13話『計画』
矢島とかいう刑事が、操り人形の糸が切れたかのように倒れた。それを見たとき雨宮は一瞬何が起きたのか理解が追いつかなかった。だが、彼女は笠持が寿命を迎えた時とそっくりだと気づき、目の前の現実に引き戻される。
「(また私の目の前で人が死んだ……)」
何が起きているのか。
事件の部外者であったにもかかわらず、運悪く渦中に足を踏み入れてしまった彼女は、それでも事件の概要をほとんど理解出来なかった。
だが矢島が笠持のように前触れなく崩れたのは、タイマーが切れたからであるということだけは辛うじて判断できた。
そんな雨宮の脳裏に何かが過ぎる。
「笠持さん……、タイマー……? ――あっ!!」
そして彼女はタクシーの中で笠持と交わした会話を思い出した。
『千里ちゃん、君からこれを矢島っていう刑事さんに渡してくれないかい?』
『それは僕のタイマーだ。丁度四十年分ある。これをあの刑事さんに渡して欲しいんだ』
ハッとした彼女は、スカートのポケットに突っ込んでいたタイマーの入った筒状のガラスケースを取り出す。
なぜこのタイマーを刑事の矢島に渡すのか、雨宮は全く見当が付いていなかったが丁度いいと思った。
このタイマーがあれば矢島もなんとかなるかもしれないのだ。
本来の目的とは違う方法かもしれないが矢島に渡すという意味では変わらないだろう。
だがタイマーのガラスケースだけでなく、専用の針無し注射器がなければ無用の長物。
雨宮は周囲を見渡した。
そして、矢島のこめかみ辺りに針無し注射器を使用した痕跡が残っているのを発見した彼女は、隣で茫然自失している大橋に叫ぶように尋ねる。
「ねぇオジサン!! アレに使った注射器知らない? それがあればそいつが助かるかもしれないの!!」
だが大橋の反応は薄く、なおも叫ぶ。
「ねぇオジサン!!」
「……えっ!? あ、雨宮さんもう大丈夫なんですか?」
「何見当違いなこと言ってんのよ! 注射器知らない? 実はタイマーがあるの」
握りしめていたガラスケースを大橋の目の前につきつける。
それでようやく大橋は我に返ったように顔を上げて部屋を見渡した。
「そういえば……、先ほど宮内が注射器をどこかに置いていったような……」
それは直ぐに見つかった。
「あったわ!」
部屋の真ん中に置かれた机の上の端に転がっていたのだ。
雨宮は急いで針無しの注射器を掻っ攫い、注射器の後ろにガラスケースを突っ込む。
うつ伏せに倒れている矢島を仰向けにして、もみあげの髪を払いのけると針無しの注射器をこめかみに突き立てた。
「お願い、何とかなって!」
雨宮は祈るような気持ちでタイマーを矢島に注ぎ込む。
あっという間にガラスケースの中身はカラになり、タイマーは矢島に吸収される。だが彼は動かない。
「刑事さん……」
「あんた……」
二人は言葉を失い静まり返る。
だが変化があった。
「……全部予定通りだ」
雨宮は一瞬誰の声かわからなかったが、それは矢島の口から発せられた声だった。
驚いた彼女は矢島の肩を掴み声をかける。
「あんたっ――」
「しっ、声を殺せ。宮内に気づかれてはいけないんだ」
矢島は仰向けのまま声を押し殺して、彼女の言葉を遮る。
雨宮と大橋がハッと黙ったのを確認すると、矢島は静かに起き上がり部屋の柱にもたれ掛かって話し始めた。
***
矢島は瞬きし、ぼやけた五感を取り戻す。
一度は死んだが生き返った今、そんな些細なことはもう関係ない。
いや、一度システムに殺されたおかげで、宮内を充分に油断させることは成功しただろう。
そして黙りこくる雨宮と大橋に質問した。
「いったいどこでタイマーを手に入れたんだ?」
すると雨宮は表情を暗くした。
「笠持さんから渡されたの、あんたに渡せってね。でも……そのあと直ぐに
「笠持が!? そんなにあいつのタイマーはギリギリだったのか?」
雨宮が頷くのを見て、矢島はため息をつく。
「そういえば、奴の境遇を聞いてすらいなかったな。そうか、死んだのか」
今日一日が慌ただしく過ぎていったため失念していた。
大橋もかなりのショックを受けている。
「それで、あんたさっき全部予定通りって言ってたけど、どう言う意味?」
重苦しい空気に耐えられなくなった雨宮が尋ねてきたので、矢島は答える。
「あぁ、そもそもこの『新月亭』にたどり着いた時点で、俺たちはほとんど勝っている。そして今宮内は俺が死んだと思って油断しているだろう。ほとんどが俺の想定通り整った」
「いったいどういうことなの? 私たちと別れたあと何かわかったの?」
自信満々で語るのを聞く雨宮。
矢島は雨宮と笠持と別れたあとのことを軽く雨宮に説明すると、大橋にも話していなかった推理を説明する。
「まず必要なのは、この契約書とオッサンが持っているマネーカード、それと宮内の今までの言動と『試製050』の存在だ」
スーツの内側にしまっていた契約書を取り出し机の上に広げる。
「拳銃は取られてしまったから多少綱渡りすることになるが、これだけあれば宮内を捕まえられるぜ」
さっさと終止符を打とうと、矢島は再び呟いた。
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