第12話



 

 大きな音と響き渡った地響きにより、砂煙が舞い上がった。

 そのせいで見えなくなった現状に、城の魔物たちに緊張が走った。

 魔王の心配ではない。どのくらいの魔物が死して、どのくらいの魔物が生き残ったのか。そして、魔王の自我は健在か。 

 極稀にだが、自らの魔力に耐えきれず、暴れた拍子で魔力に乗っ取られ、自我を失って暴れ続ける魔物がいる。魔力が強ければ強いほど、起きる現象だ。他には、宝石に乗っ取られるケースもある。

 自分の魔力では抑えられない宝石を使用し、自ら命を絶ったり、宝石の魔力に乗っ取られたり。

 どうして城の魔物がそんな心配をするのかは、王が“人魚の涙”を所持しているからだろう。

 コントロール不能になった人魚の涙を抑えられるほど強い魔物は、ヴィンスやシェイル、リベリオしか止められそうな魔物はいないだろう。しかし、この3匹でも、止められるかどうかの確証はない。

 砂煙の中に、1匹の影。

 魔王だ。

 呆然と立ち尽くすように、両手を下げ、ただまっすぐに立っている。

 乗っ取られたか否か。

 近くにいるシェイルを見ても、それを恐れるように砂煙の奥を見つめていた。

 治癒魔法をやめ、魔王のほうに目を戻す。


「ゲホッ…」


 魔王が咳込む声が聞こえた。

 数回咳込み、左手が上がり、空気を流すように振り払った。その流れに従うように、砂煙は徐々に消え去っていく。ゆっくりと足が動き、徐々にこちらへ進んでくる。


「ゲフォゲフォ…す、砂っ…」


 乗っ取られるようなことにはならなかったみたいで、城の魔物全員が安堵の息を漏らした。

 シェイルも、肩に力が抜け、ため息のようなものを吐き出していた。

 生きていた。とか、乗っ取られていなかった。とかの安心ではないのだろう。自分も死せずよかったと安心しているのだ。

 よく喧嘩をしているのは見かけるが、あのように魔王がシェイルを睨みつけることがなかった。もともと、シェイルが魔王の傍にいたがっていると言うのもあり、最終的にはシェイルが身を引いていた。だから大きな喧嘩にはならなかったのだろうが、今回はさすがにシェイルも身の危険を感じたのだろう。

 砂煙が舞った元を見ると、そこには作り上げていたあの大きな円の中に消えたかのように、地面が丸く削り取られていた。そこにいたはずの魔物の姿もなく、円に入りきらなかった魔物の上体のみや、下半身のみの死体が端々に転がっていた。

 そこにあったものが消滅したのだろう。

 恐ろしき威力。

 このような状況を見てしまうと、俺やシェイルはともかく、警備の魔物や低級魔物は逃げ腰となってしまう。


(俺も魔王を怒らすのだけはやめておこう)


 するつもりまではないが、たまに魔王らしくない面に甘えてしまいそうになるからこそ、余計に。

 今のところは、まだ庭師とさせていただいているものの、周りからは治癒専門にといわれる。しかし、魔王はしたいことをすればいい。というスタンスだ。だからこそ、庭をいじらせてはいもらっているが、魔王が医師専門とさせるのならば、文句を言わず従おう。そう今誓う。


「ヴィンスー…目がチカチカするー。目が痛い…」

「砂埃のせいでしょう。診せてください」


 近づいてきた魔王に向かい、立ち止まると、言われた通り目をつむって顎を上げて上を向く。

 ゆっくりと目を開くと、砂が目に入ったのか、涙がちらりと見える。


「少し我慢しててくださいね」


 殺傷能力ゼロの水を手の平に魔力で集めると、魔王の目の前に合わせ、ゆっくりと水の中に目の部分を埋めていく。


「ゆっくりと瞬きしてください」

「うー……。俺もう下が砂の場所で今のしない…」

「アスファルトならやるのですか?」

「うん…するならね」

「でもその下は結局砂なので同じ事になると思いますが…」

「じゃあ地面に向かってやらない」

「もしくは至近距離でやらなければいいのでは?」

「あ! それいい! そうする」


 今の会話で、あまり深く考えずに魔法を出したのが丸わかりだ。

 まぁ、後先考えずに戦うのはいつものことなのだが、なんとなくあの魔法弾を作っている最中に、こうなるだろうなとは、薄々感じていた。

 そっと水を目から離してやり、空気に触れさせる。


「まだジャリジャリしますか?」

「んー…。ちょっと」


 まだ砂が残っているのだろう。

 新しく水を作り、再度目に触れる。同じことを数回繰り返すと、次は口の中にも入ってて気持ち悪いと言いだし、同じく口の中も洗った。

 それと同時に、顔に付着した敵の血を洗ってやり、綺麗な顔に戻して見せる。


「ヴィンス髪も…」

「いいですけど、服の下も砂でジャリジャリしてませんか? お風呂に入った方が早いかと」

「そーする。っていうか、もうそろそろ戻らなきゃ。ヴィンスやっておいて?」

「はい。仰せのままに」


 といっても、身の回りのことは俺の仕事じゃないんだけど。

 だいたいそういうわがままは、いつもシェイルに言っていたから、今回もそうなのだろうと思ったのに、名指しで俺に命令してきた。その珍しさに、ゆっくりとシェイルを見るが、悔しそうに腕を組んで立っていた。

