14話『宣告』


 矢島が生き返ってから一時間後には、すでに日付が変わっていた。

 彼は大橋や雨宮に全てを伝え、再び畳の上にうつ伏せになり宮内を待っている。


 「第一に、あのジジィは自らに降りかかる危機が去ったと確認できるまで警戒は解かない。だが圧倒的な優位に立つと途端に慢心する癖がある。俺と嬢ちゃんを人質を取ったときの言動から明らかだろう。それを利用する。システムに殺されたのはそういう意味では僥倖で、ジジィは俺が死んでいると勘違いしているから、コロッと騙されてくれるさ」


 そしてその時はすぐに来た。

 縁側の床が規則的に軋む音が近づいてきたのを聞き、息を殺して身動きを完全に止める。仕事柄、死んだふりは十八番だったので見破られる不安は一切なかった。

 矢島はどうしても反射で動いてしまう目は閉じて、聴覚と嗅覚とわずかな触覚で部屋全体に神経を張り巡らせている。

 すると障子戸を引く木の擦れる音ともに、三人の男が入ってきた。

 おそらく宮内と手下の二人。

 雨宮は小さな悲鳴を上げ、大橋は矢島のとなりで腰を浮かして宮内を警戒する。

 その様子を見て宮内はほくそ笑んだ。


 「特時でもシステムには勝てずに死んだようじゃな。さて大橋くん、そんな遺体と一緒にいたいとは思わんじゃろうから、ワシらが責任をもって片付けてやろう。そこをどいてくれたまえ」


 黒服の男二人は大橋を無視して遺体回収用の袋を広げる。

 そこに雨宮が割り込んだ。


 「ちょっと! あんた達、自分勝手にするのもいい加減にしなさいよ! 人殺しまでしてよくそんな平気な顔してられるわね!」


 「君たちが首を突っ込んできたのだよ。ワシも邪魔をしてくる馬鹿以外は殺す気はない」


 宮内は黒服の手下をせかす。

 「さっさとその死体を運び出してくれ」


 だが雨宮は矢島と黒服の間に陣取って抵抗する。


 「あんた、こいつをどうするつもりなの?」


 「どうする……か。簡単じゃよ。燃やして灰にして、人がいたという痕跡を徹底的に潰し、矢島悠介という人間をこの世から抹消する。ただそれだけじゃが……お嬢ちゃんがやってくれるか?」


 「……」


 最後の部分は雨宮を脅すために言った冗談なのだろうが、彼女は思わず閉口してしまう。

 人の尊厳を軽々と踏みにじる宮内に寒気がする。


 「出来ないなら部屋の端に行っておとなしくしておれ」


 冷たく放たれた宮内の言葉を聞いて、黒服が再び矢島の腕をつかもうと手を伸ばしてくる。


 「や、やめなさい!!」


 その腕を掴む直前で、今度は大橋が震えた声で叫び黒服を静止させた。


 「私がやりましょう。あなたたちのような犯罪者の手を借りる必要はありません」


 「ほう、それは仕事が減って助かったよ大橋くん。さっさと袋にいれて着いて来るのじゃ、浅知恵は働かせるなよ」


 大橋の申し出を、宮内は鼻で笑った。

 矢島が死んでいるのを見て、気持ちが大きくなっているのだろう。

 普段の慎重な宮内なら大橋の介入など受け入れずに、黒服に任せているはずなのだ。大橋に持ち上げられて完全に脱力した状態を演じながら、矢島は内心ほくそ笑む。



 「あのジジイは、俺が死んだのを必ず確認しにここへ来る。そして俺の死体をさっさと処分して証拠隠滅を図るだろう。だが、いくら死んだふりが上手い俺でも直接調べられたらすぐにバレてしまう。そこで、オッサンには俺の死体を運ぶ演技をしてもらう。これを頼めるのはオッサンしかいないんだ」



 事前に話していた計画通りだ。

 死体袋に矢島を詰め込みチャックを上まで閉めた大橋は、最後にチャックの取っ手を自然に内側に差し込む。

 こうすることで、後で中から容易に開けられる。


 「こっちじゃ。ついてこい」


 大橋は死体袋を持ち上げて宮内についていく。

 宮内は気づいていないが、大橋は小さく緊張したため息をつく。

 しばらくすると宮内は立ち止まり、大橋に指示を出した。


 「その死体をこのトランクに入れてくれ、それで大橋くんの仕事は終わりじゃ」


 車で焼却施設にでも運ぶつもりらしい。


 「……」


 大橋は黙って頷き、矢島の入っている死体袋を車のトランクに丁寧に置いた。

 硬い床の感触を背中で感じながら、矢島はトランクの締まる音を聞く。

 チャックの隙間から差し込んでいた月明かりも完全に消え、真っ暗になった。

 チャックを薄くあけ、真っ暗なトランクの中から外の様子を盗み聞こうと耳を澄ます。


 「お疲れ大橋くん。あとは彼らが片付けておいてくれる。君は部屋に戻ってゆっくりしておきたまえ」


 足音が遠ざかる。

 それからトランクの中で息を潜ませること約五分。まだ車は動いていない。

 宮内は今すぐ矢島の死体を焼却施設へ移すつもりはないようだ。

 夜が明ける前に行動するとは思うが……どちらにしても都合がいい。


 「これでようやく、宮内の目を欺き一人になれた。さて、早いとこ脱出しようか」


 死体袋から這い出て、車のトランクの内壁を探る。


 「あった。車のトランクってのはコツさえ知ってれば中からでも簡単に開けられるんだ」


 ガコッと、トランクを薄く開き外の様子を目で確認し、誰もいないことを確信すると、滑るように車外へ抜け出し状況を確認する。

 『新月亭』の屋敷に隣接した駐車場であった。 

 矢島は、余計な物音を立てないように屋敷の庭を通って屋内に戻ると、宮内のいると思われる部屋へと直行する。

 屋敷は広く部屋数も多いが、屋敷の主人のいる場所は大体決まっているものだ。

 宮内の部屋は池にある庭の見える場所にあった。

 庭に面した障子戸に張り付き内部の様子を調べながら、腰に無造作に突っ込んでいた拳銃を取り出す。


 「――ではまた後日」


 丁度電話の最中だったようで、宮内はそう締めくくり受話器をおいていた。

 刹那。

 宮内がため息をつく暇も与えずに、矢島は部屋に飛び込むと、痩せてシワの入ったその老体を組み伏せて拳銃を突きつける。


 「大声出すんじゃねぇぞジジィ」


 こでまで再三強行していた脅しではない。

 矢島に取ってこれはトドメの勝利宣言であった。


 「答え合わせをしようか」


 「くっ、特時の刑事か……なぜ生きている? 君はワシのシステムで寿命を迎えたはずじゃ!?」


 宮内は化物を見たかのような目で矢島を見る。

 まだそんな悠長なことを言っているのかと呆れるが、教えてやることにした。

 雨宮がタイマーを持っており、それで生き返ったこと。

 死んだふりをしていたことを明かすが、宮内はまだ信じられんと狼狽する。


 「だとしたら、その手に持っている拳銃はなんじゃ!? それはワシが奪い取ったはずじゃろう!?」


 「なるほど、確かに。俺もその時はどうしようか迷ったが……」


 ついでにそれも話してやるかと考えた。



 矢島が生き帰ったあと、雨宮が小声で呟いた。


 「あの、拳銃が無いと綱渡りになるってどういうことなの?」


 「単に手っ取り早い武器の候補を別に探さないといけなくなったってだけだ。拳銃は宮内を捕まえるのに一番簡単な道具ってわけだ」


 部屋の柱に背中をあずけたまま代替案を探す矢島に、雨宮は少しドヤ顔で答える。


 「それなら丁度よかった。じゃじゃーん、なんと拳銃は私が持っているの! 今回は特別に貸してあげるわ」


 「どうしてそんな物騒なもん嬢ちゃんが持っているんだ?」


 「……道端で拾ったのよ。細かいことはいいじゃない。はい、これで拳銃の問題は解決ね」


 ひと仕事終えたという感じの満足そうな顔を浮かべて拳銃を矢島に渡す雨宮。

 危ないことはするなと説教しようか呆れるが、今は宮内によるシステムの事件を解決する方を優先しようと思考を切り替える。



 それを聞いて宮内は舌打ちをした。


 「なんて使えない奴らなんじゃ……、小娘に拳銃を奪われたことを報告しないどころか、拘束したあと身体検査も何もせずに屋敷に連れてくるとは。万一体に爆弾でも巻かれておったら心中ではないか」


 わなわなと震える宮内だったが、彼自身も確認作業を怠ったために今の状況があるのに気づいていない。


 「手下のことを罵ってる暇があるなら、この契約書に名前を書いて貰おうか。断っても書かせるがな」


 矢島はスーツの内側から折りたたまれた契約書を取り出し宮内につきつける。

 それを見て宮内は顔を青ざめさせた。

 勿論そうなる理由を矢島は十分理解している。



 「第二に、この契約書とオッサンの持っているそのマネーカード。そいつで宮内を殺す」


 矢島は机の上に広げた契約書とマネーカードを指差して雨宮と大橋に説明していた。

 自信満々に説明する矢島に雨宮は首をかしげる。


 「そんな紙切れでいったいどうやって殺すの? それよりも殺すなんて物騒なこと……」


 雨宮から受け取った拳銃をベルトの間に挟み込みながら矢島は答える。


 「物騒か……そうだな、それについても説明が必要か。どれだけ凶悪な連続殺人事件が起こっても、普通は裁判で判決が下されるもんだが、今回は事情が違う。そもそも契約一つで本人に気づかれない内にタイマーを奪い取る、という驚異が把握できているか?」


 指で鉄砲の形を作って雨宮に向けながら続ける。


 「こうやって直接刃物や銃を向けられている類の命の危険とはわけが違う。そんなのは防刃防弾チョッキを身につけていれば防げる……、もっと極端な例えをしよう。人類が生み出した最凶の核兵器でも、核シェルターの内側に入ってしまえば無傷で乗り切れる。だが、システムは違う。どれだけ遠くに逃げたとしても、標的にされたら絶対に逃げられない。システムのスペシャリストである俺や、笠持がタクシーで突然寿命を迎えてしまったことからもわかるだろう」


 大橋は改めて自分の巻き込まれた事件の深さを思い知り固唾を飲む。


 「だから俺たち特時では、そもそもシステムという概念を世間に広めないために、闇にある内に葬らないといけないんだ。システムを作成した人間は、そのシステムの内容が判明次第、すぐに何かしらの処分をするって決まりだ。あんたたちは被害者であり迷惑もかけてしまっているから説明はするが、口外はしないでくれ」


 雨宮がそういうモノなのかぁ、と漠然と理解したのか理解出来なかったのかよく分からない顔で首をかしげる。


 「つまり、システムは作るだけで大罪ってことだ。これだけ分かればいい」


 「ほぇー」


 それを聞いて雨宮はようやく間抜けな声を出した。

 大丈夫かと多少心配になるが構ってられる暇はない。


 「そして、契約書とマネーカードを使う理由だが、こいつがこの事件の核……つまりシステムなんだ。それに加えてシステムの確認が一番の理由だな。今はまだ様々な状況証拠から導き出しただけにすぎないシステムの仕様を、実際に確かめないといけない。再び似たようなシステムが出てきた時に早急に対処出来るようにするためだ」


 大橋は、今まで大事に持っていたマネーカードがシステムと知って驚いた。


 「このなんの変哲もないカードが、私たちのタイマーを奪っていたのですか……」


 矢島は首肯し、大橋からマネーカードを受け取って掲げる。


 「こいつがシステムの本体だ。使われているのは水時計……、試製のウォーターサーバーと原理は一緒なんだが、何が水時計と関連しているかはオッサンならもうわかるよな?」


 そう、大橋はもう十分ヒントを得ている。

 単純な原理だ。


 「……水時計の容器に相当するのがマネーカード……中の水に当たるのがお金となり、カードで支払いをすると金が流れ出す……。つまり水が流れ出したと見なされ時間の経過を意味し、対応するタイマーが使用したお金の分だけ減っていく……。そして、契約書に名前を書くとそれに対応したマネーカードと結合されるというわけですか」


 ポツポツと、これまでのヒントから考えながら推理する大橋の言葉を聞きながら、矢島は頷く。


 「あぁ正解だ、オッサンの言うとおりだ」


 改めて掲げたマネーカードと契約書を見せつけて、矢島は宣言した。


 「システムを作った大罪は、システムを使って償ってもらう。こいつで宮内を潰す」

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