36話『矢島悠介』(4)

 「ほぅ。その新兵器とやら……中々使い勝手が良さそうじゃのぉ」


 部屋の中から遠堂総司の声が聞こえる。

 別荘の二階にある最終交渉ようの個室。

 矢島と日花里が、遠堂と彼の秘書を連れて、個室へと誘導に成功していた。

 紫上と奈緒子の二人は、その個室の外で逃げ場を断つべく見張っている。


 「これで、包囲は完成ね」


 奈緒子は小声でつぶやきガッツポーズを取る。


 「あとは、矢島と日花里の合図を待つだけであるな」

 「そうだねー。でもこれで、特時の本格稼働の前に面倒事は全部片付けられそうで安心したよー」

 「この四人で活動するのも、あと3日だな」


 紫上も珍しく感慨深そうに頷いた。


 「もうそんな時期かー、あっという間だねー。事務処理みたいなことは進んでいるの? 私は休んでろって矢島に言われたから、何も知らないんだけど」

 「警視庁長官殿がほとんど済ませてくれているらしい」

 「新上蜜香さんにはホント助けてもらってるよー。今回の新兵器だって蜜香さんが手配してくれたから、手に入れたれたわけだし」


 彼女には頭が上がらないなと奈緒子は思った。


 「たった四人に特時を任せていることに、彼女なりに責任感を感じているのかもしれんな」

 「そうだねー」


 奈緒子と紫上は笑う。



 この別荘には、現在も武器商人や暗部の金持ちとその護衛が入り乱れていたが、四人を特時だと知る者はついに現れなかった。

 そして部屋の中から矢島の声がする。


 「そのタイマー……一体どこから手に入れたのでしょうか。我々としては、特別時間管理局の管理下にないタイマーだと、さらに安くお売りできるのですが」


 勿論嘘だ。

 時間管理局の管理下にタイマーを手に入れることなんて、違法な手段を用いなければできやしない。矢島は遠堂の言質を取ろうとしているのだ。


 「あぁ、このタイマーのことが気になるのか。安心せい、馬鹿な若造を騙して盗ませたタイマーじゃ。時間管理局とやらは、何も把握しとらんよ」


 「……そうですかそれはよかった――」


 扉越しだが矢島が薄く口角を上げているのが、奈緒子には手に取るようにわかった。さて、これで準備は整った。

 紫上と奈緒子は背中に隠していた六十センチ程の棒を取り出す。

 矢島が紹介していた新兵器である。

 紫上は後ろ手に扉の取っ手に手をかけて、奈緒子は他の武器取引商人たちが乱入しないように、周囲を見張る。

 そして矢島の声がした。


 「――では、タイマーの不正入手及び教唆の罪で、あんたを拘束する!」


 同時に紫上と奈緒子は部屋へ飛び込むと、遠堂と秘書に新兵器の銃を突きつけ黙らせる。矢島と日花里も遠堂の正面から銃を向けていた。


 「ッ!!」


 遠堂の顔が驚愕に変わる。


 「遠堂……てめぇの悪行もここまでだ」


 矢島は睨んで、そう宣言した。



   ***



 「あぁ、そうか。お主らが新設された特別時間管理局とかいう部署の工作員じゃったか」


 遠堂は自嘲気味に笑った。

 特時だとも気づかずに、のうのうと誘い込まれた自分が情けないといった表情だ。


 「動かないでいただこう!」


 紫上が銃を遠堂に押し当てて叫ぶが、遠堂はお構いなしに持っていたタイマーを矢島の方へ放り投げた。

 空中に投げ出されたタイマーの入ったガラスの筒を、思わず四人は目で追いかける。

 しかしそれが致命的となった。


 「……残念じゃがそれは出来ん相談じゃ」


 遠堂は、誰にも聞こえないくらいの声量でつぶやいて――

 目にも止まらぬ速さで押し当てられた銃を掴み取り――

 老人とは思えない怪力で、紫上から掠め取ったそれで――


 紫上の鳩尾を強打した!! 体格のいい紫上が、老人の一撃で吹き飛んだ。


 あまりの出来事に、矢島の反応が一瞬遅れる。

 何が起きた!?


