第6話


「戦闘態勢…」

「え?」


 ぼそっとつぶやいた俺の言葉に、ルーフォンが反応した。

 ボロボロだが、ルーフォンも戦えないわけではないだろう。しかし、あまり長時間戦わせるわけにはいかない。

 魔力をここであまり使うわけにはいかない。という状況の中、ドラゴンと戦うには少々骨の折れる作業となる。そうなると、魔術に長けているルーフォンを生かしておいた方が、戦いやすい。

 ルーフォンに背を向け、ドラゴンから手を出させないように、庇って見せる。


「どういうつもりだ! 王! 最近魔物と手を組んでいるそうではないか!」

「ほぉ…。知っておったか」

「何だと…」


 後ろでルーフォンが反応するのが分かった。

 足元に落ちていた剣を、再度持ち直す。そんな体で抵抗するつもりだろうか。俺の考えからすると、俺がおびき寄せている間に魔術で放り飛ばしてほしかったのだが、そうもいかないのだろうか。

 少なくとも、こんな鈍らな剣で戦うのは無謀すぎる。


「さぁて、本当に勇者に向いているのかを見せてもらおうかとするか。これが今回のメインイベントだ。ドラゴンに負ける勇者なんて御免だろう?」

「なるほどな…。そんなことのために…」


 怒り、魔力を使用しようとした瞬間、ドラゴンが大きな尻尾を振りまわし、観客席の一部に尻尾を振りおろし、見事に潰して見せる。

 そこから奇声や悲鳴などが響きわたる。


「なっ…罪もない人を殺すつもりか!」

「ほらっ…早くしないと死んじゃうよ?」


 楽しむように、王はそう笑っていた。

 こんな人間のもとで、魔王を殺そうとしたいのだろうかルーフォンは。


「ふざけんなよ…。わかったぜ、人間の王のすることはこんなことかよ。罪もない人を向き不向きを知るだけために殺させるなんてな…アマシュリ!」


 無事かどうかも知りたいため、そう呼ぶと、わかっていたのか待合所のほうから走ってくる。

 高い位置にある観客のほうから飛び降りてくるものだと思ったが、さすがのアマシュリ、呼ばれるとわかっていたのだろう。


「はい」

「ルーフォンを安全な場所に。後、できるだけ多くの観客を逃がしてやること。あと、できれば王を逃げないように拘束しておいてほしいのだけど」

「え? 囮になっておびき寄せ、その間にルーフォンに魔術で締め上げると思ってたのですが」


 想像と違う命令をするため、つい首をかしげて聞いてしまう。

 よく外に遊びに出ては先々で問題を起こすため、逃げ脚だけは得意となり、誰かと手を組む時は自主的に囮となる、囮作戦が大好きとなってしまった魔王のことだから、てっきり今回も魔術の強いルーフォンと戦うものだと思っていたようだ。

 さすが、いろいろなところで情報を蓄えているだけあり、変装した俺の姿も、噂だけでもわかるだけがある。


「あぁ、さすがアマシュリ。そうしようかと思ったけど、ちょっぴり今は誰も見てない状況で捻りつぶしたくなったんだよね…それにここにあるの鈍らしかないし」

「ふざけるな! お前一人でどうにかなるものでもない。一人より二人のほうが良い。囮作戦なら大歓迎だ」

「ということですので、ま、まずいので観客逃がしてきますね」


 魔王様。と言いそうになったアマシュリは、必死に言葉を換えて、観客のほうへと足を運んで行った。

 振り下ろしていた尻尾がもう一度上がる。またどこかをつぶすつもりなのだろうか。力強く、先ほどとは逆の方向に尻尾をずらし、振り下ろす。


「まずい!」


 ルーフォンがそう怒鳴ったが、尻尾は、観客の真上で止まった。

 その下にはアマシュリが、魔術を使っているふりで魔力を使い、両手を上げて持ち上げるように得意の拘束魔法で、ドラゴンの尻尾をこれ以上下へ落ちないように拘束する。

 攻撃が達成できなかったことに気付いたドラゴンは、顔をアマシュリのほうへと向いた。その瞬間。伸びた首のほうに向かって、ルーフォンが炎の玉を投げつける。魔術だ。

 いきなりの攻撃に、ドラゴンは再度こちらに向き直る。するとそこには、先ほどまで立ちはだかっていた、子供の姿がないと一瞬視線が泳ぐ。その瞬間背中に乗っていた魔物が叫び、背から血を流して落ちていく。

 アマシュリのほうにドラゴンが気を取られている瞬間、崩れた瓦礫を利用して飛び移り、ドラゴンの背に乗っている魔物を目指した。

 そのあとルーフォンに気を取られた瞬間に、魔物の頭をつかみ、魔術を使うふりをして魔物の耳に小声でこうつぶやいた。


「ごめんね…。魔王に逆らったお前が悪いんだからね」


 そのまま手の平にためた魔力で頭を握りつぶした。

 ドラゴンの背中を乗っ取ったかのように、堂々と座ってやると、操っていた主がいなくなったことにより、ドラゴンは暴れ出した。

 振り落とされないようにしっかり毛につかまり、頭のほうへと登っていく。

 揺れるドラゴンの尻尾は、あちらこちらへ叩き落しているが、すでにそこには観客がいなく、建物被害だけ。すでに、ルーフォンがいることすらも忘れてパニックに陥っているドラゴンは、綺麗に唱えられたルーフォンの魔術にようやく気付く。

 相当怒ったのだろう。結構長い魔術を呟いていた分、攻撃は派手だった。

 ドラゴン一体入りそうな円が、地面に描かれる。その中はどす黒く、飲み込まれそうな雰囲気があった。しかし、そこのどす黒さのところどころにある赤いもの。それが少し血に見えた。

 翼を立て、飛び立とうとするドラゴンに、俺は呪文を呟いたふりをして、魔力で重力魔術に似た重みを、ドラゴンの背に乗せてやる。

 飛び立つに立てないドラゴンの足元には、血のように駆け巡る赤い筋が増え、脈打っているようにも見えた。ルーフォンはまだ呪文を唱えている。いったいなんの技を出してくるのか分からず、少しだけ俺はワクワク感を覚えた。

 地面が少し浮き出た気がした。いや、血のように脈を打っていた部分から、血の槍が地面から突き出し、その円の中にいるものすべてを突抜かせた。

 感心して見ている暇はなかった。大人しく背に乗っていると巻き込まれると思い、ドラゴンの巨体に突き刺さった瞬間、俺は背から飛び降り、ルーフォンのほうへと舞い降りた。

 少しすると、その槍は消えていき、その代わり、ドラゴンから流れ落ちてくる血が、試合会場を濡らした。

 いったんその場から避難し、王のいる間へと向かった。すると、行動が早かったアマシュリは護衛を気絶させ、王の両手の自由を奪い拘束し、地面に這わせていた。


「あ、シレーナ。お疲れー」

「アマシュリも」


 


 


 




 それから闘技場に、他国から来ていた警備の者たちが現れ、王を引き取らせた。

 人間の間では、亡くなってしまった者を葬儀し、土へ返していた。


「…なんか、こんな大ごとになると思わなかったなぁ」

「ははっそうだね」

「しかし…王が魔物と手を組んでいるとは」

「まぁ、手を組んでることは悪くないんだけど、組み方が悪かったね」


 そんな中、俺らは宿をとり、ルーフォンの手当てを行っていた。もちろんアマシュリがだが。

 いろいろと疲れ切ってしまっている俺は、眠ってしまいたい。眠ると言っても、コピーに行くというわけではない。コピーを作成し続けているというのに、魔力だの魔術だの体術だのを使い続け、溜まりに溜まった疲労を本当にとりたいのだ。

 もちろん、ルーフォンだって休みたいだろうし、アマシュリだって、シェイルに似た男の手当てなんて御免だろう。


 あの闘技場の中には、審査員として各国の王の使いが来ていた。今回の騒ぎをすぐに各国王に伝えたらしく、勇者となった証をきちんと取りたいということで、思ったよりも面倒な書類を差し出され、それにすべてサインを入れた。

