38話『矢島の心理』

  

 「聞いたか笠持! あんたら特時は遠堂の根っこを抑えておいてくれ! 俺は直接遠堂を叩く!!」


 そういって特時のビルを飛び出してもう十六分。

 特時に借りた車に緊急車両のサイレンを付けて、楓瞳子から聞いた集合場所まで一直線に北上する。太陽は既に西に傾いており、空が薄らとあかね色に変わっていく。

 楓瞳子は、遠堂に襲撃されてからずっと、追っ手をかく乱しながら南下しているので、もう少しで合流できるはずだ。


 『刑事さん! 今度は県境にある跳ね橋や!!』


 ハンドルを握りながら楓瞳子と会話を続ける矢島に、彼女は逐一居場所を伝えてもらっている。特時のビルで彼女から電話が掛かってきた時からずっと通話中である。

 楓瞳子は、遠堂との交戦に余裕ができるたびに、手に入れた遠堂の情報を矢島に一方的に話してくれた。


 そして矢島は、それを元に手柄は全て特時のものとなるように、笠持に命令した。

 証拠を抑え遠堂を逮捕するのは、旧特時の矢島の役目ではない。

 現在笠持たちのいる、新特時の役目だからだ。


 しかし、楓瞳子から遠堂の話を聞き、特時のビルを飛び出した矢島の頭の中には、遠堂を監獄にブチ込むなどという生ぬるい考えはなかった。矢島自身が存在を抹消した旧特時――遠堂に殺され殉職したかつての仲間たち――の、仇を取るために今まで生きてきたのだ。

 矢島の中にある遠堂への復讐心は、すでに煮えくり返っていた。

 アクセルを緩めるつもりなんて毛頭ない。



  ***



 『それで……どうするの和也?』


 矢島が飛び出していったあとの特時の捜査本部にいる笠持に、電話の向こうの雨宮は訊ねる。遠堂に襲われてもぬけの殻になっていた黒服の組織の現状と、捜査本部に突然現れた矢島悠介という情報に、雨宮は判断を仰いでいるのだ。


 「そうだね……」と、笠持は少し考える。


 「矢島さんと協力していた黒服の組織とやらの情報だけでは、僕もどう動けばいいのか迷ったけれど。丁度こっちでも遠堂の目星がついたんだ」


 屋敷から持ち帰っていた映像と証拠物品数点。

 わずかな証拠から真実にたどり着くのは、警察の十八番であった。


 「銃痕の具合から判明した使用武器と、千里ちゃんが見てくれた襲撃者の人員構成、監視カメラに映っていた車種から、遠堂の候補を三人まで絞れていてね。そのうちの一人の条件と、黒服がマネーカードから逆探知に成功したっていう位置情報が、ピッタリ重なったんだ」


 矢島が出て行く直前に、長岡が慌てて持ってきた資料の一つに、遠堂の顔写真はあった。


 「遠堂総司、年齢は一四三歳。タイマーを使って若さを保っているみたいだから、外見年齢は九八歳といったところかな」

 『タイマーが発見されたのが、だいたい五十年くらい前って話だから、遠堂は発見当初からタイマーの注入を繰り返していたことになるわね』


 タイマーを減らさなければ、老化は進まない。その性質を利用しているのだろう。それでも遠堂の身体は、五十年前の時点で既に老衰でボロボロだったはずだ。今でも彼が健常に活動していることが信じられない。

 雨宮の意見に、笠持は心の中で付け加える。おそらく矢島も同じことをして、若さを保っているのだろうと。

 そして、遠堂の核心に触れる。


 「あぁ、それに裏社会の闇なんてレベルを超えてたよ。彼らは表に住む一般人の生活にも深く入り込んでいた」


 笠持の持って回った言い方に、雨宮は不信がりながらも続きを訊ねる。


 『それで、その遠堂総司の拠点はどこなのかしら?』



 「中央銀行総裁……この国最大規模のお金とタイマーが動く場所さ」



 案外サラッと言えるものだなと、笠持は内心苦笑した。


 『はぁ? 嘘でしょ!? いくらなんでもそれは飛躍しすぎよ。そんなに有名人なら、遠堂なんて名前が出た瞬間に、誰にだってわかるじゃない! それに……現在の総裁の名前は確か、御形ごぎょうじゃなかったっけ?』


 雨宮が困惑して叫ぶのもよくわかる。


 「うん、そのせいで完全に盲点だったね。彼は経歴と名前を綺麗に誤魔化していたんだ。長岡さんも、犯人候補に中央銀行総裁の名前が出たときは、何かの間違いだと思ったらしい」 


 『じゃあどうしてわかったの?』


 「矢島さんが全部教えてくれたのさ。『遠堂は顔も名前も変えている。だけど時間に関する執着心だけは変わらない。宮内さんにシステムを使うようそそのかし、裏から糸を引いていたときにも、遠堂と言う名を名乗らせて、自分の存在を主張していた。奴は時間に関してだけは嘘をつけない人間なんだ』ってね。そして中央銀行の総裁をしている御形ごぎょうさんも、今思い返してみるとタイマーの流通には人一倍敏感だった」


 決定的な証拠ではないが、点と点を結び合わせるのには、十分な要因だった。


 『似てるってだけの可能性は?』


 「それを……今から僕たちが調べるんだ。遠堂自身は黒服の組織と交戦中らしいから、絶好の機会なんじゃないかな」


 そう、矢島が捜査本部を飛び出す前に言った一言。

 事件の根幹を任されてしまった。そろそろ遅れを取り戻さなければならない。

 笠持は、そう決意しながら指示を出す。


 「千里ちゃんと御崎さんは、そのまま矢島さんや黒服の組織と合流して、遠堂を食い止めておいてください。本部にいる皆さんは、至急中央銀行に向かってください!」


 その言葉を聞いて、慌ただしかった特時のビル内が、さらに慌ただしくなる。

 雨宮との電話をきったあと、車椅子に座る笠持はその喧騒の中で一人思う。


 「(矢島さんが、遠堂の話を聞いたときの険しい表情……、あまり早まった行動はしないで欲しいのですが……。そのへんは、千里ちゃんに任せるしかなさそうですね)」




 

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