12話『寿命《タイムアウト》』
「ちっ……」
宮内の言ったとおり、液晶画面には『試製050』と表示されており、事務所で見たウォーターサーバーの側面に書いてあった型番と一致する。
矢島は宮内から一歩遠ざかり拳銃を下ろすしか無かった。
「矢島君、その拳銃はワシに返してもらおうか。それでようやくワシの安全が確保できるというものじゃ」
矢島は大人しく拳銃を床に放り投げると、黒服の一人が素早く取り上げて、手の届かないところまで持って行ってしまった。
「なるほど、事務所にあったあの地図は俺たちをここに誘導するためで、この屋敷に招き入れたのは俺を無力化するためってわけか」
どうりで屋敷に到着したとき黒服が待ち構えていたわけだと、いまだ部屋の入口で棒立ちの大橋は付いてこなければよかったと後悔する。
武器はもがれ、矢島と雨宮は命を握られている。非力な大橋ではなにも出来ない。
窮地に立ってしまったと、大橋は矢島を盗み見た。
すると矢島の目にはまだ力が残っていた。
彼は、まだ諦めずに宮内を睨み、怒りを押し殺した声色で言う。
「嬢ちゃんから拳銃を離せよ。もういいだろう」
「そうじゃな。若い娘にいつまでも銃を向けるのは確かにワシの良心も痛む。銃口は離してやれ、だが目を覚ましても自由に動けないようにしとくのじゃ」
よくそんなことが平気で言えるなと、大橋すら思ってしまう言動を続ける宮内。
だが矢島は、それを無視して何かを考えている様子だった。
打開策があるのかと、大橋は少し期待するが、その答えが聞ける前に宮内が突然話しだした。
「最後に一つ。君はワシの脅威じゃから、どちらにしても今日ここで死んでもらうがな」
宮内は、一切ためらうことなく、矢島に向けていた液晶画面に浮かぶスイッチを押しながらそう言った。
「ここには君の残りタイマーが表示されておるから、余生を楽しむといいじゃろう」
言いたいことを言うと、硬直する矢島の目の前に端末を置いて、部屋から出ていこうとする。
矢島のタイマーがカウントダウンを始めてしまい、このままでは助かる見込みがないと大橋は一瞬考えた。
だが、一番窮地にいるはずの矢島の口が少しだけ笑っているのを見て気づく。
そういえば、矢島が結合されたシステムが奪えるタイマーの総量は五十年分ではなかったか?
矢島はまだ二十代で、人の生まれながらにして持つタイマーの量は約百五十年分。たとえシステムで五十年分タイマーを抜かれても寿命を迎えることは無いのである。
なるほどそれなら、矢島の余裕の笑みにも納得がいく。
しかし、部屋の外まで出ていた宮内がふと立ち止まり思い出したかのように口を開いた。
「そういえば例の試製システムは、事故を防ぐために抜き取れるタイマーの量を減らしていたのを忘れておったわ。君から一切の希望を奪わんと、ワシの安全は保障されんから……、そうじゃな百年分ほど先に抜き取っておけば、あとはシステムが勝手に君を殺してくれるじゃろ」
「――ッ!!」
大橋がなぜバレたのかと顔を青くさせたと同時。
ドガッ!!
