第3話「宙賊さんはタイミングが悪いです!」
起きたらヘッドセットが無くなっていた。
生身では人の言葉が喋れない、聞き取りも正確には出来ない猫のまるにとって、特製のヘッドセットと操作用のマニピュレーション・グローブは船長をやる上で必要不可欠なものだ。
部屋のあちこちを探したが無い。寝るときには確か……。あれ、寝るときにはもうつけていなかった気がする。昨日は特に眠くて、いつ寝たかも定かではない感じだったし、よく覚えていない。いつもはデスクの上に置いて寝るのだけれど。
まあいいわ、とりあえずスペアを出しましょう。と、スペアを入れてあるデスクの大きい引き出しをあけて……やはり無い。
<あ、あれ?何でスペアまで無いの?>
バタバタとしている内に、もうすぐ船内巡回の時間が来る。どうしようかな。
とりあえず、ラファエルに船内メッセージで事態を伝えておくことにした。巡回は姿だけ見せてさっさと終わらせちゃおう。雨垂れ打ちでつたない連絡をラファエルに入れ、眠い目をこすりつつ、船内の巡回に出た。
船内の反応は普段とあまり変わらなかった。中には、船長がいつも身に着けているヘッドセットを外していることに気が付く者もいたが、だからと言って別段気にするものもなかった。船長も、たまには気分を変えてみたいんだろうな、程度の認識だった。当のまるはそれどころではなく、なんというか、服の下に下着を着けずに外出しているような、妙なむず痒さと、居心地の悪さを感じていた。出来たらヘッドセットの事を知らないか、話を聞いてまわりたい衝動が有った。
§
ラファエルは、端末にメッセージの着信サインがついているのを見て、メッセージを開いた。
『from:maru_mikenyan@kopi_luwak.ist
to:raffaele_cinquanta@kopi_luwak.ist
ヘッドセットがスペアも含めて見つからない、探しておいて。私は船内巡回に出る。朝食会議はパス』
(ちなみに.istはInter Space Traderの略。星間交易・貨物船専用ドメインである。)
そっけない内容の船長からのメッセージを見たラファエル副長は、そこから、まるのいつにない危機感を感じ取っていた。
「まるさん……以前もヘッドセットをなくした時は慌ててましたね」
とにかく、私も打てる手を考えて行動しましょう。そう決めると、主要スタッフへ、朝食会議がキャンセルになった旨の連絡と、まる船長のヘッドセットについて知らないかをそれとなく聞いてみることにした。
§
「
さて、前回の話でまるに
追跡調査で斥候艇を落としたのが〈コピ・ルアック〉であると知った〈
〈コピ・ルアック〉の様な「独立武装貨物航宙船」は、その名の通り「独立船」であり、国家に属さず、通商圏に直属する船だ。逆に言えば船自体が国家ともいえる。そのため、自衛であればある程度自由に攻撃を行使できる。ただ、そこには穴が有った。
「賊長、奴らが宣戦布告先を調べられない今がチャンスだと思いますぜ」
難しい顔をして固まっているイライジャに、側近のヒューゴー・フィッシャーがちょっと金属っぽい響きのある合成音声で話しかけてきた。イライジャに長いこと仕えてきた女房役だ。奴は戦闘中の負傷で体の7割が機械なのだが、合成音声なんて、それこそ千変万化、自在な声が出るはずなのに、何故か変なエフェクトのかかってる声を選んでいる。見た目も頑強であっても普通の人間っぽいのが選べるのに、わざわざ装甲版みたいなのにしてるし。これが格好いいとか思ってるんだろうか……。
「宣戦布告、か」
独立船が自衛以上の戦闘行動を行う場合は、略式でも宣戦布告が必要となる。つまり、不意打ちを受けてしまった場合は、自衛以上の行動がとれない。それは侵略行為となる。そこに宙賊のつけ入る隙は有った。
