15話『決着・・・?』

 矢島が宮内にシステムの正体を見破ったと宣言する。

 追い詰められた宮内は、突きつけられた契約書を眺めながら呟いた。


 「このシステムが人を殺すのに十分足りると知っていて、ワシに契約を求めるということは、もうここまでと言う訳じゃな」


 その声には諦めの色が浮かんでいた。

 拳銃を押し付けられるばかりか、システムに縛り付けて逃げ道を完全に断てれていては無理もない。

 矢島に渡されたペンで契約書に、彼は素直に名前を書く。そしてそのまま呆然と天井を見上げた。


 「さっさと諦めてくれて良かった」


 契約書を取り上げて矢島は部屋を去る。

 その直前に、宮内は独り言をこぼした。


 「何を……ワシは間違えたのだ……」


 無視しておいても良かったが、矢島は答えた。


 「全部だクソッタレ。システムに手を出し人殺しにまで手を染めた、そんなお前の行動全部だ」


 吐き捨てるように言うだけ言って、一瞥いちべつもせずに矢島は立ち去る。


 「そうか……」


 部屋には諦めてうな垂れる老人だけが取り残され、数分後には寿命を迎えた。



  ***



 呆けた白髪の老人は、もう何もできないだろう。


 「終わってみれば、随分とあっさりした幕引きだったな」


 契約書をポケットにねじ込みながら、雨宮と大橋の待つ部屋へと戻る。

 もうとっくに日付は変わっているはずだが、部屋に戻ると二人はまだ起きていた。


 「一日中緊張しっぱなしだって言うのに大丈夫か?」


 ハッと顔を上げたのは雨宮だった。


 「こんな状況で寝れるわけないでしょ! はぁ、冗談も休み休みにしてよ。そんなことより、戻ってきたってことは終わったの?」


 最初は怒鳴った雨宮だが疲労は相当なのか目を閉じ壁にもたれている。


 「あぁ、もう奴は死んだも同然だ。こんなとこ、さっさと退散しよう」


 フラフラとしている二人を立ち上がらせる矢島。

 宮内を止めたとは言え、敵地で長居はよろしくない。

 黒服の連中が止めに来るかとも警戒したが、見張りは居なく杞憂に終わったのに安堵した。

 部屋から出たとき、大橋が口を開いた。


 「宮内さんは、どうして今回の事件を起こしたのでしょうか……」


 「あのジジイは、自分より若い人間が時間を無駄遣いしているのを許せないとか言っていたが……俺から言わせれば、ただの阿呆だ。時間の価値なんて皆平等ってことは、タイマーが発見されてからより一層周知の事実になってるっていうのにな」


