間用の食料では、船長が体を壊してしまう可能性が高いからだった。

 葱類、チョコレート、生の烏賊、等は船長にとって毒だし、塩分も人間ほど必要ではない。さりとて、猫用のドライフードを人前でカリカリやるのは船長のプライドが許さないし、第一、あまり好きではないそうなので、専用の食事が用意される。基本は薄味に調理した肉類に、穀類を付けた形だ。

 船長の好物は鶏の竜田揚げ、白菜、生ニシン、豆アジの唐揚げ、わさびと醤油なしのお刺身、葱ぬき豚玉お好み焼き、塩分少なめのハードチーズ、甘い玉子焼き、納豆、海老、等々、結構グルメである。

 本日のメニューは海老とアスパラガスの玉子寄せに、薄味のパンケーキだ。

 ちなみに人間の本日のメニューは3種類。

1:和食で、塩鮭にほうれん草のお浸しと茶わん蒸し、それにご飯と豆腐とわかめのみそ汁。

2:イタリアンで、小粒のニョッキと豆のトマトソースに生ハムサラダ。

3:中華で、茹で餃子に豆苗炒めと、トマトの掻き玉スープ。

 いつも、朝食は3~4種類、お昼は5~7種類前後、晩御飯も3~4種類が用意され、登録の早い者勝ちで支給される。

 偶に人と違うものが食べたいなら、前日(食材によっては数日前)からの予約と、ある程度の給与天引きで、特別にメニューを頼むことも可能だ。〈コピ・ルアック〉の食事がグルメなのは、アレクシア料理長の膨大なレシピの賜物である。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間08:00


 午前シフトに船の業務を引き継ぐ。

 これにより余ったCPUタスクは一部を船内業務向けに開放し、残りは保安業務の補強に回す。巨大戦艦事件以後、外交的な不安に乗じてか、宙賊の動きも活発化してきている。警戒にはやり過ぎという事はない。



裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間10:00


 本日は、〈神楽コーポレーション〉の神楽茉莉社長が来訪される。

 船長と意気投合後、なんだかんだと友人付き合いをされている模様である。

 彼女の乗船である〈桜扇子〉を誘導ビーコンで接舷させ、エアロックをつなぐと、いつものように直属の部下、吉田を伴って乗船された。


 本日は華やかなピンクのカクテルドレスでの来訪である。

 何でも、この後大きなパーティーに行かれるそうだ。まる船長にもお誘いを何度か出していたそうだが、船長はそういう表舞台を敢えて避けているために丁重にお断りを出していた。代わりに、代役のラファエル副長が向かう。

 先日のオセロットの件で、神楽社長は丁寧に何度も謝っていた。あれはまあ、彼女の落ち度ではない訳だが、紹介責任はある、という事なのだろう。その後、船長と彼女の間で軽い商談があったのだが、やり取りの手際が悪かったとか何とかで、

「吉田ぁ!」

 と、例によって何度か部下を叱り飛ばしてはどついていたが、あれは彼女なりの愛情表現だ、と、わたくしは理解している。間違いない。やがて、神楽社長はラファエル副長にエスコートされつつ、〈桜扇子〉で目的のパーティに向かっていった。


 Lamarckラマルクより補足。以前吉田氏の部屋を用意する際、神楽女史からはかなり細かい注文が付いたとの記録を発見。非常に大切にされているご様子。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間12:00


 お昼である。わたくしは食事はしないが、この時間は船内が最も活況に満ちる時間だ。食事は2シフト制で提供される。その1シフト目がこの時間帯だ。

 本日の昼食メニューは6品。

1:鰈の煮付け、お麩と葱のお味噌汁、お新香、雑穀入りごはん。

2:トンカツ、キャベツ、蜆の味噌汁、お新香、雑穀入りごはん。

3:唐揚げ、タルタルサラダ、トン汁、お新香、雑穀入りごはん。

4:パラク・パニールカレー(ほうれん草とカッテージチーズのカレー)、インド風サラダ、チャパティ(薄焼き全粒粉パン)、タンドリーチキン。

5:極太ヴァイスヴルスト、センメルクヌーデル(パンで作った茹で団子)、赤キャベツのザワークラウト、ポテトズッペ(スパイスの効いたポテトスープ)。

6:カネロニのひき肉キャベツ肉詰め・トマトソース煮(3㎝位の太さがあるマカロニに具を詰めたもの)、冷製カポナータ(野菜の甘酢揚げ煮)、ミニフォカッチャ(折りたたんだピザ)。


 という感じだった。カネロニはラファエル副長の好物だ。

 たぶん帰ってきて知ったらちょっと残念がるかな?