「仕掛けるしかないか……しかし、あのうんコーヒーの奴は、自衛と云っても火力は洒落にならないからな……」
「うんコーヒー」とは、〈コピ・ルアック〉がよく云われる
「その件ですが、賊長、俺に考えがあるんですが」
フィッシャーはにやりと笑いながら続けた。
「なんだ?」
「うまくすれば、奴を亀の子みたいに手も足も出ない状態にできると思いますぜ」
「ほほぅ、話しを聞こうじゃないか」
「なに、昔賊長と一緒にヤンチャをしてた頃に使っていた古い手ですわ……」
男たちは悪巧みの話を始めた。
§
<この船内が、こんなに広いなんて、感じたことはなかったな>
ちょっと途方に暮れる感じで、まるはひとりごちた。
ヘッドセットのスペアは船内に全部で6つ。通常型、通常型のスペア2つ、簡易型、耳に収納できる超小型、前回の事件で使った旧式。どれも置き場所は決まっているから、探しに出てみたはいいものの、所定の置き場所にはどれもなかった。
<んもう……前回ヘッドセットで苦労したから、今後はそういうことが無くなる様にって思ってたのに……>
そのために、全端末にネットワーク連携機能を付加するためと、なおかつ調子を見るために、技術部の秋風君に頼んだのに、秋風君に渡す前に紛失していたら、洒落にもならない。というか、今回のはどう考えても紛失じゃない。盗難だ。でも、スペアの置き場所は基本、私しか知らない筈なのに、なんで綺麗に無くなったんだろ?
<可能性を列挙して見ようか……。
1:私が集めて何処かに置いたけど忘れた。
2:秋風君が集めて補修に持って行った。
3:誰かが私をプロファイリングして盗んだ。
……ああああああ、ダメだわ。どれもあり得ない。
1:って、私は健忘症じゃないわっ。いや、時々寝ぼけることはあるけど……ううん、違うと思う。
2:は秋風君は置き場を知らないはず。
3:は、うちの船に泥棒かスパイが乗り込んでる可能性なんてちょっと考えつかない。ここ最近でうちの船内に来た部外者と云えば、神楽さんとその部下くらい……。うちに神楽さんが来ることを見越して潜入しておいて、尚且つそれから潜伏して、プロファイリングして盗み出し……ないない>
他の可能性もあれこれ考えては見たものの、いまいちパッとしない。
<とにかく、探して無いエリアに行くしかないかなぁ。後部亜光速エンジンハブとか、ワープモジュールとか。面倒臭いのよねえ、高エネルギーブロックって防護服着なきゃいけないし>
まるは不満を漏らしつつ、まだ探していない船尾方向に向かうエレベーターシャフトに向かった。
§
ラファエルはあっさりと、まるのヘッドセットの行方を突き止めていた。技術部の秋風がバージョンアップの為に全部預かっているらしい。ただ、スペアの位置などは副長のラファエルすら知らないので、どうやって回収したのか不思議に思った。
「だって、船長にヘッドセットの改修をお願いされた日の夜に、船長室に状態を聞きに行ったら、手持ちのを渡してくれて、残りがどこにあるかもざっと指示されましたよ?でもまさか普段使われている物まで全部だとは思ってませんでした」
と、こともなげに言う。あれ?船長は無くなったって云っていたけど……。
「取り敢えず、無くなったのじゃなくてよかった。で、今どこにある?」
「ヘッドセットですか?今全部オーバーホール中です。お昼には仕上がる予定ですが」
となると、そこまでまるはヘッドセット無しか。
「わかった。なるべく早く仕上げてくれ。船長がヘッドセット無しでは困る」
「そうですね。出来るだけ巻いて作業します」
「頼みましたよ」
しかし、まるはなぜ「無くした」なんて言っているんだろう……。と、ラファエルは以前にもこういうことが有ったような記憶が有った。確か、夜中に執務室に行ってお願いした時だったような。
