7話『ミイラ取りが……』
矢島が腕時計を盗み見ると、時刻は既に夜の十時を回っていた。
昼の活気が嘘のように静まった街には、人も車もまばらで少ない。
ビルの裏、車一台通るのがやっとな一本道や地下鉄の構内などを利用して、追手をまいた矢島たちは、荒れた呼吸をなんとか落ち着かせていた。
「……お前ら大丈夫か?」
矢島が問うと、同じく肩を上下させ額の汗を拭う雨宮たちがそれぞれ頷く。
「ハァハァ……それにしてもあの男の人、ホント私を執拗に狙ってるわね」
「嬢ちゃんが集中して狙われている?」
「気のせいじゃないわ。あの人、刑事さんが曲がり角で迎撃してた時何もせずに近づいて来るだけだったのに、私が直線上に来た瞬間発砲よ!?」
雨宮はホント意味が分からないといった口調で憤る。
それを聞いた笠持は少し考える風に一息いれると言う。
「それが勘違いじゃないとすると、千里ちゃんが今追われている理由は他にありそうだね」
それに矢島も頷く。
「あぁ、システムの入ったダンボール箱を見ただけの嬢ちゃんと違って、俺はシステムを直接見ている可能性もある。なのに気絶させられて河原に捨てられただけで済んでいる」
直前まで文字通り必死に走っていたにも関わらず推理を続ける特時の矢島と、それに匹敵する笠持を見て、大橋は素直に感嘆する。
しかし大橋は他の三人よりも息切れしており、足ももう動かせるきがしないほど滅入っている。
彼は地下鉄の壁に寄りかかるように腰を下ろし、矢島に尋ねる。
「ふぅ、もうかなり走ったと思うのですが、矢島さんの行っていた目的地まであとどのくらいなのでしょうか?」
「そうか、そういえば言っていなかったな。こっから数百メートル先にあるホテルだ」
矢島は結論を告げたあと、ことのあらましを説明する。
「遠堂の追手をまいたら俺の借りてるホテルに隠れて取り敢えず明日までしっかり休息しようって話になったんだ。皆朝から緊張しっぱなしの働きっぱなしだから、遠堂に知られていない場所ってことで一番便利なのがホテルって結論になったわけだ」
そこなら落ち着いてシステムについても考察できる、と矢島は付け足し、スーツを整える。
「これからは走って急ぐよりも、見つからないように確実にホテルにたどり着くのが重要だね」
笠持もコートを羽織り、マフラーを肩に掛けてそう言った。
「もう立つのもしんどいわよ!!」
もう休憩終わり!? とばかりに叫ぶ雨宮と、ホントにクタクタなんだと表情で訴える大橋に、笠持は「もう少し待とうか」と言う。
そんな彼らを見て矢島も再び腰を下ろした。
彼はふと、自分のスマホをポケットから取り出すと、とあるアプリを立ち上げる。
そのアプリには、矢島の残り「タイマー」の量が簡素に記されている。
このアプリのおかげで、大橋などの事件の被害者は「タイマー」減少を知ってのだが、画面を見て矢島は目を細めた。
「話を戻すが、俺が気絶だけで済んで嬢ちゃんが殺されそうになっている理由。システムを見たってのとは直接関係ないかもしれない」
一つ、やばいことに気づいてしまった。
「俺の「タイマー」が、この数時間で五年分減ってやがる……」
信じられない、と漏らす矢島の発言に、大橋が「刑事さんまで事件の被害に!?」と驚き、雨宮が慌てた様子で言う。
「も、もしかして遠堂とかいう人に気絶させられたときに勝手に抜かれたとか??」
雨宮の言葉を聞いた笠持は、壁にもたれ掛かかり唖然とする矢島のもみあげを払いのけてこめかみを確認する。
「いや、「タイマー」専用の注射器を使った痕跡がない。もしかしなくても何らかの”システム”に組み込まれているね」
「あぁ、だから嬢ちゃんだけが執拗に狙われていたんだ」
矢島は確信して言うが、雨宮は首をかしげる。
「え? どういうことなの?」
矢島はアプリを見たとき気づいたことを説明する。
「嬢ちゃんはシステムの現物を見た可能性があり、それは俺にもある。だが決定的に違うことがある。”システム”によって「タイマー」が取られているかどうかって違いだ」
矢島は続ける。
「俺は生かしておけばそのまま”システム”によって「タイマー」を奪うことが出来る。おそらくかかる時間は数週間、長くはない。だが、嬢ちゃんの場合は”システム”に絡め取っていない。結局嬢ちゃんは何を見たか覚えていないが、奴らにとったら万が一にでも他人に喋られたらマズイと思ったんだろうな。遠堂を知ったものを生かしておかないってところか」
雨宮は話を聞いて肩を震わせた。
「そんなことで? かもしれないとか、万が一とか、そんなことで私は今日一日中走り回ってるっていうの!? ホント頭に来るわ!」
雨宮は今まで立てない程疲れていたのを忘れたかのように、地団駄を踏み怒りをあらわにする。
そんな雨宮に、「さっさと捕まえて悪事を片っ端から白状させないとね」となだめる笠持は、ふと疑問に至る。
「ん? でも刑事さんって、”システム”の鍵となってると思っていた契約書にサインしてないんでしょ?」
矢島も同じ疑問にたどり着いていたらしく、「そうなんだ」と頷く。
「”システム”に巻き込まれる原因は、何か他にあるかもしれんな」
「刑事さんが、遠堂のところでしたことに、何かヒントがあるかもしれないね。もう一度、事務所で何があったか、教えてくれないかい?」
矢島が再び話し終えると、笠持は考え込むようにして呟く。
「水を飲んだか。なるほどね……”システム”の候補にウォーターサーバーがあったし、もしかしたら振り子時計じゃなくてそっちかも……」
矢島は頷く。
「俺もその可能性が高いと思う。あのジジイ、動いていない振り子時計の方を指差して時間切れと言ったんだが、もしかしたらウォーターサーバーを指していたのかもしれないんだ」
「ウォーターサーバーを時計としていたって事か。なるほど、性質に細工している”システム”しても当てはまるな」
話を進める矢島と笠持に、雨宮はハテナを浮かべて質問する。
「え? ウォーターサーバーを時計に見立てるって言うけど、そんなことできるの?」
「あぁ出来る」
矢島が雨宮に答えようとしたとき、笠持が人差し指を立てて「静かに」と矢島の言葉を止めた。
すると、地下鉄の入口から声が聞こえてくる。どうやら誰かと話しているようだが、内容に耳が傾いた。
「あの四人組、そっちは見つかったか? はぁ? 見失った? システムがバレて潰されたらこっちは大赤字なんだ。なんとしてでも捕まえろ、息さえあれば十分だ」
遠堂の追手だ。
顔を見なくても、話の内容で充分だった。
話し声を聞く限りスマホか何か無線で遠くにいる別の仲間と話しているのだろう。
「マズイな。ジジイの追手はあの二人以外にもいるみたいだ」
矢島は、ようやく息の整ってきた大橋に肩を貸し、改札の影に隠れてやり過ごそうとする。雨宮や笠持もそれに習って息をひそめる。
早くどこかに行ってくれと願いながら、追手の足音が隠れている壁の向こう側を通過していくのを聞いている雨宮は、呼吸をするのもわすれるほど緊張している。
ウォーターサーバーをどうすれば時計として使えるのか。
そんな疑問は、後に矢島から改めて説明されるまで完全に思考の外に追いやられていた。
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