25話『特時会議』

 「これより、タイムアウト事件における第三回特時会議を始める」


 長机がいくつも並べられた大きな会議室で、壇上に立った笠持はそう宣言した。タイムアウト事件に携わり、この会議に集まった特別時間管理課の人数は三六人。

 その全員が、尖った才能を持つ天才的な集団である。笠持はその顔ぶれを見渡して、揃っていることを確認すると、さっそく本題に入った。


 「僕たちが追っているタイムアウト事件が、昨日に入ってから大きく進展したことは、みんなも知っていると思う。皆の認識をここで改めて共有したい」


 笠持和也は続けて言う。

 今日の会議の命題である。


 「事件に介入してきた矢島悠介という、現状の最重要人物についてだ」


 事件の最残線を走っていた笠持と雨宮ですら、お互いの持っている情報は把握しきれていない。

 これでは他の特時のメンバーと迅速な連携を組むのは到底不可能なのである。

 だが、矢島悠介について話を聞けば、昨日の一件は丸ごと把握できるはずだ。

 この会議は、雨宮と大橋の話を聞いて状況確認するのが主な内容となるだろう。

 笠持は雨宮に目配せし、説明を促す。


 「まず初めに、雨宮千里の持っている矢島悠介の情報を話してもらおうと思う。千里ちゃんお願いします」


 呼ばれた彼女は立ち上がり、笠持の立つ壇上に上がりマイクを受け取る。

 手には封筒を持っていた。彼女はその封筒の中から、顔写真を取り出してゆく。雨宮が会議前に指示し、特時のメンバーが用意してくれていたものだ。取り出した写真を、壁にかけられたホワイトボードに貼り付けてゆく。


 顔写真には議題になっているイレギュラー『矢島悠介』。


 矢島の一番近くにいた重要参考人『大橋一』。


 犯人の一人であり被害者でもあった『宮内連太郎』。


 宮内の護衛をしていた『黒服(unknown)』


 事件の黒幕で、特時が総力を上げて追求している『遠堂総司(unknown)』。


 遠堂の部下と思われる『襲撃者(unknown)』



 笠持は雨宮の様子を見ながら歯噛みする。

 事件に関わる半数以上が、未だに正体不明で黒いシルエットに名前を書き込んだだけ。顔すら判明していない。

 前代未聞で暗中模索。

 この会議で出来るだけ多くのことを収穫せねばならない。


 「昨日、十一月十七日の早朝。市内の高層ビル群の路地裏で寿命タイムアウトしていた五人目の被害者一話冒頭を発見した二時間後、宮内連太郎氏の事務所に張り込みを行っていた私が宮内の黒服に発見された……そこまではみんなも知っているわよね?」


 雨宮は説明しながら、黒服の写真から雨宮の写真へと矢印を引いて、『口封じ』と書き込む。


 「私が市街地を逃走中に、問題の矢島悠介が現れた。その矢島を止めてくれたのが、ここにいる大橋一さん。大橋さんから遠堂の名前を聞いた矢島は、大橋さんから話を聞くために喫茶店へと向かった……」


 今度はホワイトボードにある矢島の顔写真から大橋へと矢印を引いて、『接触』と記入。

 ここまでは笠持や雨宮だけでなく、特時の全員が知っている情報だ。

 だが、この段階では矢島に対応している余裕は、雨宮になかった。

 黒服の追撃から逃れるので精一杯だったのだ。


 だからここから先は、大橋一に頑張ってもらわなければならない。

 ここに重要な話があるかもしれない。


 「大橋さん。矢島と出会ってから、宮内の事務所に向かうまでの間に、彼が言っていた内容や行動を教えてください」


 「は、はい……」


 雨宮に話を振られた大橋は、緊張した面持ちでマイクを受け取る。

 彼は壇のわきにある椅子に座ったまま、思い出すように一つずつ呟くようにして話してゆく。


 「最初は……私が遠堂さんの名前を出したことに矢島さんが反応したのが切っ掛けです。彼は警察と言ってましたから、詳しい話が聞きたいと言われて協力できることは出来るだけ話そうと思ったんです」


 「矢島は警察だって言ったの?」


 「はい、警視庁直轄の特別時間管理局時間管理課だって……長いから特時とくじと呼んでくれとも言っていました。……他には、特時は極秘組織で……タイマーが発見されてから発足し、時間に関する特殊な事件を解決するための部門とも言っていた気がします」


 大橋は自信なさげに言う。

 会話の内容をハッキリ思い出せているか、イマイチ不安があるのだろう。

 だが、大橋の発言に特時の全員が息を飲んで驚いた。

 笠持は訊ねる。


 「大橋さん。それは……本当に矢島が言っていたんですか?」


 「……はい。間違いないと思いますが」


 笠持は舌打ちしそうになった。

 実際に部屋の奥の方からは舌打ちが聞こえた。

 雨宮は特時のメンバー全員が思っていることを代弁する。 


 「全部矢島の言うとおりね。彼は本当に特時と無関係なのかしら?」


 「特時の過去のメンバーのリストにも居なかったし、現役の警察官でもないそうだよ」


 笠持は朝のうちに、笠持の身元を調べるように頼んでいたが、結果は芳しくない。

 無関係な……もしくは特時を知っている暗部の人間か……。

 どちらにしても無関係なのにもかかわらず、特時の発端を知っていることが問題だった。

 特時は矢島の言ったとおり、警視庁直轄の極秘組織。

 他人は愚か、親戚一族にも所属を明かせないような部門である。

 理由は様々だが、一番重要なのはシステムを運用するような社会の暗部と渡り合っていることが挙げられる。

 特時という身分を公にするということは、暗部にその身を狙われる可能性があるということなのだ。


 一同が沈黙するなか、雨宮は矢島の顔写真の下に『特時の存在意義を知っている』と書き込む。


 特時の大枠を知りながら、笠持と雨宮やパトカーで新月亭まで助けに来た花田の顔を見ても、一切反応がなかったことを考えると、内情は知らないのかもしれない。

 『特時の構成員は知らない』と追加された。

 そして雨宮はザワめきが落ち着くのを待ってから、話の中心を大橋に返す。


 「すいません大橋さん。続けてください」


 「はい。矢島さんが話したことと言えば……私の身の上話を聞いてもらい……」


 大橋は遡るようにして言葉を紡いでゆく。

 そして手を打った。


 「そうだ、マネーカードを一見しただけで、システムかもしれないと言っていました。当時の私にはさっぱり意味不明な言葉でしたが、矢島さんは事件がシステムによって引き起こされていることを知っているような素振りでしたね」


 「矢島悠介は、最初からシステムと知っていて事件を追っていたのか」


 特時の中の誰かが、思わずといった口調で呟いた。

 笠持は矢島がシステムのことを認識していることは、昨晩の会話から知っていたが、他の特時はそうではない。

 彼らは矢島の行動に、驚きを通り越して呆れすら覚えていた。

 行動がまるで特時そのものではないか。 

 矢島は味方なのか敵なのか。

 笠持も頭を抱えたくなったが、なんとか堪えて大橋に続きを促す。

 大橋の報告を聞くたびに驚いていては、会議が進まない。


 「それから矢島は何をしたんだい?」


 

    ***



 大橋は風景を思い出していた。

 笠持と初めて出会った河川敷である。

 家族と家を失った大橋は、そこで笠持とともに二晩過ごした。


 十七日のお昼すぎに、そこへ矢島も連れて行った。

 矢島と笠持を会わせるためだ。聡明な笠持がいれば、矢島という刑事の捜査の助けになると思っての行動だった。その時は、笠持の方が本当の特時で、矢島が嘘を付いている可能性なんて一瞬たりとも考えなかったし、今でも矢島のことは特時だと思っている。