ラファエルが記憶を探っていたその時だった。「どぅん!」という大きな衝撃と共に、船内灯が急激に赤色の明滅に変わり、けたたましい警報が鳴った。
「緊急警報、緊急警報。本船は攻撃を受けています。周辺に多数の異次元干渉あり。ブリッジ要員、並びに戦闘要員は直ちに持ち場についてください」
ラファエルはコンソールからブリッジに通信を送った。
「どうした! 何が起きた?」
「何らかのワープビームで攻撃されています!敵の位置は不明!」
ドーラ・ボーテ砲術長が叫ぶ。ブリッジに居たのは本来平常時だったため一般航宙要員であり、一等航宙士である太田と、通信士の二人が当たっていたのだが、既に砲術班長のボーテが到着し、現状の把握を試みていた。
ワープビームとは、途中経路をすっ飛ばして飛んでくる粒子ビーム攻撃で、基本的には防御不能攻撃の一つだ。だが、いくつかの実現方法はあるものの、敵に事前に察知されずに行う方法はほぼ皆無だ。
「被害は?」
「敵の攻撃力が小さいため軽微です。ですが、いつ次の攻撃が、どこから飛んでくるか皆目見当もつかないので、こちらには打つ手が有りません」
ラファエルはすぐに指示を返した。
「戦闘用フォースフィールドを展開しろ」
だが、太田は渋い顔をする。
「あれは、船長がいないと……」
そうなのだ。武装船〈コピ・ルアック〉には、強力無比な戦闘用フォースフィールドが搭載されている。だが、非常事態としてまるからラファエル副長に権限が移譲されていない限りは、戦闘状態への移行が出来ないのだ。
そうなると、通常時のフォースフィールドで対処することになるのだが、通常のフォースフィールドでは光線、所謂レーザー兵器や、速度の遅い物の衝突は弾くことはできるが、一定以上の速度を持つ有体弾や粒子ビームは防ぎきれずにダメージを受けてしまう。全長1㎞を超す〈コピ・ルアック〉の欠点、それは非戦闘時の無防備さにあった。
とにかく、非戦闘時の敵からの攻撃への対処は、基本的にはワープシェルに逃げ込むしかない。ただ、ワープシェルは通常空間からの通常攻撃を避けられるが、光が見えるのと同じ理屈でレーザー兵器には逆に無力になる。
「取り敢えず敵の探知を全力で行ってくれ。最悪の場合、ワープシェルを展開して敵の攻撃を回避するしかない」
ラファエルの指示に、奥歯を噛みしめながら通信士が応える。
「了解、全力で索敵に当たります」
§
グローブなしで何とか防護服を身につけたまるは、突然やってきた「どぅん!」という衝撃で、無様に床に大の字に転がってしまった。防護服が無ければ軽々いなせた衝撃だったが、これを着ていると何とも体の自由がきかない。倒れた姿と来たらセクシーもくそもない、猫の開き状態だ。
<あうっ!>
見ると赤色灯が付き、アナウンスが流れている。アナウンスはヘッドセットのアシストが無いので概略しか分からないが、どうやら敵からの攻撃だと話している。
<こんな時に敵? どこから? どんな敵?>
船長としての意識がもたげてくる。
だが、今は
<ええと、どうやって脱ぐんだっけ。先ずヘルメットを外して……あれ?脱げな……い!>
転げた拍子でヘルメットの留め金をぶつけて曲げてしまったらしい。せいぜい放射線防御の働きしかない防御服、宇宙服と違って割と衝撃には脆弱の様だ。グローブが有れば引きはがせるのだが、今の肉球と爪では全然脱げそうにない。何とか脱ごうと防護服用のエアロックを後ずさりででウロウロしてみたが、ヘルメットを引っ掛けられるような隙間もない。そのうち防護服で擦れてお尻が痒くなってくる。周りを見回して、誰に見られるカメラなどもないのを確認してから、お尻をぺたんとちょっと凸凹した床に下して、前足で前に進んでズリズリ歩きをしてみた。余計防護服が張り付いてうきーっとなる。
