第11話




「どうしたんだよこれ」


 精神をコピーに移すと、そこは魔王の間であることは間違えないのだが、俺の目の前に位置する壁が、相当破壊されていて、修復中のようだった。

 あまりにも驚いてそう一言漏らすと、シェイルから大きなため息がこぼれた。


「向こうでは相当戦いを楽しんでいたようで…?」

「あ…。もしかして魔術使ってた?」


 コピーに気が回らなくなると、一緒にコピーと魔術を使ってしまうかもしれないと言ったのは俺なのだが、すっかりそのこと自体忘れていた。

 確かにドラゴンの時といい、街への移動中といい、相当戦っていたから忘れてしまったようだ。


「で? 魔物の様子はどうなんだ?」

「入口で魔物が争っています。この一室に入っては来ていませんが」

「行くぞ」

「は?」

「暴れたい」


 椅子から降り、いつも羽織っていた、懐かしい黒のコートに手を伸ばした。

 長い通路を歩いていると、リベリオが入口の方を見ながら壁に寄りかかっていた。


「こんなところでボーっとしてると食われるぞ」

「あ、魔王」


 ようやく気付いたように、俺の方を振り向くと、にっこりとほほ笑んで近づいてくる。

 戦いよりも料理に集中するリベリオが、争い時に調理場から出てきているなんて珍しかった。お疲れさまと、タイミング良く争いが終わるのを見計らっておやつを持ってくるため、籠っていたというのに。


「おやつは作らないのか?」

「何を作ろうかなと悩みながら。それに、珍しく魔物の量が多いので、お手伝いしようか迷っていたところです」

「そうか。料理人の腕を疲れさせるほど馬鹿じゃねぇよ。ちょっくら暴れてくるから、おやつよろしく」

「はい」


 いつものように、にっこりとほほ笑んで、いつもの調理場へと楽しそうに足を進めていた。

 料理にしか興味のないリベリオが、争いに気を取られていることなんか珍しかった。だからこそ、深く理由を聞こうと思ったが、あぁもすぐに調理場に向かうなんて思わなかった。渋ったら、一緒に連れて行こうと思ったのだが、その必要もなさそうだ。

 タイミングを計っていたのか、向かっていた先からヴィンスが現れる。

 争いが終わったのだろうか。

 庭が荒らされるのを嫌がるヴィンスは、魔物が近付いてくると、今回のようにシェイルか俺に連絡が入る。そして、積極的に争いに混ざっているのだが。


「魔王様。お戻りですか」

「おう。様子はどうだ」

「それが、魔王を倒す。とかではなく、単に争いたい魔物たちのようで」

「はぁ? 何それ。つまんねぇ」

「つまらなくはないですよ。争いたいのであればお相手してあげますよ。魔王が目的じゃなくてよかったです」


 右後ろにいたシェイルが、冷たくほほ笑みそう言った。

 魔王が目的の魔物はそれなりにいるが、今回のように、ただ単に争いたくて、魔王の城に集まる輩もいる。

 シェイルの手により強く育てられた魔物は、戦うのにはちょうどいい強さなのだろう。


「シェイルを相手にした魔物がかわいそうで涙が出てくる」

「魔王…。それは笑って言う言葉じゃありませんよ」



 

 ヴィンスとシェイルを左右に連れた状態で、争いが始まっている門のほうへと足を進めた。

 そう簡単に壊れるような素材を使っていないはずなのに、門は崩壊し、大勢の魔物が押し寄せていた。

 城のほうに結界を張り、低級魔物は入れないように警備の魔物がしているが、中級魔物は軽々と中へ入ってきている。

 待ち構えていた警備の者が相手をしているが、そう簡単に潰れる魔物でもなかった。

 大きな扉が開かれ、シェイルとヴィンスが姿を現すと、城の魔物は肩をびくつかせ、襲いかかってくる魔物から距離を置いた。

 すぐに片付けなかったことに、後で叱られるのだろうと想像してしまったみたいだ。すぐに始末しなかったとき、シェイルは相当怒る。死体が出ることはないが、それなりに罰を下すからかわいそうでならない。

 こっそりヴィンスに頼んで治癒させているが、そのこともシェイルはお見通しだ。


「おぉ。いいねぇ。やりがいがありそうだ」


 そう大声で笑ってやり、警備の者を魔物から引かせる。


「ヴィンス。怪我した者の手当てを。シェイルは警備の者をまとめておいて」

「はい」

「魔王。私に戦わせないおつもりで?」


 ヴィンスは言うことを聞くように、すぐに重傷を負った者から治癒を始めているが、シェイルは戦わせないことに少しだけ意見があるようだ。

 しかし、俺が暴れると、そこらへんに警備がいては巻き込んでしまうからだと言うのに、たまには暴れさせてくれる気がないのだろう。


「シェイル。あまり俺に命令しすぎると、お前も一緒に殺すぞ…?」


 最近まともに暴れていないことからイライラしていた俺は、目だけでシェイルを睨みつける。

 別に、シェイルを殺そうと思えば殺せると思う。シェイルに任せているのは俺のコピーであって、本体ではない。そのため、本体に精神を取られている隙に殺されようが、別にかまいはしないし、この状況で俺に傷をつけたところでただのコピーだ。シェイルはそれを忘れてはいないはずだろう。

