30話『圧倒』

 襲撃者を睨めつけた楓瞳子が取った行動、は単純で豪快だった。

 鷲掴みにされて暴発した反動で壊れたライフルを、襲撃者から奪い取ったのだ。


 「ッ!!」


 彼女は有無も言わさずに、ライフルを襲撃者目掛けて振り抜いた。

 襲撃者は側頭部に迫り来るライフルを、腕を犠牲に防御したのち距離を取ろうとする。

 しかし、逃げ遅れた胸ぐらを掴んだ楓瞳子が、暗部で培われてきたその腕力で地面へとねじ伏せる。


 この間およそ一秒強。


 ようやく事態を飲み込めた矢島は、周囲の状況を見る。

 人はいない。

 楓瞳子が銃口を抑えた効果でくぐもった銃声は、正面の門にいる特時の耳には届いていない様子だ。

 襲撃者がなぜここへ帰ってきたのかは分からないが、彼らは焦っている。

 初撃で楓瞳子に気づかれて奇襲を失敗したのが何よりの証拠だ。

 襲撃者は、矢島たちと対峙する以外の目的でここへ来たのだろう。

 だが矢島には関係ない。

 襲撃者と再び対面してしまった緊張を感じつつ、それでも笑った。


 「好都合だ」


 彼らを掴まえて情報を吐かせれば、黒服の中にいたかもしれないスパイの正体もすぐに判明するだろう。

 それどころか、遠堂の居場所を直接聞き出せるかも知れない。

 矢島は楓瞳子に借りていた拳銃にサプレッサーを取り付けながら言う。


 「楓さん。正門の特時に気づかれないように、速やかに無力化するぞ!」


 「そんなことはわかっとる!」


 そのとき、もうひとりの襲撃者が引き金に指を掛けようとしていた。

 だが、矢島の方が早かった。


 スパンッ!


 消音された乾いた音とともに、矢島の撃った銃弾が襲撃者の顔を掠める。

 襲撃者は銃弾が逸れた事で余裕を取り戻したのか、覆面の下で薄く笑って標準を矢島に合わせて引き金を引く。

 しかしその直前、既に襲撃者の無力化を済ましていた楓瞳子が、ライフルを構えていた襲撃者の脇腹に思い切り体重の乗せた蹴りをぶち込んだ。

 蹴り飛ばされた襲撃者は、屋敷の向かいにある田んぼの中まで派手に転がってゆく。

 瞬く間に二人の襲撃者を無力化した楓瞳子に、矢島は唖然とした。


 「楓さん……あんたすげえな。敵に回さなくてよかったよ」


 「何回も言うけど、護衛がウチの本業や。奇襲程度でビビってたら、何人おっても護衛対象を守られへんやろ? それだけに、宮内の屋敷であぁも一方的にやられたんがホンマに悔しいわ」


 楓瞳子は謙遜しながら、組み伏せ気絶させていた襲撃者のひとりを担ぎあげる。


 「刑事さんもあっちで伸びてる襲撃者を回収してくれへんか? 情報ほしがっとったやろ?」


 「本当に抜け目無い女だな。楓さんは」


 矢島の考えをしっかりと見抜かれていた事に感心しながら、早く退散するために駆け足で襲撃者のもとへ行く。

 しかし気を抜いていた矢島は気づかなかった。


 パシュッ!

 バンッ!!


 矢島の目の前で銃声が鳴り響く。

 襲撃者は気絶していなかったのだ。

 しかしそれは矢島に向けられたものではない。

 矢島は、襲撃者の銃口の向かう先を見た。


 「アレは!!」


 遥か空に射出されたボールペン大の

 それを追いかける銃弾。

 空中でその二つがぶつかって弾ける。

 その瞬間。

 乾いた田んぼに倒れていた襲撃者は、鉄の棒が銃弾と衝突した地点よりも更に上空へと移動していた。


 「マズイッ! 逃げられた!」


 だが、気づいたときにはもう遅い。

 襲撃者は空の彼方へと消えて行った。



  ***



 「くそっ! 襲撃者の持つシステムがやっとわかったが、ひとり逃してしまった。これで遠堂にも確実にバレたぞ!!」


 矢島は田んぼの土を蹴って地団駄を踏む。

 そんな彼に、楓瞳子が声を抑えて叫んだ。


 「刑事さん! 今の銃声で正門におる特時に気づかれたかもしれん! さっさと退散するで!」


 それを聞いて、矢島は慌てて楓瞳子のもとへ戻る。

 彼女は完全に伸びきった襲撃者を担いで、既に屋敷から離れるように走っていた。

 彼女は取り出したスマホで電話する。


 「藤堂! 今すぐ屋敷の方へ車で来てくれ!」


 矢島も楓瞳子のあとについて走る。

 もともと矢島たちを下ろした場所で藤堂は待っていたのだろう。

 直ぐに現れた彼に拾われて、楓瞳子と矢島は速やかに屋敷から撤退した。

 車に乗る直前に後ろを振り返ったが、特時に見られた様子は無かったのでもう大丈夫だろう。


 彼に聞こえたのは最後の一発の銃声、それに加えて双方が発泡した銃弾が、一発ずつ落ちているのが見つかるかもしれない。

 だがそれでも楓瞳子の組織が証拠を回収しているため、誰の物かまではわからないだろう。

 特時の捜査に雨宮や笠持がいることも知らずに、矢島はそう踏んでいた。


 矢島は車の後部座席で、安堵のため息をつく。


 「我ながら襲撃者と出会ってから退散するまでの、一連の流れの素早さに感動したな」


 「呑気なこと言わんといてくれへんか。ウチらがおらんかったら刑事さん、あそこでお陀仏やで」


 呆れたように言う楓瞳子も、幾分か気は抜けている。


 「刑事さん。ウチらはこの襲撃者から情報を貰おうと思うんやけど、刑事さんはなんか聞いて欲しいことある?」


 矢島は少し考えて答えた。


 「そうだな。襲撃者の使っているシステムは大体わかったから、それは聞き出さなくていい。遠堂の身元と本拠地とスパイの有無、なぜ屋敷にいたのかを聞き出してくれ。俺はその間に特時の方へ探りを入れてみようと思う」


 その答えを聞いて、楓瞳子はこれだけはハッキリさせておこうと決意する。


 「前半は分かったわ。でもその言い方……刑事さん、やっぱり特時や言うのは嘘か?」


 「……」


 楓瞳子の思わぬ返答に、矢島は思わず閉口する。


 「え? 社長、突然何を言い出すんですか!?」


 運転していた藤堂は、楓瞳子の発言に驚いて素っ頓狂な声を上げた。

 だが彼女はあくまで冷静に訊ねる。


 「だってそうやろ。ホンマに特時なんやったら、正々堂々正面から訪ねたらええし、盗むような真似をしんくても済ませれる。それに特時の特権は物量や、人数をかけて一つ一つ証拠を集め、確実に犯人を追い詰める。刑事さん見たいに、終始単独で意思決定してるような人は、そんな特時の常識とかけ離れてるんよ」


 楓瞳子は暗部の人間。

 常に敵である特時の事情にも詳しかった。

 だが矢島は首を振って否定する。


 「……特時と言うのは嘘じゃない。これは本当だ。だけど楓さんたちが知っている特時かどうかって聞かれれば、特時じゃないってことになる」


 意味不明なことを落ち着いて言う矢島が、楓瞳子の癪に触った。


 「なんやそれ。特時がいくつもあるなんて話……聞いたことがないで?」


 「あぁ特時は一つだ。屋敷を調査している特時以外に特時はいない。俺を除いてな」


 「なーんか、なぞなぞみたいになって来たやん」


 呆れて楓瞳子は投げやりに伸びをする。

 だが矢島は話す気がなかった。


 「すまない。終わったら全部話すから、それまでは協力して欲しい」


 矢島は頭を下げる。

 楓瞳子にとっては、ここで全て吐かせることも出来たが、そこまでされては気が引けた。

 しかし最後に一つだけ言っておくことにした。


 「遠堂を捕まえたあと、遠堂が持っているタイマーの全部がいただけるっていう約束は、忘れてないやろな?」


 「あぁ、忘れてないさ。全部楓さんにやるよ。俺には無用の長物だ」


 「それならもうこの話は、事件が解決するまで聞かへんことにしたるわ」


 楓瞳子の中の疑念は拭えなかったが、今は諦めることにした。

 そんな彼女の言葉を聞いて、矢島はもう一度頭を下げる。


 「感謝する」

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