ここまでやって、やっと我に返った。
<ああああああ、パニクって普通の猫みたいな真似しちゃったわ>
ちょっと冷静になってどうするか考えてみる。
一番単純なのは、船員のいる場所に行って、意思疎通を試みることだ。非常事態だから、もう体面とか言ってられない。ええと、船尾ブロックで人が詰めているのは……やっぱりエンジン管制室か。ここからだとリフトに乗れば直行できるのね。
お尻が痒いのはちょっと我慢しつつ、まるはエンジン管制室に向かった。
§
「成功のようです。敵はこちらの位置を把握できていませんぜ」
ヒューゴーは自分の作戦が当たって、ちょっと有頂天になりながら報告した。金属ノイズっぽい音声がギンギンと耳障りである。
〈
「何だか聞いていたよりも全然弱いじゃねえか。よーしっ、うんコーヒーの奴は今、手も足も出ない、ワープシェルに逃げ込まれる前に周辺に無人船を奴の周辺にワープさせろ」
この世界のワープは、「ワープシェル」という特殊な空間を展開して、亜空間に宇宙船を周囲の空間ごと浮かばせ、無慣性・無制限加速駆動を可能にすることで行われる。ワープシェルの中は通常空間だが、ワープシェル自体は亜空間にあるため、中の物体には通常攻撃は光線兵器以外使えないので、ほぼ無敵の防御にも利用可能だが、近隣ですでにワープシェルに入っている船が存在すると発動できない。だから、ワープシェルを展開させないためには、近隣にワープして、ワープアウトせずにワープシェルに入っていれば良い。
「しかし、うまい事を考えたな。確かのこの方法なら追跡できないワープ攻撃に見える」
ワープシェルに物体を入れて、亜空間上のワープシェルの場所に、内部から次元搬送波で動かすことで、物理的な限界を超えて、光速を超えて物体を動かすことができる。これがワープ航法だ。問題は、亜空間上のワープシェルを動かすのに使う次元搬送波は外部から探知可能だということだ。探知されずに動かす方法は現時点では存在しない。それではと、ワープシェルの中で加速しても、それは実空間から切り離された移動にしかならず、ワープシェルは動かない。
ただし、例外が有った。
ワープシェル内からの光は外に出ないが、外側からの光は通るのだ。それにより、内側からは外側が見える。つまり、唯一通常空間から干渉できる方法は「光」なのだ。ワープシェル内でも光圧は受けるのである。そして、ワープシェルの中でエネルギーセイルを開いて、外部からのビームで「押して」航行すると、内側からの力ではなく、外からの押す力なので、押された内部の物体に引きずられるようにワープシェルも動く。これを利用すると、ワープ航法無しでの移動が可能になるのだ。ビーム爆雷をこの方法で送り、通常空間にワープアウトと同時に起動すると、突然現れてビーム攻撃をしてきたように見える。
欠点としては、ビームを送り続けないとワープシェルが動かないため、レーザー光を発見されてしまうとこちらの一がモロバレになってしまう事だった。
「大丈夫、先ずどんな方法で移動させているか分からない限り、レーザーの探知は思いもつかない筈ですし」
にやにや笑いながらヒューゴーが応える。
「うむ」
イライジャも手ごたえを感じて、にやりと笑っていた。
§
まるはエンジン管制室の当直に要件を伝えようとしていたが、なかなかうまくいっているとは言い難かった。
「もー、船長。邪魔しないで下さいよぅ。さっきからニャーニャーニャーニャーと。あ、だからキーボードの前に立たないで。仕事の邪魔ですってば。あーほらほら、勝手にキーに触らないでください」
<うっきいいいいいいいい。そこらの普通の猫扱いしないでよ。こっちは急いでいるんだからっ!早く要件伝えなきゃいけないのにいいいいっ>