 先ほど王を怒らせたから、自分がやりますと口を開けないのだろう。

 どうしてかまでは分からないが、シェイルに異常なまで仕えようとする。しかし、他に命令してしまったのであれば、やるにやれないのだろう。


「そういえば、ヴィンス」


 魔王の間への通路で、黙っていた魔王が口を開いた。


「はい?」

「ルーフォンという男を知っているか」

「ルーフォン…存じております」

「どこであった?」

「襲われていた人間の名です。地名までは覚えておりませんが、はずれの孤児に連れて行き、暫くは様子を見に通ったことはあります」

「前に話してくれた少年か?」

「はい」


 唐突な話ではあるが、何か理由があるのだろう。

 確かに、昔人間の子供を助けたことがある。それを魔王にお話ししたことはある。しかし、どうして子供の名まで覚えていたのだろう。話した本人ですら、名前を忘れかけていたというのに。


「今そいつ俺と行動している」

「そうですか」

「感謝してたよ」

「魔物だと知らないからだと」

「あ、すまない。ついポロリとヴィンスが魔物だって言ってしまった」

「構いません」


 あの子供が、魔王と。

 ということは、魔王討伐隊に参加しているということか。

 でも、魔物だと知れば、感謝の気持ちなど現れない者だと思ったが、魔物だと承知で感謝していたということか。どういう子供に成長したのか見てみたい。

 人間であることは間違いないから、もう年齢的には子供ではないのだろう。


「変だよな。アマシュリやヴィンスが魔物だと知ってても、アマシュリを最初は警戒していたが、ひどく言わなかったり、ヴィンスに感謝の気持ちは変わらないって言ったりするんだぜ? 魔物嫌いだって本人言ってるのに」

「たくましく育っておりましたか?」

「たくましいのかな? でも頼りがいはあるかも。相当強いぜ。魔術も素晴らしいさ。外見少しシェイル似で、シェイルから離れたっていうのに離れた気がしねぇ。剣術もいい方だと思う。シェイルと一度戦っているところを見てみたい」

「魔王様。それはシェイルの一方的な惨殺になってしまうのでは?」

「まぁ、シェイルが勝つのは目に見えているが、戦いがいはあると思うぜ。俺もついつい魔術のフリして魔法つかっちった」


 なんて笑う。先ほどのシェイルへの苛立ちは収まっているようだ。

 シェイルもそれに気付いたのか、ホッとした様子を見せていた。


「魔王様が魔物だということは?」

「ばれてねぇと思うよ」

「それはよかったです」

「でも、いつかはバラしてもいいかなって思ってる。本当に魔王を殺したいようだったら、相手にしてやってもいいと思う。ヴィンスが助けたやつだし、殺したくはねぇけど、あいつの気が晴れるなら戦いくらいはな」

「そんなっ…。もし手を出してくるようでしたら…」

「もちろん手を出してくるようだったらな。でも思うんだ。俺を殺しても、魔物が全滅するわけじゃないだろ? だから、魔王を殺すとかじゃなくて、共存。もしくは、一切お互いに干渉し合わず、壁を作っちゃった方がいいと思うんだ」

「壁。ですか」

「そう。たぶん、共存は、魔物はいいかも知れんが抵抗する人間が多いと思うんだ。だって、どう考えても人間が不利すぎる。それに、もし俺を殺して魔王の座があいたとしたら、他の魔物が魔王となるだろう? それをつづけたって意味がない。それに、俺の前にはシェイルがいるし。シェイルを相手にした後に魔王の俺の相手をする元気があるかどうかだろう? それに、もし暗殺か何かでシェイルと争わずに殺せたとしても、魔物の候補的に言わせてみれば、次魔王の座はシェイルになるだろう? つまり、俺より手ごわい魔王になるぞってこと」

「そんなことありません! 暗殺なんてさせませんし、魔王は魔王様の座です。私なんかよりもお強いでしょうに」

「じゃかぁしいわ! あんな殺し方するような奴に言われたかないわ…。そう思うだろ? ヴィンス。あんな残酷な殺し方をする奴はそうおらん」

「はい」

「ヴィンス!」



 そのあと、精神は魔王本体の元へ戻り、シェイルに人払いをさせ、その間に魔王の体を綺麗にしてやった。

 その時ふと思ったのだが、今の姿はコピー。コピーにも飾り程度の“人魚の涙”を着用しているものだと思ったが、コピーの魔王にそれはなかった。さすがに、“人魚の涙”を複製することまではできなかったのだろう。

 今までの力はその宝石によって増幅されたものだろうと思っていたが、着用していないというのに先ほどの威力。


(何と恐ろしいお方…)


 一生敵には回りたくない存在だ。


 


 


 

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