16話『襲撃者』
屋敷中で断続的に聞こえてくる銃声。
それと共に響き渡る宮内家の使用人たちの悲鳴。
足をすくめている暇なんて襲撃者は許してくれない。
「おいあんた!! あんただってこんなところで死にたくないだろ! 車を出してくれ!」
足元フラつく大橋の背中を押しながら、矢島は叫ぶ。
直前まで掴みかかって怒鳴り合っていたことなんてもう関係ない。
後ろから迫り来る襲撃者の方が、圧倒的に驚異なのだ。
「あぁわかったよ! クソッ! こんなの依頼料に入ってねぇぞ!!」
矢島号令で黒服二人を含めた五人は廊下から庭に飛び降り、ガレージに急ぐ。
その直前。
バンッ!
一発の銃声と共に、黒服の一人の右肩に風穴が開いた。
「ぐぁあああああああ!!」
矢島の横で黒服が芝の上に転がるのを見て、
「もう追い付かれた!」
と、矢島は苦虫を噛み潰したような顔で背後に目をやる。
四人の襲撃者がこちらにライフルを向けていた。背筋が凍る。
息を飲む余裕すらくれなかった。
四つの銃口が同時に火を吹き、閃光が深夜の空を白く塗りつぶす。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!
「――ッ!!」
正確無比な銃弾が突き刺さる間一髪で、矢島は雨宮と大橋を突き飛ばし屋敷の壁の裏に隠れてやり過ごす。
しかし、右肩を撃たれ負傷していて身動きできなかった黒服は、鮮血を撒き散らして絶命した。
緑の芝生に真っ赤な花が咲き乱れる。
もう一人の黒服は見当たらないが、自分でなんとかしたのだろう。黒服のことは一端忘れ、思考を雨宮や大橋に戻す。
銃声は鳴りやんだが、襲撃者は直ぐに回り込んでくるだろう。
「おちおちしてる暇はない。オッサンと嬢ちゃん! このまま車まで走るぞ!」
ポケットに突っ込んでいた拳銃を取り出しながら、矢島は歯ぎしりする。
もう残弾が零だった。
舌打ちをしてガラクタになった重りを放り捨てる。
だが、絶望はそれだけに留まらない。
それは、走出そうとした矢先。
今まで背後に居た筈の襲撃者がその場から掻き消えた。
では何故それが、絶望なのか。
「さっきまで後ろにいたってのに、どうして突然目の前から湧いて出てくるんだ!!」
そう、まさにテレポートの如く一瞬で、目の前の暗闇へと襲撃者が移動したのだ。
驚愕し足を止めた雨宮に、襲撃者は容赦無く引き金を引く。
状況が理解できないまま、雨宮は頭を抱えしゃがみ込み、大橋もよろけて尻餅をついてしまう。
咄嗟に矢島は何かを取り出そうと、胸ポケットに手を伸ばすが間に合わない。
そして――
――音が消えた。
超至近距離から放たれるライフルの炸裂音が無数に重なり、聴覚が吹き飛んだ。
火薬の匂いが蔓延し、銃弾が土を穿つ。舞い上がった粉塵が視界を奪う。
銃声が鳴り響いていた時間は三秒にも満たない時間だったが、体感時間はそれの何十倍にも達することだろう。
雨宮の無残な死を想像しながら、矢島はゆっくりと目を開いた。
しかし、そこで矢島は気づく。
雨宮の後ろを一緒に走っていた矢島は、何故かすり傷一つ受けていないのか。
音の洪水、銃弾の雨、そう表現しても足りないほどの銃撃の射線に入った時点で、五体満足なわけがないのだ。
「大丈夫か!? 嬢ちゃん!」
戸惑いながらも、砂塵に隠れる雨宮に声をかける矢島。
「えぇ、なんだかわからないけど大丈夫よ!」
予想に反して元気な声が帰って来て、その声音に苦痛がないことから無事だと悟る矢島。
だが一つ謎が残る。
「どうして、生きてるんだ?」
それは舞い上がった砂埃が夜風に流され、視界が晴れると明らかになった。
「仕事でもねぇのに”コイツ”を使ったら、社長にぶん殴られそうだが……、先に手を出したのはお前らだ。覚悟してもらうぞ!」