エンジン管制室の当直船員は技術部所属の加藤だった。船長がなぜか言葉を喋ってない、とかはロクに考えず、ひたすら猫に仕事の邪魔をされたということに憤慨しているらしい。勿論そういう扱いをされたまるも切れかけである。おかげで冷静な判断力を失っている。
「ふぁあああああああああああああ!」
猫特有の威嚇(いかく)をしてしまった。
「船長ーーーー、何怒ってるんですか。もう、敵が攻めてきているんですから、船長もブリッジに向かわれた方がいいですよ。私は部長に連絡取って指示仰がなきゃいけないんですからっ」
加藤もとうとう切れて、まるは防護服の首根っこを掴んで、コンソールの前から引きずりおろされてしまった。ただ、首筋を掴まれたのが功を奏して、変な風に引っかかっていた防護服のヘルメットの留め金が「パチン」と外れた。ヘルメットがスポッと抜けたので、彼女は大急ぎで防護服を脱ぎ、近くのコンソールの上にまたがる。
「もおおおおお、船長ってば、勘弁してください」
そういわれるのもお構いなしに、四肢を使ってキーボードを打ち、コンソールを開いて短い文章を書いた。僅か2文字。
「;x」
加藤は慌てた。なんでこんな悪戯するんだろう、もうただの猫じゃん。
「もおお、ほら変な文字入っちゃったでしょ」
まるはじっと加藤の目を凝視して、それから首を左右に振った。
「……え?」
まるの真摯な態度に、加藤はっと我に返った。そうだ、この猫って、この間を指揮してる俺たちの船長なんだった。どう見ても普通の猫みたいな態度だからって、つい忘れてた。
「あにゃあおうえあん、なうあうあん」
「……船長、何で喋らないんです? えっと、いつも頭に付けてるインカムみたいなのは?」
「あにゃおやなう、にゃうにゃうあうにゃんあうおううううう」
「セミコロンが目、とすると、くちがx。ばってん。船長、いま喋れない?」
激しく
「わかりました、じゃ要件をキーボードにどうぞ」
<やあああっとつたわったあああああああああああああああああああ>
まるは半泣きになりそうなのをぐっとこらえて、要件を雨だれ打ちでキーボードから書き始めた。
§
ラファエルはぐっと爪を噛んだ。戦局は思わしくない。強力とは言えないながらも、無視できない火力の敵の攻撃が、散発的に続いている。こんな時に船長はどこに迷い込んでるんだか…。
「副長!エンジン管制室の加藤から連絡です」
こんな時にエンジンの不調?もしそれなら本気で泣きっ面に蜂だ。
「なんだ?悪い知らせか?」
「船長がいるそうです。何だか、喋れないそうで」
「そうか船長か、エンジンの事は技術部長に。……えっ、船長?!」
「船長が喋れないから、簡潔に用件だけ。と」
船長が見つかった。ラファエルは一瞬だけ安堵の表情になり、それから顔を引き締めた。
「わかった、要件は?」
「じゃ読み上げます。
『戦況は聞いた。敵はおそらくワープシェルを光学帆船で運用。レーザーを
だそうです」
「チャフとか古風な……ボーテ砲術長、資材部に連絡して、ミラーコーティングプログラムをダウンロードしたナノマシンをランチャーで打ち出せ」
それから、ラファエルは技術部に連絡を入れる。
「あ、技術部か? 秋風君はいる? ちょっと呼んでくれ」
秋風はすぐに通話に返事をした。
「副長、例のヘッドセットですよね?」
「ああ、秋風君。あとどれくらいの感じですか?」
「応急措置ですが、一つだけ出来ました。誰かラボに来ていただけるといいのですが」
ラボは、エンジン管制室からそう遠くない。
「わかった、向かわせる」
ラファエルはエンジン管制室に通信をつないだ。
「副長のラファエルだ、船長への伝言がある。伝えてほしい」
§
〈コピ・ルアック〉の周辺がキラキラとしたもやで覆われ、レーダー上の影がぶれて表示された。
