第8話



 


 

 アマシュリが魔物だとばれたおかげで、少しは戦いやすくなった。

 いざとなったらアマシュリに堂々と拘束してもらえる分、次の街へと行く間の戦いは、だいぶん楽になっていた。しかし、他の人間の前ではあまり魔法は使えないだろう。

 いいところでは追い出され、悪いところでは始末を考えるだろう。そのことをアマシュリに言わなくとも、一番わかっているとは思うのだが、少しだけ不便にさせてしまった。

 一日で次の街に着くのは無理があったのか、地図上ではまだ半分くらいしか歩いていないという位置で、日が暮れてしまった。途中途中、魔物の襲撃があったからこそ、余計に進むスピードが落ちてしまった。

 さすがに、ルーフォンにも疲れが溜まったのだろう。今日はもう休もうと俺が口にし、寝床を確保すると、一番に腰をおろしたのがルーフォンで、それで何よりもう動きたくないかのように、準備した寝床に身を任せていた。

 魔法が使えるということで、あまりアマシュリに気を取られなくなったルーフォンは、魔術や巧みな剣術で魔物と争っていた。基本的に、俺は囮となったり、ずるがしこい方法で魔物を潰し続け、楽しんでいたからこそ、あまり疲労を感じてはいない。しかし、もうそろそろ城の状況を知るために、コピーと精神交換を行いたい。

 だが、残念ながらアマシュリも久々に連続で魔法を使用したことにより、座り込んだ状況で、ウトウトし始めていた。そんな状況で、見張りをさせるわけにはいかない。

 ルーフォンのほうを見ると、今すぐに寝そうな雰囲気とまではいかないが、寝ようと思えばすぐに夢の中に入れるだろう。


「見張りは俺がするから寝てろよ」


 アマシュリにそう囁くと、うんとうなずき、ゆっくりと寝袋の中に身をゆだねていた。

 あやすようにポンポンっと肩付近をなでてやる。いつもとなんだか逆で、少しだけ嬉しかった。


「ルーフォンも疲れてるだろう? 暫く寝てろよ」

「あぁ、そうさせてもらおう。見張り、交代したくなったら起こせ」

「あぁ」


 言われなくても。と言いたかったが、瞼を伏せたルーフォンは、浅いのだろうが、眠りの中へ入って行ってしまった。

 ルーフォンが眠っていても、魔法は使えない。性格上、眠っているフリなんかしてそうだし、暴れている様子があったら、すぐに目を開けるだろう。警戒心がそれなりにあるルーフォンにとって、少しでも気を抜いたりなんかできやしない。


 


 

 暫くボーっとしていると、ルーフォンの寝床がゴソゴソ動きだした。

 昨日のソフトなベッドとは違く、身体が痛くなってきて目が覚めたのだろう。

 腰を軸に上半身の身起こし、首の裏を掻いている。いったんあたりを見回して、右斜め後ろに位置する俺の姿をきちんととらえた。


「見張り、交代する」

「いや、まだいいよ。っていうか、今日はいいかも。なんか目が冴えて寝れそうにないや」

「そうか。でも横にくらいなっておけ。思っているよりも疲労があるはずだ。寝れなくても、目をつむっているだけで少しは違うぞ」

「…はいはい」


 どうせいやだと言っても、文句を言ってくるのだろう。

 疲れていないわけではいない。お言葉に甘えて、アマシュリのすぐ隣に準備していた寝袋の中に、身をひそめた。

 寝袋は便利だ。身体すべてを隠そうと思えばしまいこめるから。少し気を抜いてしまって変身が解けたとしても、事前に戻すことができる。

 しかし、眠れない。

 すぐ隣に起きているルーフォンが座っているという状況で、ぐっすりと眠ってしまうほうが難しい。きっと、アマシュリは俺が起きていると思って睡眠に入ってしまったのだろうが、すぐ近くに起きているルーフォンがいることを考えたら、いつ寝込みを襲われるかわからない。


「ルー。お前はなんで魔物が嫌いなんだ?」

「…昔は嫌いじゃなかった」

「昔…は?」

「そう。昔はな。住んでいたところは、魔物の地から離れていたせいか、被害があまりなくてな、人間とは違う、別の生き物である魔物がこの世に存在する気がしなかったんだ。でも大人は子供に魔術を教え、身につけさせる。どんな時に必要なのかなんて、小さかった俺には分からなかった」


 今は、小さい子供にまで魔術を教えるようになってきているのか。

 ある一族だったり、決心を持った者たちが修行を積み、魔術を習っていた時代とは少し変わってきているのだろう。

 一般の民間までも、基礎の魔術は使えるように鍛えられているようだった。


「でもある日、ある魔物が俺の家族を襲ったんだ。いや、俺だけじゃない。町のみんなが襲われた」


 奇襲だろう。

 人が多く住むところを狙ったり、人が眠っているところを襲ったりするのが、魔物のやり方だった。それは、仲間の仇だったり、恨みだったり。一切の害もないところに、魔物がいきなり襲撃を向けるなんて思えなかった。

 子供では分からなかった、大人の行動により、魔物を怒らせたのだろう。


「数の多い魔物を見たのは初めてで、どうすればいいかわからなかったんだ。父も母も、魔物の魔法によって潰された。その時が魔法を初めてみた瞬間だった。魔術しか見ていなかったから、あんなにも早く攻撃できるなんて思ってもいなかった」

「そっか…両親が」

「あぁ。魔術が得意だった歳の離れた姉が、俺を魔物から見えないように術をかけてくれて、逃げようと森へ走ったのさ。でも、その時俺は知らなかったんだ。その、魔物に見えない術を、姉は自分自身にかけれるほど器用じゃなかったなんて」


 年齢が離れていて、それで何より得意なものがある姿を見てしまうと、何でもできるんじゃないかと、子供は錯覚してしまう。それで安心しきっていたのだろう。

 よく人間に見られる光景だった。

 馬鹿な子供は、ただ大人がふざけて魔物のフリをしているものだと、思い込む地域もあった。

 ルーフォンも、いきなりの奇襲なのに姉が対処してくれたせいで、何でもできる姉だと勝手に思い込んでしまったのだろう。


「すぐに見つかった姉は、後ろから何かの魔法に刺されて…。これからどうすればいいのかとか、子供なんてそんなとき考えれないだろう? 怖くなって声も出なくて。足を動かすこともできなかった。でも、術をかけた本人が死を迎えた時、残した術は時間はかかっても、徐々に崩れてしまう。そんなこともわかんなくて、ただ姉の死体を両手で口をふさぎながら見降ろしてるしかできなかった俺を、魔物が気付いたんだ」


 逃げろよ。

 そう思ったが、今の話ではなく、子供の頃の話だ。

 恐怖でどうすればいいのかわからない子供は、今まで世話してくれた人がいなくなった瞬間、道を失い、そのまま魔物に殺されてしまう。そんな光景はよく見かけてしまう。


「気付かれたとは思った。でも、一人残っていたって仕方がないし、足なんか震えて逃げられなかった。たぶん、何か襲撃する理由があったのかなんか知らない。でも、わけもわからない子供や大人まで殺す魔物の気持ちがわからなかった。だから魔物を嫌った。憎んだ。それから行く先々で、魔物に襲われたという話を聞くたび、怒りは収まらなかった。でもどうしてだろうな、アマシュリが魔物だと知ったはずなのに、アマシュリをあまり憎く思えない」

「それは、アマシュリがお前に何もしないからだろう? それより、お前はどうして生きていられた? 動けなかったのだろう?」


 そこが気になる。

 足が震えてその場から逃げられないというのに、どうしてその時魔物に襲われず、今ここに生きてたくましく育っているのだろう。

 質問に、暫く答えようとはしないルーフォン。言いにくいのだろうかと思い、言いにくいのならと諦めようとした時、ゆっくりと口を開いた。


「助けが来たんだ。一人の男の子が」

「男の子?」


 襲撃をされていて、あまり魔物と接点がない街に、他の男の子が無事でいる気がしなかったし、無事でいたとしても、他人を助けられるほど、余裕がある子供がいたのだろうか。

 話が気になり、寝床から身を起こし、上半身だけを外に出して月の光を浴びるように、月を見上げているルーフォンの後頭部を見つめた。


「あぁ。そのころの俺と同じくらい、子供のくせして安定した表情をしていた。魔物を目の前にしているというのに、怖気づかなかった。あまりにもこわくって、その男の子がどうやって魔物を退散させたのかまでは覚えてないが、気がつけば魔物がいなくて、目の前にその男の子が座って、気がつくのを待っていた」

「へぇ…。そいつは今は?」

「知らない。俺の手を引いて、大きな街に連れていかれて、孤児院に預けられた。その孤児院の子なのかと思ったけど、安心して泣いている間に姿を消していた」

「じゃあそれから会ってないのか?」

「いや、たまに出かけると、人目の付かない位置で見かけては一緒に遊んだ」

「そいつの名は…?」


 聞いてどうする。

 そう思ったが、このエピソードをどこかで聞いた気がする。しかし、何処で聞いたのかも、本当にこれだったのかもあまり思いだせないのだが、少なくとも似たような内容を知っている。

