第10話


 前に、闘技場でも抜け殻のように眠ってしまったことがある。

 ただ疲れて眠っただけなのかと思ったが、今もまた、無防備に眠ってしまったところを見ると、もしかしたら前回も、精神を向こうに持って行っていたのかもしれない。

 あの時は、さすがに騒げば起きるだろうと思っていたが、今回は騒いだところで、起きる起きないの問題ではないとわかってしまった。向こうも危ない状態になっているとなれば、こちらの本体に傷をつけるわけにはいかない。

 しかも、前みたいに魔物がいるわけでもなく、人間同士の戦いで、それでなおかつ選手権みたいなものだったからこそ、控え室にいる分にはあまり危険がなかったようなものだ。しかし、今ここは魔物がウジャウジャいるような状況だ。見つかったら戦闘態勢に入るのは間違いない。

 シレーナ…魔王がこちらに戻るまで、魔物が現れなければいいのだが。


「アマシュリ。そいつはいつもこうワガママなのか」

「え? うん。そうだね。いつもわがままでみんなを振りまわしてたな」


 柔らかいシレーナの髪を、そっと優しくなでてやる。

 口を開かなければ、可愛いものだ。しかし、口を開くとワガママだったり、喧嘩だったりを始め出してしまう。それでも魔王の側から離れない俺やリベリオ、シェイル達は、ワガママじゃない面の魔王も知っている。

 姿かたちが魔王と離れているシレーナでも、性格は同じだ。子供っぽい性格をしているからこそ、扱い方が簡単だ。喜ぶことをしてやれば、わがままも少なくなる。


「みんな? ほかにも仲間がいるのか?」

「うん。勇者とかに興味がないし、魔王討伐にも興味がないやつらがね。勇者になるって言った時も、みんなまた面倒なことをって顔をするんだ」

「それでもお前はついてきたのか」

「まぁね。何かあったら嫌だし」

「もしかして、唐突なわがままに付いていけなくなって他の奴は来なかったのか?」

「ううん。興味がないって言っただろう? シレーナのことはすごい心配してると思うけど、意思がないやつが勇者の近くにいても仕方がないしね」


 そもそもみんな魔物だし。

 と心の中で笑いながらも、うっすらとほほ笑み、瞼を閉じたシレーナの顔を見つめる。

 実を言うと、魔王の父を数回見たことがある。誰とも比にならない強さを持っており、不用意に近づくことも許されなかった。しかし、無邪気な子供は、そんな迫力も知らないのか、気にせず足元に寄ってくる。

 なんて命知らずな子なのだろう。

 その時はそう思ったが、何度か観察していてわかった。

 その最強の魔物が護りたがっているものが、その子供なんだと。

 だから力を持っている。その子に対しては、優しくほほ笑む姿も数回見れた。うらやましかった。あんなにも強い魔物の近くにいられるなんて、どういう対象なのかと。

 時間がたつにつれて徐々にわかっていく。

 あの魔物の子供なのだろうと。


 しかし、ある日いつものように観察に出向くと、何があったのか魔物の死体がいつもよりも積み重なり、子供の泣き声が聞こえてきた。 

 何があったのかと近づいてみると、子供を腕に抱えた状態で、その最強と謳われた魔物が血だらけに傷ついていた。

 誰の攻撃でとかではなく、積み重なった疲労と傷のせいだろう。

 魔物の足元には、数千匹の魔物がいる。こんなにもいっぺんに相手にしたのだろう。疲れて当たり前だし、全ての攻撃をかわすことなど難しい。いつかはこうなってしまう。そうはわかったとしても、悲しかった。

 まだ息はあるみたいだが、治癒魔法を使用できるほど体力があるようには思えなかった。

 飛び出して、助けてやりたい気持ちはいっぱいだったが、治癒魔法を使えない俺は、ただ見ていることしかできなかった。

 じっと見ていると、子供がピタリと泣くのをやめた。

 首にかかっていたネックレスを、そっと子供の首にまわしてやる。

 その時、身体が一切動かなかった。

 持っていたそのネックレス。


(ウソ…。人魚の涙…?)


 遠目であまりよくは見えなかったが、人間の土地に入って宝石の書物を読んでいた際に、貴重なものとして記されていた写真に、“人魚の涙”と載っていた。

 すごくきれいで、他とは見間違えないほど覚えていた。記憶力に自信はある。あれが、手に入るのは困難で、言い伝えのようになってきてしまった宝石。

 強かった理由が分かった。それがすべてではないのだろうが、元が強かったために、相当な魔力を所持できたのだろう。

 そのネックレスから手を離すと、その魔物は息を引き取ったように見える。

 子供も、必死に揺らしたりしてみるが、起きる様子もない。

 大きな声で泣き叫んでいる。仕方がない。護ってくれていた人が亡くなってしまったのだから。しかし、あの子の母はどうしているのだろうか。

 今まで見たことがない。もしかしたら、もうすでに亡くなってしまったのかもしれない。あの子はどうするのだろう。

 小さい子供が、両親を失くし単独で行動している姿はよく見かける。むしろ、それが魔物の中では普通の領域になってしまっている。いつ親が死ぬかわからない。いつ自分が死ぬか分からない。いちいち泣いてはいられないだろう。でも、あの親子だけは、しばらく見ていたというのもあってか、涙が出てきてしまった。