「まずい、敵はチャフを散布した。レーザーの軌跡がばれるぞ」
賊長イライジャは敵の変化に気が付いて指令を出そうとした。
「手遅れです、敵の
「緊急ワープだ!」
「ダメです、こちらが〈コピ・ルアック〉に仕掛けたのと同じ攻撃を返されています!ワープシェルが展開できません!」
「亜光速ドライブで逃げろ!次元転移砲を撃たれたらひとたまりもない」
§
一方、〈コピ・ルアック〉のブリッジ。
「敵が逃走態勢に入っています。亜光速ドライブで逃走中」
操舵士の城嶋弘樹が冷静な声で伝える。
「逃がすな」
「敵追尾中、こちらも亜光速航行に入ります」
と城嶋。
「戦闘モードにならないと、とにかく攻撃が出来ません、船長はまだですか?」
ボーテの少し悔しそうな訴え。
「分かっている、もう少しの辛抱だ。距離を詰めよう。周囲のワープシェルはクリアか?」
「敵の妨害は振り切りました。問題ありません」
「ワープドライブ準備、敵の逃走先1光分に短距離ワープ」
「短距離ワープ座標セット、目標座標の物体クリア。ワープします」
§
まるは船内を疾走していた。
<最近よく走ってる気がするわぁ>
ラボに行く道は結構曲がりくねっていてややこしかったが、直通のリフトも無く、こうやって走っていくのが一番早い。
現状の報告を聞いてすぐに敵の戦法にピーンと来たのは、他でもない、半世紀以上も前に同じ戦法に翻弄された経験が有ったからだ。技術革新されても同じ手を使ってくるやつはいるのねえ…。にしても、何で秋風くんがヘッドセット全部持って行ってるのよっ!私が渡した? 覚えてないんだけどなぁ……。
いろんな考えがまるの頭でぐるぐるしていた。
ラボのドアを開けて、技術部の秋風が待っていた。
「船長!ヘッドセット!」
<よしきたっ!>
受け取って、ヘッドセットからグローブを引っ張り出して装着。ヘッドセットは耳の下から首の後ろを通してセット、インカムとゴーグルを引っ張り出して装着完了っ。
ゼスチャーモーションで船内ネットワークにつないで、すぐに音声回線をオンラインにする。
「こちら船長、お待たせしてごめん。戦況はどうなってる?」
まるのオンラインでの声に、すぐに反応したのは副長だった。
『おかえりなさい。待ちくたびれたので、先にパーティーを始めてますよ』
ラファエルの皮肉たっぷりの返答。
「了解、すぐそちらに向かうわ、船体を戦闘モードに移行。戦闘用フォースフィールド展開、武器の使用を許可したわ」
ブリッジからの通信に、ボーテの泣き声にも聞こえる歓喜の叫びが入ってきた。そして、〈コピ・ルアック〉は黒褐色の戦闘用フォースフィールドに包まれ、重核子砲を覆うゲートが解放された。
『船内通信チャンネルと映像チャンネルはオンにしておいてください。戦闘は現在進行中ですから』
ラファエルからの注文に、まるは走り出しながら答えた。
「わかってる!」
釈迦に説法というものだろう。
§
亜光速で逃げる先に、突然、黒褐色の〈コピ・ルアック〉がワープアウトしたので、〈キングハウンド〉の船内はパニック状態だった。
「敵船から連絡!」
ぎりぎりと歯ぎしりをするイライジャに連絡が来た。
「通信回線開いてモニタに出せ」
『こちらは独立武装貨物航宙船〈コピ・ルアック〉、船長のラファエル・チンクアンタだ。貴船からの攻撃を受けたため、自衛行為として貴船をこちらの重核子砲でロックオンしている。大人しく投降しなさい』
「うぬぬぬ……。こちら〈白浜九州連邦〉所属輸送船〈キングハウンド〉。船長のイライジャ・
イライジャはすぐに後ろを振り返り、指令を伝える。
「緊急減速!」
「は、し、しかし……」
「火力差が違い過ぎる、戦えねえ……」
「……了解」
『ちょっと待って。
