22話『確認要項』
病室のベッドで寝ていた笠持の様態を確認した雨宮。
彼女は長岡が置いて帰ったお土産のフルーツまで手を伸ばし頬張っていた。
「それで……、和也もずっとここで寝てたんじゃないんでしょう?」
バナナを一本平らげた彼女は、ようやく話の本題に入った。
どうやら朝食も食べずにここへ来たらしく、相当腹が減っていると、特時の激務に愚痴を言っていた。
だが、もうお腹は満たされたのか、先程までの不機嫌さは消えている。
そして笠持も長岡から聞いた話を、今度は雨宮にすることとなった。
「宮内の屋敷……『新月亭』は、火事で半壊らしい。暖房器具が倒れて布団に燃え移ったのが、出火の原因だろうと長岡さんが言っていた」
笠持は記憶のノートをめくりながら、話を続ける。
「被害者は宮内夫妻と使用人二名と雇われの護衛四名。その合計八名が全員焼死体で発見されたそうだ。……人数に間違いはないかい?」
雨宮に問う。
彼女は少し考えたあ、首を振った。
「ごめんなさい、わからないわ。部屋に監禁状態だったから、あまり把握していなくて……、でも黒服が一人、庭で銃殺されていたはずよ」
彼女は自分で話していて何かに気づいたかのように、顔を上げる。
そして笠持も気がついた。
「……庭で銃殺されていたのに、発見されたときは焼死体……か」
「もしかしたら、屋敷自体が倒壊して庭先で倒れていた黒服の人ごと巻き込んで燃えたのかもしれないけれど……」
「あぁ」
どの可能性もあるが、これは再び雨宮を連れて現場に出直したほうがいいだろう。
まだ特時の中で、笠持や雨宮の得た情報が共有されていないので、後手後手に回るもどかしい捜査が、朝から続いているようだ。
そう考えてから、ようやく襲撃現場にいたもうひとりの知り合いを思い出した。
「千里ちゃん。大橋さんがどこにいるか知っているかい?」
大橋もいれば、正確な現場分析をできるだろうと考えたのだ。
「大橋さんは、多分捜査本部でぐっすりよ。私と花田さんが捜査本部にパトカーで到着した時には、大橋さんは極度の緊張と疲労のせいで熟睡してたしね」
それなら問題ないだろう。
現場検証をするときに、起きてもらえば十分だった。
とはいっても、大橋にはこれから数日間、大変な事情聴取を受けてもらわなければならない。
彼も事件に深く関わってしまっている被害者の一人であった。
「それと次に……、これが一番重要なんだけど、現場を調べた花田さんと長岡さん曰く、銃撃戦や人が暴れた痕跡が無かったらしい」
この一件のおそらく決定的な何かが隠されている。
そんな予感を笠持は感じていた。
しかし笠持の言葉に、雨宮は大きなリアクションは見せなかった。
その逆。
少し考えたあとで、彼女は冷静に推理する。
「なるほどね。銃撃戦のあとを綺麗サッパリ片付けた連中がいるのね。そしてそれは襲撃者……」
笠持も彼女と同じ考えだった。
「あぁ、僕もそう思ってる。おそらく彼らは、銃弾銃痕を消したあとに屋敷に火をつけたのでしょう」
この国に、銃火器なんて普及していない。
落ちている銃弾一つで、どの銃が使われたかなんて一発で判明するし、銃痕があればその角度や深さなどから、襲撃者の発砲地点まで正確に測ることが出来る。
それに雨宮と大橋の記憶を当てはめれば、銃撃の閃光爆音で不明瞭だった当時の状況が緻密に再現できたであろう。
「やられたわね」
「あぁ、捜査関係の才覚尖ったエキスパートが集まっている特時だが、落ちている銃弾どころか壁のどの部分を修復したかまでわからなくするほどの技術を持ち出されるとは……。銃痕が残ってそうな屋敷内の壁は、全部火事に巻き込まれているらしい」
さて、打開点はないだろうか。
このことを笠持に報告した長岡も特時のエリートである。
間抜けな見落としはないだろうし、今笠持たちが病室で思いつく程度のことは、もう調べ済みだろう。
悩む笠持に雨宮は呟いた。
「やっぱり……今度は矢島を追いかけて見ないといけないかもしれないわね」
必然的にそうなるだろう。
笠持は賛同の意で頷いた。
矢島はこの事件について、笠持や雨宮と会う前から知っていて、それを追っているような素振りだった。
「あの矢島は、私たちの知らない何かを知っている……」
確信めいた予感を呟く雨宮。
矢島の行動を思い出せれば、何か手がかりがあるかもしれない。
だが笠持が彼と交わした言葉は少ない。
雨宮は比較的矢島と会話を重ねて、情報を持っていないかと勘ぐったが、不可解な点が多すぎて思考がまとまらない。
そして悩む雨宮を察してか、もしくは沈黙に耐えられなかったか。
一旦泥沼の思考を断ち切り、整理しようと言葉を出した。
「矢島の件は、一から順に追っていかないといけないようだね」
それを聞いて、雨宮も顔を上げる。
「そうね……。じゃあはじめは……」
「いや、ちょっと待ってくれ」
話そうとした彼女の言葉を割り込んで止める笠持は、続けて提案する。
「それは、捜査本部の会議で話して欲しい。特別時間管理課の全員で共有しなくちゃいけない知識だからね」
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