 彼は本気で事件と立ち向かっていたように感じられるからである。


 「それから……笠持さんがいなかったので、矢島さんは遠堂の事務所に行くと言い出して、私を置いて私の教えた事務所へと向かいました」


 その時大橋が遠堂だと思っていた老人が、宮内だとは露にも知らなかった。

 そこまで話した大橋に、疑問が過ぎる。


 「笠持さんは、宮内が偽名を使っているって知っていたんですよね? どうして私や矢島さんの前では遠堂だって言っていたんですか?」


 笠持は直ぐに答えた。


 「騙していたわけじゃないんだけど、隠していてすまない。僕はシステムの内容を知るために、宮内と接触したんだけれど、その時に宮内って直ぐに気づいたんだ。だけど、僕はあくまで金に困った一般人のフリをする必要があったのさ。被害者が借りた相手は遠堂であって宮内じゃない。僕は役割上、宮内は知らない人間ってことになるからね」


 そういう訳があったのかと、大橋は妙に納得した気分になった。 

 そう考えると、寒空の下野宿していたのもうなずける。

 笠持は貧乏で金を借りたという役を徹底的にこなしながら、宮内の動向を探っていたのだろう。


 話を聞いていた雨宮が、ホワイトボードに『昼過ぎ宮内の事務所へ』と書き込むと、一旦ペンを置いた。


 「午前中の矢島の動きは大体わかったわね」


 笠持が頷く。

 そして、ここから先の展開は笠持も知っている。事務所で返り討ちにあった矢島が、事務所裏手の河川敷で気絶しているのを発見するところまで、矢島の行動は中断されていたのだ。


 それが午後八時半。

 矢島と接触した笠持と雨宮は、素性を隠しながら役割にあった身の上話を話して聞かせた。そうして矢島が、特時を名乗っていることや、システムについてかなり詳しく把握していることを知り、疑念は一気に深まることとなった。


 雨宮は午後八時半まで『空白』と書き込み、確認するよに言う。


 「問題は、午後十時二十分頃。黒服の追撃によって、私と和也が、矢島と別行動になったあとね」


 執拗な追撃と、大破炎上するワゴン車に阻まれて別行動を取らざる得なくなったあと、新月亭で再開するまでの間にあったことを教えてもらわなけらばならない。


 しかし、そのタイミングで矢島は笠持たちを驚かせるような行動は、ほとんど取っていなかった。むしろ必死に事件解決を目指しているという印象さえ受ける。バイクを盗み出したことは咎めるべきだが、これまでの件と比べると大した問題ではない。


