40話『集合』
遠堂の緩急をつけた攻勢に、矢島達は翻弄されていた。
黒服達が懸命に狙いを定めた銃撃も、システムによって動体視力と身体能力を無理やり高めている遠堂には届かない。
そして既に黒服一人が殺されていた。
「貴様らの使っておる鉄壁のシステムだが……やはり使える時間に限りがあるのだな。よくて一回十四秒と、クールタイム三秒といったところか」
片腕を失っている遠堂だが、ストップウォッチのシステムについて感心したように解説する。
「(楓さん。完全にバレているらしいぞ!)」
図星だった。
クールタイムはたった三秒。それだけ待てば、鉄壁を誇るシステムを使える。だが相手は目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出す遠堂。片腕を失ってるとはいえ、その三秒が長い。
斯く言う矢島も、既に複数回のクールタイムを全身全霊を掛けて回避することにしていた。
楓瞳子が小声で叫ぶ。
「(やけど遠堂は今一人や! このままクールタイムをずらして、波状攻撃仕掛ければなんとかなるはずや!)」
彼女がいうように、現在二人ひと組でペアを組んで、クールタイム中の人間に遠堂の目を向けさせないように突貫していた。
今は黒服二人が遠堂と対峙している。
矢島は周囲を見た。
激戦を避けるように、一般人たちが橋から離れたところで野次馬になっている。
彼らは安全なところから見物しているつもりだろうが、流れ弾が普通に届く距離である。
スマホを向けて動画を撮っている者や、遠堂の姿を見て中央銀行の総裁だと気づいた者もいるだろう。
しかし、矢島は彼らに構うきなどさらさらなかった。
「刑事さん! そろそろ次行くで!」
隣の楓瞳子が、矢島に合図する。それと同時に、システムを起動。遠堂から飛び退き離れる黒服と交代して、前線に出る。
その様子を見た遠堂は、立ち止まってため息をついた。
「ふん。バカの一つ覚えのように、同じことを何回も何回も繰り返しおって……。あまりにも詰まらん」
「勝手に飽きて殺されろ」
売り言葉に買い言葉。遠堂に対する憎悪が渦巻き吠えるが、思考は至って冷静だった。次の遠堂の一手がどこから来るのか。彼の一挙手一投足見逃さないように、神経を張り詰めていた。
だから気づかなかった。
炎上するトラックや車の横転する橋の外の野次馬の……さらにその向こう側から、鉄の棒が飛んできて、野次馬たちの頭上で弾けた。
ダダンッ!! と、覆面の襲撃者が計九人。橋を取り囲むように突然現れたのだ。周りにたむろする衆人観衆のせいで気づかなかった。
「マズイ!!」
矢島は咄嗟に叫んだがもう遅い。襲撃者達は一斉に銃を乱射した。
システムのクールタイムに入っていた黒服二人が、為すすべもなく蜂の巣にされる。それを見て激怒したのは楓瞳子だった。
「あんまり調子に乗んなや外道どもッ!!」
部下を殺された怒りに任せて、楓瞳子は遠堂を無視して周囲の襲撃者の方へ突っ込んでいった。
「おい待て楓さん!!」
手を伸ばして楓瞳子の強行を止めようとする。多勢に無勢、単独行動は危険だ。
だが、それが命取りとなった。
「人の心配をしてる暇なんてなかろうに」
ドガッ!!
背中が勢いよく橋の鉄柵に衝突した音だというこに気づくのに、少し時間がかかった。よそ見の瞬間に遠堂の蹴りで吹き飛ばされたらしい。
いつの間にかクールタイムに突入していたのだ。
「う……っ」
予期せぬ衝撃に、呻くことしか出来ない。
しかもこうしている間にも、遠堂はこちらへ近づいてきている。
遠堂が獰猛に笑い。矢島の側頭部に必殺の蹴りを繰り出した。
だが間一髪でシステムを起動し直した矢島は、遠堂に蹴りを受けにいく。
「(これで足も一本つぶせる。そうしたらもう遠堂は動けない)」
矢島は内心ほくそ笑む。
しかし遠堂の足は衝突の寸前で停止した。
「ふむ……もう三秒たったか。危うく足まで持っていかれるところだった」
「チッ……。ギリギリよけられたか」
フラフラと立ち上がりながら、矢島は一旦距離を取る。襲撃者の群れに突っ込んでいった楓瞳子も心配だったが、まだ銃声が響いているあたり健在なのだろう。
だが状況は極めて不利だった。
すでに黒服が三人殺され、矢島も含めて五人しかいない。さらに楓瞳子が一人で九人の襲撃者を相手取っている。このままではジリ貧であるのは明らかだ。
しかし宿敵遠堂が、目の前にいるというのに尻尾を巻いて逃げるなんてありえない。
「くそったれが……。どうすればいい?」
悩んでいる間にも、事態は急変していく。
だが、今度はいい方向への変化であった。
「一般人は下がりなさい!! そして騒ぎを起こしている者たちは武器をおろして投降しなさい!!」
その場にいた全員に聞こえるような、凛とした少女の声がした。少女の号令と共に、野次馬たちが引いていくと、入れ替わるように武装した部隊が姿を現したのだ。
その先頭に立つ少女は、雨宮千里。
襲撃者を包囲するように現れたのは、特別時間管理課のエリート達だった。
「嬢ちゃん!?」
どうしてここが分かったかなんて聞くまでもなかった。
これだけ騒ぎになっていれば、誰だって気づくだろう。
彼女はもう一度言い放つ。
「遠堂総司……いえ、今は御形だったかしら? あなたをタイムアウト事件の容疑者として拘束します! 大人しくお縄について頂戴ねっ!!」
矢島は知らなかったが、雨宮を先頭にする特時の部隊は、もともと楓瞳子達と戦うために集められた特時の中でも特に戦闘に特化した人間だ。彼らは一糸乱れぬ連携を取って、楓瞳子と乱闘していた襲撃者を取り囲む。
彼らの攻防はあっという間であった。瞬く間に特時が襲撃者を無力化したのだ。
そもそも瞬間転移が出来るシステムと、ただ銃しか持っていない襲撃者など、奇襲でもされない限り大した驚異ではなかった。
厄介なのは橋の真ん中に立つ遠堂だ。
「ふむ……、もう特時がやってきてしもうたか。順番に潰してやろうと考えておったが、多少部が悪そうだな」
彼はそうつぶやくと、一歩後ろへ下がった。
「待て! 逃げる気か!?」
矢島は先手を打って釘を差す。ようやく邂逅出来たのだ。積年の雪辱を晴らせる目的が、すぐ目の前にいるというのに、逃がすなんてありえない。
だが、遠堂は鼻で笑う。
「さすがのワシでも多勢に無勢。敵対勢力が一堂に会するこの場に、いつまでも留まる利点が無いだろう」
言うやいなや、遠堂は橋の鉄柵を飛び越えて橋下に伸びる運河へと飛び込んだ。
「くっ!! 待てジジィ!!」
矢島は橋から身を乗り出して、下を覗き込む。襲撃者との攻防を終えていた楓瞳子も、矢島と同じように身を乗り出す。
するとそこには、跳ね橋が上がらず立ち往生していた貨物船が浮いていた。
「あいつ、船使って河下るつもりかいな!?」
「そうだとしたら早く追わないとな」
矢島と楓瞳子は、互いに頷くと、川に停泊していた誰かの小舟を借りることにした。
小舟に二人が乗り込むと、後ろから追ってきた雨宮が叫ぶ。
「ちょっ! 矢島悠介、待ちなさい!」
「なんだ!? 面倒な話ならあとにしてくれ!」
悠長に事情でも聞くつもりだろうか。そんなことを思う矢島であったが、雨宮の表情を見る限りそうではなさそうだった。
「違うわよ! 私も行くから載せてちょうだい!」
「そういうことなら早く乗れ!!」
今は楓瞳子が暗部の人間で、雨宮が特時の人間で……なんてことはもうどうでもよかった。矢島はただ、貨物船を乗っ取って逃げる遠堂の首を取りに行くだけだった。
船尾についたモーターを、一気に回して運河の先にいる遠堂を追いかける。
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