41話『包囲』
「……どこへ逃げる気だ?」
波しぶきを立て水面を走る船を操りながら、矢島は不審げに呟いた。
遠くに見える遠堂の乗る貨物船は、すでに積み荷が落とされ身軽になった分速度が出ており、油断すれば引き離されてしまいそうになる。
徐々に川幅も広くなり、遥か遠くの貨物船はさらにスピードを上げている。
矢島達の乗っている小舟とは、根本的に馬力が違うので引きされていく一方だ。
「あいつの本拠地の中央銀行に逃げる思っててんけど……どうやら違うらしいやん」
楓瞳子も同じように疑問を感じているらしい。
「中央銀行なんていう分かり易いところに行ってくれれば、楽勝なんだけどねぇ」
「そういえば、笠持はちゃんと中央銀行を調べているのか?」
「えぇ、捜査本部みんなでがさ入れ中よ。あの人たちが動かぬ証拠を持ち帰ってくれれば、遠堂を一生牢獄に閉じ込めておけるくらいの罪状は並べられそうなんだけど……」
雨宮は、途中で言葉を切って矢島を見る。
「どうした?」
「……何でもないわよ」
雨宮の冷ややかな視線が突き刺さるが、何を言いたいのか分からない矢島はただただ困惑した。例えようのない気まずさに、目線をそらして楓瞳子に話題を振る。
「楓さんの部下……置いてきちまったが大丈夫か?」
「ん? あぁ、そんなことか。心配せんでも大丈夫やで、あの子らは自分らでなんとか出来るやろ」
「それならよかった」
その目はまっすぐに遠堂の乗る貨物船へと向いていた。この様子だと、部下を殺されたことで我を忘れて突撃するなんて心配はいらなさそうだ。そんな楓瞳子は、システムの調子を確認しながら隣に座る雨宮に訊ねる。
「中央銀行が無いとしたら……特時のあんたは、あいつがどこに行くか検討がつかへんのか?」
「そうですね……こっちの方面は、パッと思いつくのは遠堂の……じゃなくて宮内の小さな事務所でしょうか?」
「そうか! 確かにこの川沿いに、宮内の事務所があったな」
位置関係的には、特時のビルから北上した場所にある跳ね橋から、川を南下して事務所に面する川の流れる市街地に戻ってきた計算である。
「だが、遠堂が宮内の事務所に今更用なんてあるか?」
「そんなこと聞かれたってわからないわよ」
雨宮は首を横に振る。事務所にあるものといえば、試製050くらいしか思い当たらない。しかしアレはもう切り札に出来るようなシステムではない。
矢島は遠堂の次の手を推理する。
すると楓瞳子が声を上げた。
「あっ、遠堂の乗っとる貨物船が岸に止まってるやん!」
声に釣られて目線を前方に向けると、楓瞳子の言うとおり貨物船が停泊している。
「やっぱり宮内の事務所だったわね!!」
「刑事さん! はよ岸につけてくれ!」
楓瞳子と雨宮は、同時に叫ぶ。
矢島が小舟を岸に寄せると、二人とも停泊を待たずに陸に飛び降りた。
「お、おい! ちょっと待てっ!」
矢島も、しっかり停泊することなんて考慮しておらず、ほとんど船を投げ出すようにして彼女らの後に続く。
「そろそろ大人しく殺されたらどうや!?」
楓瞳子が唐突に叫んだ。雨宮も腰から抜いた拳銃を前方に向ける。
そこに、遠堂が立っていた。
川岸に――偶然にも矢島が気絶していたあの場所で――矢島達は遠堂を取り囲むように陣取った。彼の背後には背の高い土手しかない。もう絶対に逃がさない。
「……貴様らには、さてどれほどの時間が残っているのだろうか」
ふいに、遠堂が言う。三対一で囲まれた状態であるにも関わらず、彼の堂々とした態度がにじみ出る話し方だった。
「尻尾巻いて逃げたくせに、今更偉そうに言ってんじゃねよ。それこそ時間の無駄だろうが」
矢島はストップウォッチのシステムに手を伸ばし、作動させようとする。
しかし遠堂は、敵意をむき出しにする矢島を無視する。
「世の中を生きるのに一番大切なのは、いかに時間を上手く扱うかじゃ。そしてそれは、システムを使った戦いにも適用されおる」
そう語る遠堂が取り出したのは、三本のガラスケースだった。
「アレはタイマーや! 三本あるってゆうことは、約四百五十年分……」
「事件の被害者たちから奪ったタイマーか!?」
矢島はそう確信する。アレだけのタイマーを集めるのに、どれだけの人間が犠牲になったのだろうか。
「それをどうするつもり!?」
雨宮の問いに、遠堂は答える。
「システムの戦いとは、それすなわち寿命との戦いじゃ。タイマーが無ければシステムを使えない。使ったところで自滅するだけであろう? ワシは十分な時間の余裕があるのだが、まともに準備も出来てぬお主らは、
「……っ!」
だとしたら、遠堂は尻尾を巻いて逃げたのではなく、自分が有利なフィールドに持ち込むための陽動をしていたことになる。宮内の事務所のどこかにタイマーを置いていたのだろう。まんまと騙されてここまで着いてきてしまったわけだ。
だが。
「……なんて思ってるのか?」
矢島は余裕を見せる遠堂に対して、邪悪な笑みを浮かべて切り返す。
そして遠堂が訝しげな表情をした直後、矢島は問答無用でシステムを起動。
タイマー入のガラスケースを持つ腕に、一気に詰め寄って取り押さえようとする。
その新たなタイマーさえ無ければ形勢は矢島たちに優位のままだ。
しかし、流石の反応速度で矢島の拘束を回避する遠堂。腕を無理なく後ろに引いて、掴みかかる矢島を体を捻って距離を取る。
「タイマーの事に関する反応速度は一流だな。もはや執念すら感じる」
それこそ矢島の狙いである。矢島の意図をすぐさま察知したのは雨宮だった。
バンッ!!
無言の発砲。
無理な体勢で矢島を回避していた遠堂は、その実弾に反応できない。
雨宮の放った弾丸は、一直線にタイマーの入ったガラスケースを粉々に粉砕し、中身を地面にぶちまけた。
「タイマーの悪用は、私たち特時が許しません」
特時で鍛えた射撃技術の精度は、矢島を感心させた。彼女は再び拳銃を構えて警告をやめない。
「あーあ、ウチの報酬が無くなってしもうたやんけ!」
楓瞳子は言葉では残念そうだが、表情は良くやったという表情をする。その手は既にシステムにかかっている。
「……ッ!! おのれ小娘、よくもタイマーを無駄にしてくれおったな!!」
遠堂は、激怒した。何よりも大切なタイマーを、目の前で壊された怒りが、彼の中で爆発する。ひと蹴りで、遠堂は雨宮の眼前に迫る。彼女を亡き者にしようと高速の左腕が振るわれる。
しかし遠堂の拳が雨宮を捉える直前に、彼の背後から殺意の篭った声がした。
「そのタイマーへの執着が命取りや」
心臓も凍てつくような声音で睨んだ楓瞳子は、遠堂を背中から一蹴。
加速していた遠堂を、無理やり地面に引きずり倒す。
「楓さん!! そのまま抑えててくれ! ソイツは俺が殺す!!」
押さえ込まれて苦虫を噛み潰したような顔をする遠堂に、矢島は殺意をむき出しにして拳を握り締めた。この一撃で、矢島悠介の復讐劇は終わりを迎える。
「死んでも詫びろクソッタレ」
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