「おい…」

「えっ?」

「泣いてる」


 いきなりルーフォンが話しかけてきたと思えば、唐突な内容だった。

 耳を澄ましてみても誰かが泣いている様子はない。鳥もいないのか、鳥の鳴き声も聞こえない。


「…誰が?」


 そう聞くと、あきれたような顔で指差してきた。


「僕…?」


 ソッと目元に指をかけてみると、いつの間にか思い出して泣いていたようで、涙が指に触れた。

 まさか、他人の死で二度もなくとは思わなった。しかも同じ魔物。あまりにもおかしくって、つい笑ってしまった。


「ははっ。また泣いちゃった」

「また?」

「うん。ちょっとね。思い出しちゃって」

「思いだした? そいつとの出会いか?」

「そうだね…。シレーナは僕を助けた時が初めてのような事を言ったけど、本当は一方的に僕はシレーナのことを知ってたんだよ」


 あの後、何度か様子を見に子供のところに足を運んでいた。

 元気かどうかはわからないが、とにかく生きてはいた。

 じっと座って、口を開くこともせず、どこか一点を見つめていたり、木の枝を折り続けていたり、暇そうな日常を過ごしていた。

 父と遊ぶのが楽しかったのだろう。だからこそ、一人遊びは知らないし、友達もいない。友達になろうかと足を運ぼうと思ったことは何度かあった。でもどうやって話しかければいいかがわからなかった。

 それからしばらくして、子供は成長はしていた。しかし、毎日毎日暇そうで。

 目をかけられた魔物を潰す力を持っていたおかげで、自分の身を守ることに苦労はしていないようだった。暫くしてから“人魚の涙”の所持がばれてしまい、大勢の魔物に狙われた。しかし、いとも簡単に潰す姿を見て、恐ろしくなった。

 遠巻きに見ていたシェイルに俺は気付いていたし、シェイルも俺に気付いていた。争いが収まりかけた時、シェイルはようやく動きを見せた。

 こいつは強い。

 わかっていた。子供が危険な目にあうんじゃないかと思ったが、手をかけることはなかった。

 その時、その子供は魔王となった。

 もう大丈夫なんだ。一人じゃないんだとわかり、それ以降その子供。魔王を見に行くことはなかった。だからこそ、魔王の声は覚えていたし、たくましくなった姿を数回見たとき、ホッとした。

 まさか、こんな側にいられるとは思わなかったが。


「一方的に?」

「うん。一方的だったね。話しかけることはなかったし、その時シレーナは一人じゃなかった」

「その時? 他にも仲間がいるんだろう?」

「それは全然後の話。俺と出会った後だからね」


 シェイルに俺。ヴィンス、リベリオ。その他もろもろ。

 大勢での行動があまり好きではないのだろう。

 シェイルの希望で警備等に仕える者はいるが、魔王から特別会いに行ったりなどはなかったみたいだ。


「強い人と一緒にいたんだよシレーナは」

「へぇ。なに? 魔物としてお前はシレーナを狙ってたのか?」

「ううん。観察。別に人間嫌いじゃないしね俺」

「そうか。その強い人今は?」

「死んじゃった…。強い人ってお父さんみたいなんだけど、大勢の魔物に襲撃にあってね。ひどいよね。子供を持った一人の大人に、魔物が大勢寄ってたかったんだよ? ルーフォンとシレーナは似てるのかもね」

「俺のように誰かが助けたのか?」

「…ううん。助けたのはお父さん。何とか魔物を除去することはできたんだけど、重傷で…」

「助けてやらなかったのか?」

「多すぎた。それに、俺は魔物だろう?」

「そうか…」

「なのに数年後俺が助けられて。馬鹿みたいだよね。あの時見殺しにしちゃったのに」

「…」


 本当勝手だ。

 いきなり俺の前に現れた魔物が、魔王の声をしているなんて。

 冗談半分で、魔王でしょう? と聞くとあっさり答えたし、その上城にまで招いてくれた。

 眠っていなくても、魔王は無防備すぎる。 

 城でシェイルにもう一度会った時、魔王は気付いていなかったみたいだけど、珍しくシェイルが驚いている顔を見せていた。

 覚えているとは思わなかった。

 あのときしか視線は合わせてなかったし。

 それに、助けてくれたというのは、魔王の嘘ではない。

 魔王が話しかけてくれるまで、魔物から逃げていた身なのだ。 

 気に食わない魔物に情報を提供してほしいと言われ、大ウソをついたのがばれた時だった。殺されないように逃げ回り、ようやく落ち着いたというときに魔王と会った。助かったと、心の奥底で安堵した。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る