6話『システム』(後)

 雨宮千里あまみやちさとは契約書を見て苦い顔をする男達に疑問を投げかける。


 「金を借りた人から「タイマー」を貰うって書いてあったことは理解できたけど、一体どうやって「タイマー」をバレないように抜き取るの?」


 それに対し大橋は、確かにと頷く。

 すると笠持は確信を持っていう。


 「僕は聞いたことがある。この契約書を見てわかったよ。”システム”だね」


 「しすてむ?」


 「笠持の言うとおりだ。システムの説明は俺がしよう」



  ***


 システムってのは基本的に「○○のシステム」って呼ばれるんだが、その○○が持つ性質に細工を加えて違った目的に使うことを言うんだ。

 今回の事件はおそらく、遠堂から金を貰うとその分の「タイマー」を遠堂が受け取った結果に起きたものだが、普通の方法でこんなことが出来ないのは何回も話した通りで、何かのシステムが絡んでいると睨んだわけだ。


 過去にある単純なシステムを例に上げると、「時間の倍速機能」を使ったシステムだな。こいつが一番わかりやすくて、説明もしやすいだろう。

 普段テレビで録画なんかを見るときに、倍速機能を使うことがあるだろう? 二倍とか三倍とかにして、時間を早く進めたいときに使う便利な機能だ。


 その特性を利用する。


 普段俺たち人間の誰もが持っているタイマーは正確な時計のように決まった速さで消費されていくってのを、お前らもう知っているよな? タイマーとテレビの録画は、とてもよく似ている。タイマーの量≒再生時間って寸法だ。

 ここまでヒントを出せばあとは簡単だろ? 

 自らのタイマーに何らかの細工を施して、テレビを早送りする容量で自分のタイマーの消費スピードを早くするのさ。


 すると結果は単純だ。


 タイマーを消費するスピードを早くした分だけ、自分も早く動けるようになる。五感の反応速度が倍速化されるんだ。

 システムにはそういうトンでもない代物が、時々出てくる。

 今回の事件のシステムは、人の命を奪っている。最悪の部類だ。


   ***


 ……漠然とでも理解出来たら十分だ。

 そこまで言って矢島が一息つくと、笠持が続ける。


 「今回の問題は何の性質がシステムに使われているのかだね。そこでさっきの千里ちゃんの話が関わってくると僕は考えた」


 矢島の話を自分なりに噛み砕いて理解しようとしていた雨宮は、自分の名前を呼ばれて顔を上げる。


 「なるほど、嬢ちゃんの見たダンボール箱か。システムが関係しているものだったなら、見られただけで口封じしようとしたのも納得できるな」


 「千里ちゃん。そのダンボール箱ってどのくらいの大きさだったの?」


 「ダンボール箱? そうねぇ、腰のあたりで抱えてて頭のあたりまで高さがあったから……一メートルと少しぐらいかしら」


 雨宮は、黒服の男が持っていたダンボールを思い出すように、ダンボール箱を抱える格好をしながら言う。


 「一メートルちょっとか、そういえばいくつかそれらしいのがあったな」


 「そうだね。僕が遠堂のところに行ったときに見たそれらしいのは、小型の暖房器と振り子時計くらいかな」


 「暖房があったか。俺が覚えているのはウォーターサーバーと振り子時計だな」


 二人は、思案顔で推理を進め、笠持は言う。


 「だとすると一番怪しいのは振り子時計みたいだね」


 「そうだな。一つその振り子時計で気になることといえば、、振り子も針も動いていなかったことだが……」


 矢島は遠堂の事務所で、振り子時計を見たときに感じた疑問をこぼす。


 「そうだったのかい? そうだね一応考慮して、システムの詳細を考えたほうが良さそうだね」 


 「そうだな。今はそれしかないか。じゃあ次は、振り子時計のシステムの詳細を探ることからはじめるか」


 矢島は、一抹の違和感をぬぐいきれないままだったが、まずは目的を決め行動することにした。



 すると今まで会話に参加していなかった大橋が、矢島の肩をトントンと叩いた。なにかあったか? と振り向く矢島に、大橋は小声で伝える。


 「私の気のせいかもしれませんが、川の対岸とこの土手の上に、こちらをずっと見ている黒服の男が合わせて三人いるのですが……」


 矢島は「本当か?」と、大橋と同じく声のトーンを下げて聞き返し、目だけで軽くあたりを見渡す。


 「いるね」


 笠持も確認したらしい。薄暗い景色に溶け込むような真っ黒なスーツの男がいる。

 矢島は思い出す。


 「俺を殴って気絶させたやつだ。間違いなく遠堂の手下だ。マズイな。あいつらは街中でも平気で銃弾ぶっぱなすんだろう?」 


 矢島の言葉で、一帯に緊張感が吹き出す。

 雨宮は今朝の恐怖を思い出し身を震わせた。


 「ヤバイ。まだあいつらは雨宮の口封じを諦めてなかったってことか」


 矢島は、黒服の男達に気取られないようできるだけ今までどおり話すことに努め、笠持は雨宮の隣にさりげなく歩み寄る。


 「千里ちゃん。いつでも走れるようしておいてね」


 雨宮は、青ざめた表情になり、無言で頭を縦に振る。


 「オッサンは走れるか? この開けた川原は危険だから安全な場所で考えたい」


 矢島と笠持はそれぞれに問うと、ちょっと待ってろと雨宮と大橋に言う。

 そして矢島と笠持は、並んで世間話をしているふりをしながら、土手を上りきり、黒服の方に視線も向けずに近づいてゆく。

 黒服が自分の正体をバラさないように、矢島から顔を背けた刹那、


 「バレてんだよクソッたれっ!」


 矢島が黒服の腹部に強烈な蹴りを繰り出す。

 しかし意識を飛ばすには至らなかった黒服の男が、矢島のセリフを聞き舌打ちする。

 男は蹴られた腹部を押さえ込むようにしたかと思えば、懐から素早く拳銃を引き抜き矢島に向けて引き金を引く。

 だが発砲される直前。矢島の横にいた笠持が前のめりになっていた黒服の男の首を、自前のマフラーで締め上げ引き倒す。

 放たれた銃弾は明後日の方向へと消え、気を失った黒服の男を道路脇の草むらに隠した矢島と笠持は叫ぶ。


 「こっちは大丈夫だ! 走ってついてこい!」


 雨宮と大橋は、黒服が倒される一部始終を唖然と見ていたが、矢島達の叫びで現実に帰り、慌てて彼らのあとをついてゆく。


 「笠持! さっき伝えた待ち合わせ場所まで二人を先導してくれ!」


 黒服の男から奪った拳銃を構えて矢島は再度叫ぶ。

 黒服に近づきながらしていた世間話のことだったので、笠持もすぐに返事し、雨宮と大橋を呼ぶ。 

 そして異変に気づいたもうひとりの黒服がこちらに走りながら発砲してくるのに対抗して撃ちまくる矢島のわきを、雨宮と大橋が駆け抜ける。


 「本当に容赦無くバカスカ打ちまくってんじゃねーよ!!」


 矢島は、他の三人が一心不乱に走るのについて行きながら、頻繁に後ろを振り返り、夜の街へと姿をくらまそうとしていた。


 





 

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