そう言って獰猛に笑ったのは、先ほど宮内の遺体の前で怒鳴り合っていた黒服の男であった。
彼は襲撃者の前で仁王立ちし、足元に勢いの死んだ銃弾と襲撃者の一人が転がっている。
転がっている襲撃者は、意識を刈り取られたようで完全に伸びていた。
遠堂の刺客と思われる襲撃者の一人を瞬く間に無力化している黒服に、矢島は困惑して問う。
「あんた、今の一瞬でいったい何をした? どうして銃撃に晒されて平気なんだよ!?」
襲撃者も同じように警戒したのだろう。黒服から距離を取るように一歩下がった。
その様子を見て、銃弾の雨を難なく防いだ黒服は答える。
「何を驚いているんだ刑事さん。今日は一日中お前らと追っかけっこしていたが、俺の本業は裏社会のVIPの護衛だぞ。暗殺や闇討ちの凶弾凶刃程度は軽くあしらえる方法を知っているだけだ」
「宮内の下っ端の所属なんて知るわけないだろ。だが、至近距離で銃弾を弾く……、そんな人間離れしたことが出来るのはシステムか!? 宮内だけでなくあんたたちまでシステムを使うのかよ!」
「止めるなよ刑事さん。お前らを守ったのは口止め料の先払いだ」
言外にシステムを使っていると肯定する黒服。
だが、矢島にはどうすることもできない。なにせ襲撃者にまともに太刀打ち出来るのは、おそらく黒服だけだからだ。そして言い終わるや否や、黒服は拳を握りしめて三人の襲撃者に殴り込む。発砲音だけで吹き飛ばされそうになるほどの銃撃の中、その全てを防ぎきるシステムがあるのだ。
向かってくる黒服に、ライフルを突きつけるだけの襲撃者では、もう勝負は着いたも同然だろう。
襲撃者から放たれる銃弾を、回避の挙動も見せずに体で受け止めて、その上で何事も無かったかのように前進する黒服。
その様は猪突猛進さながらであった。
そして、彼は風が唸るほどの勢いで腕を振り下ろし、襲撃者の脳天への強烈な一撃をぶち込んだ。
銃弾が聞かないことに動揺し、その場で釘付けになってい襲撃者は、その一発でぐしゃりと地面に崩れ落ちる。
抵抗の隙すら与えない必殺の一撃。
勢いそのままに、彼は残る二人に標準を合わせる。
同じように空を駆ける銃弾を無視して襲撃者の懐に潜り込み、人一人を一撃で轟沈させる豪腕を水平に振り抜いた。
ズバァン!!と、風を切る音が響く。
だが、そこまでだった。
轟いたのは風を切る音だけで、肝心の襲撃者がそこにいない。
そこで矢島の表情が少しの安堵から一転、驚愕に変わる。
そう、視界から一瞬にして姿を消すのを矢島は一度見ている。
だからこそ一番に気がついた。
黒服の頭上五メートル程の空中に、姿を消した襲撃者が再度現れたのだ。
「おい黒服、上だ!!」
黒服は慌てて夜空を仰いだが間に合わなかった。
ライフルの銃弾すら跳ね除ける黒服を、襲撃者は大きく振り回した蹴りだけで、後方へ吹き飛ばしたのだ。
「がぁああああああああッ!!」
黒服は何とか悲鳴を上げるだけで食いしばり、倒れることはなかったものの、ダメージは甚大だと見て取れた。
強大な暴力の応酬。
黒服と矢島は大きく動揺し、底の知れない襲撃者を恐れた。
危機を悟った矢島は叫ぶ。
「クソッ! 化物かよ! だが今は勝つとか負けるとかじゃない。そもそも最初から負けなんて確定しているんだ!! 何も準備せずに遠堂に勝てるわけがない無いとわかっていたから、初手で逃走を実行したんだ!! 黒服が食い止めている内に逃げるぞ! お前ら!」
そう、これは戦闘ではない。最初から逃亡なのだ。
襲撃者を倒せているのは、相手に対して予想外の行動を取れた黒服がいたからであって、奇襲以外では歯が立たない。
ライフルの銃口を向けられている恐怖から意識を振り切り、矢島達三人は走り出す。