 睨みつける時間は長くはなかった。 

 すぐにしゃがみ、服従を示すように頭を下げた。


「すぐに警備の者を引かせます」


 動く前に目線を敵に回し、どれくらいの数かを目だけで数える。

 数匹と連絡は入っていたが、そんなかわいいものではない。四百はいるだろう。

 攻撃の手は止めているが、しっかりと魔王である俺を睨み、いつでも戦える準備をしているみたいだ。


(この殺気…気持ちが良い)


 ルーフォンの近くでは、こんなに殺気があろうと魔力を使うことができない。しかし、魔王としてこの場に立っている今、我慢していた魔力を開放し放題だ。

 手始めに、右手と左手の人差指と中指の先に魔力を溜め、ボーリングの球を投げるように、下から“無”の魔法弾を、前衛にいる魔物の足を狙って数弾投げ込む。

 それがスタートの合図となったかのように、動けなくなった魔物の後ろから、数十匹の魔物が俺を目掛けて向かってくる。その後ろからは、炎の魔法弾を撃ち込んでくるが、しゃがみ、向かってくる魔物の後ろ付近に水壁を作り、炎弾を防ぐ。

 向かってきていた魔物は、しゃがんでいる俺に遠慮なく切り込むが、身軽さで器用に避け、隙をついて魔法で爪を伸ばし、避けたついでに首や腹部を切り込んだ。

 血が飛び、上着や髪に浴びてしまう。


 なつかしかった。


 飛ぶ首、飛ぶ上体、飛ぶ血飛沫。

 負けじとやってくる魔物や魔法を、意図も簡単にひねりつぶし、得意の水魔法や無魔法を使い続ける。

 城の魔物は、ただ見守ることしかできない。

 下手に加勢に入ると、巻き込まれ、死を迎えるしかないだろう。

 まだまだ奥に控えていた魔物たちは、舞うように身を動かす魔王に切り込まれた、血の塊にしか見えなくなってきた味方の魔物を見ると、刃向かおうとする気すら失せてきたのか、逃げ帰る者が数匹いた。

 別にかまわない。逃げたければ逃げればいい。

 自分の命を扱うのは勝手だ。

 刃向かってきた奴を潰せればそれでいい。自業自得だ。

 敵意を向けない奴を殺す気など更々ないから。

 逃げ帰る魔物も少しずつ増えるが、飽きずに向かってくる魔物も、何処からかわいて出てくる。


「まだやるのか…一掃してやるよ!」


 腕を振り、近くにいた魔物を振り飛ばし、動かない隙に“無”の魔法弾を作るため、、両手を真上に上げ、大きく黒い魔法弾を作り出す。その間に、数匹の魔物が向かって来たが、一軒家が二軒入るくらいの大きさの魔法弾は、すぐに作ることが出来た。

 魔物が俺に触れる前に、その魔法弾を目の前に放りだした。


 


 


 


  


 


 

「なんだ…?」


 俺とルーフォンは、大きな地響きと、何か大きなものが崩れるような大きな音に反応し、聞こえてきた方へと顔を向けた。

 その方向は。


「魔物の土地…?」

「…魔物が暴れでもしたのか? でも今の地響きって…」


 方角のせいもあって、つい目を見開いてしまう。

 魔物が暴れているのだろうと、ため息をついたルーフォンも、さすがに驚いている様子の俺に気づいたみたいだ。

 ゆっくりとルーフォンのほうを見ると、どうしたと言わんばかりの顔だ。


「あの方角…」

「なんだ? 何かがあるのか?」

「あの方角と位置的に…」

「だからなんだ」

「魔王の城…」

「あの位置が…?」


 魔王に何かがあったのだろうか。

 実際コピーなど作れない俺は、精神が入ったコピーが死んでしまったら、その精神がどうなるのかとか。怪我をしたらどうなるのかとか。本当はどうなるのかとか。そういう事情を知らない。

 もし魔王に何かがあったのならば、駆けつけなければいけないはずなのだが、魔王の本体が今足元にある限り、下手に動くわけにはいかない。

 別に魔王に何かがあったわけではないのかもしれない。魔王が、大暴れして大きな魔法を使っただけかもしれない。でも、暴れるほど怒らせるようなことがあったのだろうか。

 相当怒らせない限り、大きな魔法は使わないはずだ。もしかしたら、魔法が使えない状態が続いていたせいで、魔力をコントロールできていないのかもしれない。

 いろいろ考えても、やはり答えは見つからなかった。


(ヴィンス! 魔王は!?)

(アマシュリか? 無事だよ。今のは魔王の攻撃だ。争いの前にシェイルが少し怒らせたから、余計にイライラしてるんだろう)

(シェイルが…? 魔王が無事ならいいんだ…)

(何かあったらすぐ連絡を入れる)

(お願い)





 

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