26話『もう一つの新月亭』
楓瞳子に許可を貰った矢島は、仄暗い階段を降りて地下へと向かう。
彼女が案内してくれるそうだ。階段の突き当りの扉をくぐると、蛍光灯の白い光に照らし出された廊下が伸びていた。
地上のバーには無い眩しさに戸惑いながら、矢島は廊下を進む。
楓瞳子はいくつかある扉の一つをノックし、返事を待たずに中へ入る。
「ここに証拠が保管されてるで。好きなだけ見ていきや」
その部屋に入った瞬間に矢島は度肝を抜かれた。
まずその部屋は広大だった。
天井からは照明がいくつも吊るされて、まるで外かのように明るい。
部屋と言うより、空間と表現したほうがしっくりくるだろう。
そして、その空間には――宮内連太郎の屋敷『新月亭』が建っていた。
「……どういうことだ?」
矢島は目の前に広がる光景に唖然としたまま、思わず楓瞳子に訊ねた。
「見たら分かるやろ。あんたらが遠堂の手下に襲撃された直後の新月亭を、そっくりそのままこっちで再現しただけや」
楓瞳子は当たり前のようにいうが、模型で作るのとは規模が違いすぎる。
屋敷を囲むコンクリート塀と生け垣の内側は、全て再現されていた。
唯一足りないのは襲撃時に死んでしまった人間だけだろう。
矢島は思わず庭へと足を踏み入れる。
するとそこには落ちた薬莢や、抉れた地面、砕けた敷石が散乱していた。
襲撃者が土足で踏み荒らした縁側もそのままだ。
屋敷の中には、襲撃者が放った弾丸の爪痕がいたるところに残っている。
「どうやってこんなの再現したんだ?」
「全部ウチの会社の手作業や。宮内の屋敷は、護衛の依頼を受けたときからここに再現しとったから、大した手間やないんよ」
自慢げな顔で語る楓瞳子。
その後ろから藤堂が顔を覗かせてきた。
「どうだ矢島、驚いただろ? お前ら特時や敵対勢力の目を誤魔化すために必須のテクニックを、初めて見た気分はどうだ?」
藤堂は矢島の肩を叩きながら笑う。
彼の目にもクマが出来ていた。
夜通し作業をしていたのだろう。
「正直驚愕を通し越して驚嘆だ。楓さんの組織している規模がますます分からなくなった。だが、屋敷を一瞬で建て替えるなんてこと簡単に出来るのか?」
「屋敷はもともとここで再現してるっていうたやろ? あとは屋敷のパーツを持って行って、傷のついた部分を適当に交換するだけや。新月亭は最終的に燃やしてほぼ全壊やから、壁や床を取り替えたかどうかなんてもう分からんしね」
「なるほど……、屋敷をハリボテ同然にしてから放火したってことか。楓さんと手を組んでいて良かったよ。そうでなかったら、また最初からやり直しになるところだった」
矢島は庭に落ちている薬莢を拾いながら感心する。
ここは襲撃者の撒き散らした情報の宝庫だった。
弾丸の種類を一つとってみても、楓さんの組織の黒服が矢島たちに向けて撃った弾丸と、襲撃者が屋敷でばら撒いた弾丸では全く種類が異なる。
弾丸の種類が判明すれば、その弾丸を使える銃の種類が絞られて、銃の種類が絞られると販売ルートから買い手の身元まで辿り着ける。
さらに藤堂は矢島の推理に情報を追加する。
「襲撃者の移動手段は車だった。屋敷についてる監視カメラに映っていたんだ」
「車種まで公開してくれる襲撃者か……随分と余裕だな。全員抹殺できるつもりだったのか……それとも焦っていたのか」
藤堂が開いたノートパソコンには、監視カメラの映像が映し出されている。
拡大解析された写真もあり、車両前面に付いているエンブレムまではっきりと見えた。
「しかし……流石にナンバープレートは外されてる……か」
襲撃者は流石にそこまでサービスしてくれなかったようだ。
だが、車種はわかった。
五人乗りの高級車で、こちらも買い手を絞ることは十分に可能だった。
矢島は屋敷に残った証拠と、藤堂たちが撮ってきた映像や写真を真剣な目つきで観察する。
その様子を見ていた楓瞳子が質問した。
「どないや刑事さん? なんか証拠は掴めそう? ウチらは仕事柄、隠滅するのは得意やけど、数少ない証拠から目的のもんを見つけ出すのは不得意やからね。こっからは刑事さん頼りや」
矢島は振り返らずに答える。
「任せてくれ、こっから先は特時の得意分野だ」
そして笑った。
「今一番欲しい情報を見つけたかもしれない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます