第7話
「さぁて。近くの国から様子を見に行きますか」
あの後、部屋に一国の使いの方が現れ、各国の王から印を頂いた勇者の証を受け取り、宿を後にした。
ドラゴンが暴れた闘技場のほうが心配だったが、行ったところで手伝えることはそうないだろうとルーフォンに怒られ、先の旅路へと足を進めた。
といっても、特別これといって目的地を考えていなかったから、国を出て、森をさまよう。
行く国で方向は決まるのだが、まだ最初の地点。行く場所なんかありすぎる。ということで、近い国から足を向けてみることにした。
天気は快晴、雲が現れることも、雨の様子を気にしなくてもいい。旅をするには良い天気だった。
しかし、天気と裏腹に、国と国の境目に位置する森の中では、魔物の気配が消えなかった。といっても、ルーフォン以外は魔物なのでそんなには気にしないのだが、殺気立っている魔物の気配だけはどうも気分がよくなれなかった。
人間には、あまり魔物の気配を感じ取ることができないと聞いていたが、殺気だけには反応したのだろう。先ほどからルーフォンが、いつでも剣を抜く気でいるかのように、右手を左側の腰に備えてある剣の柄を軽く握っていた。
「シレーナ…」
躊躇いがちに、俺の服の裾を軽くつかみながら、後ろに隠れるように弱々しい声を出した。
裾をつかんでいる手をつかみ、ゆっくりと握って落ち着かせてやる。
「アマシュリ、怖い?」
「怖い…わけじゃないけど、やっぱり慣れないんです。殺気とか、争いに」
魔物なのに。
あまり争い事が好きではないアマシュリは、自分は参戦しないため、見慣れてはいるものの、参戦することはなかった。魔物なのに珍しい気はするが、実際そこは心の持ちようと慣れだ。
幼いころから、そういう状況に立ち会っていなかったから、対処の仕方が分からないのだろう。それに、情報屋ということからして、魔物から護られる方が多い。自分を護る程度の魔法なら使えるが、傷をつけるほどのは…というのが情報屋のほとんどだ。
「大丈夫。アマシュリは俺が護るよ」
「お役に立てず申し訳ないです…」
「気にするな。魔術に関しては、ルーフォンもいるしな」
「ふん」
何もできないただの子供。と、アマシュリのことを考えているかのような、鼻の笑い方だった。
友人を馬鹿にするな。と怒鳴ってやりたいのは山々なのだが、闘技場で卑怯なことに、魔法を使ったという罪悪感のため、その言葉を口にはできなかった。
もうそろそろルーフォンに対しても、この殺気だらけの空気にしても、苛立ちが隠せなくなり、魔物の気配がするほうに向かって、木を倒せるくらいの呪文を唱える。
力強い水の玉が、ある木の根元付近の幹にぶつかり、衝撃に耐えれなかった古びた木は、根のほうから崩れていく。
その木の枝に隠れていた魔物二匹が、倒れる木を蹴飛ばし、地に足をついた。
「短気な人間だなぁ。もう少し楽しませてくれてもよかったんじゃねぇの?」
現れたのは、白に近いベージュ色の短い髪を、ツンツンに立たせて、タンクトップにジーンズという楽な服装をした魔物。黒い髪が肩付近まで伸ばされ、その辺の女をナンパしていそうなナルシスト系魔物。どちらも弱そうだが、アマシュリには十分の強敵に見えるのだろう。
本当に運だけで闘技場の敵を数名倒したのだろうと、運の強さに感心してしまう。
一応先ほどの街で武器の調達はしているから、短剣等のアマシュリが割と得意とする武器は持たせてある。この二匹の魔物程度だったら、アマシュリにも自分を護るくらいならできるだろう。そう信じ、にっこりとほほ笑みながら、アマシュリの元から離れ、魔物のほうへと近寄っていく。
「安心しなよぉ。俺が今から楽しませてあげるから」
飾り程度に所持している剣を抜き、二匹の魔物に向かって剣先を向けた。
基本的に剣や槍など、大きなものを武器として所持しない魔物だからこそ、相手は丸腰同然だ。しかし、その代わりと言わんばかりに魔法を優位に使ってくるだろう。
先攻は俺に任せるつもりなのか、ルーフォンは剣を抜き、戦う準備をしているものの、アマシュリをかばうように背に回して俺と魔物の様子を眺めていた。
「そうかよ。それはありがたいことで」
ツンツン頭の魔物の右手に、魔力が溜まるのが分かる。そこを目掛けて、先ほど木に向けた基本水魔術を発動させる。ルーフォンさえいなければ、魔力を使って捻りつぶしていたのだが、全てのものを見逃さないかのように後ろで見守られていれば、闘技場のようにこっそり魔力を使うこともできない。
邪魔した魔術の所為で、溜めた魔力を撒かれ、魔物の機嫌はあまりよろしくない方向へと向かっているようだ。
黒髪のほうへ気をまわすことは忘れない。二人を一気に魔術で相手をするのは疲れるが、今はそんなことを言ってもいられない。邪魔な剣をいったん鞘におさめる。
魔力を十分にためることができなかったツンツン頭のほうに身を接近させ、近距離で姿勢を低くし、左足を相手側に向けて右手を拳にし、右下から左上に向かうように腰をひねり、拳を相手の腹部に向かって持ち上げるようにアッパーをかます。
くの字に曲がり、近付いた魔物の広く用意された額に向かって、思いっきり頭突きを喰らわせる。
意識を飛ばしたのか、そのまま崩れる魔物の後ろから、黒髪が魔法を俺に向かって使用してきた。
黒い矢のようなものが、頭や心臓、腹部を狙って数本向かってきた。
もともと低めに態勢をとっていたせいで、しゃがんでもどれか一本には当たってしまう。
(魔法が使いたい!!)
口では言えないから、アマシュリやリベリオ、ヴィンスに向かってテレパシーを送った。
シェイルにまで送ると、使ってしまえと冷たく言われてしまいそうだったので避けたが。
あまりしたくはなかったのだが、右足に体重をかけ、地を蹴りつけ横に転がるように避ける。地に手をつき、自分の身を押し上げて再度足を地につけた。しかし、ゆっくりしている暇をも与えず、次から次へと使用してくる魔法に、だんだん苛立ちを覚えてくる。
「アマシュリ!」
「はい!」
(魔法を使うことを許すから、あの魔物を止めてくれ…)
(いいのですか?)
(お前だったら問題ないだろう)
「攻撃を仕組んできたあなたが悪いんですからね」
そう言って、アマシュリは両手を黒髪の魔物のほうへと向け、得意の拘束魔法で黒髪野郎の身体をきつく硬直させる。
「なっ…貴様魔物だったのか…どうして人間の味方に」
「事情がある故」
拘束された魔物は、アマシュリが魔物だということに気づき、どうにか抵抗してやろうと暴れ出すが、そう低級魔物にアマシュリの拘束魔法から逃げ出すことなんかできやしないだろう。
その隙に、黒髪野郎の目の前にジャンプし近寄ると、一度鞘に納めた剣を抜き、首を綺麗に跳ね飛ばしてやった。
うるさかった殺気が、ようやく静まりかえり、緊張の糸が切れたアマシュリは、その場に崩れるように座り込んでしまった。
「無事か? アマシュリ」
剣に付着した血を振り払い、鞘に納めてアマシュリのほうへと向かった。
何とかといわんばかりに、片手をあげて見せていた。
「…お前魔物…だったのか」
ルーフォンの存在を忘れていた。
抜いていた剣先を、座り込んでいるアマシュリの首元にあて、口を再度開く。
「答えろ」
「…そうだよ。魔物だよ…。だからなんだよ」
「なんだよだと!?」
「実際僕はルーフォンに対して攻撃を仕掛けたか? 違うだろ?」
「ルーフォン。魔物を毛嫌うのはわかるが、俺の親友にまで手を出すとなると、俺はお前を殺さなければいけないのだが?」
アマシュリに魔法を許したのは俺だ。それに関して、アマシュリに手を出すようだったら、どんなにいいやつだろうが容赦なく殺さなければならない。
剣を抜かず、ルーフォンの目を見つめ、手を出すなと瞳だけで脅して見せる。
ルーフォンが魔物に対して、何らかの怒りを見せているのは知っている。だからこそ、魔物であるアマシュリを許せないのだろうが、今の現状でアマシュリに手を下して罪があるのは、ルーフォンとなってしまう。それは、ルーフォンにだってわかっていることだろう。
ゆっくりと剣を握る力が抜けてきているのに気づいた。
諦めたかのようにいったん目をつむり、剣を鞘に納める。
「そうだな。今まで黙っていたのも、俺が魔物を毛嫌いしているっていうのを知っていたからだろうし、魔物が人間の街に堂々といることを知っている人が増えるのが困るからだろう」
「そんなとこ」
「しかし、聞かせて頂きたい。どうして人間であるシレーナと、魔物であるアマシュリが手を組んでいる?」
ルーフォンは、自分を落ち着かせるためにか、その場に座り込み胡坐をかいた。その自分の右ひざに右ひじを乗せ、手の平に顎を乗せた。相当考えているのだろう。
そう深く考えないでいただきたいのが本音なのだが、ルーフォンにとっては大事なところなのだろう。
「魔物に襲われているアマシュリを、俺が助けただけ」
「たったそれだけか?」
「たったそれだけでも、命の恩人だと感じるのです。魔物は、自分が慕う一番のものを知っている」
アマシュリは、俺の適当な嘘に乗ってくるように、そう口にした。
確かに、魔物は自分が慕い、尊敬する者に対しては、従順になる。しかし、それは人間も同じだろう。だから、ルーフォンにだってわかるはずなのだ。
「だからアマシュリは、シレーナを立場が上だと言い、文句は言いながらも口調に馴れ馴れしさを感じないのか」
「そういうこと。だから僕はシレーナを護りたい。力にはなれないとは思うけど、今回みたいに敵を拘束するくらいだったら、僕にはできる」
「…先ほどは悪かった。魔物はすべて敵だと決め込んでいたから、つい剣先を向けてしまった」
「わかってます。気にはしてない」
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