 タイマーの売買は双方の同意が成立すればいくらでも出来る。

 時間を無駄に過ごしている人間を見るのが嫌なら、莫大な資産で直接タイマーを買い取ればいい。

 にも関わらず、宮内はシステムを使う方法しか思いつかなかったのだ。


 「それじゃあ宮内さんは、嫉妬を克服するためだけに、裏社会のトップと言われ恐れられる程の人の名をかたり、犯行に及んだ……。もはや執念ですね」


 大橋は宮内に哀れむようにつぶやくのを聞いて、雨宮は大きくため息をつく。


 「はぁ? 嫉妬? 私たちはそんなワガママのせいで命まで奪われかけたっていうの?」


 ようやく命の危機から開放されたことで、溜まっていたストレスが愚痴となって溢れる。

 そんな弛緩した空気が流れたときだった。


 「オイ!! クライアントが死んでるぞ!!」


 そんな黒服の怒鳴り声が、宮内の部屋から聞こえてきた。


 「――ッ!?」


 息を飲んだ矢島は、弾かれるように宮内の部屋へ駆け出した。

 懐から契約書とマネーカードを取り出して、思わず確認してしまう。

 矢島が無理やり契約させたシステムはまだ作動させてない。

 宮内が今死ぬのはありえないのだ。

 自殺の可能性が脳裏を過ぎる。


 「クソ! システムで殺す前に自分で死んでんじゃねぇぞ」


 駆けつけた宮内の部屋の前には、二人の黒服が立ち尽くしている。

 矢島が迫ってきたのを見るやいなや、胸ぐらを掴み叫んできた。


 「お前がやったのか!?」


 「違う! 俺の仕業じゃない。どいてくれ!」


 矢島は睨みつけてくる黒服を押しのけて部屋の中を覗き込んだ。

 そして、その光景に言葉を失った。

 後ろから追いかけてきた二人も倒れた宮内を見て絶句する。


 「お前が、その手に持った契約書とカードで殺したんだろうが!」


 「違う! 俺じゃない!」


 怒声を響かせる黒服に、矢島はほとんど悲鳴のように首を振る。

 そこは自殺の現場でも殺人現場でもない。

 彼の手元には、もう今日だけで何度も見たタイマー残量を示すアプリの開いたスマホが転がっていた。

 そこには見慣れてしまった数字が連なっている。


 「だったら!!」


 叫ぶ黒服もスマホを指差して肩を震わせていた。


 「どうして宮内は寿命を迎えて死んでんだよ!!」


 そう、自殺や他殺などわかりやすい死因でも、矢島から受けた心的ストレスで倒れたわけでも無かった。




 寿命タイムアウト




 宮内はまだ寿命を迎えるような様子は無かった。

 しかし、アプリ画面に映し出され並ぶゼロと、矢島自身が寿命を迎えた時と現在の状況が酷似していることから、タイマー消失によるものだと悟った。

 矢島は、息を荒げながら沈黙してしまう。


 「(この短時間で宮内に何が起こった……、まさか……)」


 ありえないと思う。

 しかし矢島の脳裏にある仮説が浮かび上がる。

 だがそれは、この事件を根底から覆すものだった。


 「なぁおいまさか、宮内もシステムの被害者だったのか?」


 思考が思わず口をついて出てきた。

 もしも、宮内がシステムの影響で寿命したというのなら、何故システムと結合したのかという疑問が生まれる。自身の安全には細心の注意を払う宮内が、わざわざ死に直結するシステムを、自分自身に使用するわけがない。

 考えられる可能性は一つ。

 矢島に無理やり契約させられるより前に、既に他の誰かにシステムを使って命を握られていた可能性である。

 だが、一体他の誰かとは誰なのか。

 ふと、先ほど大橋が言っていたぼやきを思い出した。


 「――裏社会のトップと言われ恐れられる程の人の名をかたり、犯行に及んだ――」


 宮内は、最初遠堂と名乗ってシステムの被害者を殺していなかったか?

 一つ手掛かりを掴むと芋づる式に推理が進む。


 「そうだ。今回の事件に関しては、宮内が遠堂を名乗るメリットがほとんど無い……」


 遠堂と偽ったことで、矢島の捜査はかく乱できていたと言ってもいい。

 しかし、宮内程度の地方の古株が、遠堂を名乗って騒ぎを起こしたら、たちまち本物の遠堂に存在ごと抹消される。

 それほどの愚行。

 にも関わらず遠堂を名乗り今まで生きていた意味は? 

 想像は膨らむ。


 「宮内は本物の遠堂と関わりがあった……。それだけでなく、システムを宮内と結合させたのも、そもそもシステムの存在を宮内に教えたのも、全部遠堂の仕業だってのか……?」


 タイマーを無駄遣いする人間を恨む宮内に、甘い話を持ちかけたのだろう。

 そして用済みとなった宮内は、システムを介して遠堂に殺された。

 そう考えれば、この怪異も納得出来る。


 黒幕は、この国の闇を支配する遠堂。


 推理の中でその可能性が濃くなっていき、あまりの衝撃に目眩がしそうだった。慎重に相手をしなければ、人一人の命なんて塵のようにかき消えてしまう存在。宮内が真犯人と短絡的に確信してしまったために、遠堂の手のひらの上で踊っていたのだ。


 季節はもう初冬を迎えようとしているにも関わらず、額にはぬめりとした気持ち悪い汗が張り付いてる。

 そのとき、屋敷の門の方から叫び声が聞こえた。



 直後、数発の銃声が鳴り響く。



 どこか遠くのように感じながら、矢島は声を震わせて雨宮や大橋、黒服に問う。


 「……もし、まだそうと確定したわけじゃないが、もしも宮内が口封じに殺されたのだとしたら、システムの詳細を知っている俺たちはどうなる?」





 ゾザザザザザザザザザザザ――ッッッ!







 突然現れた襲撃者は、足音を殺す素振そぶりすら見せずに、明確な殺意を纏って屋敷中ですれ違った黒服や使用人を撃ち殺しながら、こちらへ向かって来た。


 「……げろ――、」


 襲撃者の目的がなんだとか、そんなの答えなくても誰もが理解していた。

 矢島は叫ぶ。


 「――逃げろッ!!」


 絶望的な逃走劇の火蓋が再び切って落とされた。


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