 魔物に襲われた子供。

 それを追い払うことができた。

 尚且つ安全なところまで送っていく。

 ときどき様子を見に…。

 見に? しかし、ルーフォンが言うには、見かけた。と言っている。


「名前か? 忘れはしない。ヴィンスという名だ」

「…ヴィンス…」


 思いだした。

 一時期、子供の姿をして人間の土地で過ごしたことがあると言っていて、興味がわいた俺は、よく人間の土地であったことを、庭の手入れの休憩中、ヴィンスに聞いていた。

 その中の一つに、珍しく楽しげに話す内容があった。それがこれだった。

 怖いくせに、逃げようともしないで、ただ立ち尽くしている子供がいた。それを助けてやって、安全なところに送って行った。そのあとは、こっそり様子を見に行ったり、話し相手になってやったりしていた。と。

 その立ちつくしている子供が、ルーフォンだったのだろう。


「んー…なに? 寝ないんですか…?」


 声に気付いたのか、もぞもぞとアマシュリの寝袋が動き、顔がもそっと出てきた。


「あぁっ起こしたか?」

「まー。っていうか、ヴィンスがどうかしましたか?」

「…ヴィンスを知っているのか」

「…あ」


 丁度ヴィンスという単語が聞こえていたのだろう。内容まではわからなくて、つい知り合いのような言い方をしてしまった。

 魔物だということがばれていたとしても、ヴィンスが魔物だということ自体、ルーフォンは知らないだろう。


「アマシュリが、旅をしているときによく会ってたんだよな。アマシュリから聞いてて、耳に残ってたんだ」

「お前も…ヴィンスと会っていたのか」

「あぁ。本当時々だったけど…」


 適当な嘘に、アマシュリも不自然なく乗ってきた。

 しかし、魔物に助けられたとルーフォンが知ったら、どうするのだろうか。一見魔物だとわかる魔物と、人間と見た目が変わらない者がいる。城にいるものはほとんど人間と見た目があまり変わらない者たちばかりだ。

 助けられていて、慕っているのであれば、別に魔物だろうが良いだろう。逆に、ヴィンスも魔物だと伝え、魔物すべてが悪いやつばかりというわけではないことを、味わわせてみるのもいいかもしれない。


「ルーは魔物か人間かわかるか?」

「一目見て魔物だとわかる容姿のやつ以外はわからん。アマシュリみたいなのは気づけない」


 ということは、ヴィンスを見ても、魔物だと言われない限り、人間だと思い続けるつもりなのだろう。

 だったら…。


「じゃあ、ヴィンスが魔物だったらどうするさ?」

「…別に。ヴィンスは命の恩人だ。どういう状況かは知らないが、アマシュリでいうお前のような存在に当たる。恨んだりはしない」

「そう」

「じゃあ僕の口から言わせてもらうよ? ヴィンスは魔物だよ」

「…そうか」


 一言だけ。

 そのたった一言だけでも、ほんの少しは傷ついているのがわかる。嫌っていた魔物に助けられた。あまり喜ばしいことには感じられない。ただ、俺としては、仲が悪くなるよりは、停滞。もしくは良くなるほうがいいに決まっている。

 何か思いついたのか、近くにあった自分の荷物から、ある輝く物を取り出した。

 ガラスのような、宝石のような石が付いているネックレスだ。それを今にでも寝てしまいそうなアマシュリの首にかけてやる。


「礼だ」

「なんの?」

「ヴィンスの話。不思議だと思っていたんだ。小さい子供が、魔物を追い払えるはずがないと、心のどこかではわかっていて、どこかでこの人も魔物なんじゃないかとは思ってた。でも、人間だって信じていたかった。現実を見せてくれた礼だ。それは魔術や魔法の威力を増大する宝石が入ってる。少しは役に立つだろう」

「いいのか?」

「よくないなら渡さない」

「ありがとう」


 冷たいやつだと思っていたからこそ、こういうほんの小さな優しさがうれしくなる。照れたのか、ルーフォンのほうを見るのをやめ、再度寝袋の中に潜り込むアマシュリ。

 少し赤く染まった頬を、アマシュリでみられるとは思わなかった。そういうのも、冷たくかわしそうな気がしていたから。


「ん? まてよ」

「なんだ」

「宝石が何だって?」

「入ってる」

「そうじゃなくて、その宝石はどんな役割してるんだって聞いてんの」

「魔術や魔法の威力が増すって…もしかして知らなかったのか?」

「はじめて知った…。アマシュリにだけずるい!」

「わかったわかった。次の街で選ぶの手伝ってやるよ」

「約束だぞ!」


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