 「くっ! 遠堂っ!!」

 「やめろっ! 撃つな奈緒子!!」


 矢島の静止は間に合わない。叫んだ奈緒子は、持っていた銃を発砲。

 電撃を纏った弾丸が、遠堂の腹部を目掛けて飛翔する。

 だが、遠堂はそれを予測していたかのように、体をひねって回避した。


 バチィッ!! と電撃の炸裂音が鳴り響く。


 「ッ!?」


 矢島の隣で、日花里が声にならない悲鳴を上げて、一瞬で意識を刈り取られた。

 奈緒子の撃った弾丸が、日花里の肩を貫通していたのだ。その一瞬の放電で、人一人が気絶するほどの威力。



 「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 奈緒子は目を見開いて、自分の犯した失敗に気づく。

 姉のように慕っていた日花里を撃ってしまったのだ。

 取り乱している暇はないが、落ち着いて冷静になる猶予なんてなかった。


 「奈緒子!! 遠堂から離れろ!!」

 矢島は、隣で倒れた日花里に駆け寄りそうになるのを、グッと堪えて遠堂にまっすぐ銃を向ける。


 「俺は外さないし誰も巻き込まねぇぞ!」


 一見冷徹とも捉えられかねない矢島の行動だが、それこそ矢島の真骨頂だった。 

 まだ紫上も日花里も致命傷ではない、それよりも現状最大の目的は遠堂の拘束。


 「ふむ。それはいい心構えじゃ。そうでないとここで皆殺しじゃぞ」

 「舐めんなジジィ!!」


 矢島は躊躇なく引き金を引く。


 ドンッ!!


 しかしその弾丸は遠堂にはあたらない。


 「そんなことじゃ当たらんよ。引き金を引く指先まで丸見えじゃ」

 「なぜ今のが避けれるんだよ!?」


 困惑する矢島。

 そこに遠堂の持つ銃が振り下ろされる。


 「避けろ矢島!!」


 いつの間にか起き上がっていた紫上が、矢島を引きずり倒して遠堂の凶手から逃れさせた。遠堂の振り下ろした銃は、フローリングの床に穴を開けている。


 「なんてパワーだ」

 「パワーじゃない。あれは速さであるッ!」

 「気づくのが遅すぎじゃな。そんなことではこっちの世界では生きられんぞ!?」


 遠堂は銃を持ち直し、今度は発砲した。


 「ッ!! 紫上!?」


 矢島は訳も分からぬまま紫上に突き飛ばされた。

 そんな彼の目の前で、心臓を穿たれた紫上が倒れる。

 致命傷は間違いなかった。


 「くそったれがッ!!」


 二発目を撃つまでには時間がかかる。その間に力ずくで遠堂を殴ってでも止めなければ……。血だまりに倒れる紫上を無視して遠堂に飛び掛かる。しかし、遠堂が反応するよりも前に、彼の秘書のが矢島を後ろから羽交い絞めにした。