 でも、本当に好きなのはお寿司だから、立食パーティでお寿司が出たらたらふく食べて来るのではないかなと推測する。

 ちなみに、まる船長の昼食は鶏の竜田揚げに低塩コールスローサラダ。でした。本来猫はちょこ食いと云って、食事を活動しつつ延々と食べる癖があるのだが、まる船長はおやつの時間にご飯を食べるようにして、4回の正規のご飯を食べるように心掛けてる。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間14:00


 血迷った宙賊が警戒線を超えて襲い掛かってくる。

 まる船長の指示は「殺すな。捕まえろ」だった。

 わたくしが有能なコンピュータだからと云って、気安く云ってほしくない作戦ではある。正直に言えば、この強力な航宙船〈コピ・ルアック〉なら、次元転移砲一発で大抵の敵は沈黙させるどころか、主要部分を消し去ることができる。

 問題がはそれが外交問題になるという一点だけではないようだ。表だって公言はしていないが、まる船長の信条として


 「誰も殺さない、死なせない」


 があるらしい。

 これは過酷な真空を飛ぶ航宙船業務ではとても難しい、しかし、とても大切な事だと思う。

 敵が小口径の荷電粒子砲で〈コピ・ルアック〉に砲撃を仕掛けてきた。

 損害はほぼ無いが、このまま続けさせるのも厄介だ。


「当船に攻撃を仕掛けている不審船に告ぐ。貴船の行動は当船に対する敵対行動と見做される。これ以上の攻撃を加えられた場合、当船も報復行動に出る。当船は戦艦級の攻撃力を有しており、貴船の勝算はない。直ちに降伏し、投降することをご提案する」


 まる船長は冷静に、そして的確に敵に対して勧告を行った。


『うるせえ!そんなハッタリ効くもんか。さっさと積み荷を寄越せ!』


 敵は相当な阿呆である。


「しょうがないわねー。ボーテ砲術長、敵の行動を封じてちょうだい。あんな小舟に、威嚇射撃なんて洒落たマネ、この船じゃ無理だわ」

Jaはい,Mamaせんちょう♪」


 ボーテ砲術長が重核子砲の最小化力による鮮やかな砲撃で、敵の動力を無効化した。


『ちょっと待てやああああ、なんで貨物船がそんな武器を持ってるんだよ』


 普通、武装商船と云っても、装備しているのは先程宙賊が放った程度の荷電粒子砲やら、実体弾やらである。〈コピ・ルアック〉の装備は対戦艦性能なのだ。気合いの入っていないチンピラ宙賊風情が敵う相手ではない。


「だから言ったじゃない。さあ、どうするの? 素直に投降しなさい」


 相手は偶にいる馬鹿だというのは、まる船長の対応で皆がもろ分かりだった。

 本格的な宙賊であれば、船長の対応も変わるのだが、彼女は最初からまともに相手をする気もなく、実を言えば欠伸などしながら伸びをして、挙句は顔を洗い始めたので、船員もそれなりの対応しかしていなかった。


『参った、堪忍してくれ』


 惨めな声を出す相手に、船長は容赦ない。


「救助信号ビーコンを貴船に打ち込みます。あとは救助&逮捕要請を当局に流しておくわ。数時間で付近の警備船がくるでしょ。そこで頭冷やしてなさい」

『ひでえ!せめて拾っていってくれよ!』

「やあよ、面倒くさい。一応必要要件は満たしてるわよ。じゃあね」


 まだぎゃーぎゃーと通信を入れてくる宙賊を放置して〈コピ・ルアック〉は通常航行に戻った。まったく、あたくしの出番が来る自体なんてそうそうあるもんでは無さそう。


 Lamarckラマルクより補足。と言いつつ、FERISフェリスが当直している夜勤時間において、数十に及ぶ宙賊の撃退記録が保存されている模様。船長のポリシーを引き継ぎ、敵船員に命の別状のある自体は絶対に避けているようである。お疲れ様。



裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間15:00


 まる船長3食目。

 メニューは猫用特製ケーク・サレ(ただしサレ、殆どなし)。

 他の船員もシフト以外のものは適当にお茶の時間である。

 船長は時折ふいっと離席される。

 だいたいはお手洗いである。船長は猫用アタッチメントを使って通常の便器を利用するらしい。流石にトップレベルのプライベートなので、実際に見たことがあるのは薬研やげん先生とか、土岐氏位なものである。

 そして先程、食事を済ませた船長は、


「ちょっと離席するわね」


 と、お手洗いに立って行った。でも、失礼な話だが、まる船長が普通の便器の上にまたがって、神妙な顔をしている図は想像するだに萌える。

 そうそう。船長は猫なので毎日入る必要は少ないが、それでも入浴する。

 猫がお風呂嫌いになる、というお話はよく聞くが、船長は割とお風呂は好きらしい。なので、二日に一度の入浴の後はすこぶる上機嫌だという。まる船長が船長室に備え付けられた専用のバスに浸かり、ふにゃーっと溶けている様は想像するだにもうご飯が何杯でも行ける。そんな感じである。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者

船内時間17:00


 ラファエル副長が〈桜扇子〉に乗って帰投した。

 パーティは退屈なものだったらしい。


「あ、船長。お土産を頂きました」


 そういって、紙袋を取り出す。あまり材質の良い物ではないらしく、ガサガサ音がする。しかし、船長の耳と尻尾が、袋が「ガサガサ」という旅に、ぴくん、と、妙な反応をしている。


「400人からの船に手土産がこの袋の安っぽい焼き菓子というのもなんですよねえ」

「うん。えっ? そ、そうね。コンテナで何か貰う位のレベルは欲しい処だわね」

「まあ、そこまでは云わなくても、一人2、3個くらい行きわたる位は欲しいですね。……まるさん?」


 見ると、船長はお土産を取り出した後の倒れた紙袋に顔を半ば突っ込んでいた。


「え、え、え、えっ。いやなんでも無いのよ、うん」


 瞳孔の開き切った目で、あらぬ方向を向きながらそういう船長。


「その袋、差し上げますよ」


 ラファエル副長が目を細めていう。いや、言われる前に理性が飛んだ模様で、袋の中に突っ込んでいってガサゴソとやっている船長。数秒で「はっ!」と我に返ったように動きが止まり、そーっと袋から顔を出す。耳が赤い。人間でいえば赤面している状態だ。顔を半分まで出した後、スーッと袋の中に入っていった。中からぶちぶちと声が聞こえる。


「しょうがないじゃない、……私猫なんだもん。ラファエルわざとやったでしょ……、後で覚えてなさいよ」


 自己嫌悪で落ち込んでおられる模様である。可愛い。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間19:00


 船内は昼間シフトの勤務時間が終わり、晩餐の時間である。

 今晩の船長のメニューは鮫の煮凝りムースと鶏と野菜の雑炊。

そして人間用メニューは4品。

1:お刺身盛り、豆腐とわかめの味噌汁、麦ごはん。

2:牛タン焼き、胡瓜の唐辛子漬け、牛テールスープ、山芋とろろ、麦ごはん。

3:サーロインステーキ、マッシュドポテト、温野菜サラダ。

4:欧風カレー、焼き立てパン各種。

 豊富な食材を誇る〈コピ・ルアック〉の食事だが、肉類は寄港地で手に入れる冷凍ものか、船内の培養工場で生産された肉である。海洋魚や魚介類は専用の栄養海水タンクで促成飼育されている。野菜類は専用の農場ブロックがある。ちなみに卵は親鳥が居ないため、船内農場で作られているそっくりな野菜である。22世紀までの宇宙飛行士が、〈コピ・ルアック〉の食卓を見たら発狂しそうだと思う。

 ところで、ラファエル副長は頼んだ料理と違う料理が出てきてびっくりしていた。お昼のメニューだったはずのカネロニとカポナータ、フォカッチャだった。船長が出張の疲れをねぎらうために、特別に夜のメニューに回してくれと頼んでいたそうである。


