23話『手掛かり』
午前九時五十分。
楓瞳子の組織専用のバーのソファで寝ていた矢島は目を覚ました。
「やっぱり、完全に疲れは取れねぇか」
思い切り伸びをしながら時計を確認する。
もう朝はとっくに過ぎていた。
だが、矢島が寝る前と状況は変わっていなかった。
すると、矢島が目覚めたことに気づいた楓瞳子がやってきた。
「ゆっくり寝れた……って、ゆっくりできるわけないか。その目のくまを見たら一目瞭然や」
楓瞳子はクスクスと笑う。
指摘されてから矢島は参ったなと、顔を揉みほぐす。
疲れたから二度寝するなんて通用しない。
こうしている今も、遠堂はシステムを使ってタイマーを奪っているかもしれないのだから。
そこまで考えてから、矢島は訊ねる。
「そういえば楓さん。遠堂の居場所は分かりそうか?」
マネーカードに埋め込まれていたICチップの通信機能を使って、遠堂の居場所を逆探知しようという話だ。
しかし、楓瞳子の反応は芳しくなかった。
「全く成果なしや。最初はICチップが受信するのを待ってたんやけど、音沙汰なしやったから、ウチらから発信して遠堂の場所を探そうとしてんけど……」
どうやら何一として反応が返って来なかったそうだ。
通信機能があるということは、何かしらの通信をしているはずなのだが、この五時間音沙汰なし。
楓瞳子は言う。
「ウチらの預かってるマネーカードは、もう通信してない……ただのガラクタかもしれへん」
手がかりが、全く使えなくなっている。
矢島は楓瞳子の言葉を聞いて、目眩がしそうだった。
目眩がしそうだったが、矢島はなんとか堪えて冷静に考えてみる。
そもそもマネーカードの入手経路はどうだったか。
今矢島が楓瞳子に預けているカードは、もともと大橋一という被害者のものだった。
そのカードを、矢島は宮内を黙らせるために借り受けた。
借りたカードと契約書を使い、宮内をシステムと結合させることに成功した。
それでカードの所有者は、大橋から宮内に上書きされたはずだ。
大橋一はシステムから開放され、宮内をシステムで縛り付ける。
しかし宮内は、矢島が契約させたもの以外のシステムに殺された。
状況からして遠堂だろうと、あたりをつけている。
そして宮内が死んだことによって、カードの所有者はいなくなった。
そこまで考えてようやく思いついたことがあった。
「そのマネーガードの所有者が死んだってことは、もう通信する意味がないってことなのか?」
だがこればかりは矢島は確信を持って言えない。
水時計のシステムを、一度は暴いているが、全貌を掴んでいるわけではない。
他の理由で通信を中断している可能性もあるのだ。
「楓さん。済まないが、もう少しだけマネーカードの解析と、遠堂の居場所を特定するのを続けてくれ」
「刑事さんはどないすんの?」
「俺は一度、宮内の屋敷に戻って手掛かりを集めなくちゃならない」
矢島はスーツの皺を出来るだけ手で伸ばしながら立ち上がる。
あれだけ派手な銃撃戦を繰り広げたからには、普通の警察がいるかもしれない。
だがそれならそれで、話を聞かせてもらえるだろう。
この事件は特時の管轄なのだ。
だが、楓瞳子は首を振る。
「その必要はないんよ」
「どう言う意味だ?」
「今屋敷に行ってもなんの証拠も出てこうへん。証拠は全部ウチらが回収してるんや。気になることがあったら社員たちに聞いてな」
矢島は素直に関心した。
行動が早い。
楓瞳子は闇に生きる人間なだけに、情報の重要性をわかっている。
しかも藤堂はシステムを使っていた。
襲撃者との抗争の跡は、如実にシステムの性質を語ることになり、システムの性質がバレることは組織の存続にとって致命的。
事件現場をいち早く洗ったおかげで、第三者に必要以上の情報が漏れることを防げたわけだ。
そんな楓瞳子は、意地悪な笑みを浮かべてこういった。
こういう仕事は日常茶飯事なのだろう。
「今頃屋敷を捜査してる警察は、ただの火事やと思ってるんとちゃうか」
「それはありがたい。じゃあ、社員に話を聞いてみるとするか」
楓瞳子の周到さに矢島は礼を言う。そして彼女に連れられて地下に繋がる階段を降りていった。
彼は内心ほくそ笑む。
これで事件の証拠を入手出来るのは、楓瞳子の組織以外は矢島だけとなったのだ。
屋敷の証拠があれば、遠堂の送り込んだ襲撃者の使っていた、謎のシステムが判明するかもしれない。
失ったと思った遠堂への手掛かりを、一方的に手に入れることが出来る。
この「タイムアウト」事件に、一刻も早く終止符をうななければならない。
覚悟は……事件が始まる前から決まっていた。
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