8話『追撃者』

  息を殺す矢島たちと壁を挟んですぐ向こう側を、遠堂の手下の黒服が通り過ぎてゆく。運良く気づかれることはなかったが、雨宮の血の気の引いた顔を見て矢島は言う。


 「なんとか気づかれずにすんだが、ここも安全じゃないな。さっさと移動したほうが良さそうだ」


 他の三人も同じことを考えたのか、重い腰をあげる。

 すると雨宮が遠慮がちに尋ねてきた。


 「あのー、せっかく地下鉄に来たんだし電車使って、そのナントカってホテルまでいけないの?」


 「俺もそうしたいんだが、ホテルの近くに駅が無くてな」


 矢島は申し訳なさそうに首を振ると、大橋も少し期待していたのか、少し肩を落とした。



 時間を置かずに四人は地下鉄の外へ上がってきた。

 矢島があたりを見渡し黒服がいないことを確認すると、彼らは早足で夜の街を進む。

 直接追われる危険はなくなったものの、街灯とビルから漏れる明かりだけが視界を照らす暗い街を歩くだけで、足が重い。

 気を紛らわそうとしたのか、大橋が質問してきた。


 「システムのことは特時が解決するという話でしたが、今のように銃で撃たれたり追われたりするのは他の警官に協力を依頼できないのでしょうか? 流石に私たちだけで遠堂さんを捕まえるのは困難なのでは?」


 「確かにオッサンの言いたいことはわかる。こんだけ派手に街中で撃ち合ってるんだ、警察が勝手に気づいて出動しているだろう。だが交番勤めの普通の警官じゃ対処できるレベルを超えている」


 それに、と矢島は付け加える。


 「奴らを捕まえて刑務所にぶち込んだり罰金を課したりしても、この国の法律じゃ奴らはビクともしないんだ。遠堂には裁判すら操れる金があり、懲役刑すら苦にならないほどのタイマーを奪うシステムを持っている。根本にあるシステムを解明して捕まえないと、この事件は終わらない」


 矢島は悔しそうに表情を歪めて、質問に答えると、大橋も納得し、ため息をつく。

 そんな話をしているあいだも雨宮はキョロキョロとあたりを見渡し、神経を尖らせていた。

 だが彼女は周りを見ているようで、実際は極度の緊張で何も見えていなかった。

 そして、矢島を先頭に大橋・雨宮・笠持の順で並んで歩いていたため、一番後ろの笠持が気づいた。

 黒塗りのワゴン車が二台、こちらに向かって走って来たのだ。


 「どうやら遠堂の手下に気づかれてたみたいだね。車まで持ち出して来たらしい」


 「うそだろクソッタレ! 走って先行け!!」


 矢島は叫ぶとスーツのポケットから雑に突っ込んでいた拳銃を取り出す。

 頼んだよと、大橋や雨宮を急かしながら走り出し笠持は言うが、それを待たずに車から半身乗り出した黒服が発砲してきた。

 歩道のタイルやビルの壁に銃弾が跳ね、街灯に突き刺さりガラスが砕け散った。

 火薬の炸裂音が響き渡り、雨宮が悲鳴を上げる。

 唸る車のエンジン音を聞きながら、矢島は素早く近くの電柱に背中をつけると、銃撃が止んだタイミングを見計らい顔を出して発砲する。 

 ワゴン車の右前輪に、まっすぐに狙い放った銃弾が突き刺さり、タイヤのゴムが破裂し火花を散らした。

 タイヤのゴムが吹き飛びバランスを失ってハンドル制御から離れたワゴン車は、二人の黒服を乗せたまま不規則に跳ね、アスファルトの上に乱れたブレーキ痕を残しながら横滑りし、矢島の横を通り抜けてゆく。

 走っていた大橋は、背後から聞こえる耳をつんざくようなブレーキ音に顔をしかめながら振り向く。

 すると、暴れ馬のように車体をぐらつかせ、三人の方めがけて突っ込んでくるワゴン車が目に入った。


 「か、笠持くん!! 危ない!」


 大橋の声で振り向き、ワゴン車が突っ込んでくるのを見た笠持は、手を引っ張り走っていた雨宮を更に強引に引き寄せる。

 直後、雨宮をかばうように抱きかかえ前方へ飛んだ笠持のすぐ後ろの歩道に、ワゴン車が勢い殺せぬまま思い切り乗り上げ壁に激突し、ようやく停止した。

 しかしまだ終わらない。

 笠持は、負った膝の傷に顔をしかめたまま、フロントガラスまで粉々に砕けたワゴン車に目を向けた瞬間気づいた。


 「くっ、燃料が漏れてるじゃないですかっ!」


 怯えて腰が抜けてしまい立てなくなった雨宮を、強引に抱きかかえ立ち上がり急いでその場を離れる笠持。

 そして、走るのが遅れていたおかげで車にぶつからなかったが、腰を抜かしてしまった大橋に、矢島は車から離れるように叫ぶ。


 「オッサン離れろ!! 爆発するぞ!!」


 ドンッ!!


 息が詰まった。

 内臓を叩かれるような衝撃を撒き散らし、黒服の乗っていたワゴン車が爆発炎上したのだ。

 そして少し逃げ遅れた大橋が、爆風に煽られ地面を転がった。


 「笠持!! 嬢ちゃん!! 大丈夫か!?」


 大橋を支えながら、炎上したワゴン車の向こうにいるであろう二人に声をかける。

 すぐに返事はあった。


 「こっちは大丈夫です!」


 矢島がホッとため息をついたのも束の間、追ってきたワゴン車は二台。まだ一台残ってる。

 矢島が思い出し、慌てて振り向く。

 だがそのワゴン車は矢島と大橋を無視し、炎上したワゴン車のその先にいる笠持と雨宮の方へ進路を向けていた。

 まずいと思った矢島は、もう一度拳銃を抜き出しタイヤを狙う。


 「そっちに行かせるかよ!!」


 しかし、矢島の思いも虚しく銃弾はタイヤを逸れ、黒い道路に銃痕を残すにとどまった。


 「笠持!! 黒服がそっちに行った! 早く嬢ちゃんを連れて逃げろ!!」


 「ッ!」


 笠持からの直接の返事はなかったが、ワゴン車はそのまま速度を緩めず交差点を右折し消えて行ったことから、まだ無事に逃げていると推測できた。


 「矢島さん、私たちいったいどうしましょう」


 迫る危機が去り心に余裕が出来たのか、大橋が口を開いた。

 矢島は拳銃を再びスーツの内側へ隠しながら、答える。


 「そうだな。俺はもう一度遠堂の事務所に行こうと思う」


 「笠持さんや雨宮さんは……?」


「笠持は頼れる男だと見た。それに、事務所に行ってから俺もシステムに引っかかってしまった、何かヒントが残されているかもしれない」


 「え? またあそこまで戻るのですか?」


 「事情が変わったんだ。システムの内容次第では、明日まで悠長にしてられる時間がない可能性が出てきたんだ」


 銃弾で狙われることは無くなっても、刻一刻と「タイマー」は削り取られ寿命が近づく。


 矢島の表情から焦りは全く消えていなかった。


 

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