 再び事務所に向かった矢島が、順当に宮内の住む新月亭を特定し、正面から訪問したというだけだ。


 唯一驚いたのは、自らのタイマーを一旦ゼロにしてまで、宮内を欺こうとした覚悟の深さだろう。

 そして彼は失敗しなかった。

 そのことに笠持は少し笑えてきた。

 笠持は同じことをして、失敗したのだ。

 笠持には特時という強力な仲間がいたにもかかわらず……、そして矢島はたった一人きりだったにもかかわらず……。


 それを見た雨宮が心配そうに笠持の手を握る。


 「和也……、顔色悪いけど大丈夫?」


 「あぁ、大丈夫さ」


 運の悪さを嘆いたって仕方ない。

 笠持は、思考を切り替えると大橋に訊ねる。


 「生き返ったってのはわかったけど、矢島はどうやってどうやって生き返ったんだい?」


 しかし大橋が答えようとすると、雨宮がそれを遮った。


 「ここから先は私が説明するわ。大橋さんありがとう。あとは話の中におかしなところがあれば教えて頂戴」


 雨宮が大橋からマイクを返してもらいお礼を言う。

 すると、大橋もホッとため息をついて、緊張していた姿勢を幾分か崩した。

 大勢の……、それも警察の前で昨日の行動を細かく説明するのは相当なプレッシャーだったのだろう。


 そして雨宮の言うとおり、ここから先は雨宮も一緒に行動していたため、観察眼に優れた雨宮の説明の方が有用なのは確かである。


 「和也がタクシーでくれた四十年分のタイマーで、私が矢島を生き返らせたの」


 そして雨宮が言ったとおり、矢島復活の奇跡に大したドラマはない。

 それよりも雨宮が気になったのは、笠持の行動だった。


 「どうして和也は、正体不明の矢島にタイマーを渡そうと思ったのかしら?」


 笠持は、なるほどもっともな質問だと感心した。

 矢島を疑うように言っていたのは笠持自身であったからである。

 もちろん理由はあった。


 「あの時の僕は、正直黒服からの追撃を逃れるのは不可能だと察していた。僕たちの逃げるルートを知っているかのように、隙なく追撃してきていたからね。捕まったら持っているタイマーは失ったのも同然、事件解決に奔走している矢島に渡すのが、一番現実的だと思ったんだ。

 そしてもうひとつの理由なんだけど、矢島がシステムに囚われていたからだね。

 彼には、いろいろ聞きたい話があったから、無駄死にされるわけにはいかなかったんだよ」


 笠持がゆっくりとわかるように説明すると、長机の方から女性の声が聞こえてきた。

 雨宮と同じ休憩室に泊まっている御崎花陽みさきはなよである。


 笠持が「どうぞ」と許可すると、御崎は立ち上がり質問する。


 「笠持さんと雨宮さんの話を聞く限り、その矢島が生き返ったのは……非常に偶然が重なり合った綱渡りのように聞こえるのですが……」


 御崎の言うとおりだった。

 矢島が生き返るまでに必要な、偶然の肯定は四つある。

 笠持が雨宮にタイマーを渡すこと。

 雨宮が殺されずに、新月亭へと拉致されること。

 大橋が雨宮を起こすこと。

 彼女が、タイマーを入れ直したら生き返るという知識を持っているということ。


 何度考えても、偶然に頼りすぎである。

 笠持はある可能性を思いつく。実際矢島は、寿命タイムアウトしておらず、死んだふりをしていたのではないかということだ。

 だがそれを会議でみんなに言ってみると、雨宮から否定が入った。


 「あれは死んだふりなんかじゃないわ。確実に死んでいた。私が触れて、見て、確認したから、タイマーを打ち込んだのよ」


 「となると……考えられる可能性は限られてくる」


 雨宮がつぶやくと、会議室にいた特時の全員がそれぞれの表情で沈黙した。


 矢島もシステムを所有し、システムを使用している可能性が出てきたのだ。

 だがそうなると説明のつくことがある。

 どうしてシステムについて、細かく知っていたのかということである。


 「しかし……、それでも矢島の目的がわからないね……」


 十七日の矢島の動きを知っているだけ思い出し、ホワイトボードに書き込んでいったが、事件を革新的に進める情報は少ない。

 だが笠持の中で、今後の方針は決まった。


 「これまた遠堂へ直接向かう道からは外れるけど、僕たちは矢島の足跡を追おうと思う」


 屋敷の中で発生した襲撃は、もう特時の中では共有されているし、矢島が車を使って逃げたということも、雨宮の聞いた矢島の言葉から判断できる。

 内容から判断するに、黒服の一人と行動を共にしている可能性もあり、そこから探るのは悪くないはずだ。


 「矢島は遠堂を追っている。矢島が順調に遠堂へ近づけば、矢島を追う僕たちも遠堂の手掛かりを掴むヒントになるかもしれない」


 遠堂の捜査を矢島任せにするような発言に、特時の一部からは不満も上がったが、笠持はそれをなだめてこういった。


 「一つ一つ目的を決めて行動したほうが、案外早く真相に近づけるのさ」


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