同じく驚いていた矢島は黒服に飛びかかられ畳の上に組み伏せられていた。
彼はなんとか抵抗しようとするものの、うめき声を上げるばかりである。
そして宮内は懐から一本の針のない注射器を取り出し、矢島のこめかみに押し当てると、栓をゆっくりと引きタイマーを抜き取る。
そして針のない注射器から円柱状のタイマーを保存する容器を取り出すと、注射器の方は用済みだと捨て、タイマーの入った容器だけを、再び懐にしまい込み部屋をあとにした。
宮内と黒服が出ていき部屋の戸が閉められると、矢島は慌てて机の上の端末を掴み取る。
そして自分のタイマー残量を表示するアプリを開き見比べる。
いや、矢島自身は分かっているのだろうが現実を受け入れられず確認しているのだろう。
悪いとは思ったが、大橋は気になってつい後ろからタイマーを覗いた。
三二年と数日。
まだ試製システムによって矢島が抜かれる年数は三四年近くあり、どう頑張ってもタイマーは足りずに寿命を迎えてしまう。
二十代半ばに見える矢島にとって、タイマーが残り三二年というのは異常事態なのである。
こうしている現在でも尋常でない勢いでタイマーが減少してる。
端末を必死に弄りながら矢島が叫ぶ。
「くっそ!! やられた!! 試製システムが遠隔操作できるなんてきいてねぇぞ!!」
先ほどの余裕を感じさせる表情は完全に消えていた。
大橋は動転した矢島に何か言葉をかけようと迷い、部屋を見渡した。
そこで彼は部屋の奥にいた雨宮の存在に気づく。
宮内が去るのと共に黒服が出て行ったため、雨宮は両腕を縄で縛られただけの格好で横たわっている。
今のところ大橋ではどうしようもない矢島の問題を、ひとまず彼自身に任せる。
大橋は気絶したままの雨宮の拘束を解き、肩をゆすり声を掛けた。
「雨宮さん……雨宮千里さん……」
「……んぅ?」
雨宮が頭を抑えながら薄らと目を開いたのを見て、大橋は安堵のため息をつく。
「雨宮さん、大橋です。わかりますか?」
「え? オジサンがどうして? アレ……ここどこ?」
「ここは宮内……この事件の黒幕の屋敷の『新月亭』という場所です。雨宮さんはどうしてここへ来たか覚えていますか?」
縄を解きながら大橋は、周囲を見渡した雨宮が発した疑問に答える。
それで雨宮は事の顛末てんまつを思い出した。
「……あっ! そう、途中からタクシーを使って私たち逃げてたのだけど、結局追いつかれて黒服の男に殴られて……」
「……それで気づいたらここにいた。やはりタクシー運転手が巻き込まれたのも偶然じゃないってわけだな」
いつのまにか隣に来て話を聞いていた矢島が、雨宮の台詞を途中から代弁した。
「や、矢島さん。タイマーは大丈夫なのですか!?」
「いや、どうにもなりそうにない。すまん万策尽きた」
表情を暗くする矢島を見て、大橋は血の気が引く思いだった。
矢島が今ここで力尽きてしまえば、もう頼れる人物のいない大橋と雨宮はなすすべが無くなってしまうではないか。
そう考えていると、矢島が表情を固くしたまま続けた。
「だがまだ手はある。これから俺が暴いた”水時計のシステム”をお前らにかいつまんで説明する。俺の言った通りにすれば、この事件はもう全部解決したも同然……、この屋敷に入った時点で俺の作戦はもうほとんど完成しているんだ」
その発言に大橋は驚き頷く。
矢島は無策でこの屋敷に来たわけではなかったのだ。
しかしそこで頭を持ち上げ座敷に座り直した雨宮が、矢島と大橋の表情の異変に気づき声をかけてきた。
「ねぇ、あんたどうしたの? すごく顔色悪いわよ」
それに大橋が答える。
「矢島さんは、宮内にシステムでタイマーを抜かれているんです。このままではタイマー消失で寿命を迎えてしまうから、その前に私たちに情報を伝えようと……」
そこまで大橋が答えたところで、矢島は端末のアプリ画面を見るのも止めて叫ぶ。
「――!!」
だが、それは声にならなかった。
矢島の瞳からスイッチを切ったように光が消えたのだ。
大橋が異変に気づき駆け寄ろうと立ち上がる直前で、矢島の体がグラリと横に傾いた。
「矢島さん!!」
駆け寄るが間に合わず、そのまま彼は膝から畳の上へと無抵抗に崩れ落ちてしまう。
演技であるといって欲しかったが、力なく放り出された四肢は、彼の絶命を如実に物語っており、その手から転がり落ちたアプリが映し出された画面には容赦無くゼロが並んでいた。
大橋にとっては、この事件を解決出来る唯一の希望が絶たれた瞬間であった。
そしてタイマーの消失で人が死ぬということが、タチの悪い冗談ではないことも同時に証明されてしまった。
眩暈がした。
隣では雨宮が何か叫んでいるが、耳に入ってこなかった。
この狭い部屋の中で私は一生を終えるのか、と大橋は呆然としてしまった。
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