黒服は内臓からせり上がってくる血の塊を吐き出して、車へと走る矢島たちの盾となる。
ただの銃弾を防ぐだけならシステムが勝手にやってくれる。
あとは、矢島達が車を動かして俺はそれに飛び乗ればいい。裏切られて置いていかれてもしがみついて逃げてやる。
黒服がそう全身に力をみなぎらせた直後。
また目の前の襲撃者の片方が姿を消した。
「なんのシステムだよそれっ!! おい刑事! そっちに一人いったぞ!!」
黒服のそれは、ほとんど予感だった。逃げ出す矢島たちを仕留める方法は、挟み撃ちが妥当と考えたのだ。
しかもその予想は的中した。
ようやく車にたどり着き、渡されていた鍵で開錠した瞬間に、車の進行を阻むような位置に襲撃者が転移してきたのだ。
矢島は目を見開き舌打ちする。
「もうちょっと大人しくできねぇのかクソッタレ!!」
矢島は絶叫するが、襲撃者には通用しない。
襲撃者は一言も発することなく引き金に指をかけ、黒服と違ってなんの防御もない矢島たち目掛けて発砲する。
しかし、その銃弾が矢島たちを貫くことは無かった。
ドガンッ!! ボゴ!
生々しい不快な音が鳴り響いたのだ。
直後に盛大なブレーキ音が鳴り響く。
玉が銃口から飛び出す直前に、無点灯のパトカーが、路上に出ていた襲撃者を車体ごと体当たりして轢き飛ばしたのだ。
大質量の鉄に体当たりを食らった襲撃者は、アスファルトの上を二転三転し、電信柱にぶつかってようやく停止した。
絶句する矢島たちに、パトカーから声がかけられる。
「事情は把握している!! 早く乗ってくれ! 一旦仕切り直しだ!」
襲撃者を撃退したこの警官は、どうやら知っていてこの死地に飛び込んで来てくれたらしい。
「た、助かった~」
そしてその救援にいち早く反応したのは雨宮だった。
「オジサンさん刑事さん! 早く逃げよう!」
「あぁ、最高のタイミングだ! だが、俺はいい。俺はこっちの車で足止めしてくれてる黒服を回収して逃げ出す」
矢島は先にいけと顎で促すと、彼は宮内家の車に乗り込みエンジンを回す。
ようやくこの地獄から抜け出せる。
アクセルを底まで踏み込み急発進すると、助手席のドアを開けたまま黒服の横を通り過ぎる。
黒服は、矢島の意図に気づくと、全速力で走り出した車に開いたドアから飛び乗った。
襲撃者はフロントガラス越しに矢島を撃ち抜こうとしたようだが、矢島はそれを身を屈めてやり過ごすと、そのまま『新月亭』の門をくぐり抜け、襲撃者から完全に身を暗ますため闇夜を走り出した。
「ハァ……ッ。助かった。助かったが、俺たち以外皆死んだ」
「あぁ、しかも突然現れた警察官が居なかったら、なんのひねりもなく全滅だった」
矢島は玉のような汗をスーツの袖で拭い取り、荒ぶる心臓を落ち着かせる。
「なあ、刑事さん。これからどうするんだ。今回の一件で俺たちは完全に遠堂に目を付けられたぞ」
ようやく助手席で体勢を立て直した黒服は、ハンドルを握る矢島に尋ねる。
「襲撃者はシステムを使っていた。おそらく遠堂から渡されたものだろう。システムに対抗するにはシステムを使うしかない。あんたたちの協力が欲しい」
「俺たちだってシステムを使っているんだ。本来刑事さんが取り締まる相手だぜ?」
「相手は遠堂だから、こっちも贅沢は言ってられない」
疲労困憊といった表情で、矢島はシートに持たれる。
「なるほどな。俺たちとしても、システムに詳しい本職がいてくれると何かと都合がよさそうだ」
黒服は笑い、煙草に火をつけると、ふぅと窓の外に煙を吐き出す。
「一時休戦」
二人は拳を突き合わす。
「一旦同盟だ」
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