28話『発見』
会議の後、雨宮千里は再び宮内の屋敷『新月亭』へと来ていた。
動けない笠持の変わりに、
十七歳の雨宮よりも年上で、大学生三年生をしている二六歳の御崎花陽。
特時をしながら大学に通っていることが不便ではないのかと、以前に聞いたことがあるが、彼女はそんなこと無いと笑って言っていた。
高校生で特時をしている雨宮も似たようなものらしい。
そして、警察では対処できないような犯罪と戦う特時は、その性質上血の気盛んだったり気が強い人間が多いのだが、御崎花陽はかなりおっとりした性格だった。
御崎は屋敷を囲むロープの外に車を停めると、ふぅとため息をついて伸びをする。
「もう野次馬も今朝に比べると減っているわねぇ」
「やっぱり朝は野次馬いたの?」
「それはもう人の壁が出来るくらいいっぱい人がいたわ。宮内さんは地元の名士ですから、マスコミもいっぱい来ててねぇ」
御崎花陽は当時の騒ぎを思い出しながらウンザリしたような顔をしていた。
こういった特時の関係する事件からは、マスコミは早々に撤退させられる。
今朝の速報ニュースでも、不幸な火事によって新月亭が燃え落ちたという内容しか世間には出ていない。
銃撃戦があったことや、その裏で現在進行形で起きている犯罪などは、一切公表されるものではないのだ。
雨宮と御崎は、屋敷の正門に立って一人で見張りをしていた特時に頭を下げると、そのままロープを潜って、反対側の庭へと向かう。
「ところで、雨宮ちゃんがまたここにやってきた理由はなにかしら?」
「矢島がどこへ行ったのかを確かめるためよ。屋敷にあったはずの証拠を消したといっても、おそらく襲撃者たちの足跡を消す程度、矢島の残した痕跡があるはずよ」
「矢島の痕跡……ね。笠持さんに言われて重点的に調べた庭には何もなかったし、屋敷にあった監視カメラの映像は軒並み破壊されていたのに、どうやって調べていくのかしら?」
御崎の言うとおり、特時が屋敷から得た情報は少ない。
会議後に雨宮と大橋が解説した内容の方が、多くの手掛かりを秘めていることだろう。
とは言っても、新たな情報はある。
屋敷以外の公道に設置された監視カメラに、襲撃者の車と思しき自動車を発見している。
それに辛うじて全壊を免れていた屋敷から、壁などを交換した痕跡が見つかっており、この点は襲撃者の計算ミスであることは間違いないだろう。
全焼させるつもりが、半壊止まりだったためだ。
その証拠については、現在捜査本部にいる笠持達が血眼になって特定を急いでいるだろう。
だから雨宮はそれ以外から、矢島の行方を探るための手掛かりを集めなければならない。
笠持は特時の全員に言っていた。
『僕の牽制で、遠堂が様子を見るのは長くて二日。早かったら一日で再び遠堂は動き出す。それまでに決着をつけなきゃならない』
だから時間がない。
『遠堂は今日、全力で僕たちがどこまで情報を掴んでいるか……。つまり僕の牽制がハッタリかどうかを探っているはずだ。隙を見せたらそれが最後、一気に特時をつぶしにかかってくるだろうね』
遅くとも今日中に矢島を見つけ、持っている情報を洗いざらい吐いてもらうしかない。
***
雨宮が思いつめた表情をしていると、御崎は心配そうに尋ねた。
「大丈夫、雨宮ちゃん? お姉さんのことが心配?」
「え?」
雨宮は一瞬何の質問をされているかわからなかったが、直後に理解して否定する。
「お姉ちゃんのことじゃないわ。ごめんね花陽姉、心配かけちゃって。多分いつもの家出よ」
雨宮千里の姉である、雨宮
これは矢島を誤魔化すときの身の上話にも利用している。
姉の玲奈は、確かにここ最近羽振りが良くなた気もするし、着ている服もなんだか高価そうなものが増えていた。
聡明な玲奈のことだから、今回のタイムアウト事件に巻き込まれたということはないだろうが、やはり唯一の姉妹であるため多少の心配はある。
そのことを御崎花陽に相談していたので、おそらく勘違いされたのだろう。
だけど、雨宮はそんなことで思考に没頭していたわけではない。
「私とオジサンが、花田さんに助けられて屋敷を脱出したあとの、矢島がどこへ逃げたのか私たちは知らない。だけどやっと見つけたわ!」
雨宮は屋敷の庭に併設された車のガレージを指差す。
御崎は空いた車一台分のスペースを見て首をかしげる。
「あら、車を使って逃げ出したって言う見解で一致しなかったかしら?」
「うんそうだけど、私が言いたいのはそっちじゃないのよ」
雨宮が拾ったのは、ガレージのすぐ隣の植え込み近くに落ちていた銃弾である。
「あら、よく見つけたわね!? 初動捜査の時はそんなもの落ちていなかったはずだけれど……」
御崎は首をかしげる。
彼女自身も日が昇る前からこの屋敷の調査に駆り出されたひとりである。
だが彼女には、その銃弾に見覚えがない。
花田や長岡を含めた多くの特時が、この屋敷に来ているはずで、彼らが見落とすとは考えにくい。
「初動捜査の時になくて、そのあと来た特時の人たちも知らなかったとなるとさぁ……私たちがここに来る直前に、この屋敷に入り込んだ誰かがいたって事だよね?」
雨宮の推理に、御崎は狼狽する。
雨宮の言うことが正しければ、白昼堂々……しかも特時が見張る屋敷の中で、発砲した誰かがいるということだ。
勿論まともな一般人ではないだろう。
「それだけじゃないわよ花陽姉。この銃弾……私には見覚えがあるの」
雨宮は思い出していた。
それは昨晩この屋敷に連れてこられた時よりも前。
昨日の一日中、黒服に追い回されている時に見たものだ。
「これは……黒服の持っていた拳銃で使われる銃弾よ」
拾っている暇が無かったのか、探してみると植え込みの中に薬莢も転がっている。
しかしそちらは、雨宮の拾った弾丸の種類とは別のものだった。
更に植え込みに手を突っ込んで探してみると、もう一つ弾丸が見つかった。
「弾丸が計二つ……しかも種類は別なのね」
御崎が雨宮の拾った弾丸を見比べてつぶやいた。
つまり黒服とは別にも、発砲した人物がいるということ。
そしてこの弾丸にも雨宮は見覚えがあった。
襲撃者がこの新月亭で暴れ撃ちしていたライフルの弾丸である。
「黒服と襲撃者が、特時のいるすぐ裏で互いに発砲したということなのかしら……」
雨宮は疑問に思う。
笠持の話では、遠堂の手下である襲撃者は、今日一日は動けないのではなかったのだろうか?
様子見をするというのは、笠持の勘違いだったのだろうか。
それだけではない。
「それに……黒服の方の弾丸は先が潰れてて普通なんだけど、襲撃者の方の弾丸は、まるで打ち出されたあとに空中でピタリと停止して、そのまま落ちたみたいな……まるで傷ついていないのよ」
自分の世界に入り込んで、ひとりで呟く雨宮に方向性を与えるため、御崎は声をかける。
雨宮は一人で考え事をしていると、どうしても疑問を次から次へと浮かび上がらせるばかりで、収拾がつかなくなるのだ。
「取り敢えず、発砲された音を聞いていないかどうか。見張っていた特時の
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