37話『団結』

 「……そんな過去があったのですか。矢島さんから出向いてくれたことにも驚きましたが、それ以上の衝撃ですよ」

 「俺はあんたが生きていたことのほうがビックリだ。……しかも特時だったとは」


 地下鉄を乗り継ぎ、特別時間管理局の専用ビルを懐かしんでいた矢島は、瞬く間に特時に囲まれて捜査本部へと連れてこられていた。

 まさか矢島のことを知っている特時がいると知らなかった彼だったが、会議室を陣取る笠持の姿を見て「なるほどな」とため息をついた。


 「そりゃ、俺がこんな強引に連れてこられたわけだ」


 「単刀直入に聞きましょう。矢島さんが知っている遠堂の情報を、全て僕たちに教えてください」


 笠持は前のめりになって矢島に尋ねた。しかし矢島も、遠堂の情報については楓瞳子に任せているため、これといった手掛かりは持っていない。


 「残念だが俺も今は連絡待ちなんだよ」


 矢島はスーツの胸ポケットからスマホを取り出して見せた。

 そろそろ襲撃者に吐かせた情報を教えてくれてもいい頃合だが、楓瞳子からの連絡はまだない。


 「あんたらの方はどうなんだ? どこまで掴めてる?」

 「屋敷に辛うじて残ってあった証拠から、遠堂の身元を割り出しているところさ」

 「へぇ」


 矢島は感心した。

 楓瞳子の組織が、全て消したかと思われていた証拠を回収していたのか。

 そうなると、楓瞳子か笠持ら特時のどちらが先に、証拠を見つけるかといったところだろう。


 そう考えていた矢島だが、目の前にいる笠持は全然別のことを考えていた。

 かなり真剣な面持ちだ。


 「矢島さん……新月亭で襲撃者と一戦交えたというのは本当ですか?」

 「あぁそうだ」


 矢島は驚きながら「……見られていたとはな」と呟く。隠す理由なんて無かった。

 隠さなければいけないのは、楓瞳子たちの行方だろう。

 彼女らの信用を裏切るような真似はしたくない。


 「見てはいませんでしたよ。千里ちゃんが現場に残った証拠から教えてくれたんです」


 「……千里って、あの雨宮っていう嬢ちゃんか。はぁ、あの嬢ちゃんまでもが特時かよ。まさか大橋のオッサンまで特時だなんて言わないだろうな?」


 「言いませんよ。大橋さんは被害者です」


 「それは安心した。ところで嬢ちゃんはどこにいるんだ? 姿が見当たらないが」


 矢島は会議室を見渡して尋ねた。

 ここには笠持と矢島を覗いて他に二人しかいなく、ここに来るまでのフロアでも見かけた記憶はなかった。


 「そりゃそうですよ。千里ちゃんは今、宮内の護衛をしていた黒服の元へ向かっているんですから」


 「は!?」


 笠持の何気ない一言に、矢島は驚いた。


 もう特時の手はそこまで回っているのかと、頭を抱えそうになる。

 仮にも命を救ってもらった恩人であり、一時的ではあるが協力関係を結んでいる仲である。

 今後の信用にも関わってくる。


 「捕まえるためにか?」

 「えぇ、もちろんですよ。彼らも今回のタイムアウト事件に無関係ではないでしょう?」


 笠持の言い分は、至極真っ当なことだった。矢島も特時の組織に属していれば、そういう方法を取っただろう。しかし、現状で特時と楓瞳子が衝突するのは、少しマズイ展開だ。なぜなら、楓瞳子と矢島のあいだの信頼関係が失われるかもしれないのだ。矢島が特時に出向くと言った直後に、特時から雨宮が派遣されれば、矢島が裏切ったと思われても仕方ないだろう。


 そして、特時の雨宮は、楓瞳子の使うストップウォッチのシステムを、おそらく知らない。下手に乗り込んで返り討ちに合えば、遠堂のいないところで勝手に潰し合うことになってしまう。


 矢島は叫んだ。


 「笠持! 今すぐ嬢ちゃんを止めろ! 楓さん……いや、黒服の元へは行かせるな。何の対策も立ててないだろう特時では、黒服の報復に合うだけだ」


 しかし笠持もただではひるまない。


 「それなら、今ここでその楓さんに連絡してください。どこまで判明しているかを」

 「わかった。だから、衝突することだけは避けてくれ」


 矢島は素直に笠持の言葉を受け入れる。

 最大の目的は遠堂だ。同じ志を持つ者同士で争うのは、あまりにも不合理だ。

 矢島は、早速楓瞳子に電話をかけた。


 着信音が鳴るあいだ、ふと笠持の方を盗み見ると、彼も電話をかけていた。


 「もしもし、千里ちゃん? 黒服の拠点への捜査は中止だ。事情が変わった」 


 雨宮の声も薄らと聞こえてきた。楓瞳子との電話が中々つながらないことにイライラしながら、気を紛らわすために、笠持たちの話に意識を向けることにした。 


 『和也? 奇遇ね。こっちもどうやら様子がおかしいみたい』


 「ん? 様子がおかしい?」 


 『もう拠点についてるんだけど、もぬけの殻だったのよ。なんだか荒らされたあと見たいで……』


 電話の向こうの雨宮のセリフに、矢島はギョッとした。 


 「(楓さんの組織が、荒らされた? 護衛を本職とするような彼女らを襲うのなんて……)」


 予想は一つしかなかった。

 電話の向こうで雨宮は続ける。


 『荒らされた黒服の拠点に残っていた弾丸から判断すると、襲撃者……それも一人や二人なんて人数じゃない』


 やはり襲撃者。


 矢島が屋敷であった奴らのような、様子見ではない。本格的に動き出している。

 それも大規模。となると遠堂が直接乗り込んできたか。


 『ねぇ、和也!? 遠堂が動き出すまでに一日は時間をつぶせるんじゃなかったの?』


 その瞬間、矢島は笠持から電話をひったくって叫んでいた。


 「遠堂が相手となると、お前たちだけでは危ない! 捜査を中止して即刻、捜査本部まで帰ってこい!」


 『え? あんたもしかして矢島!? なんでそこにいるのよ!?』


 「事情が変わった理由だ!! いいか! 遠堂とは絶対に交戦するな!」


 矢島は叫ぶだけ叫ぶと、電話を笠持に返して、再び楓瞳子の番号に連絡をかける。


 「(早くつながってくれ)」


 心の中で願いつつ、もう既に遠堂に叩き潰されている可能性まで頭をよぎった。

 楓瞳子らは、遠堂への手掛かりを集めていたはずだ。彼らとの連絡が途切れると、事件の解決はさらに遅くなってしまう。


 だが、辛抱強くコールし続けて十一回目で、電話を取る音とともに、声が聞こえた。


 『すまん遅くなったな刑事さん! でもウチらに任せて正解や! 遠堂の正体わかったで!!』


 電話口の楓瞳子は自信満々に、そう報告した。

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