 正式に決まりましたという印を、各国の王から頂くことになっているが、書類上のすべての手配は、アマシュリに任せてある。


「はい。手当て終了」

「っていうか、お前治癒魔術とか使えねぇのかよ」

「シレーナだって使えないだろう?(治癒魔法)」

「うるせぇな苦手なんだよー。もー疲れた。アマシュリ寝ようぜ」


 自分の寝床にくるまり、布団の片隅を上げ、アマシュリを中に招き入れる。

 どうして一緒に…とぶつくさ文句を言いながらも、魔王のお願いを聞き入れないといけない立場上、背中を掻きながら布団の中に入ってきた。

 アマシュリを一緒のベッドに入れた理由としては、かなりの疲労の中眠ってしまうと、自分にかけている魔法が解けてしまい、魔王としての姿が浮かび上がってしまう可能性があるためだ。起きるときは、だいたい布団をかぶっているし、ぐっすり眠ってしまいたいタイプの俺のとしては、朝が早いのなんて御免。必死に起こしてくるアマシュリが、俺の変化に一刻も早く対処してほしいからだ。





 次の日の朝、疲れた体は少し回復しており、まぶしい朝日がカーテンの隙間から射しこんでいた。

 窓際のベッドを選んだ以上仕方がないのだが、右腕を布団からだし、左側にいる魔王でもあるシレーナを胸に抱きしめ、護るように眠っていたみたいだ。布団に包まっているシレーナは、どうせまだ夢の中なのだろう。

 ゆっくりと這い出るように、欠伸をしながらベッドから降りる。すると、壁側に位置するベッドに眠っていたルーフォンが、俺の目覚めに気付いたみたいで、ゆっくりと体を動かしながら瞼を開けた。

 一瞬シェイルがいるのかと思った。

 せっかくシェイルのいない魔王と一緒にいれると言うのに、なんだかシェイルから離れた気がしない。


「起きたのか…」

「お前こそ」

「おはよう…」

「おはよう」

「まだそこにいるガキは寝てるのか?」

「ガキってシレーナのこと? 寝てるよ。起こすのが大変なんだ」


 もう一度布団に入り、潜っている魔王のもとに体を寄せる。

 ゆっくりと窓側の布団をめくり、シレーナの姿を確認するが、その姿は赤黒い髪を光らせていた。もう一度布団をなおし、もぐらせておく。

 シレーナの背中をこすりながら、耳元で「シレーナ」と呟く。


(起きてください魔王! 姿が!)


「んぁっ…?」


 脳味噌に直接話しかけると、ようやく起きたのか、姿を変えることなく体を起こそうとした。

 まずいと思い、上にかかっている布団に力を入れ、ベッドに再度戻してやり耳元で囁く。


「姿が…」

「ん? あぁ」


(えぇっとシレーナ…シレーナ)


 昨日の姿を必死に思い出しながら、ペンキで塗り替えるように姿を変えていく。

 その姿は相変わらず手早く、綺麗だった。

 少し髪をみださせ、ゆっくりと布団の中から這い出す。ボーっとした頭で周りを見まわすと、先日泊まった宿の景色だった。入口の方に目をやると、端にルーフォンの姿があった。どこか行っていたのだろうか。


「何? 夜遊び?」

「朝の挨拶する前に唐突だな。飲み物買ってきたんだよ。ほらっ」


 そう言って、片手にたくさん持っていたペットボトルを、アマシュリのほうに向かって放り投げる。受け取りそびれたペットボトルが、床やベッドに散乱する。

 その様子を見ていたアマシュリが、頬を膨れさせながらルーフォンに向かって怒鳴りつける。


「ちょっと買いすぎじゃない!?」

「えっ? そこ?」


 てっきり、ものを投げるなとか言うと思っていたのに、まさか、買いすぎていたところに怒るとは。意外な言葉につい驚いて、アマシュリのほうを見てしまう。

 ぶつくさ文句を言いながらも、散乱したペットボトルを物色し、お目当ての物を見つけて口に含んでいた。投げることに関しては問題ないのだろうか。

 じっとアマシュリのほうを見ていると、視線に気づいたのかペットボトルを口から離し、またペットボトルを物色し始めた。次は何を見つけるのかと思ったら、甘いロイヤルミルクティだった。


「はい。甘いの好きですよね」

「おっ、さすがアマシュリ」

「で? なんで見つめていたんですか?」


 ペットボトルの固い蓋と戦い、力いっぱいまわして開け、口に含める。

 朝は甘い飲み物が喉にいい。と、誰かが言っていた気がした。


「ん? いや、なんか俺の知らないアマシュリがいっぱいいるなって」

「はぁ? 僕は一人しかいないです」


(いや、そういうことじゃないんだけどなぁ…)


