第4話

 コピーの集中に慣れてきたころ、アマシュリからテレパシーが入った。

 人間の情報屋と交渉ができたみたいだ。勇者になるためにはという情報も入った。どうやら、近々闘技場で動きがあるみたいだ。それに参加し、優勝したものが勇者と認められるとのことだった。

 シェイルに了承を得たとこちらの事情も伝えたところ、あのシェイルが!? と驚いていた。さすがに、コピーを作ったという事実は伝えないようにと、シェイルに言われ、そのことは伏せていた。事実を伝えれば、もっと驚いていただろう。

 但し、 『魔術が使えないと難しい』 という話を聞いた。だがそこに関してはあまり問題はない。暇だと言い続けていた俺は、人間の領地に潜り込み、魔術を学んだ。あまり多くはわからないが、基礎技と、大技数個。それをチョクチョク使えば、そこらへんの人間をどうにかすることくらいはできるくらいの技術程度だが、それでどうにかなるだろう。

 それでどうにもできなさそうだったら、呪文を詠唱しているふりして魔法を使っちゃえば問題はない。はず。

 ただ、小さな問題がある。

 あまりにも戦いに集中した際、下手したら“コピーでも呪文を唱えてしまう問題”がある。そのことに関しては、シェイルに一応伝えはしたが、危ないとかの問題ではなく、恥ずかしい。シェイルは詠唱すれば来るとわかって近寄らないだろうし、俺が使う魔術なんかは、シェイルに効くような代物ではない。


 久々に人間の領域に入った。人目のつかないような場所でアマシュリと会い、情報提供していただいた人間ともご対面。

 アマシュリは、今回行う魔物が魔王だということまでは伝えていないみたいだ。

 情報提供をしていただいた人間の名は、“ジュディア”という珍しい名だ。闇で生きるのが好きそうな顔をしている。暗く、他人と接するのが嫌いなタイプ。

 さすがに魔王としての姿ではなく、今までしたことのない容姿だ。さすがに身長等を変えるにはかなりの精神力が必要なため、そこまでは行わなかった。

 暫くアマシュリとジュディアと会話をした後、その場を離れ、その土地に慣れるため街を歩いた。


「あ、そうだ。こちらで何とお呼びすればよろしいですか? 私は仕事上、本名を知っている者がいないので、アマシュリのままで構いませんが…」

「あーそうだな。考えてなかった」


 魔物の中で、俺の名前を呼ぶものがいないから、本名を忘れている可能性があるため、その名前でもいいのだが、念には念をで駄目なのだろう。

 闘技場に向かった先でも、名を名乗らないといけないそんなとき、スラッと名乗れないようでは怪しまれるだろう。

 今まで出会ってきた者たちの中から、必死に探し出す。いつだったか、こんな名を聞いたことがある。


「シレーナ」

「え?」

「俺の名前だよ」

「女性みたいな名前だね」

「…そうだな」


 聞いたことがあった。小さいころからその名前を聞いていた気がした。どこか遠くでだったが。

 人通りの多い通りに出ると、店の音や話し声、近くのゲームセンターの音。とにかく音が響きわたっていた。周りをゆっくり見回し、今行くべき道を探していたが、アマシュリは何を迷うことなく、こっちと道を進めてくれる。

 アマシュリの後ろをついて行きながら、いろんな人を見まわした。少しでも足を踏み外すと、迷子になってしまいそうになる。

 しかし、しばらく歩いて気付いた。

 ずっと同じ方向に向かって歩いている人がいる。俺達が進む方に。よく見ると、図体はでかく、鍛えてますと言う体系。向かっている先は、同じく闘技場だろう。どんなに筋肉がある男にも、負ける気がしない。

 アマシュリに言われる通り、闘技場の受付にて、名を書き言われた通り、待合所に腰を下ろした。アマシュリも、面白半分に受けてみるそうだ。説明を受けたところ、どちらかが参ったというか、戦闘不可能だと判断した時、その戦いは終わる。

 しかし、殺してしまったら失格。ここは殺しを目的とはしていない。という考えからだ。

 残念ですが、武器は闘技場で用意した鋭利さのない武器。ということだった。


 待合室で武器を選びながらボーっとしていると、後ろのほうから何かの視線を感じた、振り向くべきか振り向かないべきかを考えていると、アマシュリが不思議な目でこちらを見てきた。

 不審な反応に気付いたのだろう。うっすらとアマシュリにほほ笑み、笑みを消して振り向いてみた。すると、そこには何もかもを見透かしたかのような、緑の瞳に、白く輝くような長髪。一瞬、シェイルがいるのかと思った。しかし、シェイルはそんな冷たい瞳を俺には見せないし、戦闘態勢に入らない限り、睨みつけることはしない。

 壁に寄りかかり、腕を組んで観察するように見つめてくる。


「なに? あいつ…」

「しらない…」


 知り合いというわけではないし、今まであんな奴とやり合った記憶がない。

 きっと、ガキが来るような場所ではないと叱りたいのだろうと思いながらも、目を離さず、見つめ続けた。

 先に話したのはどちらでもない。遮ったのは、闘技場が開かれたからだ。ようやくこれからが戦場。実際やってみないとわからない。負けたら負けで別にいい。面白半分だったっていうのがあるが、あの男。白髪の長髪野郎には負けられない。


(シェイル並みに強かったらどうしよう…)


 



  



 試合は、トーナメント形式。

 潰せば潰すほど、強いやつらと戦える。戦えば戦うほど、上へ勝ち上がり、勇者になれる可能性が高くなる。

 最初のほうはあまり魔術を使わず、剣一つと体術にて潰していく。案外簡単に上のほうまで上り詰める。しかし人数の関係上、上までが長く、試合の間が長い。そのおかげで、いろんな人間の争い方。自分が取得していない魔術を、他人の戦い方で学んでいく。


「僕的には、魔術よりも、治癒魔法を覚えてほしいのですが…?」


 誰にも聞かれないように小声でアマシュリが囁いた。囁いたと言っても、さわやかなものではない。低く、脅すような声色で。

 ごめんなさいと口を開こうとした瞬間、次の試合のスタート音が聞こえてきた。

 次はだれかと目を向けると、そこには最初待合室で睨みつけてきた男だ。その向かいに立っているのは、ごつい男だが頭は弱そうだ。

 重そうな剣を振り上げるが、白髪長髪野郎はそれをいとも簡単に交わし、その瞬間に呪文を詠唱し隙を突いて魔術を使い、怯んだ瞬間刃のない剣でその男を殴り上げた。

 その戦いっぷりがきれいで、魔物だったらシェイルと良いコンビになるだろうと関心した。勝利の笛が鳴ると、歓声がわきあがり、選手は引いていく。


「すっごぉい…シレーナ、魔術でやれる?」

「あ、あぁ」


 無理だろう。

 魔法を使えばできるだろうが、今取得している魔術で白髪長髪野郎に勝てる気がしなかった。しかし、勝たなければならない。わかっているつもりなのに、手が震えた。

 引き際、ちらりとこちらを見た気がしたが、敢えて気付かなかったふりをした。

 なんだか、シェイルが二人いるような気がした。気配も姿も違う。


 アマシュリと俺の試合に時間はある。待合室の一角に座り、アマシュリに護ってもらい、俺は眠った。眠ったと言っても、それは表上の理由だ。本当のところは、俺のコピーとの精神交換だ。今のこの状況をシェイルに知らせておきたかった。


 


 


 


 


 


 魔王が闘技場にて楽しんでいるとき、魔王の城では…。


「おっ菓子~おっ菓子ぃ~」

「リベリオ…。生き生きしてるな」

「魔王様のためなら、どんな料理も作って見せましょう!」


 大人しく料理をしていればいい男だが、口を開かせてみたら、全てにおいて魔王様命。一度、魔王様がシェイルを殺せるかという実験のため、リベリオに毒を盛らせようとした時も、シェイルを気にせず毒入り料理を楽しそうに作成した。

 もちろんそんな策略は見事に破れた。 

 破れたというよりも、魔王様がそんな策略を忘れ、シェイルのために用意した毒入り料理に手をつけ、案の定魔王様が嘆いた。そんな姿を見たシェイルは、もちろん料理人を疑う。犯人はもちろん時間がかからずリベリオだとばれた。

 運よくヴィンスに治癒された魔王様の言葉にて、リベリオの命は助かったものの、暫くの間シェイルはリベリオを警戒し続けたという過去がある。


 作りあがった三時のおやつをカートに乗せ、魔王のいる一室へと足を進めた。

 もちろん、今の魔王がコピーだというのは知っている。コピーが作成された日、スイーツを持って行ったところ、いつもと微妙に違う反応を見せたところで違う魔王だというのに気付いた。真相を知った時は、かなりのショックを感じたが食べてくれることに違いはない。怪我をしないかと不安ではあるが、そう簡単に傷をつけられるはずがない。


「信じていますよ魔王様!」


 そう響かせながら一室に入るなり、シェイルの冷たい瞳が向けられる。

 たぶん、城の中であまりシェイルを気にしないのは、リベリオくらいだろう。どんなにドンヨリとした雰囲気になっていたとしても、持ち前の明るさで入ってくる。


「リベリオ…」

「あら、魔王様。今日は目を開けていらっしゃるのですね」

「うるさいぞリベリオ」

「うるさいのはお前だシェイル。いつも隣にいるのだから、たまには俺にも話させろ」

「…」


 シェイルに向かってアッカンベーを向けるが、すぐに魔王に向き直り、手を合わせる。


「魔王様の大好きなスイートポテトオンリーにしてみました! っていうより、多く作ったら魔王様のご機嫌がよろしくなくなるからなんだけど……」

「リベリオ」

「ま、魔王様! 今日はおしゃべりになるのですね」

「あー。耳元でうるせぇよ相変わらずだなリベリオ」

「おや? 魔王様?」


 魔王なのには違いないのだが、今までのコピーではなく、魔王本人のしゃべり方だ。

 不思議に思い、ゆっくりと魔王の頬に触れてみる。今までの冷たい魔王ではない。温かく、生きていると思わせられるような感触。

 いつもなら冷たく振り払われるのだが、そっと微笑まれるなんて、やっぱりコピーだったのだろうか。そう不安になるが、魔王は立ち上がりリベリオに背を向ける。何をするつもりなのかと、首をかしげると首だけ振り向き、ニッと子供のようにほほ笑んだ。


「ホレッ。いつもおいしいお菓子を作ってくれるお礼」


 そういうと、気分が良いときの尻尾を上機嫌に出してくれた。

 ホレホレと、猫じゃらしのように右に行ったり左に行ったり。その姿があまりにも可愛くって、ついつい後ろからギュッと抱きしめてしまう。


「ぬおっ! そうくるか」

「やっぱり魔王様は抱き心地が良い。こう、腕にすっぽり入って、護ってあげたくなるような大きさってぇっ」

「くっつくな」


 リベリオの言う通り、すっぽりと腕の中に魔王が入って楽しんでいる最中、邪魔をしたのはシェイルだった。

 後ろから首をつかむように引き剝がした。


「ところで魔王。勇者候補のほうはどうです? 何かあったから精神交換を行ってきているのでしょう?」

「んーまーね」

「報告を」

「それがさ……」






 

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