イライジャは〈コピ・ルアック〉からの通信に割り込んできた女性の声には聞き覚えは無かったが、「躑躅森のガキ」という呼び名には身に覚えが有った。
「……げ、まる姐……か?」
『あんたに姐さん呼ばわりされるような覚えはないけどさあ。じゃこれはヒューゴーの小僧が考えた作戦か。なるほどねえ、覚えがあるわけだわ』
「うわ、出た化けね」
言いかけたヒューゴーの言葉をまるはすかさず遮る。
『化け猫とかいうんじゃないでしょね。失礼だわー。心外だわー』
『船長? お知り合いですか?』
ラファエルが尋ねる。
「船長? じゃうんコーヒーって、まる姐の船だったのかよ」
『あ』
ラファエルもやらかした。
『んもう……まあいいわ。そうそう、私が本当の船長のまる。ラファエルは副長。で、こいつらは私の古い馴染みでね。20歳そこそこのガキの時に宙賊の真似していきがってたから、ちょっと〆てやったことあるの』
「ガキはよしてくれ。部下に示しがつかん」
『うるさい。まさかねえ、結局、ロクでもないごろつきになっちゃってるとは。とにかく停船して。お灸饐えてやる必要があるわ』
イライジャとヒューゴーは頭を抱えた。野良犬が虎に噛みついたようなもんだ。相手が悪い。悪すぎる。
『あら、そういえば、私まだ朝ご飯食べてなかったわ。こっちに来て一緒に食べない?』
まるの意地悪そうな合成音声と、にゃあという肉声が同時に響いた。
§
「……で、結局は書類送検だけですか」
ラファエルはちょっとため息をついた。船体の損傷で結構な赤字が出たのに。宙賊と一緒に朝食なんて言うのもろくでもない体験だった。まるは楽しんでいたようだけど。
当のまるは食後のマタタビ茶をすすりつつ、朝食の余韻を楽しんでいるようだった。
「今回の損傷分の弁償はもちろん、ローンでもなんでも組んで、奴らに出させるわよ。ただねえ、昔ちょっとだけ面倒見てやったことある子たちでね。んー、悪い子といえば悪い子なんだけど……なんというか、根っからのごろつきだけど」
「心底悪人じゃないですか」
「そうなんだけど……それでも、ちょっと憎めないところが有ってね。……ラファエルと会うちょっと前、私が船長の修行やってた頃の話なんだけど」
「私と知り合うまでは、結構荒っぽい方面と付き合いが有ったようですね、って、60年以上前の知り合いですか」
「ん。猫だからって、舐められたくなくて」
ぺろぺろと毛繕いしているのは、照れ隠しである。
「いいですけど。それより」
ずいっとまるの方に顔を近づける。
「ヘッドセットが無くなったって騒いだ件ですけど」
「あー、えー、えーと。寝ぼけ…てた?」
だっていまだに記憶が無いんだもん。と、まるは口の中でブチブチと云っていたが、ヘッドセットを付けていると、こういうのはダダ漏れである。
「チェックしました。最近睡眠時間が極端に短くなっていたようですね。一週間ほど一日平均4時間。人間と同じじゃないんだから、もう少しちゃんと寝てください」
「ううう」
そうなのだ。猫であるまるは、成獣でも18時間の睡眠を欲する。そこをいつもは薬で調整して、船長の任務がこなせる半分の9時間程度に抑えているのだ。ところが神楽さんの件とかで、最近妙に睡眠時間が減っていた。一日平均4時間とか、人間でも寝不足になりそうだ。おかげで、酷い寝ぼけ、いわゆる夢遊病の状態になっているところに、秋風君がやってきて、本人はほぼ寝ている状態で応対し、ヘッドセットを全部渡してしまったらしい。
「とにかく、生活医療部長の
「ふにゃあ・・・」
今はむしろ、副長のお小言と、苦手な医者の薬研氏から逃げるために、ヘッドセットが無くなってほしいまるだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます