27話『鉄の棒』

 「これは……俺じゃなきゃ見つけられねぇよ」


 矢島は笑い、頭に疑問符を浮かべる藤堂に今庭で拾った物を見せつける。

 それは庭に転がっていたボールペンほどの大きさの鉄の棒だった。

 無造作に庭の端に転がっており傷ついてはいるが、それ以外は何の変哲もない。


 「それがどうした? ただの鉄の棒だろう?」


 藤堂は、なにを今更と困惑した。

 勿論この鉄の棒は藤堂やほかの黒服も見つけてはいたが、何を意味するのか判明しなかったのと、襲撃者との戦闘していた場所から離れていたことから、彼らはもともと落ちていたものだろうと判断し放置していたのだ。

 矢島は鉄の棒をつまんで、側面の真ん中あたりについたへこみと、小さく欠けた箇所を指差す。


 「これだよこの二箇所。棒の真ん中に襲撃者の弾丸がぶつかった跡と傷がある」


 「流れ弾が当たったんと違うん? それが何か変なんかい?」


 藤堂と一緒に覗き込む楓瞳子も、特に疑問は感じ取っていないようだ。

 それもそうだろう。

 何も疑問を感じなかったからこそ、藤堂たちはまだ調査をしていないのだ。

 矢島もそれだけなら、不可解に思いながら後回しにしていただろう。

 パズルは思わぬところでハマっていく。


 「コンクリート塀まで丸ごと取り替えて、ここに持ってきたのは正解だ。今度はコンクリート塀を見てみろ」


 矢島が二人を誘導して教えたのは、鉄の棒が落ちていたすぐそばのコンクリート塀だった。

 誘導されるままに目線を向けると、コンクリートブロックが積まれたその塀に、これまた金属の衝突したような傷跡が残っている。


 「おそらく鉄の棒が欠けたのは、コンクリート塀にぶつかったからだろう。そしてこのコンクリート塀に、なぜこの鉄の棒が衝突したのかだが……」


 矢島は鉄の棒を持って、コンクリート塀の傷跡から判断した鉄の棒の飛んできた位置を逆算してゆく。

 コンクリート塀にぶつかった傷と鉄の棒が落ちていた地点から察するに、かなり高い位置から飛んできていることが分かる。

 矢島は塀のあたりから、軽く鉄の棒を放り投げた。

 そのまま放物線を描く鉄の棒は、庭の真ん中の方に飛んでいく。

 それを追いかけた矢島は、落ちる手前で難なくキャッチして立ち止まり、楓瞳子や藤堂の方へ振り返る。 


 すると楓瞳子が「へぇ」と何かに気づいたかのように薄く微笑む。

 藤堂はまだ気づかないようだが、矢島は一言付け加える。


 「ここは俺と嬢ちゃんとオッサンが、襲撃者にを食らった場所であり……、藤堂に命を助けられた場所だ」


 藤堂がシステムを作動させて庇ってくれなければ、おそらくあの屋敷で全員あっさりと暗殺されていただろう。

 あの時この場所で起きたことは何か。

 そこまで思考が巡って藤堂もようやく気づいた。


 「その場所で発生した、特時の矢島が特別視するような出来事といえば……そうか!」


 藤堂はハッと顔を上げて矢島を見る。

 矢島は頷いて答える。 


 「あぁ、襲撃者がシステムを使ったと思われる場所だ。この正体不明の鉄の棒。システムに使われたとしたら、重要な手掛かりにする価値があるだろう?」


 「やっぱりそういうことやね」


 楓瞳子は納得したように呟いた。

 襲撃者……その背後にいる遠堂が持つシステムについて、少しでも手掛かりが欲しい現状。

 鉄の棒と、システムによる瞬間的な移動。

 この二つが分かっただけでも成果は大きい。


 「それにこの鉄の棒……、襲撃者の撃った銃弾に弾かれ庭の端まで飛んでいったようだが、偶然とは思えないんだ」


 ボールペンサイズの鉄の棒をクルクルと手の中で弄びながら、矢島は続けて楓瞳子に依頼する。


 「ICチップの解析と同時並行して、襲撃者の使っていた銃と車から所有者を絞り込んでくれないか。この鉄の棒に付いているヘコみが、その銃の弾丸と一致するかも確かめて欲しい」


 それに楓瞳子は快諾する。

 もとより矢島の捜査は全面的に手伝うつもりだった。


 「ICチップで見せられへんかったウチらの実力、ちゃんと見せたらへんとアカンね」


 矢島は頼もしく思いながら苦笑いする。


 「たった一時間で屋敷を丸ごと一つ入れ替えた所業だけで、もうお腹いっぱいだぞ」


 そして呑気に笑いながらも、矢島は思考を凝らす。

 勿論遠堂のシステムについてだ。

 現状判明しているだけでも、遠堂は異なる二種類のシステムを持っていることになる。


 一つは事件の核であるタイマーを奪うシステム。

 こちらは宮内の持っていた『試製050』から推察するに、水時計の原理を応用したものだろう。

 これはほぼ判っているといっても過言ではない。

 だが問題は二つ目、襲撃者の使用していた、鉄の棒を使用していると思われる謎のシステムだ。

 この二つを攻略しない限り、遠堂と正面からぶつかる事は出来ない。


 しばらく顎鬚を撫でながら思考に耽る矢島。

 だが『一つ一つ目的を決めて行動すれば、自ずと真相に近づける』がモットーの矢島は、深く沈んでいきそうだった推測を打ち切って、楓瞳子に声をかけた。


 「ここに居ても思考が煮詰まりそうだ。楓さん、俺と少しだけ屋敷の跡地までデートしないか?」

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