 こんなにも突っ込みがいのある奴だとは思わなかった。

 仕えているのは長いが、実際一緒にいる時間自体はそんなに多くはない。だからこそ、知らないアマシュリの面があってもおかしくはないのだが、こんなにも面白いやつだとは思わなかった。

 笑いをこらえている中、ルーフォンが口を開く。


「気になっていることがあるんだが」

「あぁっ? なんだよ」

「もしかして、シレーナのほうが立場が上なのか?」


 いきなりな質問。それに、何処から出てくるのか分からないその質問に、アマシュリとともに首をかしげてしまう。


「どうしてだ?」

「乱暴だが、アマシュリはシレーナに少しだが敬語を使っている様子があるからな」

「あー、まぁ、連れですから。先日の闘技場にだって、無駄に暴れないか見張りのためだったから」

「なんだアマシュリ。嫌だったのか?」

「嫌とかではないですが…。そうですね。シレーナのほうが立場が上です。上どころじゃない。上の中の上」


 呆れたようにため息をつきながら、ペットボトルの淵に口をあて、喉を潤おす。

 アマシュリにとって、答えにくい質問だ。

 魔王様だからこそ、一番上の立場であって、こんな身近にいていいものではない。これがアマシュリの考えだ。

 だれにも見つからないような位置にいて、護衛に守られ誰の味方もせず、気に食わない者たちを無残に殺す。そんな奴が魔王だと思っていたアマシュリの想像力もすごいが、のほほんと呑気に人間の土地に足を踏み入れている現実の魔王も魔王なのだろう。

 しかも、「勇者になっちゃった。エヘッ」なんて、舌を出しながら言ったっておかしくない性格をしている。


「そうか…。じゃあもう一つ聞いてもいいか?」

「なんだよ質問ばっかりだな」


 乱れた髪を直しながら、ルーフォンのほうを見ることなく、文句をぶつくさ言う。


「先日の戦い、途中で魔術を数個使っていたが、最後の魔術はなんだ」

「え?」

「あんな魔術は聞いたことも見たこともない」


 ドラゴンに使用したルーフォンの魔術も初めてみたよ。

 と、言いたいのは山々だが、今はそれよりもあの時見せた、水の魔法だろう。

 ルーフォンが好んで使用する炎系があまり好きではない。だからこそ、水の魔術や魔法を必死に覚えた。あまり数多くはないが、魔法に関してならば、ほとんどの事ができると言っても過言ではないくらい、鍛え上げた。その結果があの“偽魔術”。

 いつかは聞かれるだろうと思っていたが、何の答も用意していない今、言葉が詰まってしまう。


「あ…れは…。言っただろう? 開発したって」

「そう簡単に開発なんかできないし、威力の割に詠唱時間が短い。どういうことだ? 是非教えてほしい」

「本当にあれは勘だったんだって。切羽詰まってたし(言葉も詰まってるけど…)」


 なんてごまかしは効かないのだろうか。

 そんなに威力を上げたつもりはないのだが、魔術にしては強すぎただろうか。いろいろ考えているうちに、頭痛がしてくる。アマシュリにバトンタッチをしたかったが、人間の飲み物が気に入ったのか、いろいろなものを空けては会話も聞かずに、次のものを開けていた。


「…そうか。だが、ドラゴンと戦っているときも、最後の重力魔術。初歩的な魔術しか使えないと思っていたが、他の魔術を知っているのならば、どうして試合中使用しなかった。俺の時だけじゃない。他の試合だって、本気でやりあっていない」

「だって…。魔術で傷つけたらかわいそうだろ…」


 何とも言えない質問をされて、とっさに答えた言葉に、アマシュリは口に含んでいた飲み物をふきだした。

 俺だって笑いたい。笑いこけたいのは山々だ。

 だが、単純に 「本気でやりあったら、やり合いではなく、一方的な殺戮になっちまう」 なんて言ってみろ。不審がられるにきまっている。もしくは、 「その一方的な殺戮となってもいいから、本気で俺と戦え」 なんて、ルーフォンの場合言いそうだ。


「お前…結構バカなんだな」

「うるせっ」

「ぶあぁっはっはっ。もう駄目笑いが止まらない…」


 呆れたルーフォンにプチっときた俺、笑いが止まらないアマシュリ。

 いやだと言っても、ルーフォンはついてくるだろうし、この三人で人間の土地を旅する事を考えると、だんだん“勇者”から身を引きたくなってきた。


 

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