31話『日時計』

 「思わぬ収穫があった」


 矢島は藤堂の運転する車の中で、ふいに言った。


 「今矢島の隣で気絶してる襲撃者のことか?」


 運転をしながら藤堂は聞き返す。

 彼はまっすぐ組織の拠点へは帰らずに、市内をグルグルと不規則に運転していた。

 組織の拠点にも、まだスパイが残っている可能性がある以上、重要な話は楓瞳子と唯一信頼出来る藤堂にだけ話しておきたかったのだ。


 「襲撃者もそうだが……、それよりも逃がした方が使った、鉄の棒を使ったシステムだ」


 矢島は隣に拘束された状態で放置されている襲撃者の持ち物を漁る。

 そして鉄の棒と、それを射出する二段構造の拳銃のような物を取り出した。


 「刑事さんが言うてた、瞬間移動を可能にするシステムがわかったんか?」


 助手席に座っていた楓瞳子は、後ろを振り返って感心したように聞いた。


 「あぁ、システムの概要がわかった。作り方についてはさっぱりだが、それだけで大きな収穫だ」


 矢島は、それ以外は隣の襲撃者に聞いてくれと一言付け加え、説明を始める。


 「いろいろと可能性はあったんだが、一番のヒントは襲撃者の逃走の仕方だった。奴は鉄の棒を射出し、一瞬の間を置いて銃弾が発砲されて、その直線上である上空で衝突した。ボールペン程の大きさの鉄の棒に、直径数ミリの銃弾が衝突することが出来たのは、この上下に二つの銃口を持つ特殊な拳銃のお陰だろう」


 矢島はその拳銃を掲げて見せて、前へと突き出した。


 「そして衝突の直後に、奴は衝突地点とは点対称の遥か上空へと移動していた。それを見て俺はようやく合点がいったんだ。あぁ『日時計』を使ったシステムか……ってな」


 「日時計? 日時計って言うたら、太陽の影を利用してるアナログな時計のことかいな?」


 楓瞳子は確認するように矢島に聞き返した。

 日時計に瞬間移動する要素なんて聞いた覚えがなかったからだ。

 だが矢島は頷く。


 「そうその日時計だ。事件の中核である水時計とは違って、多分誰でも一度は見たことがあるだろう」


 拳銃の先をクルクルと回しながら矢島は続ける。


 「日時計には、必ず必要なものがある。それは影を作るための指針と呼ばれるものだ。襲撃者は日時計の指針を、この鉄の棒に置き換えたんだろう。そして鉄の棒の射出直後に発射される弾丸だが、よく見るとコイツにも細工がしてある。おそらくコイツが、日時計に欠かせないもう一つの要素である太陽を意味しているんだ。」


 矢島が拳銃から取り出した弾丸は、薄らと光っていたのだ。

 取り出した鉄の棒を座席の上に立てて、もう片方の手に薄く光る弾丸を持つ。


 「そして、指針である鉄の棒に、光の弾丸をぶつければ……鉄の棒から影が伸び、日時計モドキが完成するって寸法だ」


 鉄の棒にコツンと弾丸を当て、実際に影が伸びる様子を楓瞳子に見せる。

 矢島は、チラリと楓瞳子や藤堂の方を向くと、彼らは黙って続きを促した。


 「日時計の影を自在に操れるってことは、システムで言うとタイマーを自在に操れるってのと同義だ。楓さんの持っているストップウォッチのシステムも、所有者のタイマー減少を無理やり止めることによって、体外の時間にまで影響を及ぼしてるよな? おそらく日時計のシステムも同じだ。日時計は影が動くと時間が進むと解釈するものだが、それを逆手に取って、所有者のタイマーを減らし時間が進んだということにして、無理やり影を動かしているんだと思う。その影と関連付けされた所有者の消費したタイマーの分だけ、鉄の棒から所有者を半径とする円の中を移動できるのだろう」


 矢島は一気に説明をし終わると、気絶している襲撃者にバラした拳銃を返した。

 だが、藤堂はいまいち話が入ってこなかったのだろう。


 「なぁ、矢島。もっと完結に、対峙した時に注意しないといけないことを教えてくれ」


 もっと簡単な説明を矢島に求めていた。


 「奴らが鉄の棒を撃ったら、鉄の棒を中心にしてグルリと反対側へ移動されるってことだ」


 「なるほど、最初からそれだけ教えてくれればいいものを」


 「確かに、今の俺たちに必要なのは対策だけだったな」


 ため息をつく藤堂に、矢島は笑いながら答える。

 そして一つ頼み事をする。


 「市内の手近な地下鉄の前で降ろしてくれ。俺は特時のあるビルに、少し顔を出してくるよ」


 「今ウチの会社で調べてる情報は、刑事さんが帰ってきてから教えたほうがいいんか?」


 「いや、判明し次第メールを送ってくれ。襲撃者が動いているってことは、遠堂もずっと動き続けてるってことだ。今も水時計の被害者が出ているかもしれない。事は急を要する」


 「はいよ。有意義な情報期待してるで」


 楓瞳子の気前のいい返事を聞いて、矢島は車を降りた。

 今いる地下鉄に乗って三駅先に、特時専用のビルが建っている。

 矢島は発進する藤堂の車に手を振って、決意する。


 「さぁて、一つ一つ……目的をこなして行くとするか」

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