 「離せッ!!」

 「もうこれ以上付き合う必要はないじゃろう?」


 叫ぶも虚しく遠堂は矢島に標準を会わせる。

 絶体絶命。そんな言葉が頭を過ぎる。

 そのとき奈緒子の声が響いた。


 「これを持って逃げて!!」


 矢島を羽交い絞めにしていた秘書を蹴り飛ばした奈緒子が、崩れた矢島のスーツのポケットに何かをねじり込んだ。


 「奈緒子!?」


 そのまま矢島を後ろに突き飛ばした彼女は、矢島達が用意していた武器を入れた荷物の中から爆弾を取り出していた。


 「銃弾を避けれても、この部屋で爆弾が爆発したらひとたまりも無いわよ!」


 それは、栓を抜けば時間差で爆発するタイプの爆弾である。しかし、爆発までの間にこの部屋から脱出できるような位置に、奈緒子はいない。


 「やめろ! それを使うと全員巻き添えを喰らうぞ!」

 「大丈夫よ!」


 矢島の静止を無視して奈緒子は栓を引き抜いた。

 それを躊躇わずに遠堂へと投げつけて、彼女は矢島の方へと駆け寄ってくる。

 戸惑う矢島の胴体を掴み、彼女に矢島は窓の方へと更に突き飛ばされた。


 「おい! 何を!?」

 「ここで誰かが遠堂を止めないと……」


 ドンッと、矢島は開いた窓から外へと突き落とされた。 


 「奈緒子……ッ!!」


 矢島は最後に彼女に手を伸ばす。爆発の起きる部屋に置いていくわけには行かなかった。

 しかし、その手は届かない。

 奈緒子は落ちる矢島を見送り呟いた。




 「                                」







 ドゴォッッ!!








 最初の一発が爆発した直後、他の爆弾にも連鎖し内蔵にまで響くような爆発が鳴り響く。

 窓から黒煙が吹き出した。

 衝撃波で窓のガラスが粉々に割れていくのが、スローに見える。


 「ッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!! クソッタレ!!」


 芝生の上で受身を取ったところで、矢島はようやく我に帰った。

 屋敷から、爆発を聞きつけた暗部の護衛や武器商人が出てきたのだ。


 血に濡れた矢島は、無様に逃げるしかなかった。


 このときの情景は、矢島の網膜に張り付いている。


 炎上した別荘に帰ってきた時には、既に武器商人たちはいなくなっていた。

 運び出されてきた遺体の中に、紫上と奈緒子と日花里がいた時には、膝から力が抜け落ちて、喉が枯れるほど絶叫した。

 矢島以外全員殉職したと、新上蜜香に改めて言われるまで信じることなんてできなかった。

 そして、肝心の遠堂の死体は見つからなかったという。



 ***


 矢島はその日を境に特時のビルから、特時が本格稼働する以前の特時の記録を全てまとめ姿を消した。


 「新庄蜜香さん。今回の事件を二度と起こさないために……、奈緒子や日花里や紫上の仇を俺の手で取るために、俺は一人で遠堂を追う」

 「……ごめんなさい。私が頼んだことなのに、結局全部矢島くんに背負わせるハメになってしまったわね」

 「そんなことは気にしなくていい。だけど、ひとつだけ新しい特時に伝えておいてくれ」

 「何かしら?」

 「闇市の開かれた別荘での遠堂の挙動……、どうみても八十代のジジィの動きじゃなかった。警察が知らない闇の技術を遠堂は持っているかもしれない。それだけは、新設される特時のメンバーに伝えておいてくれ……。奈緒子たちのような犠牲者を出さないためにもな」


 闇の技術……この数年後に新設された特時によって、ソレは『システム』と名付けられることとなる。


 「ええ、分かったわ。でもこれだけは聞いてちょうだい。私も遠堂の手掛かりを掴みしだい、直ぐに矢島くんに連絡するわ。野垂れ死にだけはしない様にしなさいよ」


 新上蜜香の言葉を尻目に、矢島悠介は闇の世界へと深くのめり込んでいくこととなる。その手には、別れ際に奈緒子から渡されたグシャグシャの紙が握られていた。

 武器商人たちの集う闇取引の参加者一覧である。それを使って、遠堂を必ず捕まえてくれと。


 「ったく……どんだけ俺を信用してるんだよ……。クソッタレ……」


 そして数年がたったある日、新庄蜜香から連絡があった。


 「遠堂は矢島くんの特時に見つかったあと、整形と経歴偽装をくり返し、名前も全くの別人になっているらしいわ」


 矢島の目の前が真っ暗になる。それから遠堂の手がかりらしい手掛かりは、パッタリと聞かなくなってしまった。遠堂への道が潰えたのだ。


 彼が死んだ可能性も考えた。


 仇も取れぬまま、事件は完全に迷宮入りした。

 存在しているかどうかも不明な人物を探し続ける矢島の背中を、執念だけが押していた。 


 全てを諦めていた。




 四七年後の十一月十四日に再び――「タイムアウト事件」が勃発するまでは――



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る