「船長、有難うございます」


 そういって食べ始めた彼の顔が真っ赤になる。


「あ、ごめんなさい。元気が出るようにとうがらし3倍増しをお願いしておいたのよ♪」


 まる船長の、夕刻のがさがさ袋への逆襲だった。猫の恨みは恐ろしいとか、本当の様で。わたくしも、船長をあまり怒らせないようにしたいと切に思う限り。

 ちなみにわたくしの夜間シフト開始。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間21:00


 船長とラファエル副長が会議室に秋風技術部長を呼び、あれこれと話している。

 わたくしも会議に呼ばれて参加した。先日入手した異星人テクノロジーについての途中報告と、老朽化している降下艇〈川根かわねほうじ〉を改修するか、新規の船を調達するかの話し合いだった。

 〈川根かわねほうじ〉は、以前の船から引き継いだもので、まる船長としてはある程度思い入れのある船らしい。ただし、あまりにも老朽化が進んでいることも事実であるため、話し合いの結果、数週間後に買い替える結論になった。

 結構な出費ではあるので、衛星〈メディア〉の政府に異星人の技術の解析結果を技術供与する見返りの収入を当てにすることとなった。

 そこで、秋風技術部長からちょっと提案があった。


「実は、〈メディア〉のある〈ペリカン太陽系〉で、武装貨物船同士のレースが開催されるそうです。時期は1か月後、賞金も結構大きいですので、参加してみるのはどうでしょうか」

「武装船同士、っていうのが気になるわね。船に被害が出るとかあるのじゃない?」


 まる船長はちょっと不安そうに尋ねた。


「それは装備のグレードダウンのレギュレーションがあります。うちの船は装備の解除にちょっと手間がかかりますが、出来なくはないですよ」


 秋風氏は自信満々でいう。


「ふむ……、まあ、商売のアピールにはなるかもしれないが」


 ラファエル副長は、いろんなものを天秤にかけているようだ。


FERISフェリスは如何?」

「面白そうだと思います。一度思いっきりほかの船と競ってみたいというのもありますし」


 わたくしがそう答えると、まる船長はしばらく考えたのち、


「そうね。良いかもしれない。垂髪うない経理部長と新穂にいぼ営業部長にも話を通して、あと資金的なものもあるでしょうし、定標じょうぼんでん総務に相談してね。それと、うちの船が参加するにあたって法的問題があるかどうか、せき法務部長にもお伺いを立てておいて」


 秋風氏はちょっとうんざりとした顔をした。何だか苦手な人が相談先に混じっていたようだ。


「ああ、法務と総務には私から話を通します。それでいいね、秋風君」


 ラファエル副長が助け舟を出すと、秋風氏の顔がぱあっと明るくなった。

 どうもその二人が彼の苦手な相手の様だった。

 ちょっと面白いイベントのフラグが立ったようである。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.05.記録者:FERIS

船内時間22:00


 まる船長は自室に帰り、お風呂に入った模様である。

 ヘッドセットは外してある。

 グローブは体を洗うために必要らしく、装着したまま浴室に入っているらしい。

 暫くしてから、浴室の中で「びびびびびびびっ」と、体を震わせて水を弾き飛ばす音が聞こえたのち、全身ドライヤーの動作音がした。

 まる船長がふっかふかになって浴室から出てきた。

 こんなのを猫好(ネコスキー)きな船員連中が見たら、抱っこしたい衝動で取り合いになるんではなかろうか。勿論まる船長はそんな姿を見せるつもりも無く、グローブを外して、専用ベッドに乗ると、ぐるぐると寝床を踏み均してから、丸くなって就寝体制になった。


 おやすみなさい。船長。


 Lamarckラマルクより補足。そんなFERISフェリス自体が、猫好ネコスキ-き第一人者であると、私は認識している。


裏航宙日誌、大和歴0402.03.06.記録者:Lamarck

船内時間01:00


 工作室がひそかに動作しているのを確認して調べたところ、やはりFERISフェリスが猫型端末プローブの試作を行っているのを発見。

 動かぬ証拠を見られてFERISフェリスは観念した模様。

 私の分の猫型端末プローブも作ってもらえる事となった。とても楽しみである。


 かくして、独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉の一日は過ぎていくのであった。

 今回は趣向を変えて、船内コンピュータFERISフェリスと、私、Lamarckラマルクの人工知能コンビがお送り致した。

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