32話『映像』

 『ねぇ和也。新月亭で、また黒服と襲撃者が衝突したみたい!』


 電話越しの雨宮は、開口一番にそう言った。

 笠持に衝撃が走る。


 「襲撃者と黒服が!? それからどうなったんですか?」


 笠持は事態を把握出来ずに叫ぶ。

 彼の計算だと、遠堂を一日以上足止め出来る予定だったが、半日も経たないうちに動き出したということは、いよいよ持って時間がない。


 『それが、わからないの。見つけたのは裏庭に落ちていた二種類の銃弾と、泰平さんが聞いた一発の銃声だけなのよ。その銃声も、私と花陽姉さんが銃弾を見つけるまでは、聞き間違いだと思っていたらしくて……。銃弾の種類から、彼らの仕業ってことはわかったけれど、私たちが到着したことにはもう居なくなってた』


 彼女の口調から、かなり焦っていることが感じられた。

 だから笠持は努めて冷静に、彼女の言葉から状況を把握していく。


 「他に情報は?」


 『屋敷の向かいの田んぼに、黒服の拳銃でも襲撃者のライフルでもない種類の銃弾と、鉄の棒が落ちていたわ。互いに武器を取り出してるから、争ったってのは分かるんだけど、でもどっちが勝ったのかは分からない』


 「くっ……」


 完全に後手に回っている。 

 黒服と襲撃者がなぜ屋敷にいたのか。

 屋敷にいた黒服は一人を残して全滅したと聞いている。最悪の場合、一人も生きてない可能性だってある。

 それに襲撃者は、証拠を消した現場へわざわざ帰ってくる意味がわからない。

 それさえ掴めれば遠堂の手がかりになるかもしれないのに、ヒントはそれぞれ離れすぎていて線でつながらない。

 それに矢島は、いったいどこで何をしているのだろうか。


 笠持は、目の前にあるノートパソコンの画面を睨む。そこに新着メールが一通入る。

 すると、捜査本部の会議室へ飛び込んでくるものがいた。

 血眼になって監視カメラの映像や数少ない目撃情報を漁っていた長岡だ。

 屋敷に残った証拠を奪い取った襲撃者の行方を探していたのだ。


 「笠持、屋敷の証拠を持ち去った奴らを発見した。工業地帯の監視カメラに映っていた」


 その報告に笠持は歓喜する。 

 雨宮にも聞こえるように、電話のスピーカー機能を入れる。

 話を聞いたらすぐ、雨宮に現場へ直行してもらうためだ。


 「襲撃者はどこへ逃げたんだい?」


 彼が尋ねると、長岡は深刻な顔をした。


 「みんな勘違いしていた。あれをやったのは遠堂の手下のほうなんかじゃない、宮内を護衛していた黒服なんだ。それに加えて矢島も見つけた……黒服と一緒に行動している」


 『っ!?』


 電話の向こう側で、雨宮が息を音が聞こえた。

 彼女は叫ぶ。


 『じゃあもしかして、つい数分前までこの屋敷に、黒服と一緒に行動していた矢島が一緒がいたかもしれないってこと?』


 彼女が叫んでいるのは、決して矢島とニアミスして取り逃がしたからではない。 

 やはり矢島はこの事件の最前線にいる。

 そのことを再認識したのだ。

 矢島を早く見つけ出さなければならない。聞き出すことは山ほどある。


 『ねぇ和也! その黒服とか矢島がどこに行ったかっていうのはわかるの?』


 雨宮の焦る問いかけに、長岡が答える。


 「矢島の現在地は分からないが、黒服の拠点の位置は特定出来た。笠持さん、新着メールを開いてください」


 笠持は慣れた手つきでメールを開いて、添付されていた画像を見る。

 それは工業地域一帯を映し出した衛星写真だった。

 その写真には赤い丸と、住所が書き込まれている。

 笠持は、長岡の言いたいことを理解して、その画像をそのまま雨宮に転送した。


 「千里ちゃん。それが黒服の拠点だね。矢島の手掛かりを得るためと、事件の容疑者逮捕のために、今から送る増援と一緒に、拠点へ乗り込んでくれ!」


 『わかったわ!』


 勢いのある返事とともに、彼女は電話を切る。

 それを確認してから、笠持は長岡に指示した。


 「数十分前に矢島と黒服、襲撃者の三者が新月亭にいたという報告を、千里ちゃんから受け取りました。矢島の件は、千里ちゃんに任せれば時間の問題でしょう」


 「ええ」


「なので長岡さんは、新月亭から回収した遺体や物品から、遠堂の身元の特定をよろしくお願いします」


「わかりました」


 長岡は簡潔に返事をすると、すぐさま映像の管理室へと帰っていった。

 会議室にひとり残った笠持は考える。

 彼は右足と右目を負傷していため、捜査本部の会議室で情報を纏める司令塔として働いていた。


 黒服と矢島か襲撃者どちらかに軍配は上がったのだろうか。

 どちらにしても、笠持は矢島が殺されていないことを願うばかりだった。


 笠持のノートパソコンには、歴代の特時のメンバーの顔写真がズラリと並んでいる。

 矢島が名乗った特時という言葉を頼りに、検索をかけていくが矢島悠介の四文字は、未だにどこにも見当たらない。

 何度探しても見つからないことに疲れた彼は、椅子の背もたれに思い切り寄りかかって脱力する。

 そして誰もいない会議室で愚痴を漏らす。


 「あなたは一体、何者なんですか……」

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